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十六話 死の山の龍

「オ――――――――――ン」

山に一歩踏み入れた途端、深く鈍く響く声が大気を揺らした。

わたしは聖なる河の砂を全身にまぶし、清めたターバンを頭に巻き付け、この空間に対峙する。


「オ――――――――――ン」

茂る草を掻き分け、登る。

ここは死の山。

辺りには数多くの動物の骨が転がり、頭にターバンを巻いた頭蓋骨まで散見される。

わたしと同じバラモンさえもがここで命を落とし、埋葬されずに放置されているのだ。

嗚呼、あれは祖先が神の頭頂部より生まれ出でし、高位のバラモン。

ここで風雨に晒されていいお方ではないのに。

 ガーテー、ガーテー。

せめてマントラを唱えよう。

無残に命を散らしたバラモンと動物たちのために。

わたしの命のために。

 ガーテー、ガーテー、ガーテー、ガーテー。

死が、忌むべき死が、辺りに満ち溢れる。

踏み場なく広がる白骨の園を、わたしはやむなく骨を足蹴にして駆け上がった。


「オ「オ「オ「オ「オ「オ――――ン」ン」ン」ン」ン」ン」

鈍い音が幾重にも重なって聞こえてきた。

近い。死臭が漂ってきた。

そして、姿を目で捉えた。

「オ「オ「オ「オ「オ「オ「オ「オ―ン」ン」ン」ン」ン」ン」ン」ン」

悪龍・ナムチナーガ。

鮮血色の体に漆黒の瞳。

この山に立ち入る者を殺す、邪悪なる存在。

最近では山から出て、ふもとの集落さえも襲うようになった。

 わたしは聖なる河・ガンガのほとりで瞑想しその声を聴いた者。

わたしは清める者。そして罰する者。

今、悪龍を滅する時。

「ガンガダルマ・波頭」

悪龍がわたしに気づいた。

だが遅い。

地面より水が出る。

それは瞬く間に多く、大きくなり、波となる。

あたかも大海の大波となる。

「オ!「オ!「オ!―ン!」ン!」ン!」

悪龍の声はさらに大きく響く。

それを遮るほど、波は大きく悪龍の巨大な体さえも見えなくなる。

このようなダルマを山で放ったならば、土砂が混ざった大波となる。

悪龍と言えどもただでは済まない。


「オ!―――――――――ン!」

泥粘と化した山の頂上で、悪龍の声が地面の底より響いてくる。

仕留め切れなかったか!

悪龍が地下より姿を現す。

次なるダルマを使わねば!

「オ!―――――――ちょっとサイアクなんですけど! 何、この蟲! アタシをイキナリこんなに汚すとか! めっちゃ痛いし! チョー激おこ、プンプンマックス!」

待て。

「え? なんかこの蟲、しゃべってね? でもって、なんかおなかマジキモ……うえっぷ」

だから、待て。

「うわ、ヤバス……。チョイ待ち、ゲロる……。おえええええ」

すると。

「よし出れた……ってくっせぇ!」

「やはり! 大型生物の胃袋だったか!」

「だからって、こんなところに転移するか! ついとらん!!」

悪龍の口から人が三人、吐き出され出てきた。


「うえ? なにこの蟲。アタシ、こんなん食ってねーし」

おどけたような口調と相反する、不可思議なほど深く響く声が悪龍より発せられる。

「こりゃ、キッツいな。せっかくの保存食もダメになったんじゃねぇか」

そう言ったのは、肌の黒い男。

文字のような模様の服は、なんだろうか。

「しかし! この生物を無益に傷つける事がなかったのは幸い! 同士よ、この点は喜ぼうではないか!」

赤く、目元に黒い覆いをつけた謎の衣類を身にまとった男が続いた。

異国の者としても違和感がある。

「その前に、この竜。通訳魔術で言葉を解するのか。私の所ではかのような事はなかったのだが」

そして、真っ青な衣服に髪が染料に漬け込んだように青い女が言った。

一体、何が起こっているのだろうか?


