二十話 悪者
おらは生贄になっとです。
皆がひしめき合った広場の、生贄の燭台に向かっとります。
黄金に着飾った神官に「悪者」とそう言われ、その時からおらの生活は一変したっとです。
家族からも忌み嫌われ始め、何をしたのでもなく泥を投げつけられるようになりました。
あまりの酷さに森へ逃げっとですが、そのたんびにおらは捕まってしまうとです。
逃げれば逃げる程に、その「悪者」としての評判が強くなっとわかり、全てを諦め隅っこで暮らしたとです。
でもそうしてましたら、無理に街の外に追い出され、逃げたぞとの神官の声に皆が従いまして、おらはさらに「悪者」となってしまったです。
飢えのあまりにその辺の草を食べれば蔑まれ、手を洗えばかえって穢れると言われ、皆が自分から近づいては下劣だからあっちに行けと脅されもした。
そしてとうとう、おらは生贄にされる事になっとです。
神官は、邪悪なおらは丸焼きにして神に捧げんと清浄にならん、と言っとります。
おらが何をしたんでしょう?
最近の街は平和で悪い奴はおらんです。
昔は明らかに強盗とかする悪い事する奴がおったから、今のおらより少しマシな状態に追い込まれた奴が生贄にされてました。
段々、おらは本当にそんな「悪者」になってきた気さえします。
でも悪い事はしてなかったとです。
「悪者よ。俯くその顔は悪者の顔だ。だから歩むその土さえも穢すのだ」
そう神官が言いました。
おらは、悪者なんですか?
「おらは悪者なんですか?」
「“貪欲と嫌悪は自らが生むもの成り。邪悪もまた然り”そうではないのかな?」
おらの声に返事がしたっとです。どこからでしょうか?
「ルノ、そんな事言ってる場合じゃねぇよ。つか狭めぇ!」
「キャプテン・レッドが聞くに、かなり大勢の人々の声が聞こえる! ここから離れるのが賢明だ!」
さらに声がすっとです。
「すまねぇ! ルノ、変なトコ触っちまったかもしんねぇ! つーか、またルノが俺らの下敷きになってねぇか?」
「ここはこのキャプテン・レッドも謝罪する! それ以上に早く出ねば窒息してしまうぞ!」
「そこは気にせん。私もお互い様であろう。押しつぶされるのはいつもの事、問題ない。だが、この壁は……丈夫すぎる! くそう、ウチのバカでもいればすぐに壊しただろうに……」
生贄の燭台がしゃべっとるです!
おらを鎖で繋いでいる、神官の家来も驚いとです。
こんな事あったですか?
「何をやっておる! 早く神に捧げよ!」
神官は声を張り上げておるとです。
遠くにおるで、燭台の声が聞こえなんでしょう。
「外の状況が見えんが、仕方ない。近くにいる者に怪我がなければよいが。『崩れろ』」
そう生贄の燭台がしゃべったです。
するとおらたちが立っている台座が、その時崩れなすったのでした。
がらんがらん、大きな音を立てて石造りの台座が崩れました。
倒れ、ちょいと頭を打ったおらは空を見上げつつ、さっきの言葉を思い起こしながら呟いておりましたです。
「貪欲と嫌悪は自ら生ずるもの成り。邪悪もまた然り」
すっとおらの心に入りました。
「それが私が信奉せしディアスの言葉だよ」
生贄の燭台の土台部分、そこから声が、いや人が……、人でさえなかったとです。
青い髪色の神が出てきたっとです。
見上げていた空の色のような。
「おう、さっきなんか言っていた奴か? 大丈夫かよ?」
続いて現れし神は、闇夜のように黒い肌の男であったです!
「同士たちよ! 改めて人が大勢いる! この状況は大変に危険だ!」
またしても現れた神は、火のように赤かったです!
生贄の燭台から神々が降臨なすった瞬間におらは立ち会ったとでした。
「悪者よ! そのかつてない穢れのために邪悪なる亡霊を三体も呼び寄せたか! 皆の者よ石を持て! 亡霊と悪者を石で打つのだ! それが神の声である!」
神官がなおも叫ぶとです。
神の声は神官にしか聞こえんです。
それは本当に神の声とでしょうか?
