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二十四話 グラン魔王国戦記1

周囲に山並みが見え、地面には一本の整備された道、緑豊かな畑が関所のような門の向こうに敷き詰められている。

山の一角は掘り進められているのか茶色いはげ山ができている。鉱山だろうか?

また畑の奥には全体的にそれなりに豊かに見える村落と規模の小さい城塞が見えた。

どこかヨーロッパの田舎を思わせる世界だ。

「って、これ。結構な上空に転移させられていますよね!!」

上空100メートルとか、そんくらい? アカン。足場ない。

「これはねぇだろ! オイ!」

「ここは……私には珍しく運がよい。『吹き飛べ』落下速度は遅くした」

下からは風を感じ、確かに落下は随分と遅くなった。

これ、ルノさんがいなかったら死んでるぞ……。

ん?

何かが関所にある……、いや段々大きくなっているから飛んできてる…………、ってなんでそんな物騒なモンが飛んでくるんだよ!

「あぶねぇな! なんだコリャ!?」

ニックさんがバットを振るい、その物体は打ち取られる。

「釘の尖ってる方が突き出てる板が飛んで来やがったぞ! 投石機か何かで飛ばしてきやがったのか!?」

投石機で飛ばしたにしては、船の帆みたいな部分がおかしい。

風で飛ばしたのならわかるけど。

風?

今、僕たちその風に乗ってゆっくり落下してるよな。

てことは。

「本当に珍しいではないか、私にとっては。すまないがニックこう大声で言ってほしい。君らの厳正なる勤務に感謝する、と」

 ニックさんの兵器級の大声が木霊した。

もうあんな凶暴な物体が飛んでくることはなかった。

地面に近づくにつれ、段々と右往左往する人影が見えてくる。

いや、統制が取れている動きだ。

「軍隊だな。ありゃ」

とニックさんが呟く。

 少しして地面に到着。

すると素朴な鎧を身に着けた人たちが片膝着いて待っていた。

あれ? 髪が青とか緑に赤? 黒い人もいる。

「諸君、改めて言おう。厳正な勤務を感謝する。出迎えご苦労。元の任務に速やかに戻るように」

ルノさんはまるで王様みたいにその人たちに声をかける。

まさか、ここって。

あの凶悪な物体は、ルノさんの様な突風を自在に操れる人がいるから使える。

そんな風を操れる人がいる世界でそういう王様を思わせる態度をするってことは。

「ニック、ヒトシ。私の国、グラン魔王国にようこそ」


「本当に王様だったのかよ」

同感です。言わないけど。

「だから言っているだろう。私は魔王だと」

その魔王様が冷凍の虫を懐に入れたり、メロンの皮を食うくらいのとんでもなく悪食だったり、一時期屋根裏やら洞窟やらに住んだり、ありえないほど運が悪かったりしないと思うんですが。

それといきなり僕とニックさんとで訳も分からず放りだされたのはあったにしろ、明らかに下の立場の僕を対等に扱っている。

そういう所も魔王らしくない、というか大きな組織の長っぽくない。

町工場レベルの国って訳ではないみたいだし。

「でよ。しばらくいきなり国を開けてたから、早く戻んねぇとヤバくねぇか? 俺のバットに乗れよ。そこから風を起こして城にでも行けるだろ。大臣なりと話しねぇといけねぇんだろ?」

「そうだ。では頼む。君たちもすぐに来たまえ。兵が案内する。私の通訳魔術の範囲外になってしまうがね。精々が私を中心に170尺程度の中で声が届かないと効果がないのでね」

尺貫法?

いや、僕の知っている尺貫法と同じような長さと重さの単位が魔術でなんかそういう感じに翻訳されただけかもだけど!

