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十五話 天上での遭遇

「寒!」

結構蒸し暑かったさっきの世界とは打って変わり、冷たい風が貫いてくる。

エンジン音がつんざき、眼下には海原と白い雲。

足元はギシギシ言う、金属の板。

「複葉機かよ。俺の世界じゃ、年代モンだぜ」

「でもこの素材は新しいですよ」

そういう世界か。ここは。

「あだだだだだだだだだ!!」

「って、ルノさん!」

なんでいきなりプロペラに巻き込まれているんだよ!


「隊長機から各機へ! 当機左翼に異物発生! ……人三名? くそ、バランスが崩れる!」

「二番機から隊長機へ! 剣らしき物を背負っている白い服の黒人の男1、女性1……なんだあの髪色は。あと少年1。黒い服を着ている」

「こちら四番機。隊長機のプロペラから一瞬火が見えた! さきほど女性のドレスが引っ掛かっていた。それが原因と思われる!」


「やはり、私は髪を伸ばす訳にはいかんな! 変な所に巻き込まれる! ついとらん!」

髪と服が巻き込まれ、着ているドレスの裾がボロボロになっているルノさん。

焦げているから魔術で焼き切ったな。

「普通に危なかったですよ。よく無傷で」

まずはここ。

「ああ、あの回転するヤツか。やむなく少し焼いた」

急にグラつきだす複葉機。

「くそう、やはり重要な部位か! これ以上怪我をするわけにいかなかったとはいえ!」

ってヤバイ! 仕方ないけど!

「ただでさえ俺らがここにいるだけで不安定になる! 他のに移動しようぜ!」


「こちら二番機……うわ!」

「こちら五番機、隊長機より人が……こっちにも来た?!」

「四番機、女性が……あれ、さっきいたか? こいつ」

「隊長機より各機へ! 飛び移ったぞ! 信じられん! ……なんだ? 声?」


“ニック、ヒトシ。及びこれら飛行する物体に騎する者たちへ。聞こえるかね”

ルノさんの魔術による通信だ。

「キコエテオリマス。ゴシュジンサマ」

とはいえ、僕の声は届かないよな。手を振る。

ニックさんは……マジか。よく平気だな。


「こちら四番機! この横で、さっきまでいなかった小柄なメイドが直立不動で手を振っているんですけど!」

「誰か! 当五番機の上に黒人が乗っていると思われるが! 確認をしてくれ! てか、思ったより重い!」

「五番機の上、ちょうどパイロット席の真上でバットを素振りしている! なんでこの速度の中平然としているんだ! 帽子もよく落ちないな!」

「こちら隊長機! 落ち着け、なんらかの通信が入っている! 原理不明だが、二番機に飛び移った女性からと思われる! まずはよく聞くべきだ」


“ふむ、ニックとヒトシは聞こえているようだ。ならば騎する者たちも聞こえているはずだな。

いきなり邪魔して申し訳ない。特に当初現れた所の装置を少しばかり破損させたのはやむ終えずやったとはいえ、障害を出しただろう。悪いことをしてしまった。謝罪する。

む、君。かのように私に顔を向け続けているのは危ないのではないのかな? お互いの安全の為に適切な運用を頼む”


「二番機! 高度が落ちている! 隊形も崩れている! 集中しろ!」


“危ないところだな。私たちが原因ではあるが。

さて、私たちとしてもできる限り早く退散したい。地面に下ろしてくれると助かるが……、難しそうだ”

下は、島一つない大海原。

それは無理だ。近くの飛行場に降りてくれるといいんだけど、いつもそんな時間はない。

“こうなると君たちに協力を求めなければならなくなる”

