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十三話 勇者はいらない

 学校帰り、おれはトラックに轢かれそうになった猫を助けるために手で押し出した。

すると、光が周囲を包み込んだ。

「ようこそ。勇者様よ」

 気が付くとそこはきらびやかな衣装をまとった少女が丁寧に頭を下げていた。

「勇者って、おれの事?」

「左様でございます。我らの国の守り神であるケットー・シーをお救いになるのがその証拠。我らの予言通りです」

マジか。マジか!

「あの猫って、神様だったのか?!」

「はい。一刻も早く勇者様を見つけるため、乱暴な方法ではありますが、ケット・シー自らが危険な目にさらされる事となりました。それでもお陰で勇者様をここにお呼びすることができ、ほっといたしております」

少女の傍らには、さっきの猫が、にゃあと威厳を振りまくように鳴いていて、周囲を見渡せば、中世ファンタジーそのままの光景だ。

 姫様っぽい少女、甲冑を纏った兵士、豪華な西洋風の装飾、ケット・シーとかいう猫だって雰囲気が何か違う。神様と言われれば納得だ。

おれの後ろにいる3人がものすごい違和感があるけど。

「なあ、おれは何をすればいいんだ?」

きっとここから大冒険が始まるんだ。

くそったれみたいな日常はもう終わったんだ!

「我らを害する魔王の討伐です。我が国の軍勢は破れ、民衆は苦しみ、人々は勇者様が全てをお救いになるのを夢見ておいでです。そのために異世界より召喚した後ろに控える3名の者たちと旅立ってほしいのです!」

 後ろを見る。

って、あの違和感だらけの3人じゃねーか。

「…………ついとらん…………!!」

想像を絶するほど渋い顔をしている青い髪に紺色の瞳で青いドレスを着た、全身真っ青な女性。

顔は普通にしていたら結構整っていそうだけどな。

てかこういう冒険のヒロインってもっと若いだろ普通。

こいつ20代半ばくらいじゃん。まあまあの美人そうだからいいけど。

「二度目? というより二重?」

右隣にはおれと同じくらいの年の学生服の男。

いや、キャラ被ってる。おれブレザーだけど。

剣とか使えねーだろ。魔法でも使えるようになんのか?

どっかで使い捨てできっかな?

「ったく」

どうしようもない異様さを放っているのが左隣の黒人。

でかいな。190はある。

でもなんだ、その野球のユニフォームは。

それとその背中のよくわかんない剣は。

戦士役か? 精々おれを護る盾になってくれよ。

「それでは皆さんにお渡しする物が……」

「なあ、おい」

姫様の言葉を遮るように、黒人が声を出した。

「お前、クソか?」


「え、ええ? な、な、何を」

「契約って知っているかよ。知っててやってんじゃ、お前、クソだ。大体、おめぇと俺は対等のはずだろ。違うのか?」

「ニック。馬鹿女神の一件からあまりにイラつくために、あえて私は考えていなかったことだが、存分に話したまえ」

 え? この黒人、何言ってやがる?

この女も、どうしたんだ?

「俺の国の神様はケチ臭い事に契約を結んだ奴しか救ってくれねぇんだ。つまりそれだけ契約ってのは重要だ。俺はベースボーラーだ。チームと契約して金を貰って、契約に叶うようにプレーをしている。契約が果たされなかったら最悪クビだ。

俺らみてぇなのをプールする必要があるからめったにねぇけどな。契約金はまあ安くなるがな。

クソ女神とおめぇは、条件を提示したかよ? 全くしてねぇ。それだっつのに、事実上契約を結んだと同じような事をやってやがる。

魔王を倒しやがれだって? 人の行動を制限するような事をやる、それはつまり契約を結ぶって事だ。

俺はまともな条件を提示されてねぇ契約は結ばねぇぞ。俺にメリットは? 解約条件は?

なんで知りもしねぇ魔王とやらをブッ倒さねぇといけねぇんだ?

それともおめぇと俺は対等じゃねぇってのか?

じゃなんだ? 俺はおめぇの奴隷か? そうじゃないっつんなら、おめぇは全員好き勝手していいのか?

はっきりしやがれ! 提示された条件次第じゃ、おめぇの顔面をホームランボールとしてはるか彼方にぶっ飛ばす!