なんか、余計僕の中では魔王らしさがなくなっていくな……。

「500ヤードくれぇな。わかった、そら通じねぇな。俺らは何とかするから、諸々によろしく言っておいてくれよ」

ルノさんはニックさんのバットに乗り、再び上空へ打ち上げられた。

その姿は一瞬で関所を飛び越える。

兵士たちの戸惑いの声が段々とよく分からない言葉になっていく。

湿原の時の、ルノさんが魔術を使えない世界に行った時と同じ言語だ。

少し気になったのはその戸惑いの声の中で、「おい、あの破城のバカより飛ばしてるぞ!」というのがあった事だ。

まあそれ以外にも、「何をするかわからないのはいつもの事だろ!」

「しゃべるな! この間いきなり下水道から出てきたぞ!」

とか凄い気になったけど。

そしてニックさんは言う。

「HEY, HITOSHI.LET’S GO」

聞き取りやすい英語だった。


「アフン ヤン」

聞き取れるけど意味が分からない言葉に、雰囲気を読んで案内される。

中世辺りのヨーロッパの街は結構不潔だったと聞くけど、小規模な国のせいか全体的に小奇麗だ。

畑はよく整備されているし、水も澄んでいる。

ただニックさんはどこかピリピリしている。

「NO BADY……」

誰もいない?

昼間だけど、人気がないな。誰か作業していてもおかしくはないよな。

 街に入る。

人がそんなにいない?

ん?

よく見たら、道端とか土手とかそこかしこに生えてるの、畑の作物と同じだ。

多分これ、芋。

それも様々な品種の。異世界だから断言できないけど。

あと瓜的なのと豆的なのとかがたくさん屋根から垂らした紐に絡まっている。

 こういう滅茶苦茶に作物を栽培させるのとか、ルノさんらしいぞ……。

花を植えるなら芋を植えろとか言いそう。

でも連作障害とか大丈夫なのか?

「IS THAT CASTLE? SMALL」

ニックさんの言葉で目を向ける。

道の向こうにある城……、というより砦といった感の石造りの建物。

大きさ的には高校の体育館くらい?

ルノさん、色々貧乏とか苦労とかしてそうだし、自分の住まいより国の為に食糧増産とか他の事に力を使っているのかな?

頑丈そうではあるけれど、屋上に明らかに畑を作っているのが気になる。

案内している兵士が門番と何やら話をして、門を開けてくれた。

「HITOSHI! BACK!!」

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

ニックさんの叫びと、門から出てきた何者かの猛牛の様な突進を認識したのはほぼ同時だった。


「WHAT?!! WEAPON? ……NO HUMAN!」

出てきたのは、重厚な甲冑を全身に纏った巨躯の人物。

その人物が文字通り頭から突進してきて、ニックさんがその頭突きをバットで防御……多分衝撃吸収バンドでいなそうとしたけど、相手の土石流の様な勢いがそれを無効化してしまっている。

なんでこんな事が? ルノさんの居城だろ?

何か、僕たちがやらかしたか?

あ、それはないな。

「ココパン! エパタイ!!」

「エクテ エサパネ アリパクノ!」

明らかに兵士がやめさせようとしてるし。

って、アリムでニックさんを助けないと……。

「HITOSHI! NO PROMBLEM!」

するとニックさんは相手の勢いを使って素早くステップバック。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

さらに突っ込んでくる猛牛。

それの足にバットを撃ち当て、その勢いのまま上に打ち上げた。

「UPPER SWING!」

5メートルくらい空に上がって、道路に落ちる。

だがダメージはないみたいだ。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

またしても突進。

「ニックさん、僕がアイアンゴーレムで受け止めます!」

すると

「『燃えろ』 ヒトシ、ニック。全く申し訳ない」

ルノさんの声が聞こえ、同時に道の上に人型のキャンプファイヤーのような大きな火が出現したのだった。


 見ると屋上にルノさんがいた。

着替えて少しデザインの違う服だった。

「客がニックではなかったら惨事ではないか。出迎えろとは言ったが、攻撃しろとは誰も言っておらんぞ。何故に突然命令無視するのか、君は。私がいない間大人しくしていたと聞くから、私としたことが油断したではないか」

「強大なる者が近づいたら排除せよとおっしゃったではありませぬか。魔王様」

いつの間にか火を消し止めている甲冑の人物が言う。

……ん? え?

