番外編 科学者は魔王と打者と人形に遭遇する4
複合氏の作品、「科学者は21世紀初頭に憧れる」https://ncode.syosetu.com/n5073bk/とのクロスです。
「殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ」
「殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう」
かわいい妹たちと対峙する美少年と美青年が暗い眼差しで視線を交差し、漆黒に染まった言葉が互いの間に充満する。
「みんな、落ち着くんだ」
「ねぇ、落ち着いて」
妹たちは虚ろな目を私に向けた……。
その死んだような眼は……まるで。
私とイレミは、思わずあとずさりする。
こんな事をしている場合じゃないのに……。
上方にはこの世の物と思えない禍々しい暗闇が、ますます大きくなっていく。
「ニック、ヒトシ! あ奴らの警戒を怠るな! あとそれ以上に、あっちだ!」
「ツーアウト満塁の時に代打でボックスに立った気分だぜ。まあやれるか」
「同士たちよ! 来るぞ!」
闇から、何か巨大なものが飛び出てきた。
それは蜘蛛だった。
銀色に鈍く輝き、猛毒を連想させる紫色と緑色を、不快感を増幅させるように斑点で散り
ばめた、戦車のように巨大で重厚な。
「うっぷ……」
「イレミ、大丈夫か」
「何あれ……。気持ち悪い……。あんな気持ち悪いの、あんな生き物ありえない……」
「うっぐ……。私も……、吐きそうだ。生物学的にありえん……」
すると殺意。
「男。邪悪は殺そう」
「女。害虫は殺さなきゃ」
イレミに近づきすぎた?
妹が手にする銃器がイレミに向き、男たちのアーティファクトを持つのと反対の手が、私に向いた。
だからこんな事をしている場合じゃないのに!
一歩大きく踏み込んだ足音が聞こえ、バットが私たち二人に向かって斬撃してくる。
「非衝撃ホームラーン! そっち行ってろ!」
一切の抵抗ができずオタグッズの山の頂上に飛ばされた私たち。
すぐにバットを振るった黒人を見る。
……妹たちが銃に手をかけ、男たちが魔法を向けていた。
「いやぁぁぁぁ!」
「身代わりに……」
こんな、こんな事に。
「OK!」
黒人は殺意と銃撃と魔法の修羅場の中、バットを振るい続けた。
とんでもない速度で振るうバットは、的確に銃弾と魔法を捉え、巨大蜘蛛へ向けて打ち放った。
「…………」
「…………」
あいつ人間?
蜘蛛は四本の足で顔を覆い、銃弾と魔法を足で受け止めた。
「レッド・ジャンプ! 正義の鉄槌を受けるがいい!――――――――……ォォォオオオォォォ……」
そこをヒーローが変化したゴーレムが、蜘蛛の頭をプレスする。
あのゴーレムが鉄でできているとすると、数トンにはなる。
……質量保存の法則はどうなっているんだ?
「あれ? 女の形をした虫けらはあっちとそっち。潰さなきゃ潰さなきゃ潰さなきゃ」
「おや? 男の形をしたゴミが散らばったな。処分処分処分処分処分」
私とイレミに攻撃を向ける死んだ魚のような瞳が見えた。
おい。やめろ。やめてくれ。
「『沈み込め』」
すると妹たちと男たちの足元に、インクを流し込んだような影が広がった。
銃や魔法でその影に攻撃を仕掛けるも、瞬く間に全員の首まで地面に埋まってしまった。
「大人しくしていたまえ。そのままならば、傷つけん。そして守り切る。守り切って見せる。善政の魔王として」
「ルノ、やっぱ人がいいな。魔王だけどよ。さて、こっから攻撃だ!」
黒人が走り出す。
蜘蛛が振り下ろす足を、バットで弾き、その隙に青い髪の女が赤いレーザーのようなものを放ち、蜘蛛の顔を焼いた。
「ありえない。やっぱり神にも妖精にも力を借りてない……」
「ありえないのはあのゴーレムと黒人もだ。色々科学を無視している……。
イレミ、私は京ぽんを持っている。お前は?」
「イリア調整用のアーティファクトはあるけど」
「今、ゴーレムになっている奴が、ヒーローの時に言ったんだ。正義の心をわずかにでも持てって。この私に」
「あの黒人が言ったの。お前も大人だろって。こんなあたしなのに」
「それは私も言われた」
「それはあたしも言われた」
「あの青い髪の女、危害を加えようとした妹たちを助けようとしてないか」
「あの青い人、みんなを助けようとしている。こんな時に、あんな目に遭ったのに」
「ここはまだイリアの中だ。そして京ぽんとアーティファクトがある」
「なによりあたしたちは、天才」
「私たちも参戦するぞ!」
「そこのゴーレム! そのままでいるんだ!」
ゴーレムの呻くような声で反応を確認すると、私は京ぽんのボタンを押す。
下から出た尖った何本もの杭が蜘蛛を貫く。
「そこのゴーレム! メイドかヒーローになってそこを離脱して!」
メイドは機械の様な声と共に蜘蛛の上から立ち去る。
杭により動きを止めた蜘蛛の下にはイレミによって魔法陣が描かれている。
鉄も溶ける業火が一気に起こる。
「ではその炎を拝借しよう『巻き上がれ』」
そこに竜巻が起こり、火災旋風として焼き尽くす。
「これでどんな奴も……まさか」
「まだ、生きてる?」
私の杭は蜘蛛の体にある神経系を傷つけるよう計算していた上に、八本の足は身を縮めることができないように突き刺した。
その上、あの地獄のような火災旋風。
それでも、まだ生きてる。
蜘蛛が断末魔を上げ、口を開く。
網が、粘液を光らせながら高く広く飛んできた!