俺の国でもチームでもない、ダチもいねぇここで俺の命を好き勝手やられてたまるか!!!」

 お、おれにはよくわからない事を言って怒ってるぞ、この黒人!

契約だって? ファンタジーだろ、冒険してりゃいいだろ!

「ニック、私がイラついている事の一端を明確にしてくれて、感謝する。では、私から言いたいことを言わせてもらう」

すかさず、青い髪の女が入り込む。

「さて君、君の話から察するに年端もいかないこの少年を召喚したようだが。何故にわざわざ召喚したのかな?」

「え、それは……勇者様じゃないと魔王を倒せないから……」

「何故?」

「け、剣がですね。勇者様ではないと使いこなせない聖剣、これです。この聖剣を使わないと魔王を討伐できないと言い伝えられていまして……」

「この世界の住民が使えない剣が、何故にこの世界に存在するのだ?」

 ……え?

「異世界よりですね、かつて召喚された勇者様が残した聖剣でして」

「たかが剣が何故この世界の住民が使えんのだ!」

 ……ちょ。

「使おうとしても使えないんです。魔法がかかってまして」

「とか言いつつ、何も知らん若者を戦地に向かわせるのかね?」

 ……ちょ、待って。

「英雄だと言って煽って若者を戦地へ向かわせるのは常套手段だ。この国の戦力を減らさないがために、わざわざ召喚したのだろう。まあまあの戦力を与えて、使い捨てる。

国の為かね。それなら私はそこまで否定せんよ。邪道だがね。君が魔王と貶めている存在以下の悪鬼道にこの世において堕ちた、クズだ」

 ……おい。

「…………」

何か言えよ、姫様。

「さて、この部屋の調度を見るにこの国はまあまあ豊かなようだ。それならば戦力は極力自国民のみで揃えるのが鉄則。それなのに勇者という強烈だと思われる傭兵を雇う。危険性をわかっているのかね?」

 危険性? 勇者が危険なわけないだろ。

「傭兵に忠誠心などない。あるのは現実的な利益のみだ。それが得られなかったら? 反逆するぞ」

「ゆ、勇者様が、そんな事……」

「血族に裏切られまくった私にそれを言うのか!!!

一門を復興させるべく国を立ち上げたというのに、病に倒れるわ逃げ去るわ横領するわ横領するわ反逆するわ反逆するわ反逆するわ……結局一門で残ったのは私と父のみだ! どれだけ一族郎党を燃やし、追放し、炭鉱の最深部に送ったことか!

嗚呼、我が一門が衰退したのも無理はなかった……。全く、ついとらん……!」

 え? こいつ、王女様?


「ルノ、お前どんだけついてないんだよ」

「ルノさん、そんなんでよく今まで国を治めてこれましたね」

両隣の二人が声をかけていた。

「人間たちの学校に通っていた時に仕入れた知識、教養や人脈が役に立ったよ。また農民や鉱山夫、商人、難民、失業者から閣僚を魔族、人間など関係なく能力を見極めて採用せねばならなかった。それ以外も災難続きだった。正直、魔王という職でここまでの激務をこなした者はいなかったと思うぞ」

 今、なんて言った?!!

「は? ま、魔王?!」

魔王だって?

「やはり、馬鹿女神と同等の馬鹿か、君は。この世界とはまた別の世界における十大魔王の一角、“善政の魔王”が私だ。適当に召喚して使い捨てるつもりだったのだろう。

これで失礼させて貰う。君らと契約なんぞ一切結ぶつもりはない。ニック、ヒトシ出るとしよう。ここで異形どもが出たら面倒だ」

「んだな。おい、おめぇはいい加減にしとけよ。いつぶっ飛ばされても文句言えねぇぞ。あと、そこのボーイ。俺とルノが言っている事が理解できたんなら、帰った方がいいぞ」

「そうですね。ええと、そこの君」

学生服の奴が声をかけてきた。なんだよ。

「学校とか生活とかがうまくいかなかったかもしれないけれど。ここで命をかけるもんじゃないよ。僕は運よくなんとかなっているだけだから」

 何、わかったような事を言ってんだよ!

おれの何がわかるってんだ!


先を歩いている青い髪の女がドアノブに手をかけた時だった。

急に振り返り、警戒の目を向けた。

黒人もほぼ同時に。

学生服の男は……あれ?

