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三話 お静の回想

 わたくし、将軍のおります城にて下女として召し使えております、お静と申します。

掃除に洗濯と毎日毎日慌ただしく過ごす毎日でございますが、それはそれで平穏な生活ではございます。

 ただ、不可思議なお人方に出会い、そしてかつてない大騒動が巻き起こり、この度その様子を語らせていただくこととなりました。


 その日、わたくしはいつものようにお洗濯物を抱え、洗い場へと向かっている最中でございました。

 城は中々複雑な造りとなっていまして、なんでも万が一敵が攻め入った時たやすく占領さえないがためにかのようになっているとお聞きしました。

慣れぬうちはそれはそれは迷ったものです。

 今ではすっかり覚えた道順を歩いているときです。

「迷路か! この建物は! いい加減にしやがれ!」

そんな城の内壁を木の棍棒で壊して突き進むお方が目の前に現れました。

わたくしが進む方向、そのすぐ前の壁を軽々と壊していたのです。

手にしているのは磨かれた棍棒、文字の様な文様が描かれた見た事のない白い服の、なんとなんと黒い肌の男の方でした。

見た事も聞いた事さえない、人です。

墨を体に塗った訳はでは決してございません。

「おっと、すまねぇ。怪我ねえよな。とっとと逃げろよ」

言葉は巧みなのが印象に残ってます。

背には見た事のない物、剣でしょうか。そのような物を背に負っております。

私にそう声をかけるなり、そのまままっすぐ進み壁を棍棒で壊しました。

一発です。

大筒でも壊れないと言われている、外に面した壁を。

そして、わたくしは見たのです。さらなるものを。


燃え上がる巨大な骸骨です。


 死者を放置し半ば腐りかけたような紫色の炎を纏いし骸骨が、わたくしと黒い肌の方を見据えています。

「おら、コノ野郎! こっち来やがれ!」

そう言うやいなや、また壁を棍棒で打ち、その破片を骸骨へ向かわせ、当てていきます。

なんと、このお方は戦うつもりです。

飛ぶ破片をもろともせず、骸骨は黒い肌の方に手を伸ばします。

まるで死の神が差し伸べる手の如く。

「そんなゆっくりなストレートは……」

棍棒を構え、振り切りました。

その刹那、岩石が強かに打ったよう音がしたと思いましたら、骸骨の手が空高く上がっていたのです。

巨大な骸骨がよろめいています。

「ホームランだ」

この方が呟くこの言葉の意味は、わかりません。

きっと彼の故郷の言葉でございましょう。


「ヒトシ、上にいるんだな!」

不意に誰かに向かい声を出されました。

「逃げ遅れた奴がいる、まず避難させろ!」

棍棒を私の体に向け、触れたかと思うと、ふわり、わたくしの体が浮きました。

あの方は神仙であられるかもしれません。

ふわり浮かんだわたくし、壊れた壁よりそのまま屋根へ浮かびあがりました。

するとそこには。

「承知した! 同士ニックよ!」

さらになんだかわからない風貌の方がおられたのです。


 銀色のお顔? 目元には黒のギヤマン? 何でできているかわからない赤黒の服?

