十九話 洞窟逃走
ニックさんがメロンを真上に軽く放り投げた。
バットをスイング。ノックの要領でメロンを打つ。
すると、するりとメロンが脱皮する様に皮が剥け、少し虚空を進むと。
バン、と細かく均等に砕かれた。
ニックさん、魔術使えるんじゃないのか?
そしてメロンみたいな肌色をしたゴブリン的な人々へ降り注いだ。
ゴブリン的な人々は、足を止めメロンを食べる。
「ニック、君は魔術を使えるのではないのか?」
とルノさん。
やっぱそう思いますか。てか、メロン一玉完食ですか?
「つーか、メロン一個砕けたにしちゃ量が多くねぇか?」
……メロンが砕けたら体積が増えた?
「おお! 我が神々よ! このまま吾輩をお助け願いまする!」
と、フンドシ一枚のオッサン。
なんで僕たちが持ってきたメロンを食ってんだよ。
少し時間を遡る。
今回転移させられたのは、洞窟。
「『灯れ』」
ルノさんの一言と共に周囲が明るくなる。
右手にあった灯りを地面に置いた。そういう事もできるのか。
「洞窟か。まあ、すぐに何かあるという訳ではないようだ。飯としよう」
と、前の世界で貰ってきたお見舞いのメロンの籠を置いた。
「んだな」
とニックさんは、おもむろにバットをメロンに打ち下ろす。
スパッとメロンが切れた。
「……なんで包丁より鋭く切れるんですか」
「いや、熟れてるからよ」
そういう問題か?
「君も大概だな。私が言うのもなんだが」
「てかルノさん」
「む? どうしたかね」
「皮ごとメロンを食わないで下さい」
「しかし食えるぞ。それに随分と甘い瓜であるし」
「さっきも言ったけどよ。食えりゃいいってもんじゃねぇだろ。おい」
やっぱ癖があるな、この二人。
とは言え、食べていると。
すると、声。
「うむむ! 不思議なる明りが! そしてそこにおわすは、三柱の神々!」
フンドシ一枚のオッサンが走ってきた。
それに続けて言う。
「神々よ! どうか吾輩を助けたまえ!」
髪も髭もボーボーで、なんか胡散臭いオッサンだった。
「吾輩は追われているのです!」
続いて聞こえてくるのは、足音。
暗闇からうっすら見えてくるのは、緑色の肌色をした少し小さめのゴブリン的な人たち。
物凄くいっぱい。
「神々よ、その輝く聖なる瓜を何卒、彼の者たちに投げ入れたまえ!」
ニックさんは、メロンを上に放った。
「よくわからねぇが、やるぞ!」
こうして、最初の場面に戻る。
「吾輩の呪文によって、神々が投げたる神物はかように追跡を妨害いたしまする! 今のうちに出口へ急ぎましょうぞ!」
オッサンはメロンを食いながらダッシュする。
それに続く、メロンを皮ごと完食したルノさん。
「待ちたまえ、あの者たちは一体なんなのだ?」
「屍となりし古き女、屍古女でござりまする! 吾輩を屍の世に引きずりこもうとしておるのです、お助け願いたす! ……種が邪魔でございまするな」
種は飲みたまえ、という声を無視してニックさん。
「何があったんだよ、あそこまでの勢いで追ってくるってただ事じゃねぇぞ」
「それは深い竪穴より声がいたしたのです。甘美なるその声は吾輩を誘い、こらえきれずその穴へ身を投じる事としました」
その割には元気だな。擦り傷一つない。
「村長であった吾輩は、地底に宝物があると神よりお告げがあったと称し、村人から髪の毛を徴発、長い縄を作りまして」
こら、おっさん!
「そうしまして地底に降り立ちましてございます。甘い囁きは重厚なる仕切りの向こうより聞こえまする。そしてその仕切りをこじ開けた時でございます! なんとそこには!」
嫌な予感がする。
「まずは鼻腔をつんざく死者のかほり! 花の香が満ちているとの予想を裏切られたあまりに、ゲロを吐き散らしつつ周囲を見渡せば! 足元には白き骨! 隣に立ちたるは、蠅がたかりし女! 舞踊りたるは伝え聞く屍古女! 手を招くは、ドザエモン! ブクブクにはちきれんばかりに膨れ上がり、ウジ虫湧き上がりし、明らかなる水死体! 吾輩は地獄への入り口を開けてしまったでございまする!」
「自業自得じゃねぇかよ! どっちかつったら! 村人だましてんだしよ!」
「村の長が立場を放棄するしてどうするのだ! しかもそんな誘惑がきっかけで!」
「このおっさん、さらになんかやらかしてる気がするんですが」
「あのドザエモンと吾輩は契りを交わして、まだ入らないで準備がありますので、という声を無視し入りましたらあの惨状! 声を無視した上に契りを放棄し、死したる女は大激怒! 屍古女に連れ戻すよう命じ、神に助けを願い求めつつ逃げておりましたのです! 神は降臨し、吾輩を助けに参られたぁぁぁ!! 妻よ、吾輩を地上で待つのだぁぁぁ!!」
「おめぇ、クソか! クソ野郎か!」
「単なる馬鹿か! 今すぐ燃やしたいところだぞ!」
駄目だ、このおっさん。駄目女神と別な方向で、駄目だ!