「来たか」

「あいつがクソでも、避難させねぇとヤベェぞ」

「間違いない! ダークシャドウが出現した! このキャプテン・レッドとその同志たちが引き受ける! 一刻も早く避難をするのだ!」

3人の視線、それは天井近くで渦を巻く気味の悪い闇に向けられていた。

つーか、あの特撮ヒーロー的な奴は、誰?


 天井近くで渦巻く闇から、ポロポロと灰色で小さいブロック状の何か落ちてきた。

ただそのブロックは顔が刻まれていて、それがどれも絶望した人間の顔だった。

その顔が何百、何千、何万とおれを見てくる。じっと、見てくる。

そのひとつひとつが声を出す。小さく、聞き取れない。

なのに悪寒が、体中を駆け巡る。

な、なんだよ、これ!

「オサガリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

見ると小さなメイドがおれの手を握っていた。

そうそう、ファンタジーなんだからこんな……。

「デグチニオナゲイタシマス。オユルシクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

あ、ダメだ。こいつ、人間じゃ……。

「うわあああああああ!!」

無表情に冷たく微笑むメイドに、振り回される様にぶん投げられ、青い髪の女が明けた扉の向こう側に頭から突っ込んだ。

 豪華な調度にガシャーンと、いくかと思ったら優しく風が包んだ。

ぶつかる直前で、床に転がった。

「……もしかして何か能力もらえたかな?」

そんなこと言いながら顔を向けると、黒人にバットで打たれてさらに突っ込んでくる甲冑の兵士たち。

「うわあ!」

間一髪逃げると。

「きゃああああああああ!」

姫様がおれの方へ飛んできた。

痛い。

 ふと見ると、ケット・シーとかいう猫は普通に逃げていた。

まさか、あれ単なる猫じゃないよな。


 バタンと重厚なドアが閉じられた。

その向こうからは次々に衝撃が伝わってくる。

「姫様、あれは一体なんだ?」

「わかりません。おそらくですが魔王の仕業。勇者様が召喚されると知り、何か邪神と呼ばれるであろう存在を送り込んできたかと」

「……それであの3人組は? 一人は魔王だとか言ってたけど」

「……勇者様の助けになる者を、と思って召喚したのですが」

「おれ、そいつらから思いっきりのけ者にされてない?」

「と、ともかく、勇者様には能力が授けられています! 剣を自由に振るえるソードマスターに、強烈な魔法の詠唱を行えるマジックキングの二つです!」

「よし! その剣がおれの剣だな! よこしてくれ!」

「この剣を握るだけで力が湧いてくるはずです! ご武運を!」

「おう!」

 剣を握りしめ、おれは扉の向こうへ足を踏み入れる。

「おれが相手だ!」

バチン!

次の瞬間、聖剣がおれの手から消えていた。

「まともに握れておらん! 鉱山か農地から出直し給え!」

自分を魔王だと称する女が袖口から出した棒で、剣を払いのけつつ、怒鳴った。

「『吹き飛べ』」

すると風が吹いて、再び扉の外へ押し出された。

豪華な調度へ今度は頭から容赦なく突っ込んだ。

「…………」

「…………」

「…………ひどくね?」

「…………ええと……」


「ま、まだマジックキングがあります! それで邪神をやっつけましょう!」

姫様がおれの傷を治しつつ言った。

「このままじゃ終われない。もう一度だ!」

「その意気です! 次こそは!」

再びおれは扉を開け、その中へ。

言葉が自然と口から出てくる。これがマジックキングの能力、自然詠唱か!

「万物を焼き尽くす炎よ、そのちか」

「『燃え尽きろ』」

さっきの魔王の一言の呟きが、部屋全体を燃やし尽くす。

……あれ?

おれのこの能力、ザコ?

「止めとけ」

黒人が話しかけてきた。


「お前さんは、ヒーローになりに来たんだろ。止めとけ。帰りな」

うるさい! 家でも学校でもゴミなおれの事がわかるのか!

ここで、この夢想した異世界で生まれ変わるんだ!

「お前さんは20%じゃない。ましてや2%や0.01%じゃない」

 何の事だ?

