二十五話 グラン魔王国戦記2
「母ちゃんと同じ年じゃねぇかよ!」
「父さんより年上?!」
驚く僕とニックさんに。
「おや、そうなるか」
平然とルノさん。
300歳とかじゃなくて、49歳?
なんだそのリアルな数字は!
ここ異世界だから一年は365日じゃないかもだけど!
でもなんだ? 違和感ないぞ?
割と人に何か食わそうとするからか?
妙に肝っ玉が据わっているからか?
そんな根性どっから来るかと思ったら、魔術で強行突破できるからだけじゃなくて、年の功みたいなのもあるのか?
改めて、この人の姿を見る。
誰が実年齢を信じるだろうか。
「俺より少し年上だと思ったら、反則だろ!」
下手したら20歳のニックさんと同じくらいに見えるよ。
「健康を保つためならば、若さを保つのが最も手っ取り早いのだよ。何分多忙でね」
「正論ですけど!」
そういう問題か?
「それと親不孝を重ねている私の母の意向でもあるのだ。せめて抗老魔術だけは使ってくれと言われてしまった」
そんな反則技あるのか。
「いや、若すぎだろ」
「これでも母に泣かれてしまってね。長年の心労と過重労働が祟って、もはや母の方が若く見えるまでになってしまった。
原因はそれだけではないが、母とは顔を合わせてくれなくなってしまってたよ。
今では父を介しての手紙をやり取りするだけだ。それもたまにしか返事が返ってこない」
ルノさんのお母さん、どんだけ若いんですか。あと原因はそれ以外にもって。
ただ、娘が自分より年取った外見をしてきたらショックだろうけど。
「お前さんの場合、まだ何かあるような気がするんだけどよ。聞かない方がいいのか、これ」
同感です。
「私個人に関しては、もうないはずだ。あとはまぁ、”芋食いの魔王”と揶揄されているくらいか」
どこまでも魔王らしくないな、この人。
「やったら生えてたの、やっぱ芋かよ」
「連作障害が正直不安です。堆肥とか足りてます?」
「この土地は山がちな上に、土壌の関係で他の地域で主食となる麦の実りが悪くてね。魔術と共に新たに学んだ耕作技術を導入したのだよ。
今はこの辺りは芋を植えているが、豆や蕎麦、所によって瓜類と交代にしている。連作障害は大丈夫だ。
堆肥はまあ足りるだろう。住民だけでなく牛馬も豚もいるのだ。
輸送や耕作に必須であるし。肉を食う儀式を行う者たちもいる。
ヒトシはそのような堆肥不足の問題が起こる地域に住んでいるのかな?」
そういや人糞も肥料か。あとなんでも魔術で解決する世界でもないのか。
「畑仕事は魔術で何とかするもんじゃねぇんだな」
「応用次第で大抵できるが。方法は色々あった方がよいのだよ」
……水やりとかは、魔術でやれるか。そういや。
「まあ、誰も飢えないのは良いことだ。たとえ揶揄でも“善政”の次に気に入っているよ」
この魔王らしくなさがこの人らしさだ。
「ちょっと話戻すけどよ」
ああ、そうだった。
「戦争って話じゃねぇか。相手は?」
「私以外の十大魔王、そのうち三人欠けている」
てことは。
「6か国と戦う羽目になったんですか?」
「まあ、そのうち二人はすでに亡いがな。
そこから工作を仕掛けて、表立って攻めてくるのは3か国までに減らした。“財貨”の奴に鉱山一つくれてやったのは痛かったがね」
「同盟国はいねぇのか?」
「それが“財貨”の奴だった。金の亡者であったからまだやりやすくはあったのだが。今は攻めてこない程度だ。それもこちらが不利となればわからん」
「マズイな、オイ。攻めてくるのはどんな奴なんだ?」
「“剛腕”“淫欲”“騎竜”。こやつらだ。
“剛腕”は斧を振り、馬を駆りつつ略奪と暴虐で覇を唱え、平原の地にムーグ武王国を作って日々戦を起こしている。
“淫欲”は奴隷の収集に熱心な奴だ。奴の後宮には外見で選んだ者どもを男女を問わず大量に押し込め、さらに充実させるために手段を選ばない奴だ。森林地帯にルク淫精国なんて言う頭が痛くなる国を作りおった。
“騎竜”は文字通り竜を操ってくる。竜の知能は獣以下だが、その力は強烈だ。元々は竜を操る事で交易や農耕に役立てていた一門なのだが、それを戦いに特化させた形で用いてくる。
海近くのガダ龍神国という国から来る。
軍勢は合計20万といったところか」
それがそこまで規模の大きくない国に襲い掛かってくるって……。
「この国は全人口で3万。兵にできるのは1万と少し。
備蓄は十分の山奥で防御を固めているとはいえ、不利だ」
この人、そんな状況下でダメ女神に拉致られたのか……。
「で、俺はどいつとぶつかりゃいいんだ?」
「まあ、待て」
すると傍らの……硯と筆?
