二話 結婚式の村
「これ、食べられるんですか?」
「ああ、大丈夫だろう」
「マジかよ。その辺の草だろ」
枝で作った簡易テントの中、3人で鍋を囲んでいる。
馬鹿女神にいきなり見ず知らずの二人とどこかわからない所に送り込まれ、途方に暮れるだろうところで、「まず、飯を食おうか」と魔王を自称する女性が言った。
魔王だというだけあって指示慣れしている印象だった。
ルノールと名乗る彼女は、一言呟くだけで木材に火をつけ、その辺の土を捏ねて鍋を作って焼いて、再び呟いて雨を降らして鍋に水を貯めた。
まさか自ら鍋を自作してしまうとは思わなかった。
食器も同じようにして作ったようだ。
名前をニックだという野球のユニフォーム姿の黒人は腐っていたが、すぐに切り替えたように思えた。
「こういう使い方したくねぇんだけど」と言いながら、バットを振るっただけで飛んでいた鳥を落とし、バットで鳥をノックの要領で打つと羽毛が全部取れた。
この人はこの人で魔術師のような気もしてくる。
僕が「枝で簡単なテントを作った方がいいかもしれませんね」と言うと、またバットで枝を切り落とした。
木製のバットが下手な鉈よりも切れるのはなぜだろうか。
とりあえず僕にとって不幸中の幸いは、しっかりとした大人二人といることだろう。
そんなこんなで、鍋ができあがったようだ。
「私の学生時代、金が全くなくてな。食うのにも困っているうちにどれが毒なのかわかるようになった。味は保証しないがね」
「魔王様、ですよね? なのにそんな状態だったんですか? しかも学生って。えーと、ルノール……様」
「ルノでかまわんよ。この状況で肩書なんぞ意味がなかろう」
「まあ、食えるな。塩気がねえけど。血抜きも上手くいったか。なあ、3人そろってあのクソ女神のせいでここに来ちまったけど、しばらくは俺らはチームだ。言える範囲でいい、改めて自己紹介をしようぜ」
まず青い髪の女性が口を開いた。
「そうだな。では改めて。私はルノール・クラウディア。魔術師にしてグラン魔王国の魔王だ。種族としては青髪族になる」
短めの青い髪は染めている訳ではないようだった。
確かに生え際も青く、眉やまつ毛まで鮮やかに青い。瞳はそれよりやや濃い藍色だ。
それに合わせているのか、身に着けている丈夫そうなドレスや装飾品は青を多用している。
外見的にはやや細身で、20代半ば位か。
それでも老練さを感じさせてしまうのは魔王を名乗るだけはあるんだと感じさせる。
でもさっきの貧乏エピソードはなんなのだろうか。
「じゃ俺な」
190センチはある長身で、均整が取れた体つきの黒人バッターが続いた。
見た目は典型的なメジャーリーガーだ。
「名前はニック・ワイズ。所属チームは俺の地元でもある、ウッドランド・ウォーリャーズ。そこの背番号15番。ポジションは外野、代打出場も多い。年齢は20だ。バットコントロールなら誰にも負けない自信がある」
意外と若いな。
それにしては随分と落ち着きがある気がする。
一流のアスリートとはこういう雰囲気を持つものかもしれない。
きっと相当な修羅場をかいくぐったのだろう。
それにしてもバットコントロールの一言で済まされない事を普通にやっているんだよな。
バットを振るってソニックブーム出すし、鳥を捌くのもバットでやっていた。
どういう原理だ。
あとその聞き覚えのないチーム名は、そういう事なんだろう。
さて僕だ。
「鈴木均です。16歳の高校生。これといった特徴や特技はないんですが」
本来はそう。
身長体重は平均的。成績はまあまあ、教科によっては割と上。運動は普通。
フィギュア人形と読書が好きな平凡な高校生だ。
「女神に変身能力を一切の説明無しに与えられました。一体どうやって変身しているのか、見当つきません」
ほんと、これ。
念のため緊急事態に使えそうな人形をピックアップいてして、それらを持ってこれただけでも僥倖だ。
使うのに抵抗のある姿になるけど力と素早さがとんでもないアリムと、あと二つ。
役立つと思う。特にひとつが、勇者を探すのに。
「色々と二人に質問したいところだが、その前に考えねばならん事がある」
とルノさん。
「あの聖剣とやらでどうやって勇者を探すかだ」
そう簡易テントの支柱の一部になっている、無駄に派手な剣を指さした。
早速扱いが雑だな。まあいいや。
「あの、まさかとは思うんですが」
あの女神ならきっとテキトーな仕事をしているから。
「ここで10回目。また向こうだ。同じ方向かよ」
「いくつかの所でやってはみたが、まさかこう来るとはな。無理な力を加えない限り、同じ方向に倒れる、か」
いや、まさかだよ。
剣を立てて、手を離す。
すると常に一定の方向に倒れる。この方向が、おそらく勇者のいる方向。
……仕事が酷すぎる!
もっと効率的な方法が絶対あったぞ、おい!