ああもう、変な奴の愚行に巻き込まれた!
ゴブリン的な人たちがメロンを食べつくし、追ってくる!
「ああ神よ! 何か、神の品をお投げ下さりませ! 吾輩の呪文で再度妨害したしまする!」
何かって。制服のポケットを探る。
そういや、こんなん入ってたんだ。
一枚だけ残っていたポケットティッシュ。
丸めて投げる。
それはまた広がり、最初よりはるかに大きくなり、洞窟を塞ぐように広がった。
こんなんでいいのか。
「ヒトシ、助かる。あの追ってくる奴らをあまり攻撃したくねぇ。俺らは関係のないところの話だしよ。なんかするとしたら、怪我させねぇと無理だ。数が多すぎる」
「同感だ。私もあの者たちを傷つけたくない。懲らしめるべきは、この愚か者だ」
「神よ~、妻よ~!」
もうゴブリン的な人に押し付けようかな、このおっさんは。
距離は取れたけど、ティッシュの壁は破られた。
「では、投げてみるか」
とルノさんが、また懐から。
そして投げる。
それはバラバラになって、巨大化し、ゴブリン的な人と戦いを始める。
てか、まだ持っていたんですか。冷凍の虫。
その前に冷凍した物を懐に入れるって、冷たくないんですか?
「しまった。あれでは傷つくかもな。悪い事をした」
「仕方ねぇ。言いたくねぇけど仕方ねぇ」
どこか細やかな所あるんだよな、ルノさんもニックさんも。
魔王と豪快そうなアスリートなのに。
「妻よ~! 今ぞ流したる涙をこの手にて拭いしたりし! とくと行くなり~!」
おっさん……。
「……『燃えろ』」
「ああああああああ!!」
燃えるおっさんの頭。
うん、いい明りだ。
ルノさんの灯りいらず。
ルノさんの魔術で加速して洞窟を突き進む。
見えてくる明り。
出口が見えてきた。
……確認しよう。何があるかわからない。
「念のため調べます―――――――――――同士たちよ! ダークシャドウだ!」
そんな事あると思ったよ!
地面が突如盛り上がり、噴煙を上げ始まる。
信じられないほど毒々しい緑色の煙が沸き上がり、しかもこっちに来る!
後ろからは思った以上に足が速いゴブリン的な緑の人たち、前には真緑色の煙を風向きを無視して襲わせてくる異形の火山。
しかも僕たちは洞窟の中……なんだこの緑の地獄。状況が悪すぎる。
「おお、神よ! 御姿を変じ、真なる力をお出しなさるのですね! ありがたやありがたや」
何か言ってる髪がチリチリの駄目おっさんに、ニックさんが言う。
「おめぇは呪文とやらをちゃんと唱えろ! 俺が今打つのを使えるようにしろ!」
「それは私からも要望する。これではどうか。『潤せ』」
洞窟内で雨を降らせるルノさん。
それはちょっとした濁流となって、ゴブリン的な人たちの足を遅くさせる。
投げるというより放てば何とかなるんだな。
「ダチ公……、すまん! 頼む!」
ニックさんはユニフォームの下に隠すように首にかけていた、ネックレスを取り出した。
いや、あれはどっちかって言うとドッグタグだ。
兵士の身元を書いておく金属製の認識票だ。
それをバットで打ちだした。
バシュッ、と小型ミサイルが発射されたような音がして、そのままドッグタグは高速で飛んでいく。
速度そのままでみるみる巨大化。
そして、そのまま火山を切断するように突き刺さった。
「くそう、あれでもまだ威力が足らんか」
出口を塞ぐようにそびえる火山。地肌が真紫になり、濃い緑の噴煙を硫黄の腐卵臭と共に洞窟に充満させてくる。
いつもの断末魔だ。
「三人とも伏せろ。ろくでもない毒か何か含んでいるだろう。風を起こす。『吹き飛べ』」
「ルノ、あれはどうなんだ。飲み込まれろって奴」
「あれは地面や床に闇を広げるのが前提だ。かのように地面から生えているものには使えんのだ」
「神々よ~! 屍古女が迫りまする~! お助け下さいませ~、疾くとなんぞ物を投げたまえ~。 吾輩には妻がおりまする~、子供は小さくかわいい盛り、村人は吾輩をおまちなのです~! お助けを~」
おっさん……。あ、悪い事考えた。
「イッテラッシャイマスセ、ゴシュジンサマ」
「神よ、その御姿は一体……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
おっさんを掴んで、遠心力をつけてぶん投げてみる。
「よし!」
とニックさんが素早くおっさんをバットでヒット。多分、非衝撃ホームランだ。
「では再度『吹き飛べ』」
でルノさんも加速を加える。
ぼうぼうな髪と髭が火山の方を向いて一塊になって尖っていったのが後ろからでも見えた。
ドリル状になった体毛がそのまま突き刺さる。
威力が足りないな……。
段々と濁流を駆け上がる多くの足音が大きくなってくる。
しまった、ゴブリン的な人たちがもう追い付いてきたか!