なんで蜘蛛が糸を口から吐くんだ!?
しかも、元から網状ってありえないだろ!!
「『燃え尽きろ』」
炎が巻き起こり、吐き出された網ははすぐに燃えた。
「オカオガヨゴレテオリマス。ゴシュジンサマ」
メイドが飛び掛かり、蜘蛛の顔を捻り上げる。
「第一球、ホームラーン!!」
続いてに黒人バッターのフルスイングが芯を捉えて、蜘蛛を跳ね飛ばした。
「止めだ」
「止めよ」
そして私とイレミが特大のギロチンの刃を落下させた。
終わった。
後は妹たちだ。なんとか不具合を直して、ヤンデレモードを解除しないと。
「おい! 今お前ら、ギロチンとか出しただろ! 今すぐ、生首状態の奴らに檻とか被せろ!」
何を言って……。
見ると、小さい金色の蜘蛛が歩いている。
それは物凄い勢いで増え続け、ロボメイドが埋もれるんじゃないかというくらいに……。
止めを刺した蜘蛛から無限増殖するかの様に、小さい蜘蛛が立て続けに出現していた……。
「ゴシュジンサマハマイドマイド、サイゴニダンマツマノオオアバレヲイタシマス。ゴシュジンサマ」
埋め尽くす蜘蛛があまりにもおぞましくて、私の脳は一瞬、敵にご主人様とか言ってんじゃねーよ、と現実逃避した。
「『飲み込まれろ』」
あの巨大蜘蛛が、地面に沈んでいく。青い髪の女の呟きと共に。
そして闇の中に消えていった。
「え、やっぱりありえない……。魔法陣さえも描いてない……」
「よくわからんが発生源を無くしたとしても、膨大過ぎるぞ。あの短時間でここまで増加するか……」
つくづく状況がわからない。
まるで夢だ。
ん? 夢?
「まさか」
「どうしたの?」
「非現実的過ぎる。あいつら、誰かが人工的に作ったんじゃないのか」
「……もしそうなら、辻褄が合う。ここまで魔法的にも科学的にもありえない事が起こるなんてこと、ありえない」
「青い髪の女も黒人も変身する奴も、もちろん蜘蛛もだ。誰かが作った悪夢だ、これは」
「誰かがイリアに類する、何かで作った、幻」
私は高速で京ぽんを操作し無線でスーパーコンピューターを稼働させる。イレミは呪文により、知恵の妖精とサーバー同然の樹木の力を借りる。
目の前にいる一体の蜘蛛をターゲット。
一瞬で消滅した。
意外と情報が少ない。これならばすぐに消してしまえる。
「この程度だからここまで増殖させれたわけね。だ・け・ど」
「この分野は私たちはチートなのだよ!」
次々に消していく。散らかった同人誌よりも早く片付けていく。
「消えていくぞ。すげぇ」
「カンシャイタシマス。ゴシュジンサマ」
そして、蜘蛛は完全に消滅した。
今度こそ、終わりだ。
オタグッズの上から見ても、蜘蛛はいない。
ただのデータでしかなかった幻は消えた。
すると、青い髪の女が浮かび上がるように、こっちに来た。
ありえない、やっぱり夢そのものの動きだ。
天才である私にもイレミにもできない動き。
自分がデータでしかないのに気づかれたから、こっちに来たのか?