「女かよ?」

猛牛のような人物が発したと思えないきれいな女性の声だった。

「マールー。とにかく私の友である客だ。顔を出したまえ」

「承知いたしました」

 その鉄仮面を取った時、僕とニックさんは絶句した。


「? どうかされたのでございまするか?」

顔を外気にさらした女性が話す。

「ああ、ニック、ヒトシ。こやつがマールー・カエサリア。様々な点が色々バカな事になっているのがうちのバカの特徴なのだ。細かい所は気にしないでくれたまえ」

そんな声で我に帰る。

「どなたもわたくしの顔を見るとそうなるので、あまり顔を見せるのは好きではないのでございまするが」

もう一度見ると再び意識が持っていかれそうになる。

鮮やかな緑色の髪をした、エメラルドの瞳の、ルビー如き唇の、きめ細かい肌の絶世の美女の顔がそこにあった。

 その人物が近づいてくる……、あれ? でかい?

身長190はあるニックさんより、頭一つ分……。アイアンゴーレム並みのでかさ?

「大丈夫でございまするか? 魔王様のご友人とあらばわたくしがそなたらをお抱えし、医者の元へお連れいたしまするが?」

「『燃えろ』」

え、何で?

またしても燃える美女。

「ルノ、容赦なさすぎじゃね? つか、何もやってねぇだろ」

「そうやって運んだ者の手足やアバラ骨を何本も折っておるのだよ。それでもそのバカに運ばれようとする馬鹿がいて、本当に困る。マールー、警備に戻り給え」

「承知いたしました」

……あれ? ノーダメージ? あんだけ燃えて?

「バカはバカの様に頑丈なのでございまする」

「そういう点もバカなのだ。気にしないでほしい」

……そういう問題?

それとルノさんって、ばか、って言い方にニュアンス分けてるな。

この人についてはそんなに不快感や嫌悪感のない言い方をしてる。

馬鹿女神には最大限の侮蔑を込めてるのに。

「ビックリーガーにもなかなかいねぇぞ。あんだけ力強くて頑丈な奴は。しかも女で。この世界にも超人いやがんのか?」

 今更だけど、ニックさんの所属しているのはメジャーリーグじゃないんだよな。


 そんな美女と別れ、部屋に案内された。

貴賓室なのかな?

華美な感じはないけど、家具なんかは質が良さそうだ。

そんな部屋で。

 僕はそんなバットに向かって少し離れた所からボールを放り投げるしぐさをする。

ピッチャーとしてボールを投げるんじゃなくて、トスバッティングの要領だ。

エアトスバッティングと言うべきか。

バットが凄まじい風切り音を鳴らす。

まだソニックブームが出ていないから本気じゃない。

風圧も室内だからかこれでも加減している。

もしかしたら破壊力優先の直撃したらとんでもないことになるようにしているのか?

それ以前にこんなスイングに耐えれるボールが存在するのだろうか?

 ニックさんから練習に付き合ってくれと言われ、そんな事をしてるんだけど。

……なんか膝下にいってしまった、明らかにストライク外に投げてしまったしぐさをしたら、それはそれで打ち取ってるよな。

普通に安打になったボールが幻覚としてふと見えてしまう。

この人は試合じゃどういうバッティングをするんだ?

ここまでやらないと相手のピッチャーに対抗できないのか?

「次は反対側に移動してくれねぇか?」

そういや、スイッチヒッターだった。

素人の僕が見た感じ、左右ともにスイングの精度、威力共に変わらない。

……バッターとしては最上級にヤバイ人なんじゃ。

 同じくボールを放り投げる。

風切り音と共にボールが飛んで行った幻覚が見えた。

 そしてふと思う。

あのダメ女神、野球における攻撃力と実際の戦闘における攻撃力を同じものとして認識してたからニックさんを召喚したんじゃないか?


「危ない! ……と、今のは気迫のようなものかな?