もしや神官にとってはおらを悪いように作らんとならんかったでしょうか?
「『吹き飛べ』」
風が不意に巻き起こったです。
それは石が全て空へ、青い中へ飲み込まれっとです。
神は天でなく、ここにおわしました。
「全く、何が神か。私の周りにいる馬鹿はどの世界にもいるのか」
青い神の仰せになった事はおらには、到底わからぬ事とです。
「魔族どもは神が喜ぶからと殺し合いをして、人間どもは異端だと言いながら神の名の下に少し道に外れた存在を命ごと潰す! やっている事は変わらないのに、お互い邪悪だとまた殺しあう!
だから、嫌なのだ。神の意思を都合よく聞いてどうする。
私の国が不安だ、全く」
雰囲気から、神はそれでも憐れみをかけているようでもござったです。
「ルノ。まあ、同意する」
「同士よ。同意しよう」
青い神に仕えると思しき神々は労わっておりもうしました。
人々はさっきの大風で驚き怯え、神官はいかに声を張り上げども動揺は続いとりました。
「“自ら自身を頼り、自らが苦痛を脱するに足るもののみを信ぜよ。朽ちた教義ではなく”。こ奴らにこれを言いたくはあったが。ここまでの人数には何も通じん。速やかに去ろう」
それに黒い神が続いたです。
「それいいな。俺が言う」
そしてこの言葉が、とてつもない轟音として広場を震わせたとです。
「自ら自身を頼り、自らが苦痛を脱するに足るもののみを信ぜよ。朽ちた教義ではなく」
おらにとっても、誰にとっても忘れるに忘れられない言葉となったでした。
おらも、それに近くにいる人は気絶しそうになっとです。
「あー、喉痛ぇ」
「ニック、どういう声だ。今のは。というかさっきから思っていたが、どういう体の構造をしておるのだ」
「同士よ。ほぼ兵器だ」
「まあ、だからあんまやんねぇんだよ」
向こうを見ると、もぞもぞと神官が起き上がっとです。
何か、叫んでいるようでありもうしたが、何も聞こえんとです。
空を指さすばかりです。
代わりに赤い神の声が聞こえたっとです。
「今まさに来るぞ! ダークシャドウだ!」
見ると、さっきまで青かった空が不気味に雲っとったです。
あんな雲は今までになかと、と近くにいた老人が言っとりました。
「くそう。狙うのが私たちだけならばよいのだが!」
「同士よ! ともかく移動だ!」
「だな……。おっと」
黒い神がおらの手にかかったまんまの鎖を見やりますと。
「おら、早く逃げろよ」
手にしておられた棒の一振りで、鎖をお切りになすったです!
ありがたさに、手を合わせ、おらは神々の邪魔をしないよう、せめて皆をなだめ逃がします。
神官が呼んだのか、おらたちがいままで拝んでいた神が怒ったのか。
空には病で化膿し爛れたような人間の顔が浮かんどったです。
あんなにおぞましいものは見た事聞いた事、ござんせん。
その顔はあの神々の方へ向かうとです。
神々は森の中へ入り、姿は見えんとでした。
でも森の木々が勢いよく宙を舞い、その浮かぶ顔へ突き刺さっていったですよ!
宙に浮かぶ顔は、その顔中の穴からおらたちの言葉にはない気味悪い色の粘液を垂れ流し、それが地面に落ちっと、木々が燃えがったです。折り悪くそこは油木が生える場所でひどく燃え上がります。
風が吹いたとです。
風が神々のいる場所で大きなつむじ風を作り上げっと、炎を巻き上げっし、浮かんでいる顔を焼き尽くしたとです。
黒焦げになりながら、顔はまだ浮いとりました。
すっと、小さな人物が空高く、高く舞っとります。
白黒の服に、何よりまたしても見聞きしたことのない金の髪とでした。
そう思いしや、鈍く光る塊となっして、顔を押しつぶしたとです。
神々は勝ち申した。
あの神々に何を捧ぐっとよいかわかりもはん。
叫ぶです。
「貪欲と嫌悪は自ら生ずるもの成り。邪悪もまた然り!!!!