青いドレスの袖口から棒状の物を取り出した。
「私たちは、まだ生きねばならないのだよ」
「ごめんね。ありがと」
彼女のデータを消す。
…………彼女の姿は私たちを通り過ぎ、両手に持っている棒で小さい蜘蛛を蹴散らしていた。
あれ?
「なぁ」
「うん」
彼女は紺色の瞳をこっちに向けた。
「大丈夫かね。なんであれ、感謝する」
こいつら、生きている人間だ。
「おう、蜘蛛はいねぇよな」
黒人も来た。こいつの科学を愚弄する動きが現実だと?
「ゴブジデゴザイマスカ。ゴシュジンサマ―――――――終わったようですね」
メイドが、学生服姿の少年に変化した。
待て。だからどうなって。科学でも魔法でも解き明かせない。
「ええと、これが僕の素です。僕にとってもこの変身能力は訳がわからないんですが」
と、鈴木均という特徴がないくらい平凡な男子高校生が言った。
「とは言え、ご迷惑をおかけしました。あとは剣を倒すだけです……ってなんだこの声?」
「生首状態の奴らがなんか言ってねぇかよ?」
瞬時に冷や汗が出る。
「七三.八五°N五四.五〇°E四二〇〇М一九六一一〇三〇一一三二」
生首状態の妹たちが史上最大の破壊力を有する核爆弾・ツァーリボンバのコードを合唱していた。
同じく生首状態の男たちは、前に聞いた事のある禁呪を集めた多重輪唱をしていた。
京ぽん……ダメだ!
妹たちを操作できない!
イレミも絶望の顔でアーティファクトを見ている。
待ってくれ。
ここにいる初対面の三人は、こんなだらしない人殺しの私たちを大人として叱咤し、人間として歩めると激励してくれたんだ。
最後、こんな形で訪れた最後、この三人だけでも転移させないと。
二人の天才の命に変えてでも。
陳、ミーレ、こんなことで死ぬ私たちを、許してくれ。
上から、光が差し込んできた。
続いてとんでもない威力で鉄アレイが落下してきた。
「ほねぇ!! だから貴様の人生には、圧倒的に鉄アレイが足りないと言っただろう!!!」
「だからー、イレミちゃん。いつも言っているでしょ? そんな顔しないでよー。こまったらヴィナに相談してくれないとー。本当にだめだめだよー」
鉄アレイによって発生した、震度7くらいの振動で崩れ去り、オタグッズに埋まる私たち5人。
ただ崩れる最中、合唱と輪唱が止まっていたのに気づいた。
そして胸次郎が妹たちの頭をなで、ヴィナが男たちの頭に触れていたのが見えた。
「にしてもホネの奴、こんな事をしていたのか。イリアでひどい目に遭ったってのに。深夜にエロ本を買い求める中学生みたいにコソコソしていると思ったら」
「だねー。子供たちの教育に悪いから隠してってイレミちゃんに言った物、こんなにあったんだ。そりゃあんな困る顔しちゃうだろうなあ」
胸次郎とヴィナの声が聞こえた。
私はまたなんとか生きながらえたか。
「それでよ、あといねぇのは3人だ。正直ルノが不安だ」
あ、黒人の声か。
「あの人、やたら運がないんで……。そう簡単に死なないでしょうけど」
特徴のない高校生も無事か。
いないのが3人……ってことは私とイレミと青い女か。
「ついとらん! 私ではなかったら死んでいるぞ!!」
あ、出てきた。
「ごめんね。イレミちゃんと緑君のせいで。一応凄い魔術師と科学者なんだけど」
「魔術師か、私もだよ。まあ、私がついていないのは元から……なんだね、この絵は。私の服隅々にまで入り込んでいるのだが」
「イレミの奴、信じられんことに男同士がヘビみたいに絡み合っている、そういう絵が好きでしょうがないんだ」
「まとめて燃やしていいかね?」
「ばかー! やめてー!! あたしの命がー!!」
イレミ、無理やり出てきたな。
「そしてホネの奴は小さい女の子の絵が好きで仕方ないんだ」
「燃やそう。害毒だ」
「いい機会だ。頼むぞ」
「待てぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
本当にやりかねない気がする!
京ぽんを操作して……、いたたたた!
