二十三話 死の人
まず説くべきは“書物”の御言葉。
今この時から、この邪悪なる地は聖所となる。
滔々と続く御言葉、それは謡うように。
いかなる者さえも邪魔はできない。
そして言う。
「清め給え」
暗い夜の地面に、ほのかに光の粒が舞い降りる。
「慈しみ給え」
その光は強くなる。
「裁きを下し給え」
主が遣わし光が降り、邪悪は焼き尽くされる!
嗚呼、いつもながら圧倒される光!
主よ感謝いたします!
これでこの呪われた地は、祝福されるのです!
「ぐわ!」
「いて!」
「うわ!」
……人の声?
え、今地面の下から聞こえてこなかったか?
地下室? まさか。
「オイ、今のおめぇかよ! 痛かったぞ、マジで!」
……地面から飛び出てきた?!
それも明らかに生きている人間!
肌は見た事のない黒色、なれど明らかなる人間だ。
「なんか、嫌な予感はしたんですけど! やっぱり駄目だったんじゃないですか? こんな所で寝るってのは!」
もう一人生きている人間が、出てきた。年端のいかない少年だ。
彼らのその見聞きしたことのない服はなんだろうか?
え、こんな所って地面の下で寝る?
なんでそんな事を? 死の人でもないのに。
「って、ルノさんですよ!」
「絶対ロクな事になってねぇぞ! オイ、生きてるか?!」
もう一人誰かの声がした。
「……くそう……毎度毎度、ついとらん……。『巻き上がれ』」
突如として発生した竜巻。
それは一瞬で土砂を大量に巻き上げた。
すると出てきたのは……、顔を岩で押しつぶされた女性?
「なんでこんなことになってやがんだよ!」
「絶対怪我してるじゃないですか!」
黒い肌の男は岩をどける。
「全く、これはないだろう……」
鼻血を流しながら、女性は起き上がる。
その髪色は不自然な程に、青かった。
「それで、何事かね?」
小さく切った白い布を鼻に詰めながら女性は聞いてくる。
「その前に大丈夫ですか? 痛いなんてもんじゃないでしょう、あれは」
「ああ、骨は折れてはいない。とっさに防御できた、打撲だろう。ヒトシ、ガーゼとかいう布を携行していたのに、感謝する」
「ヒトシ、用意がいいな」
「せっかく非常用袋を用意したんで、入れておきました」
「では、話を戻す。何事かな?」
……こっちが色々聞きたい。
「あなたたちが生きている人間なのは確かですが、なぜ地面の下にいたのですか? ありえない話ではないですが」
「寝てたのだが」
「疲れ切っててよ。崖に穴を掘ってそこで寝る事にしたんだ。割と掘りやすい土だったしよ」
「崩れそうな気はしましたが」
「私は一時期山に穴を掘ってそこで生活していた。一時しのぎ程度なら問題ないと踏んだのだが……なんだね、3人とも」
「ルノ、お前どういう生活をしてきたんだ」
「洞窟暮らしって、どこの原始人ですか、あなたは」
「お仲間からツッコミが入るとは、どういう関係ですか。あなたがたは」
「まあ、とりあえず一週間ぶりくらいにまともに寝る事が出来た。まだ厄介な事もおきておらん様だ。では再度聞こう。何事かな?」
一週間ぶり?
お仲間の二人も、驚いている様子だ。
しかし、知らないのか? この地の事を!
いや、待て。
この場所に生きている人間が寝ていた、という事は……。
「違う場所か! ああ、主よ! この子羊をお守りください!」
少し離れた場所から、何かが湧きだそうとしている。
主の御力は少しばかりズレ、目標に届かなかったのだ。
地面は盛り上がる。
闇がそこに次々に入り込んでいく……。
そうして出てきたのだ、死の人が。
邪悪がそこに立ち上がった。
「つまり、彼の者に攻撃を加えるはずだったのか」
髪の青い女性が言う。
「俺らと同じように寝てたのか? いや、そういうわけでもねぇな」
と、黒い肌の男。
「……って、こんなに十字架が立っているなんて、よく見たらここ墓場じゃないですか! つまりあれ、ゾンビ?」
黒い服の少年が何か言った。
ゾンビとはなんだろうか。いや、そんな事を考えている場合じゃない。
彼らは……、信じがたい事に知らないのだ!