 そうだよな。

どこまで僕たちの言うことを聞いてくれるか。

それに、これじゃルノさんが一方的に伝えるだけだ。

あの人は司令塔役は慣れているだろうけど、エンジン音がうるさくてこっちからの情報を伝えれない。

って、編隊飛行してるなら。

パイロットに近づく。

「オネガイガゴザイマス。ゴシュジンサマ」


「四番機から二番機へ! メイドが笑顔でなんか言ってきた! うちらの無線で情報を伝えるって、青い髪の女に伝えて欲しいと!」

「二番機了解! ……ってあんまり近づくな! 興味深い? 危ないから! 魔術いらず? 何だそりゃ、知らないよ!」

「そういや無線あるじゃねぇか! ルノ、ヒトシ、これで情報を伝えてくれよ! ……こら、勝手に使うな! こちら五番機、黒人が勝手に無線を使ってきた! いつの間に降りてきたんだよ!」


 ルノさんが続けて魔術で伝えてくる。

“いや、素晴らしいな。この無線なるものの原理を聞き出したいが、その時間がないのが惜しい。

そして君ら騎する者たちには不満があろうが、この一時だけでも私たちの指揮下に入ってほしいのだ。

それにだが、いざとなれば君らを海原の地獄へ叩き落すことも容易なのだよ。

『燃え上がれ』

かくのごとく炎を持って焼き尽くせる。

我らは尋常ではない、しかしそれは望むことではない。

何よりだ、これから我ら全員に災難が降りかかる。

お互いにとっての不幸を避けようではないか”

 さて、どうなるかな……あ。


「キャプテン・レッドから諸君らに告ぐ! 退避行動を! ……だからいきなり無線を使うな…………え、お前誰……? ああ!」

「こちら隊長機! 全機、旋回せよーーーーー!」


 来やがった。

目の前に現れたのは分厚い雲。

キャプテン・レッドの聴覚でその存在を感知できた。

急旋回したから、後方に見えるそれ。

雲を抜け出し、全貌が露わになる。

 僕たちは慣れてしまっている展開。

でもパイロットの人たち大丈夫かな、パニックにならないといいけど。


「こちら三番機……うわぁ!!」

爆発したような音。

「三番機、大丈夫か!」

「こちら三番機。……助かった……。黒人が飛び移ってきてくれたお陰だ……」

「け、警戒を怠るな! 全力で退避するぞ! こんなことあってたまるか……!」

「あー三番機だがよ。どうするよ、一々無線使っている暇ねぇぞ。俺ができるだけ対処するけど。ルノ、お前が指示出せ。飛行機知らねぇだろうけどよ。って、伝えてくれ……勝手に無線を使うなって!」


“ニック、了解した。諸君、同意を”

無線に隊長からルノさんの指示に従うよう命令が下った。

訳の分からなすぎる状況、加えて複葉機の速度不足。

でも、お陰で戦う体勢は少しは整った。

ただ、どう攻める。

エンジンが悲鳴を上げるその後方。異形が浮かんでいる。

浮かんでいるのは、口。

顔の下半分が浮かんでいる。

涎を垂らし、舌なめずりしながら。


「三番機……危な! 黒人がバットで……攻撃を撃墜してくれてるが……っだ!」

「くそ、この飛行機では速度が足りない! 宙に浮かぶ口が舌を伸ばして、舐め回してくる?! そんなの誰が信じる、どこで予想できる! ……わかった。隊長機から四番機へ。敵の真上へ行け! そこにいるヒトシ? アイアンゴーレムになれ、との命令!」