ニック、ヒトシ。さすがに疲れただろうから休んでほしい、と言いに来たのだが」

そんなボールの気配を直撃しそうになったルノさんが入ってきた。

今度の服は前と同じようなデザインではあるけれど、ズボンのスタイルだった。

前のより動きやすそうだな。

「私はまだまだやる事がある。君たちを元の世界に戻すためにも、ある程度片付けて置かなくてはならんのでね。異形どもが現れても私の国の兵がいる。多少はなんとかなるだろう。君らも思う所はあるだろうがゆっくりするのも仕事だ。今の様な事はほどほどにな」

改めてちゃんと王様をしている人なんだな。

その懐は、冷凍の蟲を入れても問題ないくらい広いという事かな?

まあ僕としてはその言葉に甘えた方がいいのかもしれない。わけわからん能力を与えられても、ただの地味な高校生だ。

「なあ、ルノ」

するとニックさんが言う。

「戦争なんだろ。手伝わせてくれ」


「やはり、気づいてしまったかな?」

「そりゃな。空気に覚えがある。10年前まで日常だった空気の味だ」

この二人の間の空間に緊張が走る。でも。

「私と国民と、周辺諸国の話なのだよ。ニック、ヒトシ、君らには関係のない話なのだ。しかも常備兵ではない。農民兵でも鉱山兵でも傭兵ですらない。いかに異形相手には戦えても話が違ってくる」

「俺も軍人だ」

「ベースボーラーとやらではなかったかな?」

「わかるだろ? 俺がまともじゃねぇのは。一万人に一人の割合で生まれてくるバケモンの一人が俺だ。俺みてぇなバケモンを集めて、普段はフットボーラーやらベースボーラーやらとして集めて試合させて、戦争になったらこっそり軍人として行動させるようになっちまったんだ。俺の世界は。

それで俺も軍人としての訓練を受けている」

「……並みの人間ではない、とは思ったが」

「ルノの世界でもヤバすぎて禁止されてるモンあるだろ。俺の世界じゃ、それが俺たち超人なんだよ。バットを音速で振るえるとか、俺らの世界の物理学って学問じゃ無理なはずなんだ。それを俺らはやってのける。フィリプもそうだ。ただのスラムの子供があそこまで動ける訳ねぇだろ? 俺らが散々な思いで対処している異形に一人で立ち向かえる奴が普通いるか? 魔術も何もなしであんな動ける奴がルノの世界にいるかよ?」

フィリプ君もか。

そしてニックさんの世界でもニックさんは想定外の存在というのか……。

「しかしだね、それだけでは参加させれんぞ」

「俺も戦争は嫌なんだよ。前にジェノサイドフィールドの事言ったよな?」

ええと、あの人形の地獄とやらで少し話した事か。

「ああいうことやっちまったのが、俺のよく知っているアニキみてぇな人だったんだ。

ずっと続いた戦闘の果てに、人を何人も潰して辺りを真っ赤に染め上げちまった奴らの、一人だったんだ」


「…………」

僕は言葉を発する権利がないことだけはわかる。

「俺は超人という名前のバケモンだ。ルノ、王様ならこのカードを切れ。あんな地獄を作りたくねぇ。見たくも聞きたくもねぇ。始まっちまった戦争は一気に始末つけるのが、一番人が死なねぇ。

王様なら俺を上手く使いやがれ」

「では聞くが」

ルノさんが言う。

「何故に君はその惨劇を作りかねない立場にいるのかな?

場合によってはそういう命令を受けるだろうに。

そのような事態から逃れるために、ベースボーラーにならないのもできたのではないかな?

禁断は制御不能に陥るから禁断なのだ。私が闇に飲み込ませるのは何度も見たと思うが。

あれも禁断でね。私には幸い大した負荷もなく制御可能だが、他の者にはそうではない。魔術による心身の負担だけではない。無制限に使えばあの魔術の万能感に酔い、狂う。

ニック、君も油断したらそうなるような不安定な立場に何故にいる?」

……だから、あの魔術はまともじゃない存在の異形のような相手にしか使わないと言っていたのか。

「ダチとの約束だ。

10年と少し前まで俺の世界じゃ戦争が起こってた。それも世界中を巻き込む大戦だ。

9歳だった俺は超人訓練施設に入れられてな。そこが敵から襲われた。強烈な毒ガスを撒かれた。

そこで仲良くなったダチが死んだんだ。そいつと俺の夢は一流のベースボーラーになる事だった。俺はそいつ、あのクソなオッサンの世界でドッグタグ見ただろ。ボブ・ブラウンって名前の。