「まさか存じないとは!
光である主を否定せし悪なる闇が、死の人に入り込みました。これからあの死の人は人を襲い、襲われた者は更なる死の人と化し、爆発的に死の人が増えていくのですよ!」
「要するにゾンビじゃないですか」
だからゾンビとはなんなのだろうか。
「つまりは排除すべき存在だな。厄介が来る前に始末つける。『燃え上がれ』」
すると、火の気がないにもかかわらず炎が広がっていく。
ああ! なんてことを!
「死の人に火を放つなど、なんて恐ろしい事をなさるのですか!」
「む?」
「オイ、なんか様子がおかしいんじゃねぇかよ?」
「キャプテン・レッドが確認した! 来るぞ! 猛烈なる怒りを露わに我らの方へ!」
見た事のない風貌の、赤い人物が叫ぶ。
……どこからやってきたのだ?
死の人の顔の穴々から、炎がふいごにあおられたように噴き出る。
本当にこの方々は知らないのだ。
生の人は体に光があるから生きている事を。
死の人はそうではないのを。
「なんで死んだ奴が動き出すんなら火葬にしねぇのかと思ったらよ、こんな事になりやがるからかよ!」
黒い肌に白い服の男が、棍棒を振り回し死の人を打ち払う。
凄い。棍棒を振る勢いで風を起こし、死の人を吹き飛ばし、巻き上げた砂で撃退さえもする。
「ならば消そう。『降りしきれ』そして『吹き飛べ』」
突如として雨が降り、風が起き嵐となって死の人に降き荒れる。
だが、死の人の動きは速い。
つまり注がれた炎が強すぎたのだ。
「“書物”にございます。一握の銀貨への欲の為にいかなる悪もなすであろうと。その如く死の人は炎の強さにより、生を穢す欲のために我らを襲うのです」
「“世は燃えるもの成り。欲望の焔を上げて。其は死の境地なり”という事か。まさに」
誰の言葉だろうか? 似ているが“書物”の御言葉ではない。
「オヤスミノオジカンデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
聞いた事のない声色が耳に入ってくる。
小柄なメイドの声だ。
一体どこから現れた?
メイドは地面から引き抜いた十字架を、体を半回転させ遠心力をつけながら、死の人に投げつける。
それは凄まじく、死の人が数人串刺しになる。
だが、なんて事を!
どこまで無知なのだ!
「何をなさるのです! 引き抜いた十字架の場所から死の人が出てくるではありませんか!」
地より出てくる死の人は、周囲に感応して炎を顔の穴々から噴き出していた。
「それは抑える栓のようなものだったか! 何という世界だ!」
「デハ、オヤスミナサイマセ。ゴシュジンサマ」
するとメイドは木の枝を折り、それをそのまま出てこようとした死の人に突き刺した。
……生えている枝の感じが、十字架に見えなくもない。
「臨時に聖別いたしましょう。清め給え、主なる神よ」
光が舞い降り、一時この枝は十字架となる。
死の人は、そのまま地へ帰っていった。
「彼ら専用の魔術か? いや、私たちもダメージを食らったが」
「そういや俺らになんか攻撃やったけどよ、それって親玉にやるつもりだったのか?」
本当に何も知らないとは、嗚呼主よ、御心ならば彼らに知恵をお与えください!
しかしこちらから説明をせねば。
「そうではなく、聖別が不十分であった十字架があったという事です。ひとつそのような事があり、死の人が地より出た時それに続いて死の人が出てくることがあるのですよ!
聖別された十字架によって封じられたとしても!」
それが今の状態だ。いや、それどころじゃない。
ここまで、ここまで酷くなる事があるなんて。
無知なる彼らは闇なる悪から遣わされたとでも言うのか……。
「…………ォォォオオオォォォ…………」
突如として巨大な像が現れた。
その像は、岩を転がし死の人を地に帰している。
死の人に纏われても全く意に介していない。
「ヒトシ! そのまま頼むぞ! 『降りしきれ』そして『吹き飛べ』」
なおも青い髪の女性は土砂降りをその言葉と共に発生させる。
光と同じく天より降る雨は、聖なる性質を持つ。
死の人の炎は消えていく。
「負けてらんねぇな!」
黒い肌の男はその雨を土砂を混ぜて別な方向に強烈に吹き飛ばす。
死の人を、主の光に頼らず地に帰していく。
死の人をかなり減らしていくが、それでも次々に出てくる。
この子羊である自分だけでは対処できなかっただろう。
しかし、こんな事があるのか。
何か、悪い事が起こっている……。
すぐに思いつくのは、この場所の地下に寝ていたというこの三人が元凶という事。
だが、生きている。
死の人を地に帰している。
だが、全く知識を持っていない。
闇なる悪と彼らは関係がないとしても、一体なんなのか?