まさか走れば走るほど加速度が上がるのか?
なら、相当厄介だ。
「ベースボール以外じゃやりたくねぇんだけどよ。勘弁な」
その声を聴いた瞬間。
ぞわっ
寒気が全身を覆った。
ただ、ニックさんがバットを構えているそれだけなのに。
威圧感が、いや威圧感なんて言葉じゃ足りない位の圧力が、洞窟の温度を下げた。
ゴブリン的な人たちは、明らかに怯え、呼吸すら止めている。
「ニック……」
「驚かしたな。今はあの火山とおっさんだ」
噴煙も勢いが薄れたように見えた。
「ヒトシ、ルノ。人工衛星の時と同じ事をやってみねぇか?」
「ウケタマリマシタ。ゴシュジンサマ」
「了解した」
あのおっさんの呪文とやらがまだ効いていればだけど。
アリムの状態でニックさんのバットに乗る。
続けて火山の方へ撃ち出される。
「『吹き飛べ』」
ルノさんの魔術でおっさんの時以上の速度をつけられて。
「……ォォォオオオォォォ……」
アイアンゴーレムに変化。
アイアンゴーレムの体が肥大化していく。
重量が上がっている。速度はかわらないまま。
火山に衝突。
ドッグタグの下に滑り込む形で。
異形の毒々しい火山は、根元から崩壊した。
「おお! 神々よ! 理解できませぬが素晴らしい御業であられまする! なんと、諸々の煙が人型に! ありがたやありがたや」
おっさんの言葉を聞いて、すぐに巨大化したドッグタグを握る。
崩壊した火山、その残骸から取り出して。
書いてある文字はBOB・BROWN。ニックさんのフルネームはニック・ワイズなはず。
一体誰の名前だ。
いや、考える事じゃない。今は。
火山が噴き出した噴煙、それに崩れて出てきた土煙。
それらが異様に濃い煙の大きな人型を作り出してきた。
取り合えず、おっさんと煙の間にドッグタグを仕切るように置く。
死ななそうだけど大怪我でもしたら、目覚めが悪い。
「なんであれありがたやありがたや」
そうこうしているうちに全速力で茂みに隠れるおっさん。
勝手に逃走してくれるならいっそ楽だ
「ゲッティングセーブ・スライディーング!」
丁度盗塁を成功させるような速度と体勢で、ニックさんが低い姿勢で岩の間をすり抜けるように滑り込んできた。
「しまっ……たぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そして同じように岩の間をすり抜けようとしたら、崖が崩壊して、土砂崩れの音を豪快に出しながら、フェードアウトするルノさん。
……マジか……。
「……今はコイツだ! ダチ公! もう一回頼むぞ!」
ニックさんはドッグタグをバットの代わりに持ち上げ、構え、大うちわの様にスイングした。
洞窟に吹き飛ばされる人型の煙。
「ヒトシ! もう一度だ!」
「ウケタマワリマシタ。ゴシュジンサマ」
今度は洞窟の上に飛ばされた。
なら、こうだろうな。
「……ォォォオオオオォォォ……」
アイアンゴーレムになり、洞窟の入り口を壊した。
崩した岩から砂塵のような物が吹き上がり、消えた。
「グッジョブ!」
ニックさんの立てた親指が、成功を伝えた。
「って、ルノの奴、生きているよな?」
「……ここはキャプテン・レッドが確認する! 死ぬとは思えないが! む! この音は! 声は!」
這い上がってくるルノさん。
「……ついとらん! なんだこれは! ああ、迷惑をかけてしまった。無事に終わったのかな?」
「見ての通りだ。問題ねぇよ」
「すまぬな。強く風を起こした後は、すぐさま別の方向に向けた風を起こすのは難しいのだ」
「ともあれ! ここは同士の無事とダークシャドウの脅威がなくなった事を喜ぼうではないか! 次いで考えるべき事だが! あの者はいかにする!」
あの駄目なおっさんである。
「神々の恵みにより屍古女は洞窟に閉じ込められ、吾輩は地上へともどれました! なんと礼をすべきでございりましょうや!」
調子のいいおっさんである。髪と髭は未だにドリルのままだ。