「ちょいちょい! ワケわかんねーんですけどー! アタシの言ってる事そっちもわかる系?」

わかる。そして困惑している。

いや、まずは。この三人だ。臭う。

「まずはあなたたちを清める。ガンガダルマ・浄」

「む? 魔術……うわっぷ!」

「おい、待て……! いきなり洗濯機で回されるんかよ!」

「地面より清潔なる水が出てきたと! キャプテン・レッドが確認した! ぶわ!」

これで、臭わない。

「って、君! 強引すぎるぞ! まあいい、乾かす。『燃えろ』そして『巻き上がれ』」

すると突然、わたしのダルマにて清められた三人それぞれに、竜巻が覆った。

それも炎を巻き込んだ、大規模な火災で目撃される炎だ。

「つーか、ルノ! お前も強引すぎるぞ! 危ねぇからな!」

「同士ルノよ! 人の事は全く言えぬほどに強引だ!」

「私はわりとよく水に落ちたり被ったりするのだよ。強行突破で無理矢理乾かすのが一番楽なのだ」

軽く炙られ、乾いた様子の三人。

すると悪龍。

「めっちゃウケるー。いきなり水出すとかすごくね? あとこんな感じに炎操るってパネェし!」

笑っていた。表情はともかく、声は。

なんだ、この状況は。


「てかちょい待ちー? ちっちゃくてキモイ蟲と思ってたんだけどー? 頭、何気にいいん? だとしたらマジメッチャ悪い事したじゃん、アタシ」

「つまり、この砂を体にまぶしたこの者と疎通ができなかったのだね? 私の通訳魔術によって言葉を解する事ができるようになったのだろう」

悪龍と青い髪の女が会話する。

邪悪なる者と、こんな光景を想像できただろうか?

「それそれー。てか、通訳? 何それウケル。ずっとアタシに付いてほしい的な? めっちゃ便利屋―!」

「それでよ、よく見ると人骨散らばっているんだけどよ、お前さんの仕業かよ」

「そこメンゴ。あ、いやごめん。今ほんとマジ大切な時だったから、邪魔されたくなかったの。ぴえん。」

ぴえん……、どんな意味があるのだ。

「つまりだ! この人骨とその言葉からこのキャプテン・レッドが推察すると! この場所を護ろうとした結果! 意思の疎通ができず人を大量に殺してしまったことになる!」

「ああ、ヒトシ。まあそういう事になりそうだな。だが、私が来た事で妥協点を見いだせるのではないかな? これも何かの縁。互いに槍と矛を使い、言葉を用いる者同士と見える。ここは妥協点を見出したまえ。私はそう長くここにいる事ができんのだ」

「え、長くいれない? それマ? えーとぉ。まずアタシはあともうちょい、あと何日かすればここ出る。悪い事した空気だし、気まず。ずっと顔出さないつもり」

……解決した?


 元々悪龍が災厄を起こすのを鎮めるのが、バラモンであるわたしの務めだった。

多くの者が亡くなった以上、報復する意味合いもあったが、それは困難だろうと見られている。

近々出ていくのでれば、それでいい。

いやいや、待て待て。そもそもだ。

「あなたよ。悪龍と言葉を交わすことができるダルマをどこで習得なされた? ガンガもそれを説かず、聖典ニパータにも記載されておらぬのだ」

これを習得できれば、他の龍にも応用が利く。

「確かに私が構築した魔術だが。どうも君のダルマだと呼ぶ魔術の体系と異なっているぞ。私は別な世界から転移されてしまったのだ。そしてその世界ごとに魔術は異なっている様子だ。容易に習得はできんだろう」

 転移?

そのようなダルマを使うバラモンが過去にはいたと言うが。

それをなしたがために、誤って悪龍の臓腑の中から出てきたのか。

「ねー蟲―? あ、蟲呼ばり、ダメ系じゃん。何て呼ぼ?」

「我らを、人と呼べ。わたしはバラモン、ラフラ。悪龍よ、人を殺めないのを約束するのか」

「もち。そっちがイタズラしないなら、やさしくする。あ、でもでも悪龍ってアタシー?

かわユスなーい。ダサーイ」

……子猫が媚びるような仕草を、悪龍が取るなど誰が想像できただろうか?

よく見れば、体の各所に婦女子が好みそうな光り輝く装飾を施している……。

「アタシはぁ、ゅみゅーょちょーぁぱぁ」

言えるか!!


