表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/62

十七話 白と紅の世界

白。











ここには、何もない。


ずっと。


ずっと。


虚ろ。

うつろ。ウツロ。









からっぽ。








骨みたいに。



からっぽ。






「なんだここ? 真っ白じゃねぇかよ」

黒? 黒い肌? 白い服。

「ニック、重い!」

青……。 青い髪? 青い服。

「おっと、すまねぇ。なんで俺のケツの下にいやがんだよ」

「って、僕もルノさんに乗ってました。すいません」

黒。黒い服。学生服?

「全く、私だけ転移後の場所が妙な事になるな。にしてもここは不思議だ。白すぎる」

黒と青と白と、帽子の緑。


「下手に身動きできんな。どこまでが地面で、どこからが空になるのかよくわからん」

「大体、物がなさすぎる。つーか、どこから光が差し込んでんだ? 暗いよりはマシだけどよ」

「なんかここまで真っ白だと、他の色を見たくなってきますね。ニックさんのユニフォームに緑色使っているのがちょっとありがたいっていうか」

「では私から青以外の色味を与える意味を加えて。『燃えろ』」

炎? …………火!!

「おいおい。いきなりなんだよ」

「地面に火を走らせ、どこで崖となるか確かめる。まあ、大体地面と言えるようだ」

「とは言えあまり動かないでくださいよ。ルノさんなら地面を踏み抜いて落下とかやりそうじゃないですか」

「体重的には俺もヤベェかもな」

「アイアンゴーレムほどじゃないですけど」

「さてまずやるべきことだが、飯を食おうではないか」

え、ごはん?

「って、あの城の所で取ってきたつーか買ってきた、干し肉の保存食はダメになったじゃねぇか。あのドラゴンの胃液で」

「水気を防ぐような包装じゃなかったのが痛かったですね。あれ。それぞれ服の内側に入れて保存してましたけど、全部食えない状態でしょう」

「大丈夫だ。兵站の確保は魔王である私の義務。さっきの世界で採取してきた」

「……採取?」

「嫌な予感が……」

青い女の人の服の内側から出てくる。何かが……いやああああああああああああ!!!!!!!

「虫じゃねぇかよ!」

「そんなん懐に入れないでください!!」

「安心したまえ、毒はない」

「そういう問題じゃねぇよ!!」

「食う気しないんですけど!!」

ぐねぐね、ぐちょぐちょの毛虫、みみず……ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!

「魔術をもって凍らして仕留めた。鮮度には申し分はない」

がり、と一口……やめてえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!

「そういや骸骨の時に、雪とか降らしてたな……それはいいとして、人に食わそうとすんなよ!!」

「ルノさん、それ単純に悪食なだけなんじゃ!?」

「食える物を食っているだけではあるのだが」

「限度があるぞ、オイ!」

「食えればいいんですか、あなたは!!」

もういやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 空に傷口が開いた。

「む?」

「なんだ?」

「え?」

血が、流れ出す。

「血液? また何かの体の中とでも言うのか?」

「それにしちゃ、この辺無機質すぎるぞ!」

「キャプテン・レッドが聞く限り! 生命の鼓動と言えるものは! 感知できない! 異形のものだとしてもだ! 何かこの世界特有の現象かもしれぬ! 何より! 同士ルノ、気をつけろ!!」

赤、銀、黒。急に現れた人の色。

それに空からの血液。

「む……。『吹き飛べ』血液が私に向かって落ちてきたか!」

「集中的にルノに向かって血が流れてきているぞ! 空に傷口が開いて! このスイングでルノの魔術と合わせて吹っ飛んでろ!」

風。

薄茶のバットの風?

「この血液が異形のものではないとすれば! 治める方法は如何に! このキャプテン・レッドによっても感知ができぬ!」

「ええい! 何故に私だけ狙いすましたように血液が降り注ぐ! 最早池だぞ! 生きながら地獄に落ちろとでも言いたいのか!」

「……もしかしてルノが蟲食ったからじゃね?」

「かのような事があってたまるか! 私が治める一帯では食うぞ! 大体食わねば何もできん、軟弱な!」

軟弱、なんじゃく、なんじゃく。わたしは……。

「だからだ。ここ、血を流させているの、どっかのガキじゃねぇか? 根拠はねぇが、なんかそんな気がすんだ。ルノみてぇな神経の奴ばっかじゃねぇよ、世の中」

よわい。

「つまりだ! 文字通り傷ついている、ということか! ならば、その者の心を鎮めればよいことになるが! 問題はいかに心を通じるかという事だ!」

ヨワイ。




ヨワイ。




ヨワイ。



血が、流れ出す。

もっとさらに流れ出す。


「血が上方よりさらに流れ出してきた! 新たに開きし傷を見よ! 瞳より滴る、まるで涙のようだ!」

「マジでどっかのガキと同調してるんじゃねぇか? 自然にこうなるか、普通!」

「くそう、ならばこちらからどう働きかける? 何よりどう異形が襲いかかってくるか、わからんぞ」


何かが、落ちてきた。

「む? 私の頭に……『燃え尽きろ』」

炎。ものすごい炎!!