ダチの名だ。あいつの分まで俺はベースボーラーをやると決めたんだ。

どんなに腐れたクソな人生になろうともよ」

 一呼吸置いた。

「俺はダチとチームの為に戦う。

ベースボールでも戦争でもだ。

戦う相手はどうなんだって話だが、俺は矛盾を矛盾として背負う事にした。あえて気にしねぇ。クソ野郎かも知れねぇけどよ。

そう開き直るくれぇじゃねぇとバケモンは生きていく事も無理だ。

惨劇を起こせる奴はそれを抑える力もあるだろ。

俺は俺の力が及ぶ限り、目の前の惨劇を止める。

そしてルノ、お前さんが何と言おうと、お前さんは俺のダチだ。

もう一度言う。

戦争なんだろ。手伝わせてくれ」

ルノさんは不動のまま、ニックさんを見ている。

この二人の間の空間に緊張が走る。でも。

「“良き友に出会いし事。其は最上を修めし事と同じ事なり”」

それは決して悪い物ではなかった。


「まさか、あの馬鹿女神に感謝せねばならない事があるとはね」

ルノさんは腕を組んで、天を仰いだ。

「このような形で良き友を得るとは思いもよらなかったよ。ではニック」

「おう」

「友として頼む。死地に行ってくれ」

「任せろ」

「即答とはな」

「バケモンの仕事だ。王様は王様の仕事をしてくれ。できるだけ速攻でクソな争いを終わらせろ」

「グラン魔王国の魔王として、平和と苦痛からの脱出を説いたディアスの信徒として、誓おう」

「おし、手ぇ握れ」

「む」

握り拳同士が、強くぶつかり合った。


「って、ヒトシ。おめぇもだ」

「そうだぞ。ヒトシ。君もここまで異形共との訳の分からない戦いについて来ただけでも称賛されるべきだ」

 いや、この二人ほどの信念、決心を見せられたら、正直恐れ多いんですけど。

僕、ただの平凡な高校生ですよ?

「細かい事は気にすんな。ダチはダチだ」

……未熟な高校生なりに、この人たちの言葉を信じようか。

あとできる範囲でやってみよう。

僕もまた握った拳を二人の拳にぶつけた。

ふたつとも鉄の様に硬い拳だった。

「あの、僕は大層な決意も何もないんですけど……、ルノさんに協力したいです。雑用でもいいんで」

「ふむ……、少し試したいことがある。ヒトシ、後で呼ぶのでその時に来てほしい」

「わかりました。喜んで」


 それで、一つ疑問。

「ところでなんで戦争に巻き込まれたんです?」

好き好んでそういう事やる人じゃないし、そういう雰囲気でもない。

攻め込まれてしまったんだと思う。

「実に、想定外かつ、ついとらん事がきっかけなのだ」

言いにくそうに、ルノさんは言う。

「私が女だと、公表したのが悪かったようだ」

え?

「って、おい。どういう事だ? 男装してたのかよ?」

そういや今の服装、男物?

「私自身、出身一門の一部から怨まれててね」

そういや、叔父さんに売り飛ばされそうになったから、返り討ちして叔父さんの方を売り飛ばしたって言ってたな。

「14歳の時か、私を奴隷として売ろうとした権勢をある程度持ってた叔父2人と甥の3人とその財産を代わりに売り飛ばして逃亡したのが悪かったのだろうね。若気の至りだ。やりすぎてしまった」

思ってた以上に派手にやってる!