「竜の君。アイーシャと呼ばせてもらう。私が信仰せし者の弟子の名だ」

青い髪の女が言った。

「渋みー。でもかわいーかも。あいーしゃ、あいーしゃ。あ、よさげぇ。あざまるぅ。そう呼んでね」

助かった。

「じゃあ、あいーしゃ的にぃ、まとめるね。

アタシ、ここ来た。そしたら人たちがイタズラしかけてきて、アタシおこ。やっちゃった。人たちも激おこ。さらにアタシ激おこプンプン。でもそれストップで、みんなピース。

おけ?」

少し待て……ああそうだ。それでいいんだ。

平和に物事が解決したんだ。


「では、よいのかな?」

青い髪の女が間に入った。

彼女のお陰で収まってしまった。

「ただよ、あの人骨、どうやった? あんな風にやるって普通じゃねぇぞ」

黒い肌の男が言う。確かにそうだ。

「このキャプテン・レッドが見るに……、しまった! 同士たちよ! 来たぞ……、来てしまっ……」

一瞬で辺りが暗くなった。

次の瞬間、感じたのは圧迫感だけだった。

動けない。声すらも……。目も、開かない。


 聖なる砂を体にまぶしたお陰で痛みはない。

だが身動きが取れない。全身を何かで潰されている。

今、わたしはどのような体勢でどこにいるのだ?

「ヤバスヤバス! これはかなしみ~。今どける的な」

あのやけに響く悪龍の声が、さらにとんでもないくらいに反響してきた。

軽い口調でなんでここまで轟くんだ。

「よっと。おけ」

すると、体全体にかかっていた圧が消えた。

だが、ここは真っ暗だ。

一向に何も見えない。

「おい、お前さん……それお前さんかよ?」

「キャプテン・レッドがナイトビジョンで見るに! 間違いない!」

あの二人は見えるのか?

「えーとぉ。明るくした方がいい系? てか、見えるん? それマ?」

「私が明りをつけよう。火は止めておけ。引火でもしたら事だ。『灯れ』」

ほのかな明かりが、ここに照らされた。

そして目にしたのは、一糸まとわない若い女の姿だった。

ただ体の色は鮮血色で漆黒の瞳を持ち、体中ウロコで覆われてはいたが。


「まずは助けてほしい。私は未だ、動けん」

灯りの方に視点を変える。

……壁から光を放つ右手が生えていた……。

「ちょちょちょー! マジ卍―?!」

「ルノ? なんでこんな事になってやがんだよ!」

「同士よ! 今助けよう!――――――――――オタスケイタシマス。ゴシュジンサマ」

今、何が起きた?

男の姿が変わった? しかも何だ? 金の髪の少女?

「うはー、カワユぅ! よきよきよきかなー!!」

「ダキツカナイデクダサイマセ。ゴシュジンサマ。ゴシュジンサマヲタスケネバナリマセン。ゴシュジンサマ」

「お任せあれ~」

鮮血色の女の口から、霧が出てきた。

それは吹き付けられるように、壁から伸びている腕の辺りに付着する。

泥の様に、粘液の様に、融解し流れてきた。

早い。

火に炙られた氷が融解すると同じく、壁が溶け出でる。

「よし、もういい。ここからは私が何とかできる『吹き飛べ』」

今度は青い服の女から風を感じた。

「くそう。ろくでもないものの中にいた」


「と、君は声から言ってアイーシャか。君もこうまで姿を変えられるとは」

「でも、しょぼん。みんなをお尻で潰しちゃった。めんご」

さっき潰されていたのは、悪龍が尻で押していたからか。

ただ、この空間は悪龍の元の姿だとかなり狭い。無理はないか。

では、ここはなんなのだろうか?

「ココハ、ゴシュジンサマノナカデゴザイマス。ゴシュジンサマ」

どういう事だ?