燃え上がった青い髪から何かがこぼれ落ちてきた。

「こう来たか! 『飲み込まれろ』……ダメだ、一旦引く!」

こぼれ落ちた何か。それは大きくなる。それは膨れ上がる。

それは……生々しくて気持ち悪い。

「一気に巨大化してきやがった! 下手に近づいたらこの肉の中に埋もれるぞ!」

お肉。

不気味に増殖する、内臓。

いや、いやぁぁぁぁぁぁぁ。

「血を流す君へ! 我らキャプテン・レッドと同士たちを手助けできぬだろうか?」


え?


「苦しむ者を助けるのがこのキャプテン・レッドの責務! またこの事態を打開できるかもしれぬ力は! この声を聞く君こそあるかもしれぬのだ!」


わたし、に?


その赤い人の後ろ、青い人と白と黒に緑の人が戦っている。

大きくなり続ける不気味な内臓に必死で抵抗をしている。

「オラァァ!! 切りがねぇぞ。これ!」

「核と言えるものに攻撃が当たるまでずっとこのままかもしれんぞ! 増殖が早すぎて闇魔術によっても飲み込めん! 床一面に広がっている血液によって増殖が早まっているか?」


わたしが流した血、それを肉が吸い取っているのが、見えた。

わたしの、せい?

「ここは君の世界か? ならば助けてくれ!」

続けて言った。

「君自身を! その痛みはこの目によって深く知った! だがこの世界を覆っていた白は! 包帯を表しているように見えたのだ! 君は君を救えるはずなのだ! 白い色の力によって! 君が作りし世界によって! まず君自身を救うのだ!」

……え?

逃げていた、ここ。

無知な色。

白。

そのはずなのに。

「ヒトシ、代わってくれねぇか?」

「同士よ、了解した――――――――――…………ォォォオオオォォォ…………」

赤い人が、重そうな石でできた人形に変わった。

え?

そしてその石の人は、振りかぶってお肉に殴りつけていた。

「えーと、よ。……………………やっちまったな。なんも思いつかねぇや」

黒い肌の白い服に緑で文字が書かれた服の人が声を出してくる。

わたしに向かって。

「何言いたかったんだろうな。勢いだけで来ちまった。本当に誰かが聞いているかもわからねぇからかな。いや、多分こういう世界を作る奴の気持ちが根本的にわかんねぇんだな」

その黒い肌の人は振り返り、バットをぎゅっと握った。

「仕方ねぇ。すまんかったな」

持ち上げ構えた。

「せめて俺の背中を見てくれ」

その姿は、急に大きく感じた。

するとバットを振った。

空気を切り裂く、音がした。

風を、力を感じた。


「では、ニック、ヒトシ。一瞬抜ける。任せるぞ。では、君。いいかね」

青い人がわたしに声をかけてきた。

女の人。

ここまでの青は見た事ない。服も髪も瞳も、青い。

「俺の分まで頼む。王様の仕事だろ、これ」

「ウケタマリマシタ。ゴシュジンサマ」

バットを振るう黒い肌の人は燃えるような熱を感じさせてくる。

白黒の服の女の子……あれ、いたっけ?

 ガリ。ガリガリ。

え、またぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ?!

蟲! むし、食べてる!

 また食ってんのか、ドウカトオモイマス、という声を気に留めず彼女は続ける。

「私は王なのだがね。何分、魔という“人を害する“という意味を掲げる魔王だ。

全てを喰らい尽くし、全てを害し、全てを燃やし尽くすのを望む。

君というこの世界もまた、喰らい尽くし、害し、燃やし尽くす。

ここに私という魔王が降臨したとはそういう意味だ」

 おどろおどろしい顔を、両手に灯した炎が照らし出す。

「喰らい尽くすのは楽しい」

禍々しく感じる声。

「害するのは喜ばしい」

その声に、わたしは。

「燃やし尽くすのは嬉しい」

耳を側立てる。

「何を食らい尽くした?」

何を、食べただろう?

「何を害した?」

何を、攻撃しただろうか?

「何を燃やし尽くした?」

何を。

「この世界で」

この世界で。

「君は」

わたしは。


巨大になり続ける内臓。

声を張り上げバット一本で戦う黒い肌の人、ロボットみたいな声を時折出しながら抵抗を続ける女の子を後ろに、わたしは青い人を見る。

 わたしは。

わたしを。

「喰らい尽くし、害し、燃やし尽くした!」

わたしはこの世界で。

「それに馴染み、楽しみ、貪った!」

そうだ。ここに逃げながら。

「それをここにおいてやるのは私だ。魔の王の私だけがやれるのだ。君はどうする?」

どうする? どうしよう。

気持ち悪い内臓がまずまず大きくなっている!