僕より年下でそういう事やってのけただけで凄いと思います。てかもう、仕方ないです。

「それでまともに帰ってくる訳にはいかなかったのだよ。男として、髪を黒く人間として、目元に怪我があるとして顔の上半分に面をつけて、国を設立したのだ」

そこまでやらないと故郷に帰ってこれなかったのか。

「なんでそこまでして国を作ったんだ? 命懸けじゃねぇか。って理由は前に言ったか?」

「少し言ったかな。まあ、当初は父を魔王として国を建て、このような目に遭っても我がクラウディウス一門を盛り立てたかったんだが……馬鹿どもばかりで結局は無理であった。結局、父から自分が立つ必要は最早ないと魔王の座を譲り渡された」

親戚はほとんど追放したんだっけ。代わりに他から人材を登用したって話だった。

だから多様な髪色の人がいるのかな。

「んで、なんで実は女でしたで済む話がこじれて戦争になっちまったんだ? 他にもきっかけはあったんじゃねぇかよ?」

「頭がついに狂ったと思われたみたいだ」

どういう事だ?

「まず国を設立したら、頼りにしていた一門の長老が即座に病に倒れ、重しがなくなった親戚一同が反乱を企て、時間をかけて鎮圧させたら蝗が大発生。無理矢理魔術で燃やしきったら、残っていた一門の者が私を暗殺未遂。炭鉱の奥底に馬鹿どもを押し込んだら、そこで麻薬をそこで労働者にもばら撒きおった。

関わった馬鹿はすべからく燃やし、私が魔王として父から座を譲渡された。

わかるかね?

人間なのに魔王となったのだよ? まだ魔族と明かしておらんのだよ?

後ろ盾になるべき一門も抹消させてしまって!

 それからと言うものはなだな!

あちこちで反発やら周辺諸国からのちょっかいやらが頻発!

力と政治で抑え込んだら、要の炭鉱が落盤!

発見した鉄鉱山までも落盤!

解決させたら、飢饉発生! 土砂崩れも発生! 疫病発生!

なんとかしたらまーた、反発やら周辺諸国からのちょっかいやらが!

そんな事の繰り返しだよ!

そうこうしている内に、私が魔族の女だと言う機会を失ってしまった。

全て最近になって諸々を安定させたのを機に公表したのだが……、どうも苦難の連続についに精神に限界が来て妄言を吐いたと他の国々は思ったようだ」

……本当にこの人の魔術と人間性は、運の犠牲の上にあるな……。

ただ、これで戦争を仕掛けられるのはちょっと不自然だけど。

「なあ、さっきあの飲み込まれろっての禁断のシロモノつってたよな?

割と連発が効くやべぇのが、もしお前さんの気が違ったらってことになるとよ、周りの奴気が気じゃねぇんじゃね?

風に乗って高速で移動もできるんだろ?

暗殺に使われたらとんでもねぇぞ」

……それもあるのかも。

「で、あろうな。

脅しには使ったが……。

それとだね。諸国の芋などの食糧と鉄鉱石と石炭の要というべき存在になのだよ、私の国は。

それならいい機会だから奪おうとなど言っておったそうではないか!

あの馬鹿どもは!!

他の者にそう簡単に維持できるか!

自分で言うのは何だが、善政の魔王と称されるだけの事はやってきたのだぞ!

大体だね!

25年の私の統治をなんだと思っておるのだ!

こんな下らない理由で滅ぼしてたまるか!!」

「ん?」

「え?」

今何て言った? この人。

25年の統治?

いや、生まれてきてから精々25年って感じの外見だぞ?

下手したらニックさんよりちょっと年上かな、くらいに見えるのに。

考えてみれば、一から国を作って安定させるのにはそのくらい時間はかかってもおかしくない。

しかもこの運の悪い人が。

 ……この人何歳だ?

「む。そういえば私の年を言ってなかったかな」

ええ、聞いてません。

「49歳だ」

本当に色々ブッこんでくる魔王様だな!

この人は!


ルノの国の言葉は上から以下の通り。

(こちらへどうぞ)

(やめろ! 馬鹿!!)

(魔王様をここに連れて来い!)


ちなみにグラン魔王国において、ルノが女性だと公表した際の反応は、

「またあの魔王様、何かやってんな。まあ、そこは善政の魔王様。悪い事にはならんだろ」

が大半だったとか。

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