番外編 科学者は魔王と打者と人形に遭遇する1
複合氏の作品、「科学者は21世紀初頭に憧れる」https://ncode.syosetu.com/n5073bk/とのクロスです。
「おにいちゃん」
「おにいちゃーん」
ああ、パラダイスだ。桃源郷だ。極楽浄土だ。いや、そんな生半可な言葉じゃ言い表すこともできない。
この私の最高の頭脳をもってしても言語化など不可能だ。
VRでもCGでもない、見渡す限りの妹たちに囲まれている。
妹たち一人ひとりに触れる。
CGなどでは感じる事のできない、柔らかな手触り。
私は、私はこの為に生を受けたのだ。
天才の頭脳は妹たちに捧げられるべき。
否、この世の全ては妹に捧げられ、妹になるべきなのだ。
「おにいちゃん、どうしたの?」
妹たちが一斉に私に上目遣いで問いかける。
なんでもないよ、そう言おうとした時だった。
「……ついとらん……」
地獄から這い上がってくる亡者の様な呻きが聞こえてきた。
みんな、下がるんだ。
ここはかっこよく決める。
手には偉大なるPHS京ぽんを模した装置。
これさえあればいかなる事案も対処できる。
にしても、どこからあんな声が……?
イレミが何か送り込んできたか? 考えにくいが。
「『崩れろ』」
地面が急にひび割れた。
「『崩れろ』」
更に崩れ出し、瓦礫となる。
「ええい、まだか! 『崩れろ』」
すると砂利と言っていいまでになった。
「くそう」
黒手袋をはめた右手が、地面より伸びてくる。
「出られんか。『巻き上がれ』」
すると、竜巻が巻き起こり、崩れた床が吹き飛ばされる。
「……ついとらん!」
一人の人物が地面よりゾンビの様にはい出してきた。
それは真っ青な髪色と服を着た、女性だった。
瞳は紺色の。
「おにいちゃん、この人だぁれ?」
妹たちの一人が問いかけてきた。
私にもわからん。
微妙にミーレを思い起こさせるな。
ミーレより細身で露出もないが。
見た事のない人物、というかなんだその真っ青な外見は。
コスプレってんじゃねーよ。20代半ばくらいか?
年増だろ、お前。私基準ではあるがな。
この目の前の永遠の妹たちを見習え。
「さて、床を破壊してしまい申し訳ないが。どこだねここは。出口を教えてもらえないかな」
……なんだ、その蔑むような目線は。
言葉使いと態度は丁寧だが、それでは二流もいいところ。
妹の素晴らしさがわからないようなら四流だな。
いや、所詮女にはわからない崇高な世界かな?
「もう一度聞こう。出口を教えてほしい」
サラサラの髪に、水を弾く柔らかな肌。
甘くとろける声。宝石と見まごう瞳。
香水より芳醇な香り。
妹とは世界無形文化遺産に他ならない。
「出口を……」
そうだ国連にも国際にも私は口を利ける。
この妹というもの全てを崇高なる存在として登録させよう。
そうしよう。
「いい加減にしたまえ。必要なのはそのように快楽に浸るのではない。苦痛を和らげる道を歩むことだ」
イレミも似たような事を考えているはずだ。
最悪職員のプライベートをハッキングで調べ上げて、ばら撒いて脅そう。
「『燃えろ』」
そうその女性が、燃えろ、とつぶやいた時だった。
私の髪が突如として発火した。
「うわああああ!?!」
ああ、私の愛すべき天パが!
妹たちが必死で消火する……いやそれ消毒用アルコール!
「ぶわああああああああああああああああああ!!!」
あ、あの子ドジっ子設定だった。
もう、しょーがないなぁ。
って、死ぬ!
「『潤せ』」
すると今度は雨が降り出した。
これは……魔法か?
しかし、イレミやミーレとも違う気がするぞ。
「話を聞き給え。淫欲の魔王と同じような事をやるのは感心せんな。
“悦楽は短く辛苦に満ちた物なり” 私が信仰せしディアスの言説だ。
女をはべらし、何になる? 花を咲かすばかりで何も残らん徒花の園で枯れるだけだろうが。
果てるのは貴様だけにしろ。
この娘たちは、解放しそれぞれの道を全うさせるべきだ。
私はかのような奴隷を好まん」
ふ、この天才がただ京ぽんをいじっていると思っているのか?
「おにいちゃんをばかにした……。ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」「ゆるせない」
この世界を虚仮にした罰だ!
妹ヤンデレモードを存分に味わえ!
妹たちの手には包丁やハサミなどの刃物。
とはいえ少しばかり脅す程度だ。
ちょいと痛い目にあってもらうけどな!
「『巻き上がれ』」
再度発生した竜巻。
それは妹全員を巻き込み、天井近くに留まっている。
……イレミでもこんなんできないぞ……。
「魔王と呼ばれる私に、この程度で危害を加えられるとお思いかね?」
魔王?
てか、こいつ、神様に祈るとか精霊の力を借りるとか、やってなくね?
「な、なんの神に祈った?」
一応聞く。
「神? いるかもしれんが、私には関係のないものだ」
そんな馬鹿な。
いきなり地面から現れたり、ありえないぞ……。
ん、いきなり?
ってことは。
「いや、炭鉱の最深部に送り込むべき馬鹿な神がいるか……」
そう言う女性を遮り、言う。
「しかし私の勝ちだ。私がイリアで作り上げたこの世界で勝てると思ったのが運のつきだな」
その青い女性の周りの空間が歪み始める。
「んな?」
さすがに抵抗できず、そのまま空間に取り込まれる。
青いその存在は消えた。
やれやれ、随分と厄介な奴と対面したな。
妹たちを出現させたクッションで救出しつつ思う。
多分、何らかの方法で時空移動をやった人間だ。
その移動先の調整を間違えて地面の下に現れ、本来それで詰みだろうに、イレミの魔法と違う魔法的な技術で強行突破してきた。
原理は全くわからないが、相当強いぞ。
まあ、ネトゲAIイリアで作った楽園の中ではどうとでもなる。
ロクロータたちとの騒動も終わり、ようやく私は妹たちと仮想の中で本来の目的である、
甘い蜜に浸る現実逃避の日々を過ごしている。
世界を救ったんだ、多少のことは問題ない!
さて、改めて妹たちを愛でよう。
そう思った時だった。
「すまねぇ。ここ一体、何だ?」
野太い男の声がした。
見ると、背の高い黒人が立っていた。
バットを片手に背番号15番の野球のユニフォームを纏い、何故だか背にファンタジー的な剣を背負っていた。