「バケモンの中だってこった。よく見ろ。これ」

黒い肌の男が、手にしている磨かれた棍棒で壁を指した。

「土とか、岩だと思ったらよ、肉だこれ。だからあの霧で溶けたんだ。でルノはその肉の中にいたってことはよ」

「つまり、私は消化されかけていたかもしれんのだ」


思えば悪臭が立ち込めている。

あまりの状況変化で気づくのが遅れてしまった。

これは、動物の肉が悪くなったような匂いだ。

「って、俺ら立て続けに胃袋の中に入っちまったんじゃねぇかよ」

「さらに悪いかもしれん。ここからどう出る?」

「ナニカニジミデテキテオリマス。ゴシュジンサマ」

その時だ。素足のままでいた、わたしの足に痛みが走る。

熱湯? いや違う。酸だ。

「ともかくまずは清める! ガンガダルマ・聖域」

この水飛沫が飛び交う間は邪悪と言えるものは寄せ付けない。

酸も薄まるはずだ。時間を稼げる。

……今思えば、悪龍がこの空間の大部分をさっきまで占めていたから、酸が出てこなかったかもしれない。

悪龍に助けられたか。

「ちな、この水お肌にいい系?」

知らん。使ってから気づいたが、悪龍、お前は邪悪な者ではなかったのか。

邪悪ならばこのダルマが効くはずなのに。

「ねー、あいーしゃがぁ溶かしたところだけどぉ、もっかしてここから出られるんじゃね?」

「……ありうるな」

「俺らが一気にやればなんとかこじ開けれるかもしれねぇな」

「ヨロシイカモシレマセン。ゴシュジンサマ」

そう長くいれる場所ではない。やろう。

「ではアイーシャ。君がまず溶解液でできるだけ溶かしたまえ。そしてラフラだったか、君がそれを流し落とせ。その後私たち三人が打撃を加えてみる」

「承知した」

「りょ」

 

「じゃ~ぁ~、いくね!」

悪龍の口から再び霧が出てきた。

それは開けられた穴に吸い込まれるように向かっていく。

またしても瞬く間に溶けていく。焼けるような音と共に。

これを人に向けられたら、と思うと身の毛がよだつ。

いや、苦しみさえも感じず、輪廻の中に入っていったことだろう。

死んだ事も気づきもせずに。

「ガンガダルマ・波浪」

わたしが続こう。

溶けた肉をダルマによって取り除く。

……やはり、相当深くまで侵食している。まさかここまでとは。

「よし、俺らだ」

「ソレデハマイリマス。ゴシュジンサマ――――――――――……ォォォオオオォォォ……」

……また姿が変わった?!

今度は鉄塊の巨人像か! 一体どうなって。

「ニック、ヒトシ。風をもって打撃を加速させる。『吹き飛べ』」

「オラァ!!」

「オオオオ!」

二人の打撃は穴の両壁を同時に半鐘を打ち鳴らしたような衝撃を加える。

今まで動かなかったこの空間が大きく揺れ出す。

わたしたちが入っている動物が、ようやく目覚めたのか、暴れ出してきた!

マズイ! まともに立てないぞ……。

「きららん(はぁと)」

悪龍、何を……?

「あいーしゃ、みすとぉ」

悪龍が三度霧を吐き出す。

それは風に乗っているかのように、まっすぐ穴の奥へ向かう。

霧が、そのまま奥に留まって漂う。

「あんど、ヤバたんふぁぃゃ~~!」

爆発した。


深い穴の向こう、陽の光が見える。

「おい、あれ燃えるのかよ!」

「待て! あの霧は生物の肉を融解するだけではないのか!」

「……ォォォオオオォォォ……―――――――――ゴシュジンサマガオイカリデゴザイマス。ゴシュジンサマ」

「ああ、ヒトシ。そうだな。『吹き飛べ』」

しまった、あっけに取られていた。移動せねば。

「わたしも続く。ガンガダルマ・流動」

風と水に乗り、わたしたちは外に出る事が出来た。

そして、醜悪なるものを見る。

先ほどまで私たちが入っていた、汚物同然の物体を。


「え、ええ? あたおか過ぎ! まじキモぉ!」

今のはわかった。頭がおかしい、というのを省略したのだな。

それはそう思う。

目の前にあるのは、卵だ。

緑と紫の縞模様が不規則に、蟲が断末魔を挙げるようにのたうつ、糞便如き色と悪臭を放つ、卵だ。

しかもそれは、私たちが入り込み、飛び出てきた物体でもある。

という事は、かなり大きい。

なぜこんなものが、一体どこから……。

卵は手足もないのに転がり、飛び跳ね明らかに私たちの方へ向かってくる。

くそ、ここで亡くなった人々を愚弄するかのように、押しつぶしている。

なんとかせねば。

「ちょ……、まじめ、まじめにいかないと」

不意に悪龍の雰囲気が変わった。


 黒い肌の男が石を棍棒で打ち飛ばし、金の髪の少女も岩を投げ飛ばし、卵に当てる。

殻は硬く、ヒビも入らない。

今一度、わたしのダルマを試すか?