僕を載せた飛行機が上方へ飛ぶ。

上空に機首を向け、その下に見える異形は突如として炎に包まれる。

ルノさんの魔術か。

僕が乗っている四号機と、ルノさんが乗っている二号機以外の機体が火だるまになる異形の下に集まっている。

浮かぶ口は二号機へ舌を伸ばし、注意はそっちへ行っている。

まさかパラシュート無しのスカイダイビングをする事になるなんて。

「ソレデハマイリマス、ゴシュジンサマ」

 おい、と声に出したパイロットを残し、上空数千メートルから僕は落下した。

恐怖心は、不思議となかった。


「ゴカグコクダサイマセ―――――――……ォォォオオオォォォ……」

アイアンゴーレムに変化。

そして空気抵抗を無くそう。頭を地面へ向ける。

重鈍なアイアンゴーレムでもやれるものだな。

学校で習った物理の公式を思い浮かべながら、僕は異形へ文字通り頭から向かっていく。

 不気味な異形はなおも、ルノさんからの魔術で火だるま。

レーザー状にされた炎を照射されている。

舌を伸ばしてきても、強烈な風を起こされて防がれる。

くらえ。

加速したトン単位の衝撃だ。

目前に迫る異形。

すると、ルノさんの魔術にも関わらず、その口を天に向けてきた。

僕を飲み込むために。


 天に、岩石同士が衝突したような音が鳴った。


「二号機及び四号機! 状況を報告せよ!」

「こちら四号機! 当機に乗っていたメイドが、飛び降りた! 飛び降りた後に、また別な姿に変身した模様! やっぱり姿を変えていた! どういう仕組みだよ!」

「こちら二号機! あの口だが、急に炎に包まれた! ここにいる女性が何かやった模様! 詳細不明! それで……二号機より飛び降りてきた人型の岩石が宙に浮かぶ口と激突! あの口が上方に向きを変えて飲み込もうとしたが、人型の岩石は手足を伸ばして、なんとかこらえている! お互いにダメージは大きいと思われる!」


 想定外だ……。

散々焼かれていたからこっちに注意が向かないと思っていたけど、急に一機上に行ったから警戒していたか。

今の僕は、異形の唇を掴み、足を歯に引っ掛けてどうにか耐えている。

この口からは出血が続いているから、攻撃にはなっている。

ただこのままで居続けるのは無理があるぞ。

すると舌が伸びて、舐め回してきた。

そりゃそうなるか。アイアンゴーレムだと感覚は鈍い。だからそこまで嫌悪感も痛みもない。

しっかり握っている唇は、指をめり込ませているから外れないだろう。

でもこのままじゃまずいか。ダメージが蓄積していてもおかしくない。

執拗に舐め、粘性の強い唾液が全身を覆ってくる。

すると。

ザクッ、と心地いい音が舌から響いてきた。

見ると鉄板が舌に半ば切断するように突き刺さり、大出血していた。

「OK!」

ニックさんの声が聞こえる。

あ、この鉄板、飛行機に使われてるやつだ。

剥ぎ取ってバットで打ったのか。

……飛行機、大丈夫かな?

“ヒトシ、アリムに変化したまえ。今のうちだ”

ルノさんだ。

「…………ォォォオオオオォォォ…………―――――――オネガイイタシマス。ゴシュジンサマ」

変化するや否や、風が僕を吹き飛ばした。


「こちら三号機! 飛行機の鉄板を剥ぎ取られた! これからの飛行に障害あり! 何しやがんだよ!」

「落ち着け! そのお陰で舌で攻撃される事はなさそうだ! かなりの出血が見られる!」

「こちら一号機! メイドが横に高速で吹っ飛ばされた! ……え、竜巻? に巻き込まれて、また飛んで行ったぞ……三号機の方に」


「衝撃吸収バンド! ヒトシ、危なかったな!」

ニックさんのバットの上に無事着地。

この状況で本当に一切の衝撃を感じさせない。とんでもなく超絶な技だ。

「モンダイゴザイマセン。ゴシュジンサマ」

「よし。とは言え、分散したほうがいい。そっちに飛ばすぞ」

「ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ」


「うわ……こちら一号機。メイドが飛び乗ってきた」

「本当にどうなっているんだ……。こちら隊長機。攻撃を繰り返してきたあの口は、出血が止まっていないことから戦闘不能と思われる。全機反転して機銃による攻撃を……、え、何?」


“警戒を続けたまえ。断末魔の如く、暴れるぞ。そのまま飛び続けるのだ”


「こちら隊長機。全機今の通信を聞いたか? 今の女性からの通信は冗談とも思えない。警戒を続けながら、このまま飛行を続ける」


 ルノさんから凄みをかなり効かせた通信が頭に入ってきた。

こういう時だけは魔王っぽいな。

異形はいつも最後に暴れる。

今回は、どう来る。

 伸ばし続けてきた舌から血を垂れ流し続ける口。

それでも口は、二ヤついているように感じた。

その時だった。

 CGみたいにゆっくり変形していく。

口をすぼめていき、それは筒状になって。

長く長く、不必要な程に、不自然な程に長くなって。

……あの口か!