「そして問題は剣の切っ先なのか、柄なのかだな」
「そこまで考えますか」
でも必要か。
「柄でいいんじゃね」
「だが剣で物を指し示す時は切っ先だろう。あの何も考えていない女神ならそうしかねん」
「ありうるがよ。剣を立てるなら切っ先を下にして手を離す。なら柄でいいはずだ」
「だが相手は馬鹿だぞ。馬鹿とはいつも一緒にいるからな。こっちの考えの裏を行く。なら切っ先だろう」
「それを言ったらどうしようもねぇよ。何も考えていない馬鹿は、無駄に頭を使ってとんでもない事をやらかす。大体ルノが言う馬鹿とあのクソ女神が同じ馬鹿か?」
不毛すぎる議論だ。
「……確かに不毛だな」
「……そだな」
口に出てたか。しまった。
「ニック、君の意見をまず採用しよう。動いてみないとわからんようだ」
「おう。間違っていた引き返せばいいしな。早く戻りてぇが、勇者とやらを探すまでだ。焦る必要もねえ」
「全く、その通りだ」
つくづく大人二人といて、安心できる。
簡易テントを作った場所から、歩いて10分。
村に出た。
人がいるなら、勇者もいるかもしれない。
最初は勇者は村や小さい町にいるイメージがあるし。
「ニックの案が当たっていた可能性があるな。ただ、一応様子はうかがいたいところだ。怪しまれたくない」
「広場に人が集まっているか……? 集会……?」
「ならこれが使えるかも――――――ならばここは! このキャプテン・レッドに任せたまえ!!」
「……ヒトシか?」
「ヒトシ? あ、別な人形か!」
変身したのはキャプテン・レッド。僕が小学生の時放送していた、銀色の顔に目元にサングラス、全体的に赤黒の特撮ヒーローだ。
「いかにも! 我が名はキャプテン・レッド、その正体は正義なる少年、鈴木均! スコープビジョンで全てを見通し、スーパーイヤーで針が落ちた音さえ聞き分ける! 様子をうかがうならば我が出番だ!」
「つーか、一々ポーズを決めんのは何なんだ」
仕様です。
「結婚式か」
こそこそと屋根の上。
移動しつつ剣を倒すと、この結婚式の中心にいる人物が勇者らしい。
キャプテン・レッドの目なら微妙な角度まで確認できる位見える。
つまり、新郎もしくは新婦。
祝福の中、教会へと二人は入る。
それに続き、人々も中へ入いっていく。
「どうするよ。このまま行っても怪しまれるだけだぞ」
「我が人形もここの人々と同じような風貌のものはない! 同士ルノ、君が適任だ!」
「ヒトシ、お前まだその赤いのかよ」
「まあ、それとなく入ってみるか。上手い具合に皆が酒に酔ってくれれば楽なんだが。しかし、ここであの右腕の類が現れたら、最悪だな」
右腕……、忘れてた。
あれは何なのか。
あれきりの保証は全くない。
もしこんな所に現れたら……。教会は狭くそこに人が大勢いる。
どう考えても最悪。
まあ、そこまでついてないなんて事…………。
「では行く」
ニックさんから剣を受け取り、ルノさんは屋根から広場へ降りる。
風が舞い上がり、地面に降りる衝撃を抑えている。本当に魔術師だな、この人。
そして、広場の中心に来た時。
不意に禍々しい渦巻く闇が現れた。
「……」
「……」
「……」
「…………すまん。私は実は、かなりついていない」
「くそったれがぁぁぁあああああ!」
ニックさんが一気にダッシュ!
って、速!
「同士ニック! どうした!」
アリムなら速いけど冷静な判断が全くできなくなる。キャプテン・レッドで追いかける。
「教会の奴ら、全員バットでぶっ飛ばす! それで非難させる!」
「無茶な!」
「同士よ! 冷静になれ!」
「俺はベースボーラーであるうちは、誰も傷つけねぇええ! 俺ならやれる! 俺ならやれる! 問題ねぇ!」
「あ! 待て!」
ルノさんから剣をひったくると、教会のドアを破壊した!
「くそ、時間がない! とにかく非難させろ! 私が時間を稼ぐ!!」
「了解した! 同士よ、待つんだ!」
教会で目にしたのは。
まず教会のドアをバットで破壊し、そのまま教会の奥の壁をドアの破片で左右二か所に穴を開けた。
次に剣をノックの要領で柄の頭を打ち、奥にある新郎新婦がいる辺りの十字架に突き刺す。
そしてバットの一振りで5、6人を一気に開けた穴へと吸い込まれるように打っていく。
人々は声も出せず、身動きできず、穴へと吸い込まれる。
この間10秒ちょっと位。
新郎、新婦を残し全員をバットで打ったのは全部で30秒位。
ありえない。
十字架から剣を引き抜き、二人に渡す。
「ハァハァ……、頼む。何も言わず、まず抜いてくれ」
新郎は混乱した面持ちで剣を引き抜こうとする。
抜けない。
新婦が気丈な表情で剣を手にした。
抜けない。
「…………なんだってんだぁぁぁあああ!」
ニックさんは壊したドアの向こう、ルノさんが戦っているだろう現場へ再び猛ダッシュする。
「同士ニックよ! 人々は……」
キャプテン・レッドの高感度な耳が声を拾った。
動揺する人々の声。痛みを訴えている声はない。
続いて望遠鏡並みの視力で確認する限り、誰も怪我はしていないようだった。
……あの人、本当は魔術使えるんじゃないのか?