それに最初いた少年の姿はどこに行った?
代わりにいるのは、
「…………ォォォオオオォォォ…………」
巨大で奇妙な動く像だ。
こんなものが存在しえるのか?
「…………ォォォオオオォォォ……――――――――――――――――――――同士よ! 空を見よ! ダークシャドウが現れようとしている!」
一瞬で先ほど見た赤いかつて見た事のない姿の男となった。
しかし、彼に注意を向けている暇がない。
ただ今は夜、辺りは暗くなれど主の光がより輝くとき。
その闇の中で、ドス黒い邪悪が渦巻いているのが、見えた。
「来たか! こ奴らを片付けたかったが!」
「そういやなんで、飲み込まれろ、ってのをやらなかったんだ?」
「こ奴らはまだ真っ当に思えたのだ。私たちに害意を向けるだけではあまり使いたくない。ただの物体か下等生物かそれに類するロクでもない存在にのみ使うのが主義だ。ニックやヒトシは不満を覚えるかもしれんが」
「いや、俺は納得した」
「このキャプテン・レッドもその主義を支持しよう! しかし! あのダークシャドウは一体?!」
何を彼らは言っているのか。
何より邪悪なる闇から出てきたモノは何なのだろう?
土色の面。
装飾はなく、穿かれた空虚さを感じさせる大きな両目、その目の下には涙を表すような溝が数本垂直に引かれ、全体は縦横人の背丈ほどはある何か。
それが宙に浮いている。
邪悪なる者に対してなすべき事はひとつ。
無数の死の人にやれない事を、あの土面にする。
「清め給え。慈しみ給え。裁きを下し給え」
闇夜を切り裂く光が降臨する。
そしてあの土面を覆いつくす。
それは周囲にいる死の人さえも一部地に帰るほど。
おそらくあの悪がこの異変を引き起こした。
これで間もなく、改めて主の祝福がこの地にもたらされる。
「同士よ! 今、光をもたらした同士よ! 一旦引くぞ!」
赤い男が子羊たる自分を抱え走り出す。
「このキャプテン・レッドが確認した! 一気に状況が悪化したのだ!」
「加速する! 『吹き飛べ』」
突風が吹き、丘の上へ飛ばされた。
「お前さん、何やった?」
黒い肌の男が言う。
「いきなり断末魔の本領発揮しやがった」
見ると、あの土面に体が付いていた。
「いや、断末魔と言うより、火に油を注ぐ如く強化されてしまったという印象だ。あの光を吸収したとでもいうのか?」
「キャプテン・レッドが思うに! ダークシャドウは一切の常識が通じぬ存在! なれば、ゲームの如くこちらの攻撃を吸収することもあり得るのでなかろうか!」
「わからねぇが、ヤベェ雰囲気はしやがるな」
邪悪なる闇が、主の聖なる光を吸収してしまった?
そんな、そんな事がある訳がない!
「もう一度、もう一度だ……」
フラフラと前に進もうとするこの子羊たる自分の肩を掴まれ止められた。
「待て。仮面のあの野郎、なんかやってやがるぞ」
土面は地面に座り込み、邪神に祈るかのように斜めに両腕を挙げ、奇妙な声を出している。
イロイ、イロイ、イロイ……
その声の度に、両の目からは涙が流れ出してきた。
その涙は滝となり、地面に落ちる。
涙が落ちた瞬間、緑が広がった。
まさか……、まさかまさかまさかまさか!