「まともに相手に向かって銃を撃つ奴が全体の20%しかいねぇんだ。お前さんはその中に入っていない。

ここの魔王もルノみてぇに人様とどうせ変わりゃしねぇ。そんな人様をかすり傷つけただけで、その事は頭から離れなくなる。お前さんはそんな普通の人間なんだ」

一瞬思い出す。小学生の頃、ケンカで相手に鼻血を出させた事を。あの感触を。

「2%の奴は何か月も殺し合いやって平気でいる奴だ。そして0.01%は」

塊が飛んできた。数えきれない小さな人の顔が集まって、呪いを囁きながら。

「バケモンだ」

黒人はその塊に向かって、バットをフルスイングした。

塊は、音を立てて粉砕された。


「俺の後ろにいろよ」

さっき広く燃え上がった炎はいつしか消えていて、王宮には似つかない異物が動き、わめきだしていた。

小さな顔がひしめき合って、巨大な絶望した人間の顔を作り上げていた。

その絶望の顔は小さな雑多な声が集まり、脳髄にまで響いてくる。

気持ち悪い。

音と震度と、外見で。酷く凄い気持ちが悪くなる。

正視しようとすると目をどうしても逸らしてしまう。

なのに黒人は。

「下手に動くなよ。怪我させちまう」

次々にバットを振るって突き出してくる攻撃を破壊している。

まるでボールをノックするかのように。

 目を逸らした先には。

「レッドジャンプ! ダークシャドウよ! 喰らうがいい!―――――――……ォォォォオオオォォォ……」

特撮ヒーロー的な奴が、天井近くまでジャンプしたかと思うと、鉄鉱石の寄せ集めのようなゴーレムに変化して、押しつぶした。

「ウゴキヲオトメイタシマシタ。ゴシュジンサマ」

かと思うとさっきのメイドに変化して。

「よし。もう一度だ『飲み込まれろ』」

床に暗闇が広がり、絶望の顔を底なし沼の様に沈める。

いや、三分の一くらい沈んで、顔がバラバラになって逃げた。

 なんでこんな、こんな嫌な汗と感情をこみあげさせるものと戦えるんだ……?

あの姫様は、おれにこんな戦いをさせようと……?


「ウケトリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」

あの冷たく微笑むメイドがボロボロになっている重厚な玉座を振り回してあの顔にぶつけた。

今まで聞いたことのない叫び声が聞こえ、するとあの顔は丸く収縮した。

顔が消えて、小さくなった。

「終わった?」

おれがそう口にした時。

「ヤベェ!!」

黒人がおれの首根っこをつかんで、走り出した。

気が付いた時には、おれは空を舞っていた。

「うわあああああ?!」

「ケガねぇかよ?」

黒人の声。

ここは、窓の外。高い塔のような王宮の壁。

そこに黒人はへばりついていた。

……おれを片手に、もう片方の指四本でバット、壁に引っ掛けた指一本で黒人自身とおれを支えて。

 なんでこんな事を、と思う間もなく、爆発。

さっきまでいた部屋で巻き起こった。

「ヒトシは大丈夫だろうけどよ、ルノが不安だな」

と言いつつ指一本で懸垂、じゃなくて指一本で壁を登ってる?

指で反動をつけて、壁面をジャンプして!!?

こいつ人間か!?

「安心しろよ。俺の後ろにいりゃなんとかなる」

黒人が言う。

「俺は0.01%のバケモンだ」


 結構下まで落ちていたのに、あっさり指一本でさっきの部屋まで登ってきた。

「とにかく俺の後ろにいろよ」

黒人がバットを構える。

あの顔だったものと思われるものが、また丸く収縮していた。

それからは吐き戻しそうになるほどの、殺意が感じられてきた。

うっすら顔が浮かんできた。

本当に、命を奪おうとする人間の顔だ。

おれは、こんな顔を見据えなければならなかったのか。

「……ォォォオオオオォォォ……」

鉄鉱石の塊のようなゴーレムが何か言っている。何かを手にしながら。

おれがさっきまで握っていた聖剣だった。

「ヒトシ! 来い!」

重鈍なフォームから剛速球が飛んできた。

「『吹き飛べ』」

あの魔王だという女の声も聞こえた。

さらに速度が増した。

ギュゥゥゥゥ、と握るバットの悲鳴が聞こえてくる。

「ッラア!」

形容できないとんでもない轟音と共に、聖剣はボールの様にヒットした。

その一瞬よりはるかに短い時間で、あの顔に聖剣は突き刺さった。

顔は衝撃で爆発、消滅した。

聖剣は、ひしゃげた。

 勇者になれないおれを象徴するかのように。


「さて、終わりか」

 髪の青い女が床に開いた穴から出てきた。

「ルノ、無事だったか。変な事なってねぇか不安だったぞ」

「石造りだったからな、土木用の土魔術で穴を掘れたよ。ただ床が思ったより薄かった上に下の階が天井から床までかなりの高さがあった。仕方なしに壁にへばりつき、登ってきた」