よく見たら普通に書道の道具が置いてある!
その隣には、木の札。
それになにやらどこかで見たことのある文字をすらすらと……あ、楔形文字だ。
「大昔、石板に文字を刻んでいたりしてました?」
「ヒトシ、何故に知っている? 今はもう木札だが。束ねて木簡にできる事だしね」
僕の知っている魔王の国じゃないな。つくづく。
それをニックさんに渡す。
「まずはこれを将軍の元へ。私も同行するがね。ニック、君の命を貸してもらうぞ」
「俺は代打が多くてな」
「む?」
「ベースボールは攻撃側と守備側が交代するゲームだ。その攻撃側の時に、俺は本来攻撃する奴の代わりに出る事が多いんだ」
「つまりは?」
「慣れてる。命を誰かの代わりに賭けるのはよ。気にすんな」
なんだろう。たかが野球の事とは思えない重みは。
ニックさんは、どれだけの物を背負って生きているのだろう?
やっぱり僕は場違いな気はするけど、この二人が気にするな、と言うのだから気にしないでおこう。意識的な無神経も時には必要だ。
「ではニック、将軍の元へ。ヒトシ、もうしばらく待っていてほしい」
「おう」
「わかりました……この音?」
外が騒がしい……?
この音の感じ。
「まさか——————————————————————キャプテン・レッドが確認した! ダークシャドウだ!」
間違いない。異形だ。
「くそう」
「やっぱ来やがった」
「急がなくては!——————————————————————ソレデハ、アチラヘムカイマス。ゴシュジンサマ」
「ヒトシ! 壁から出ろ!」
「ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ」
よく見ると修繕途中らしき箇所がある。そこをアリム状態の手で押すとあっさりと崩れ落ちる。
「ヒトシ、まずは行け!『吹き飛べ』」
風に乗り飛んでいく。
まず目にするのは街の中で矢を射る兵士に、例の帆のついた釘の板を飛ばす人。あれがルノさん以外の魔術師か。流石にルノさんより数段劣っているから、ああいったのを飛ばすのか。
そしてそれ以上に目立つ、異形。
それは道の真ん中で鎮座する大理石のような白い円柱だった。
ただそれからは、電気コードのようなカラフルな触手が方々へ飛び出ていた。
まるで凶悪な付喪神になったシステムサーバーみたいだった。
「農の2番隊、出すぎだ下がれ! 鉱の3番隊、弓の4番隊を防護せよ!」
輿に乗る初老の男が叫び指揮を執っているが、異形相手には分が悪いか。
「ゴシュジンサマ。ヨロシイデゴザイマスカ。ゴシュジンサマ」
「何奴?」
「オサガリクダサイマセ。ゴシュ」
指揮を執る人を乗っている輿ごと後ろに放り投げ、素早く誰よりも前に出る。
「ジ」
言葉を発するより早く、飛んでくる触手を弾く。次々に弾く。この速さだと、輿に乗っている人の担いでいる人もよけきれないし、防げないだろう。
「ン」
アリムのスピードとパワーですら触手は腕を取ってきた。
その他の触手の中身は細い銅線を思わせ、それが巻き付いてくる。
本当にサーバーみたいな異形だ。
「サ」
これでいい。両手で固定し返す。足を踏ん張る。別の触手の軌跡が見える。
「マ」
もう一つの軌跡が飛び込んでくる。
「逆転ホームラーン!!」
周囲の触手は結界に触れたかのように、粉砕された。
「変化球ならもっとコースを変えやがれ」
そう言いながら次々に破砕する。
毎度毎度、相当な速度の変化つけて飛んでくる物体をこの人は平然と打ち取っているけど、まさかビッグリーグの中ではこのレベルが普通だと言うのだろうか?