「主の御業でもないのに、そのような事が!??」
「同士よ! よく見るのだ! あのような草はこの世界において普通なのか!?」
見ると毒々しいまでに過剰に緑色の草は、狂ったように生え、病気のようにのたうつ。
また髑髏のような異様な花を咲かせる。
夜の月明りの下でさえ、異常を確認できた。
死の人とは違う形で冒しているのだ、この地を……。
イロイ、イロイ、イロイ……
虚ろな声の度に、祝福されるべき地が、今までにない悪に襲われている……。
主の光が通じない今、どうすればよいのだ……。
「ヒトシ、墓から出てきた奴ら、見えるか? 何かやってやがるぞ」
「確認した! 今まさにあの仮面の者に襲い掛かる所だ!」
暗くよくは見えない。
だが死の人にも悶えるような草が生え伸び、それにも関わらずあの土面へ立ち向かっている。
草花に覆われ動きを止める人を土台にして、新たなる死の人が石を片手に殴りかかっている。
間違いない、死の人と相反する存在が、あの土面の化け物なのだ。つまりあれは生の人の側であり主の側であるのだ……。
主の意志に反しているのにも関わらず……。
土ならば、闇に近いはずなのに……。
このような悪が存在し得るのか…………。
「では、あの墓から出てきた者たちを支援するのがよいかな。とは言え、下手に魔術を使うと彼らを巻き込むな。殴りかかっている以上、飲み込むのは避けたい」
「あの水にも墓から出てきた奴らに近づくのも避けてぇしな」
「アイアンゴーレムと言えども! あの水がかかったならば! どうなるかわからない! この世界の住民である同士よ! 墓から出てきた我が同士について! もう少し詳しく教えていただきたい!」
赤い男が何か声をかけてきた。この状況で。
「あなたがたはなぜ平然としていられるのです? このようなありえない事が起こってるのに!」
「『光極まりし時陰となり、陰極まりし時光となりたり』
私の世界の人間たちの一部ではそう言う事が言われている。君は光だ闇だ言うが、一時的な変化の一面しか見ていないのではないかな?」
「このキャプテン・レッドの世界にも! そのような言葉があった! 同士よ! 全ての物は我らの意識の反映でしかないとも言う! その中で正義と言える物を! 探すのだ!」
「俺はそういう、誰かが言ったような言葉とかは知らねぇ。ただ敵チームの弱点つくなら、今の状況を知らねぇとよ。俺らもお前さんも、多分あの死んだ奴らも、あの仮面に関しては味方だ。教えてくれ、お前さんにとっての光とかをよ」
“書物”にない言葉を彼らは操る。
……主よ、お許しください。
「光とは我ら生きている者の根源、世界を作り出しし主の御業です。その御業と正しく生きる術はこの“書物”にあります。
闇とはそれに反するもの。死や滅びに関するもの。“書物”にない言動をする事でもあります。
あの土面に対し、主の御慈悲であり御業である光を降しました。
主に反する行為をなす闇ならば砕け散っていたことでしょう。
なのに……、ああも強大になるとは……」
“書物”に従わぬ彼らの力を借ります。
「ふむ、光では駄目と。とは言え、さらなる炎であの墓から出てきた者たちを強化するのも良くはなさそうだ。私たちが彼らを対処できなくなるかもしれん」
「あの異形の仮面に散々あいつら石とかぶつけてるけどよ。俺のフルスイングで効果あるかはっきりしねぇな。あいつらの力は結構な強さだ」
「同士たちよ! あの墓から出てきた者たちだが! 明らかに不利になっている! 大半の者たちが異様なる草に覆われてしまった! ああなると行動ができないようだ!」
「よし、では近づくぞ。一つ、やってみたい事がある」
「デハ、オツカマリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
赤い男が変化したメイドに背負われ、またしても死の人の元へ移動する。
突然吹いた風により強烈に加速され、あっという間に着いた。
我らに気づいた死の人は、それどころじゃないのか、あの土面になおも向かう。
地面には主の御業に反するような植物が繁茂している。
イロイ、イロイ、イロイ……
空虚な声の度に、そんな緑は増殖していく。
「果たしてどうか。『黒くなれ』」
その女性の声と共に、彼女の足元から黒い影のような物が伸びていく。
影の進行上にある植物はその影に覆われると消滅した。
そのまま土面に影は取りつく。
影が付いた所からその土面の体にヒビが入っていく。
空虚な声が止まった。
土面はこちらを振り向く。
イロイ、イロイ、イロイ…………
水を、こちらに流そうとしている……。
「させるかよ」
棍棒が地面を抉り、土面の両目に土が打ち込まれ、塞いだ。
一振りでどうやって?