「ねぇ、みんなアタシんトコ、集合」

今までのおどけたような感じがなく、それに感づいたのか三人は何も言わず悪龍の元へ。

わたしも続く。

「おけ」

悪龍は再び、少女から龍の姿へ変わる。

わたしたちを頭の上に乗せて。

「アタシがさ、あの卵の中にミスト入れるから、援護して。それでやっつける」

「ふむ、有効そうだ。承知した。まずは私が。『沈め』」

卵が暴れる付近の地面に、影が、いや闇が広がった。

それに吸い付かれるように、卵は動きが鈍くなる。

「続いてニック。アイアンゴーレムを私たちが出てきた穴の辺りにぶつけろ」

「おう。ヒトシ、行くぞ」

「ウケタマワリマシタ。ゴシュジンサマ」

悪龍の頭から二人が飛び上がる。

黒い肌の男が棍棒を差し出し、金の髪の少女がそれに逆さまになって足を添えた。

「レッツゴー!」

そのまま撃ち出され、少女は鉄塊の巨人に変化して。

「……ォォォオオオォォォ……」

強かに衝突した。

「む、穴がそこまで広がらんか。まあいい。ヒトシ、その辺りにへばりついていろ! ラフラだったか、君と私で穴への流れを作るのだ。『吹き飛べ』そして『燃え上がれ』」

これは……、炎を強烈かつ集約した風で一点に集中させているのか!