自ら自身を頼り、自らが苦痛を脱するに足るもののみを信ぜよ。朽ちた教義ではなく!!!!!」
おらは、生贄の燭台のあった場所に登り叫ぶです。
神々の言葉を繰り返すとです。
神官がわめいてます。
「悪者よ! 邪神と亡霊の戦いを何だと思っておるのだ! それに邪神は……まだ浮かんでおる!」
邪神、とはあの顔とですか?
顔は焼け焦げ、頭は潰されども、宙に浮いとっとです。
顔が、突如真っ赤な髪に金色の目をひんむきもした。
そのあまりの表情に、泡を吹き倒れっし人がバタバタおります。
顔から雷が神々がおわっす場所に降り注ぎもす。
神の怒りだと聞いとった雷が大雨のように。
高い台におらは立っとったで、そして炎で森が焼き払われ見えっと。
神の一人にだけ、雷が降り注ぎ、耐え取ったです。
あの輝く塊の神でもした。
怒りを一身に受け止めし、神の姿でごわした。
すると。
さらに青い空より、これまたまたどえらい音と共に、ひとつ大きな雷が落ちなすったです。
何よりも大きな雷だったとです。
その雷はあの顔を打ち砕き、跡形もなくしもうした。
ここから見えるです。
あの燭台より出でし神々の勝利が!!
「貪欲と嫌悪は自ら生ずるもの成り。邪悪もまた然り!!!!
自ら自身を頼り、自らが苦痛を脱するに足るもののみを信ぜよ。朽ちた教義ではなく!!!!!
貪欲と嫌悪は自ら生ずるもの成り。邪悪もまた然り!!!!
自ら自身を頼り、自らが苦痛を脱するに足るもののみを信ぜよ。朽ちた教義ではなく!!!!!
貪欲と嫌悪は自ら生ずるもの成り。邪悪もまた然り!!!!
自ら自身を頼り、自らが苦痛を脱するに足るもののみを信ぜよ。朽ちた教義ではなく!!!!!」
おらとその周辺の人たちは叫んだとです。
「悪者よ! 何を言っているのだ、悪者よ!」
神官が叫んどります。
でもここにおわした神がおっしゃったとです、何が悪いかは自分が生み、決めているのだと。
おらはやっぱり、悪い事はしとらんとです。
何がいいことで何が悪い事か、難しかです。
でも神官が言っとるのは、神官が勝手に決めた事なんでした。
それをおらは、自分が決めたと勘違いしとったです。
それに、あの神々がおらたちに伝えた事、それは自分自身と本当に正しいと言える事を信じろってこってす。
ここまで酷い目に遭って、そうして神々に出会って凄く分かり申した。
おらは……。
「ヨロシイデゴザイマショウカ。ゴシュジンサマ」
また別な神がいつのまにか、おらの側におったとです。
小さい金の髪の、メの子でした。
聞いた事のない声であったです。
「コチラヘオイデクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
どういうこってしょう?
「すまねぇが、この剣を抜いてみてくれぇか」
それは黒い神が背負っておった剣だったです。
訳もわからず手に取ってみたとです。
「それと、今君たちが声を張り上げていたのは、ディアスという今より千年前にいた者の言葉だ。彼の者だけが神に頼らない事と、知恵により苦痛を脱する言説を口にした。君らもその言葉を大切にしてくれると私としてはうれしく思う」
やはり、神のお告げの言葉はおらには皆目わかりもはん。
ただ、あの言葉は大切にすると誓ったです。
神の言う通り、おらは剣を抜きもうした。
「あと、君らの声は励みになったぁぁぁぁぁ!」
「ハナシガトチュウデゴザイマァァァァァ!」
「元気でなぁぁぁ!」
こうして神々は、地に落っこちていったとです。
神は天ではなく地の底に住んでおられるかもしれんとです。
神官は、また叫んでるとです。
おらは走り出し、森へ行くとです。
悪者ではなかとですから、逃げると違うです。
自分なりに正しく生きていくために、走るとです。
見ると、おらに続く人たちが結構います。
おらは、おらたちはまた叫びます。
「貪欲と嫌悪は自ら生ずるもの成り。邪悪もまた然り!!!!!!!
自ら自身を頼り、自らが苦痛を脱するに足るもののみを信ぜよ。朽ちた教義ではなく!!!!!!!!!」
おらたちは生きている限り、叫び続けるとです。