「で、君。まだ終わっとらんぞ」
「へ?」
「今私が落下して気づいたのだが、ここは周囲が崖になっている山の上だ」
どういう地殻変動があったのだろうか。周囲は切り立った崖だ。
キャプテン・レッドの耳で聞いた風の音からも間違いない。
このおっさんが自力で降りるのは危険だ。登山道具もない。あっても使えないだろうし。
もう一度言うが、このまま死なれでもしたら目覚めが悪い。
だから考えてしまうんだよ。
で、こうなった。
「『沈め』」
「ああ、神々よ! 吾輩の体が輝く金属の板の上で、縫い付けられたように全く動かないのでありますが!」
「そのような魔術を使ったのだ。しかし、接着に用いる発想はなかった。ヒトシ、よくぞ思いついたな」
「んじゃ、ダチ公。もう一働きを頼むぞ」
巨大化したドッグタグに乗る、大の字になったおっさん。
魔術でもってここから動かないよう固定されている。
「同士たちよ! この方向で問題なさそうだ!」
「あ、あの……神々よ……」
そしておっさんが言う村の方向をキャプテン・レッドの望遠鏡並みの視力で確認。
おっさんと同じような風貌の男たちが数人見えた。弓矢を持っていたから、猟に来ているのかも。
「あ、あの、吾輩は本当に大丈夫で…………」
「よし、ホームベースにボールを届けるか!」
「いや、あの……、無視しないでほしいでありまする……」
掲げるように持ち上げられる、ドッグタグとおっさん。
「オラァ!!」
そして、ポジションが外野手のニックさんが、ドッグタグを全力で放り投げる。
「ちょ……うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
斜め45度、いい角度で発射された。紙飛行機のように風に乗った。
青空に、銀色の軌跡が映えた。
……あれ?
「あ」
「……嫌な予感が今したのだが」
「剣、倒してなかったな……」
ニックさんが、急いで剣を下ろし、倒した。
剣は、おっさんが飛んで行った方向を指す。
「…………」
「…………」
「…………」
「降りるとしようか……」
「だな……」
「この方向の別な物の可能性もありますが……」
で、結局。
「良いか、若者よ。地底に眠りし宝物は邪悪なる蛇がとぐろを巻いて守っていたのだ。吾輩は一瞬の隙をついて手にしたものの、蛇の眷属である者たちが追ってきた。あれらは伝説の屍古女であった! やむなく宝物を一つ投げ、二つ投げ、屍古女を翻弄せざるを得なかった。
何とか地上に出たのは良いが、なんとあの神々が降臨すると言われる崖岩の上であったのだ! そこで吾輩は神に祈ると最後の宝物が大きくなり、それに乗って帰還することが……」
「いい加減にしたまえ『燃えろ』」
「のぉぉおぉぉぉぉぉ!! 熱いでござりまするぅぅぅ!」
結局再度おっさんと遭遇する羽目になった僕たち。
なんかほざいていたおっさんと、それを熱心に聞いていた若者を無視しつつ。
「やっぱ、このおっさんじゃねぇかよ! おら、この剣の柄を持て!」
「なんでありますかぁぁ?」
「抜けませんね……、で転移もない」
「この愚か者の所持品か? だが、下着一枚だろう?」
「となると、おっさんの下着に柄を巻き付けて、抜くぞ」
「何をされておられるのでござりますかぁぁぁぁ?」
うん、そう言うよな。
わざわざ、崖を降りて森の中を無理矢理全力でここまで来たし。
大体、珍妙な行動している訳だし。
「で、抜けないけどよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「最初からこうすべきだったぁぁぁぁ!」
「失礼しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
またしても落下する僕たち。
正直聞きたかったのは、あのドッグタグの名前だけど。
隠している訳ではなさそうだけど、ルノさんだけでなくニックさんも謎が多い気がした。