「負けられん。ガンガダルマ・波浪」

炎と水の線が、卵に開いた穴へ向かう。

あの巨人がいるせいか、卵は動きが鈍くなっている。

穴の位置はぶれない。

膨大な量の霧が、悪龍の口より発せられた。

二筋の線に導かれるように、霧が一直線に流れていく。

卵の中へと。

すると卵が明らかにもだえ苦しみ始める。

穴の辺りのヒビが大きくなる。

大地の奥底が揺れるような音が聞こえてくる。

何かが卵より、出てきた。

それは右腕。

悪龍の身の丈より大きな右腕が、そこから延びてきた……。

「ふぁぃゃ」

悪龍がそう呟いたのは、その瞬間だった。


「いやこれ、ちょー危なかったみたいな?」

「おそらく。君の助けがなかったら、ぞっとする」

間違いない。このままだったら、とてつもなく巨大な化け物が出現していた。

「しかし、お前さんのあの霧。生きモンを溶かす上に、爆発まで起こせるってなんだよ。もしかして、自分の意志で爆破させてねぇかよ」

黒い肌の男が言う。

そうだ、卵から出る際、火の気のない所で爆発を起こしている。

「そぉだょ。わら」

「……ォォォオオオォォォ……」

「あ、だいじょぶ? 卵にへばりついてたけど、巻き込んじゃった。めんご」

「アイアンゴーレム状態のヒトシならば、問題ない。それ以上に、この残骸をどうにかした方がいいだろう。こやつらはなんなのか、わからん」

「ぢゃ、あいーしゃにおまかせぇ」

霧を悪龍がまた吐き出した。

出現した生物の残骸を覆い、瞬く間に溶かしてしまった。

「念のため、ふぁぃゃ」

そして、爆破。

跡形もない。


「そんじゃ、小さくなるねぇ」

悪龍が少女の姿を取った。

「だべるならぁ、目線合わせた方がよさげだしぃ。もおダチみあるしぃ」

……聞き取れるが、意味が判然としない。

「……ォォォオオオォォォ……―――――――――――そういう口調の人と出会うとは思いませんでしたが」

 鉄塊の巨人が黒い服を着た少年に変わった。

「あれ、また変わった。ねー、さっきの子が好きぃ」

「そうなりますか……―――――――――――――コレデヨロシイデゴザイマショウカ。ゴシュジンサマ」

「よきよき。カワユスぅ」

この金の髪の少女の姿だが、表情がやけに冷たい気がするのだが。

「じゃ、剣を倒すぞ」

そういえば、黒い肌の男は妙な剣を背負っていた。

剣を地面に立て、倒すと。

「あれ、そっちぃ? うー、特別だよ」

悪龍が先導して茂みへ入っていく。

いくつかの起伏を超え、あったのは。

「じゃん!!」

卵だった。またしても。

もっとも、大きめなだけで普通の卵だ。

ただ、あの三人が卵を見た瞬間うなだれた。

絶望したかのように。


「え、ちょ! アタシのベイビィ見た瞬間、うなだれるとか、ひどくね?」

……悪龍の子供?

「あ、ああ。君のお子さんか。すまないな。君のお子さんは悪くない。悪いのは私たちの運だ。本当に、運が悪いのだ」

「えーとよ、この剣を抜ける奴を探してんだ。で、剣が倒れた方向にいる奴が抜ける可能性があるんだ。でもよ、卵じゃあよ……」

「トテモムリデゴザイマス。ゴシュジンサマ」

「あと何日かで殻を破れると思うけどぉ。いそいでるん?」

「ああ、私の国が、な」

青い髪の女の言葉に、不思議に重みを感じる。

わたしと同じくなにがしかの指名を負っているのか。

「むー」

悪龍が卵に耳をつけた。中を探っているのか。

「多分、ベイビィ下の方にいるからぁ卵の下に剣を置けばいいんぢゃね?」

それでよいのか?


「試すか」

「なんだかんだ、そんなんでなんとかなったからな」

「マイドマイドザツデゴザイマス。ゴシュジンサマ」

「その前にだ、剣が抜けないのならばまたどこぞに私は転移させられるのだ。その前に言い残したことはないのかな?」

 そうだったな。忘れていた。悪龍との意思の疎通ができるのは彼女がいるからだ。

この奇跡の時はもう終わるか。

悪龍に言うべき事。

「悪龍よ。いや、アイーシャと呼ぼう。貴殿の事情とは子の誕生なのだろう。我が子を護るがため人を殺害した。だがそれは言葉が通じなかったがため。今この時より人を殺害しないのを誓うならば、わたしがこの子が生まれるまで身をもって汝と御子を護る。そして不幸な行き違いを起こさない為、もう我ら、人々の前に現れないでくれ。それと亡くなったバラモンや動物たちを荼毘にふさせてくれ」

これに尽きる。

「えー……ごめンゴ。言葉むずい あせ」

おい。

「でもでもぉ、人は殺さない。もぉ、ずっ友。これまぢで。だびってわかんないけどぉ、ベイビィがなんともないならいいよ。あと、ベイビィ産まれるの、祝福ありがと」

まあ、よいか。


「では、剣を卵の下に置いてみよう。アイーシャ、少し卵をずらしてほしい」

「おけ。みんなぁ、まぢありがとね」

剣の柄を卵で少し地面と挟めるように置いた。

そして引く。

「抜けねぇな」

その次の瞬間だった。

「うおっとぉぉぉぉぉ!」

「礼はこっちがぁぁぁぁ!」

「ソレデハァァァァァァ!」

三人は、落とし穴にでも落ちたかのように、消えてしまった。


「オ――――――――――――ン」

悪龍は、あの青い髪の女性が現れる前と同じ、低く鈍く轟く声を発した。

わたしは、彼女に手を合わし一礼をする。

「言葉を違うことなく、汝を尊重し護る」

悪龍はそれに弾ける様な笑顔で手を振り返した。

「オ――――――――――――ン」

それは先ほどより、小気味よい響く声だった。


 悪龍、いやアイーシャの元を立ち去り、麓で坐臥した。

アイーシャとあの子の安全を祈ろう。

きちんと名前を聞くのを忘れていたあの三人の、安全と感謝も祈ろう。

 ガーテー、ガーテー、ハラガーテー。

願わくば、龍と人々が良い関係を築けるきっかけになるのを祈ろう。

わたしは、一心にマントラを唱えた。

 ガーテー、ガーテー、ハラガーテー。


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