家族の三人と今日初めて出会った三人の顔が見えた。
こうして私も出てきたのだった。
「なあ、私の妹たちとイレミのところの男たちはどうやって黙らしたんだ?」
「ヴィナの魔法で眠ってもらっているだけだよ」
「ちょっと揺らして脳震盪を起こしただけだぞ」
待て、ヴィナに比べて力づく過ぎるぞ。
「その前に、なんで核爆弾のコードをあいつらが唱えれたんだよ。色々聞きたい事はあるが、一番の問題はそれだぞ」
「もしかして、イリアを動かしているコンピューターに乱雑に色々詰め込んじゃってないかな? イレミちゃんも緑君もお片付け苦手だから」
そんな事……。
記憶をたどる。
「あ……」「あ……」
「いっぱいなんでも入るから……」
「忘れてた……」
妹たちや男たちが意識的にか無意識的にか、私やイレミの事を考え、進化していった。
そして雑多なデータを見つけ、能力を身に着けてしまった。
それは私たちの想定を大きく超えて。
「イリアはこうなってしまったらな……」
「封印ね……。残念だけど」
妹たちの起動を止める。気絶しているからか、滞りなく止めれた。
不確定事項がここまで増えてしまったら、仕方ない。
核や禁呪は、もうたくさんだ。
出会った三人を見る。
こいつらの言葉を信じてみるか。
こいつらの姿勢を、ほんの少し見習ってみるか
過去の私たちを知る者が見たらどう感じるだろうな。
陳の奴の、猜疑心で歪んだ顔が思い浮かんだ。
「んじゃ、剣を倒すぞ」
と、黒人は背負っていた剣を下ろし、地面に立てた。
すると、物理的にあり得ない軌道を描き、倒れた。
倒れた方向にあるのは……。
「待て。確認するぞ……」
「オイ。オイオイオイ、マジか!?」
「確かあそこに落ちたのは……」
駆け寄り、絶望したように膝を折った三人。
「どうしたのかな?」
「いや、あそこって」
私たちも近づく。
そこにあったのは、胸次郎が地面に向かって全力でぶん投げた、クレーターの底に沈んだ鉄アレイだった。
なんで、ここまで打ちひしがれているんだ?
「説明するのも嫌になるのだがな……。あの馬鹿女神が……!」
「この剣を倒した方向にいる奴が勇者候補で、剣を抜ける奴を探しているんだ。ただよ、剣を倒した方向にいるのが、犬とか自動車とか雑草とかだったりするんだ。なんとかひっかけたりすればいけたんだけどよ……。どうしやがれってんだ、あのクソ女神……!」
「まあ、女神にそれぞれの世界から拉致られたんです。それでいままで何とかやれたんですけど……。無理じゃん、これ……。あのダメ女神……!」
すると。
「胸君、やれるかな?」
「よしヴィナ、頼むぞ!」
鉄アレイに近づく二人。
「まず、ヴィナの魔法で真っ赤になるまで熱くするね!」
「そして! 鍛えられし肉体の限界に挑む! あたたたたたたたたたたた!」
胸次郎の目にもとらない拳の乱打により、薄く引き伸ばされていく鉄アレイ……。
「仕上げだ!」
グニィ、と分厚い鉄板と化した鉄アレイを曲げて、トング状の形に加工した。
こいつ、無茶苦茶がひどくなっている……。
「この鉄アレイは宝物だったが、ホネとイレミが迷惑をかけたようだから、せめてのお礼だ。これなら剣を挟んで抜けるだろ」
「……ともかく、感謝する」
「よし、剣の握り手をつまんで」
「抜けないですね……」
「さすがにこれは……、うわぁぁぁぁぁ!」
「んじゃなぁぁぁぁ!」
「それじゃぁぁぁぁ!」
……あの三人は落とし穴に落ちたかの如く、消え去った。
「落っこちていったぞ、三人。下には何にもないってのに」
「大丈夫かなー?」
「問題ないだろう。彼らは私より大人だ」
「きっとなんともないわよ。私たちよりしっかりしてるもの」
イレミと共に見上げるまでに積み重なったオタグッズの山を見る。
「さて」
「さて」
「いい加減、この買い集めた宝物は、もう少し整理するか」
「壊れちゃったもの、あるだろうしね。散らかってたのが原因で世界崩壊とか、悪い冗談だものね」
「珍しいな。やりたくないもの全て後回して、カタストロフを起こすお前らが」
「どうしたの? イレミちゃんも緑君もやりたくないものをやらなくてすむなら、ハルマゲドンを起こしかねないのに」
「まあ、そういうこともあるのだよ」
「たまにはね、そうしようと思うことがあるのよ」
私たちの事だ。
何度も心が折れるだろう。
その度に、あの三人を思い出そう。
大人だろって言ってくれて、正義の心を持てと言い、危害を加える奴さえもを背負う背中を見せてくれたあの三人を。