「よし、目論見が当たった。『黒くなれ』」
再び影が目が塞がれ苦しむ土面に襲い掛かる。
「イシヲクロクナサッテクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
メイドがそんな事を言った。
「む、なるほどな。ではそっちにも。『黒くなれ』」
また一筋、地面に影が伸びる。
それは落ちている石を黒く染め上げた。
「ウケトリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
メイドがそれを拾い上げ、体を反転、遠心力をつけて土面に投げつけ、それは土色の体にめり込んだ。
「おら、お前さんたちも受け取れ」
黒い肌の男は、棍棒で打ち上げて死の人の足元に飛ばした。
拾い上げる死の人。
そのまま猛烈な勢いで土面に向かっていった。
打ち砕かれる土面。
必死に目の土を搔き出そうとするも、メイドが投石して黒い肌の男が棍棒で黒くなった石を打ち、腕が破壊される。
そうこうしているうちに、その体は粉砕されていった。
執拗に執拗に、黒く染まった石によって。
死の人は、こちらを振り向く。
死の人の誰もが、異形の草花を体に生やし、痛々しく損傷していた。
すぐに視線を地面に移し、地面に穢す様に生える草に対して黒い石を打ち付ける。
一本一本を念入りに、清めるかのように。
見ると最早残っているのは数人のみだった。
残りはもう、土に戻っていた。
「これから先は彼らの仕事の様だ。それと君も関わるか」
青い髪の女が子羊たる自分に言った。
「俺らはまた行かなきゃいけねぇからよ。てか、黒くする魔術なんてモンもあるんだな」
行く、とはどこへ行くのか。
「あれは本来、瞳や髪を黒くして人間たちに紛れる為に構築したのだ。学生時代あれでゴマかしきった。闇魔術の一種ではあったが、こう使えるとは思わなかったがね」
「ちょっと気になったんですけど、いいですか?」
ずっと見えなかった少年が現れた。
メイドも赤い男も巨大な像もいない。まさか彼の姿の一つに過ぎない?
「思ったんですけど、ルノさん言ってましたよね。君は秩序立てる分解者のようなものかもしれないって」
「む? ああ、イーターにか」
「あの人たちもそうなんじゃないですか? 嫌われてはいるけど大きく見れば、生から死に移り変わって秩序立てているように思いました。異形を倒しましたし。
死んだ以上、生態系の中で何かの糧になるでしょうし。
まあ、部外者の簡単な感想ですけど」
……主よ、これもあなたのご意思による秩序なのですか?
“書物”には書かれていなくとも。
「まあ、剣を倒すぞ」
黒い肌の男は背負っていた剣を地面に立てた。
それは子羊たる自分の方へ倒れる。
「お前さんか。まあ、言葉通じるかわからねぇ墓から出てきた奴らの誰かじゃなくてよかったけどよ」
「待てニック」
「どうしたよ」
「ろくでもない物が勇者候補になっていかねん。君、何か持ち物と言えば何かな?」
持ち物、と言えばこれだ。御言葉が書かれし“書物”を差し出す。
「説明しにくいんですが、剣が倒れた方向にある物で剣を抜こうとすれば、別な世界へ移動できるんです。それで元の世界に帰るためにこういう事やっているんですよ」
そう言いつつ、彼らは“書物”を開き剣の柄を挟んだ。
抜こうとする。が、抜けはしない。
「さて、これでどうだぁぁぁぁぁぁぁ!」
「これかよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「これですかぁぁぁぁぁぁ!」
……彼らは地面に吸い込まれるように。いなくなった。
夜に月明りが降りている。
主の御恵みのひとつである、月光が子羊である自分と死の人たちに降り注いでいる。
彼らは必至で、邪悪であろう土面の痕跡を丁寧に休みなく潰している。
私も彼らの一人になるやもしれぬのだ。
死した後に立てられる十字架の聖別が不十分であったのならば。
これも主の大いなる計画のひとつなのかもしれない。
いなくなってしまった、“書物”とは別な言葉を操る3人ともう少し話すべきだったかもしれない。
死の人たちは、なおも働き続けている。
明日には主の光により、裁かれるだろう。
ですが主よ、今この時だけは死の人の為に祈る事をお許しください。
彼らは主に造られた世界を清め、それにより多くの命を助けたのですから。