大体、球は一つしか飛んでこないはずなのに、なんでそんなに超高速で何度もバットを振るえる能力があるんだ。
そんなことを考えていると、叫び声。
「あ、バカ! 『燃えろ』『燃えろ』……やっぱり魔王様じゃないとお前を止められないのか!」
後ろをから全身に火を纏いながら爆走する大きな人影が現れ、ニックさんの首根っこをつかんで。
「うお、マジかよ!」
「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
その勢いのまま、ニックさんを頭から投げつけた。
異形に向かって。
「……問題ねぇ! って、止まんねぇ!」
ただ、ニックさんはそのまま触手を打ち取りながら、異形の体を抉った。
そしてそのまま飛んで行った。
触手はさらに高速で振り回しまくる。
ここの兵士の盾で防げるものじゃなくなっている。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
……なのに無謀にも正面から突っ込もうとする大きな猛牛の如き人影。
重厚な甲冑でも無理があるぞ。
「オマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
アリムの低い身長だと、掴めるのがせいぜいこの人の腰か太ももあたりになるな。
「でいやアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
すると足を引っかけ、そのままボールのように蹴りだされた。
考えてやったのか、これ。
「アア。ゴシュジンサマ——————————————————————……ォォォオオオオォォォ……」
割といい感じにアイアンゴーレムで潰せる角度を取れた。
べしゃ。
意外と軽い感触で、異形は潰れ……てないぞ!
「……ォォォオオオオォォォ……——————————————————————同志たちよ! そっちに行ったぞ!」
「承知。『巻き上がれ』」
残された大理石のような残骸にどうやって入っていたかわからない臓物が竜巻に巻き込まれていた。
いや、臓物というより黄緑色の脳髄に色とりどりの電気コード状の触手が生えた、蛸の様な奇怪な物体だった。
最早見慣れてしまっているが、兵士たちは顔をしかめて、吐きそうになっている人もいる。
「魔王様! その竜巻をそのままお強め下さい! お前ら、腰の剣をそこに投げつけろ! 弓兵は一斉射出! 魔術師隊は油袋を投じた後に火を!」
あの輿に乗っていた人が声を荒げ、即座に兵士たちはその命令に応じる。
瞬く間に竜巻は刃物や矢、炎で中が見えなくなった。
「コチラモオメシアガリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
僕は僕で、竜巻の中へ落ちていた釘板や折れた矢を投げ入れる。
「魔王様。これが先ほどおっしゃっていた、襲い掛かるようになったという異形とお呼びのモノですか」
「将軍、まあそうなる。まだ近づくな。飲み込む」
文字通り剣の山になった異形を前に、ルノさんと輿に乗っている人は声を交わす。
あの人が将軍か。足を悪くしているようだな。
「では行くぞ『飲み……』、しまった!」
その瞬間、触手を伸ばし手当り次第掴みかかる。
コードの中身の細い銅線のような触手だ。
兵士たちの叫びを無視し、刃物だらけの我が身に引き寄せ、異形が兵士たちの球体と化し始める……。
ああ、ダメだ。これから戦争なのに。
兵力が全然足りてないのに。
僕ができること。
「オマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
アリムでできるだけ兵士がいる方に接近、触手がまたまとわりつく。
異形が僕を引き寄せようとしたところで。
「……ォォォオオオォォォ……」
アイアンゴーレムで壁になる。この方向の捕まった兵士は、アイアンゴーレムの体で止まる。
こっちに引き寄せようとするが、アイアンゴーレムなら微動だにしないで耐えられる。
大量の触手でも問題にならない。
さすがに引っ張り返せないか。
でも、アイアンゴーレムで防げない方向は……。
嫌な光景だ。今は感覚が鈍くなっている。
でも……助けてくれ。
うめき声が聞こえてくる。一瞬で地獄の様な光景ができ上がっていく。
助けてくれ。見たくない。聞きたくない。
助けて。
「ムオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
猛牛が視界に入ってきた。
「マールー! 待て! 「『燃えろ』」
「バカ! 止まれ!『燃えろ』 お前ら、止めろ!」
「『燃えろ』」「『燃えろ』」
「『燃えろ』「『燃えろ』」
止める声に、止めるために魔術で点火される体。
次々に火が体を覆う、それでも進む。
体中に触手が絡みつき、引き寄せる。
その勢いをむしろ利用して。
「ムウンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!」
右手の指をまっすぐ伸ばして。
突き刺した。兵士たちの隙間を縫って。
肉塊が鉄槌に振り下ろされたような形容しがたい音が響いた。
アイアンゴーレム状態の僕の方向からは、兵士がそこまで捕まっていない。
追撃だ。
「……ォォォオオオオォォォ……―――――――――――――――――――――オウケトリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
アリムに変化。
触手が引く勢いのまま、足を延ばし隙間に突き刺した。
アリムの革靴越しに、挽肉を踏んだ気持ち悪い感触と、スライムを潰したような音が轟いた。
もだえ苦しんでいるのか、触手がさらに暴れだす。
あの人もさすがに甲冑ごしにダメージを少しはもらっているか。
拳銃でびくともしないアリム状態でも衝撃が来る。
でも。
「速いだけのボールは怖くねぇんだっつの!」
ニックさんがようやく走ってここまで戻ってきてくれた。
触手はニックさんが近づくたびに、姿を消していく。
「ルノ! 始末つけろ!」
バットは垂直に異形を跳ね上げる。
まず抜けたのは甲冑の右手とアリム状態の僕の足。
どういう原理なのか、引き寄せられた兵士たちはバラバラと途中で落ちていった。
多分、非衝撃ホームランだな。
ニックさんは兵士たちに何のダメージも与えていない。
青空の中に異形は飛んで行った。
「『裁かれろ』」
最後は雷が貫いた。
「『燃え上がれ』だから暴走するなと言っておろうが」
「これは熱いでございまする。魔王様」
……あの炎で、熱い、で済むのか……。
「やはり魔王様でなくば、マールーを御するのは無理かと」
将軍と呼ばれた人が言う。
「こやつはまあ制御さえできていればバカ正直でそう悪さをする輩でもない。私専属の護衛でさえいればまあよいのだが。炎を強めればよい訳だしな」
「こちらの問題ですな……」
結構な怪我人が出てしまった。うち重傷者3人。
色々刃物が刺さった異形に強烈に引き込まれたのが悪かった。
死人が出なかったのはまだ幸いか。
それと街や装備の破損も大きいか。
僕とルノさんとニックさんが連れてきたようなものではあるけれど。
あのダメ女神はこの事態をどれほど予測していたのだろう?
そしてひとつ明らかになった事。
「ルノが言っていた将軍って、お前さんかよ。一応この木札を渡しとく」
「……魔王様がご友人と言っていた方か。そうだ。将軍のグラッスと言う」
「ああ将軍、私の友人のニック・ワイズだ。あっちが同じくスズキ・ヒトシだ。で、ニック。言いたいことはわかっているが」
「だろうけどよ。この事態だ、はっきり言うぞ。異形相手だと、俺とルノとヒトシとマールーじゃねぇと対応できてねぇ」
この点がかなり良くない。
この国の最大火力が束にならないと太刀打ちできない。
軍隊の統率は悪くないと思う。ただ火力が足りてない。
瞬間的な火力だけならこの4人がこの国の軍隊を圧倒している。
「……魔術師を育成する機関の創設が遅れたのも痛かったか。優秀な魔術師を国境に配置せねばならんしな。ああいったのに対応する訓練もやってはいないのもある。
大体、常備軍は少ない。農民や鉱山夫にはそれぞれの本分をやってもらわないといけないしな」
「ただこういったのが綻びになる事も考えられます。魔王たちがどう来るか」
「状況が悪いのは変わらんが……」
「でよ。いつもはこのあたりで別の世界に移動してたけどよ。今はそうはいかねぇぞ。一番やべぇのはまたさらに異形が湧いてくる事態じゃねぇか。
一回きりの保証が全くねぇ。
あんなもんがどこでいつ、どういうのがくるのかさっぱりだ。当分俺らがいつでも出られるようにすべきじゃねぇかな」
「魔王どもが攻めてくる時に、異形の対応をせねばならんとはな……」
それはつまり。
「あの、つまり。
異形が出てきた時に、その時を狙って敵の魔王が攻めてくるって普通にありますよね?」
最悪はそれ。
誰だって思いつくのは、敵の魔王たちがそのタイミングに合わせる可能性。
そしてあの異形が湧いてきたと知られたら。
「……まずは将軍。ニックは敵の最前線に立つのを了承してくれた。剛腕の奴にぶつけるのが良いと思う。あと改めて作戦を練る事としよう。
ニック、ヒトシ。今は休み給え。頼み事はこれから増えるだろう。食事も出しておく」
一呼吸おいて。
「マールー。『燃え上がれ』君はもう少し反省するのだ。結果的に貢献したとはいえな」
「承知いたしました」
なおも焼かれる巨躯の甲冑美女。
なんであれで平気なのか。
ルノさんは輿の将軍と焼かれている甲冑と共に城に戻っていく。
「……ヒトシ、練習の続きを手伝ってくれ。状況を良く知らねぇ俺らがこんな時にあれこれ考えても仕方ねぇよ。ルノは信頼できる。あいつに任せておけ」
ニックさんは僕の不安を感づいたのか、そう言った。