「避難は終わらせた! あとあの二人は、勇者じゃない!」
「早いな! 怪我はさせてないよな?! む? 違う? ええい、考えるのは後だ!」
教会前の広場。
そこに浮かぶのは、触手。
空中を泳ぐかのように優雅に、毒々しい原色を七色に変化させつつ、無数のシダ植物のような触手を上下させる。
新たに来たニックさんに触手の注意が向いたようだ。
触手を何本かひとまとめにし、それこそ伸び切る前のシダのように丸め、一気に伸ばす!
速い、けど。
「何を投げてくるかわかっているピッチャーのボールは、怖くねぇ」
音もなく、ニックさんはバットで防いだ。さっきから見ていたニックさんの動きの方が早く感じる。
ん、音もなく?
「衝撃吸収バンドからの」
……何かの原理で、衝撃を無くした? だから、音も出ないの?
触手の戻りが、遅い。
「ホームラーン!!」
触手が爆ぜる音がした。
触手の体表はとんでもない原色のカオスとなった。
相当なダメージをくらったのだろう、目がチカチカする程、色の変化が速い。
触手の動きも慌ただしくなった。
追撃のチャンスだ。
「レッド・ソード!」
キャプテン・レッドの右腿より、剣を取り出す。
「ヒトシ! 待て、ヤバイ!」
触手は素早く、キャプテン・レッドの目にはゆっくりと、一本が僕の方へやってくる。
細かい棘がびっしりと生えた、気持ち悪い色のシダの葉が、頭を覆うように……。
でも次の瞬間、視界から消えた。
「ヒトシ、突っ込むな!」
スイングし終えた姿勢のニックさんだ。
立つ土煙。
土煙を飛ばして助けてくれたのか。
……どんな攻撃だよ。触手を削り取っている程度には威力があるし。
「すまぬ、同士よ」
「気をつけろ、一発でアウトだ」
くそ、活躍できてないな。
「『燃え尽きろ』そして『巻き上がれ』」
そうルノさんがつぶやく。
炎の竜巻が触手を翻弄した。
数十秒後。
炭の残骸が、広場に残った。
人形を扱う練習、もっとやっておけばよかったな。
これじゃ足手まといだ。
教会の外に出された人々の視線が届く。
「安心し給え! ここに現れしダークシャドウの脅威は去った! そして君らには我らから危害を与えることは決してない!」
ダークシャドウとはキャプテン・レッドの敵である悪の組織の名前なんだけど。
敵を表現するのにこの姿だとこうなってしまうみたいだ。
って、それどころじゃない。
警戒と共に人々が僕らの前に出てくる。
「この状況と私たちの事を、果たして説明できるか?」
「厳しくね? 俺らもよくわかってねぇぞ」
「しかし、説明はせねば。ああ、驚かせてしまった。この怪物が出たために君らに無理な避難を強いて…………」
キャプテン・レッドの耳が、異音を捉えた。
炭の残骸。
嫌な予感。
気持ち悪い玉虫色の袋が、黒い残骸より膨れ出た。
掴む、僕の細い腕。
口から出る、心地よくない声。
「イッテラッシャイマセ。ゴシュジンサマ」
アリムの姿になった僕は、その袋をはるか上空へ、投げつけた。
爆発。
「あぶねぇ!!」
「……自爆か。油断できんな」
「バクハツガ、オキレイデゴザイマス。ゴシュジンサマ――――――何言ってんだ僕は。皆さん、大丈夫ですか?」
村の人たちは苦悶の表情で耳を抑えていた。
でもその中の二人、新郎と新婦は立ち上がる。
「あなたたちが何者か、あの怪物が何なのか、わかりません。ですが助けていただいた事に深い感謝をいたします」
「歓迎します。わが村へようこそ」
取り合えず、危機は去った。
村人の信用も得ることができた。
これから勇者を探せば…………、ちょ、この感覚!!!
「い、いきなりかぁあああ!」
「マジかよぉぉぉぉおおお!」
「うわあああぁぁぁあああ!」
落とし穴に落ちていく感覚、それに続く村人がいる風景が消え去ってからの真っ暗闇。
一瞬で、さっきとは違う、青空。
違う世界の青空だと、直勘した。
多分、この勘は正しい。
つまりだ。
それぞれの世界にそれぞれの勇者候補がいて、一々剣を倒して探し当てて、剣が抜けるか確かめなくてはならない。
違ったら、強制的に別な世界に行かされて、最初からやり直し。
でもって、嫌悪感がする色合いのモンスターとも戦いながら。
これは、一体いつになれば終わるのだろうか。
周囲を見回す。
僕がいるのは、瓦葺きの屋根の上。
………………ルノさんとニックさんの姿がない。
今度こそ、途方に暮れそうだ。