見たくない、でも。

「どうするのだね?」

でも。

「“自らを愚者と思いし者こそ、真に勇敢なる賢者なり”。どうしたいかな?」

…………。


 血を流そう。

この世界でわたしができるのは。

「血がまた落ちてきた! さっきまで止まっていたってのに!」

「チデゴザイマス―――――――――――しかし! 同士よ、様子が違うぞ!」

血で流してしまおう。

「まるで瀑布だ。これで、どうなる」

血の飛沫が目の前の青と赤と黒と白に銀に緑を覆い隠す。

白い世界に、鮮血がひどく映える。

 まずます大きくなる内臓。

でも、流れの勢いに押されて流されていった。

流れていく血に内臓。

その行きつく先。

それはたった今大きく口を開けた、傷口だ。

谷の様に大きく深い傷口は、増殖した内臓さえも飲み込んだ。

閉じよう。閉じれる。閉じれ! 閉じれ!

閉じた!!

ああ、でも!!


「一部閉じたところから出てきやがったぞ! くっそ、血飛沫で視界がボヤける!」

「未だ流れ続ける血の滝に行くぞ! また巨大化する気か!」

もう一度! もう一度……!

「『飲み込まれろ』」

不意に、紅く染まった地面に真っ黒な穴が開いた。

そこに内臓は落ちていって、閉じた。

切り取られた真っ白な地面が浮かび上がり、そしてすぐに紅くなった。

血液がまた流れ込んだ。






白。

薄暗い、白い部屋。


顔を動かすと機械が並ぶ。

そうか、いままで夢を見ていたんだ。

あの何もない真っ白な世界にずっといた。

虚無の世界に。

何もできないわたしの世界に。

 でもそこから現れたのは不気味な肉の塊。

それに必死で戦う、三人。

思えば随分突拍子もない人たちだ。

黒人の野球選手がバットを振るって、赤いヒーロー的な人がメイドの女の子や石の巨人になった。最初は高校生だったかも?

 何より、青い人。

あんな鮮やかな青色の女の人は、現実に存在しない。服だけでなく髪に瞳まで青いかった。

でもあの言葉はよく覚えている。

「自らを愚者と思いし者こそ、真に勇敢なる賢者なり」

 あの夢の中で勇敢な賢者になれたのだろうか。

そうじゃない、そうじゃない。

これから、勇敢なる賢者になるんだ。


「オイ、夢の中でしたとかじゃねぇよな」

そんな声が、ベッドの下から聞こえてきた。

「だからってなんでこんな所にまた転移してきたんですかね」

また別な声。

下から這い出てくる。

あの黒い肌の野球選手とさっき一瞬見えた高校生。

夢の中の二人だ。

「くそう。ニック、ヒトシ。引っ張ってくれないか」

そしてもう一つ聞き覚えのある声。

「おい、出られるか? これ」

「あっちこっち引っ掛かってますよ。このベッド随分突起があるな……」

「ならばこれだ。『吹き飛べ』」

ベッドが少し浮いた?

「全く、今度はどこだというのだ? 剣はまだ抜いておらんぞ」

そうして最後に出てきたのは、あの青い人だった。

 あ、ああ。

声がうまく出ない。ああ、久しぶりに声を出そうとしたからだ。

「む? 君は?」

薄暗い部屋に鮮やかな青が映える。

「俺らの事知ってんじゃねぇか? まさか、俺らがさっきまでいたの、お前さんの夢の中だったとか?」

「まさか……とはいえないんですよね。状況的に」

「もはや何でもありだが……。そういう事でよいのかな?」

そう、きっとそう。

 声が、声が出なくて伝えられない。

「……手ぇ出せるか?」

こう?

すると黒い大きな手は、差し出したわたしの手に触れ、グーの形にさせた。

それに同じ形の大きな手が強く触れる。

「ありがとよ」

「じゃ、僕も同じく」

「ニックの世界にはそのような挨拶の仕方があるのかね? では私も」

感謝が触覚で伝わってきた。


「じゃ、剣を倒すぞ」

黒人の野球選手が背負っていた剣を床に立てて、倒した。

その向こうにあるのは。

「椅子じゃねぇか」

「折り畳み式のパイプ椅子ですね」

「なんか段々投げやりになっているのは気のせいか?」

何をやっているのだろう?

「まあ、これで失礼するよ。世話になった」

ああ、これでお別れか。

突然現れたこの人たちは、また突然いなくなるのだろう。

もう会えない。そんな気がする。

 じゃあ何ができる?

そうだ。

指さすんだ。

「む? ……果物?」

「お見舞いの品ですかね?」

「食えってか? 虫食うくらいなら」

そう。あんなもの食べなくていいでしょ。

「ではいただくよ」

微笑みかける、青い人が印象的だった。


 あの三人は折りたたんだパイプ椅子に剣の柄を引っ掛けて、剣を抜く仕草をした。

そしたら。

「これでいいのかよぉぉぉぉ!」

「雑ですよねこれぇぇぇぇぇ!」

「酷いぞ色々とぉぉぉぉぉぉ!」

という声を残していなくなった。


「自らを愚者と思いし者こそ、真に勇敢なる賢者なり」

その言葉と共にわたしはいつもあの三人の事を思い出す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