「アレは! アレだ! 蟻を食う奴の!」

「そのままだ、アリクイだよ!」

「ウチらは蟻だってのか! ふざけんな!」

「あ、死んだ。かも」


 筒になった口が少しだけ、開いた。

その時だった。

機関銃が連続で銃弾を放出するかのように、舌が編隊を組んだ飛行機たちに襲い掛かり、突き刺してくる。

刃が壁になって襲い掛かってくる!

「ここのパイロット! 俺を殿にしろ! どんなボールも俺の敵じゃねぇ!!」


「こちら三号機……。破損で速度出ません。尾翼に移った彼に任せてみます。死なば諸共です」

「隊長機、了解した。各機退避を……なんだ」


“ニックが乗っているのが壁になる。それを最後尾に一列に並ぶのだ”


「それは有効かもな……。三号機の次に当隊長機が付く! あとは逐次並べ!」


「んがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ニックさんが腕が見えなくなるほどの高速バットスイングをやり続け、壁の様に潰してくる鋭利な舌を凌いでいる。

 それで尾翼も守り切っているのだからこの人、人間じゃない。

そうだ、もしかしたらあるかも。使えるかも。

パイロットに聞くか。

「ヨロシイデスカ。ゴシュジンサマ」

「何よ! こんな時に! ……あるよ、それ。え、やれるかも。わかった、伝える」

“ヒトシ、よくぞ考え付いたな! いくぞ!”


先頭の二号機が上に移動、僕のいる一号機の上に来た。

運のいいことにルノさんがいる機体だ。

そして飛行機の下部についていた部品が落っこちてきた。

外部燃料タンク。旧日本軍の飛行機についていたという部品だ。

異世界の飛行機にもついていた。なんか不自然だと思ったらやっぱりだ。

それをアリムの細い腕で受け止める。

「ソレデハオウケクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

それを思いっきり口に向かってぶん投げた。

「『吹き飛べ』」

ただでさえ慣性もある上、ルノさんの魔術で加速される。

舌はやはりタンクを突き破った。

全体に燃料を被った口。

「『燃え尽きろ』」

ルノさんが点火した。


「三号機! 無事か!」

「速度は出ませんが、大丈夫です!」

「よし! 全機、上昇! 燃料タンクを落とせ!」


 ルノさんが調節した風により、燃料タンクは燃え盛る口へ投下される。

攻撃をやめ、自分の体を舐めて消火を試みてはいるが。

「『巻き上がれ』」

それは竜巻が飲み込んでいった。

執拗なまでに。



「隊長機より各機へ。脅威となる存在は見えるか?」

「二号機だ。私が見るに、かのようなものはないな」

「三号機だけどよ。なさそうだ」

「こちら一号機! キャプテン・レッドが確認するに、ダークシャドウは消え去った! 我らの勝利だ!」

「こちら隊長機。勝手に無線使うなって! とはいえ感謝する。我々では対処できなかった事態だった」

「では、私たちはこれでお暇するよ。大変お世話になった。ニック頼む」

「お暇って……、ここで? まだ飛行中……」

「おう。……隊長の飛行機だな。飛び移るぞ」

「剣を倒した……? こっちに……飛び移ってきた! 危ない! 死ぬ気か!」

「もう一回倒して……、隊長さんよ、何か持ってねぇかよ。お守りとか」

「ん? 娘が持たせてくれたお守りなら……」

「また人形かよ……。ちょっと貸してくれ。人形が剣を抜くような体勢にして……、抜けないと」

「何をやって……」

「説明がなぁぁぁぁぁ!」

「それではぁぁぁぁぁ!」

「感謝するぅぅぅぅぅ!」

「……いなくなった……」







「一番機から隊長機へ」

「どうした」

「報告どうします?」

「どうしよ……」

「こちら二番機。宇宙人に遭遇、とか」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 軍の飛行機が宇宙人に襲われたその世界における初の記録となったのは、別なお話。


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