「怪我はないか! まずはこのキャプテン・レッドがあなたを非難させよう!」

そんなお方に抱きかかれました。

「レッドダッシュ!」

屋根を飛脚の如き足取りで屋根を疾走いたしました。

 武家の方々はであえ、であえと掛け声を出しつつ矢を骸骨へ射るものの、あまり効果がないご様子。

骸骨が見据えるのは明らかに黒い肌のお方、それにこの私を抱きかかえておられるお方だったのです。

 骸骨の空虚なる目から、火の玉が飛んできます。

いくつもいくつも、飛んできます。

「同士ニックだけでは抑えきれぬか! 急がねば! やむおえん!―――――ゴチュウイクダサイマセ、ゴシュジンサマ」

本当です。

この時、この方の姿が変わったのです。

男の方と思いしや、女の方へ。

大きな武家の方ごとき体躯から、華奢な金の髪の女の子へ。

言葉は、聞き覚えのない声へ。

なによりなにより、より素早く、まるで風の神の化身です。


「コチラデオヤスミクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

お城で働く下女などが避難されている広場までその先ほどまで赤黒のよくわからぬ風貌の男であった、白黒の服を着用された女の子がわたくしにそう頭をお下げしました。

顔見知りの下女たちも何なのかわからぬご様子。

すると屋根に飛び乗り、風のように去っていきました。

 本当に何だったのでございましょう。

かのようなお方はわたくしの人生でもう見ることはないでしょう。

そう思っておりました。

 その時突如として、地面が爆発いたしました。

爆発と共に地下牢に囚われし罪人に、そこに詰めている役人が地面より噴き出されました。

「しかし転送されたのは私だけ地下牢とは、相変わらずついておらんな」

呻く人々の中、地面に開きました穴より這い出しは、地下牢にいるはずのない女人でございます。またしても見聞きしたことのない風貌の。

わたくしに問います。

「君、食糧庫はどこかね?」

かのような人物を見ることはないのは、ほんのわずかな時間だけでした。


 それは少し煤けた、青い髪のご婦人でした。

青い髪です。

絵巻物にすら、そのような方はおりません。なのに、わたくしの目の前に、おります。

「ニックもヒトシも例の輩と戦っている最中か。急がねばな」

何を言っておられるのかわからぬものの、お台所を指さすと「すまんな。礼を言う」言いつつ、入っていき、食べ物を強奪しておりました。

泥棒です。信じられません。

風呂敷に大福や握り飯を入れつつ、「緊急事態だ」とおっしゃい、壁の方へ。

追いすがる皆さまに目もくれず、「『崩れろ』」とだけ呟かれました。

ボゴと崩れる音がなさったと思いしや。

すると城の壁に人が通れるほどの穴が開いているではありませんか。

そして風が本当に巻き起こり、そのご婦人は穴の中へ吹き飛ばされるがごとく入っていきました。

壁に空いた穴は、まっすぐ反対方向に行けるようにすべての壁に穿かれております。

つまり、あの燃え上がる骸骨の元にいけるようにです。


「ニック、ヒトシ! すまんな、遅れた!」

「ルノ! 大丈夫かよ!」

「ダイジョウブデゴザイマスカ? ゴシュジンサマ」

「まずは食っておけ! 食わんと体も頭も働かん!」

わたくしは好奇心に負け、あのお三方の近くへと参りました。

いつしか武家の方々も矢を射ることを忘れ、お二方と骸骨との戦いを見入っておいでのご様子。

青い髪のご婦人は風呂敷の大福を投げつけ、それは不思議な軌道を描いて黒い肌の方と、変化する方の手元へ。

「変なハーブが入っているが食えんことはないからな! いいから食うように!」

「甘くてうめぇぞ」

「普通に大福です」

「私だけか? 緑の辛いハーブ入りは」

ワサビ入りです。

数十個あるうちの一個だけ入ってるのですが。

平気な顔で完食されたのは初めて見ました。


骸骨へ向けて、黒い肌の方は壁の破片を棍棒で打って当て続け、変化する方は庭石や破片を投げつけておられます。

骸骨の攻撃を避けつつなのでそこまで浴びせかけることはできないご様子。

青い髪のご婦人が呟かれました。

「『降りしきれ』そして『巻き起これ』」

わたくしの体が舞い上がるような、風を感じます。

空は一瞬にして、曇天に。

雨が降り、霰が降り出し、雹が礫となり、つむじ風が竜巻となって骸骨を飲み込みます。

 わずかな時であったかもしれません。長く感じもいたします。

空が晴れ、竜巻が消えし時、骸骨の炎はかなり消えておいでです。

「ゴカクゴクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

変化する方が女の子のお姿で、巨大な庭石を骸骨の頭骨に打ち付けました。

割れた頭より、火柱が上がります。

天にまで昇る火柱でした。

明らかに弱り苦しむ、骸骨ではありました。

これで終わりだとわたくしは感じます。

骸骨が、頭を振り回す次の瞬間までは。


「マジかよ!」

黒い肌の方が棍棒を目にも止まらぬ速さで振り回し、風でもって火柱を抑えます。

「予想外だ!」

青い髪のご婦人はすぐさまは風を起こせぬよう。

よほどの力を先ほど使ったのでしょう。

お城が炎で燃え上がるかと覚悟しました。

が、骸骨の首に人影があるではありませんか。

「オクタバリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

二度と聞きたくない酷い音を、その首から聞こえてきました。


「すいません。まさかあんな火柱が出るなんて思わなかったので……」

「いや、仕方ねぇよ。ヒトシがやらなかったら俺が間違いなく同じことをやっていたしよ」

「とにかくこやつは倒せた。自爆でもされたらかなわん。飲み込む。少し離れたまえ」

青い髪のご婦人がまた何か呟かれました。

地面に影のような物が広がり、それの中に骸骨は沼に落ちるかのように、ゆっくりと沈んでいきました。

そして、骸骨の姿はなくなり、影のような物もまた消えていきました。

建物が壊れた事を除けば、いつもの中庭があるばかりでございます。

特に思うことはないのかお三方は談笑されていました。

変化されるお方は黒い服の少年となっており、もしやこれが正体かと思ったのです。


「そなたたちの戦いぶり、見事であった」

きらびやかな鎧姿の気品に満ちた方が、現れます。

将軍様です。

「そなたたちが何者なのか、出現せし化け物が何なのか見当もつかぬ。だが、あっぱれであった。褒めてつかわす」

すると応じたのは青い髪の女人です。

「こちらこそ多々失礼をいたしました。そして今早急にやるべきことがございますので、少々お時間を下さいませ」

すると、黒い肌の方が背に負いし剣を下ろし地面に立てました。

そして倒します。

倒れた方向をお三方は見ます。

そこの方向におわすもの。

犬です。

最近お城の辺りで見かけるようになった、野良犬でございます。

「まさか―――――オマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

変化する方が、素早く捕まえなされました。

そして再び、剣を倒します。

やはり野良犬の方に倒れました。

「……こいつが勇者だというのか?」

「おら、口開けろ。で、柄に噛みつけ」

「オシズカニナサイマセ―――――ほら、暴れないで!」

一体何をなされておられるのでしょうか?

「抜けないな」

「だよな。こいつが勇者なんてことねぇよな」

「さすがに間違いで、あの方向にいる人が勇者候補……ってうわあぁぁ」

「合ってた? ちょっとまてぇぇぇぇ」

「ふざけんなぁぁぁぁ」

……落とし穴に落ちるかのように、消えていったのです。

そこには一匹の野良犬が頭をかいているだけでした。


将軍様は「なんと奇怪な」と驚いておいででございました。


これがわたくしだけでなく、将軍様もその他のお方たちも見ていた、顛末の一部始終でございます。



 そうそう、あの青い髪のご婦人がお台所に向かい食べ物を強奪していた、と先ほどわたくしは言いましたが、正確にはそうではなかったそうです。

そこにおりました方に、小さな金の銭を一つお渡しになっていたと聞きました。

「財貨の魔王謹製……と言ってもわからんか。とにかく代金だ」と言い残したそうですが、

一体何のことやら。


よくわからぬ顛末であったことは確かでございます。


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