「変な事になっているじゃないですか」

学生服の男が来た。

……あのゴーレムがあいつに変身したのを今見た。

メイドや特撮ヒーローもあいつか。どんな能力なんだ。

「そういやヒトシは精神的になんともねぇんだよな」

「まあ、幸い。……変身しているからですかね。変身していると半分夢見ている様な感じになるんですよね」

「そうであったな。新兵と言える年齢だったなヒトシは。それでこの連続した戦闘を変調なしにこなせるのは、その能力のお陰か」

「あのダメ女神のお陰と言いたくないんですけど」

あいつは、あいつらは勇者になれるのに。


「お疲れ様です! 邪神を撃退して下さり、感謝しております」

姫様が来た。

爆発に巻き込まれたのか、煤けて少しチリチリになっていた。

「それでは改めて……あの、何をされているのですか?」

黒人が背にしていた剣を床に立てていた。

それは、物理的にあり得ない軌道を描いて、倒れた。

「あっちか」

剣が倒れた方向には、また別な城が立っていた。

黒く邪悪な感じをさせる城だった。

「あれは魔王城です。一夜にして建てられた、魔王の居城。海峡を挟んだそこに向かうには……」

「対岸に魔王の城って、ドラクエⅠですか。てか無防備。意外と近いし」

「ニック、下の階に旗があった。私たちの背丈位に切り取って持ってきてほしい。ああ、ヒトシ用にはアリム程度がいいか」

学生服の男と自称魔王の女が姫様を遮った。

「おう。わかった」

「ヒトシは丈夫そうな長めの紐を12本。その装飾のがいいだろう。どうせもう残骸だ」

「あ、あの……」

「持ってきたぞ。国旗を破んのは気が引けたけどな」

「ちょっと、何をされて……」

「このように破ってきた旗を紐をもって手足に結び付けてほしい。私の国にはアハと呼ばれるこのような動物がいるのだ。手足の被膜をもって空を滑空する動物だ」

「モモンガみたいですね」

「トビサルみてぇだな。動物園で見た事がある」

「実は私の国の秘密事項なのだがな。これで敵国へ偵察や工作を行っていたのだ。だからまあ、安心したまえ。何度もやっている」

やりたいことがわかった。しかし、マジか。

「準備できたぞ」

「ではニック。君は重量がある。全力をもって走って飛び上がってほしい。距離は何とかする。多少目標からずれるだろうが、勘弁してほしい」

「おう、大丈夫だ。頼むぞ!」

黒人は走り出し飛び上がる。壊れた壁から高く遠くへ。

「『吹き飛べ』

そして、はるか向こうへ。魔王城のある方へ。海峡を越える。

「本気ですかぁぁぁ?!!」

という姫様の声を気にも留めず。


「デハオネガイイタシマス。ゴシュジンサマ」

あの学生服の男が、小柄な冷たい感じのメイドに変身していた。

そして、信じられない加速で同じく飛び上がった。

「『吹き飛べ』」

またしても海峡を越える。

「では失礼した」

魔王を自称する女が一礼し、同じく飛んだ。

飛んだ瞬間、崩れた壁の破片が頭に当たっていた。

「ついとらん!」

と言いつつ、海峡の向こうへ。

おれが決して渡れない、世界へ。


「行ってしまわれましたね……」

「ああ……」

「………」

「………」

「あら?」

「ん?」

魔王城のてっぺんが崩れ出した。

そこから竜巻が発生し、別の所に大穴が開き、地震に遭ったように揺れ始める。

そして上三分の一くらいが、倒壊した。

「………」

「………」


 三日後。

魔王を名乗る男が、白旗を持って凪いだ海峡を渡ってやってきた。

それは角が生えただけの平凡にさえ見える男だった。

おれはこんな奴と戦うはずだったのか。

「全面降伏する」

そう伝えに、魔王自らやってきた。

 あの三人と思しき面々が、散々暴れたらしい。

圧倒的戦力差で、全ての軍勢に傷を負わせ、装備や兵器を壊し、戦える状態じゃなくなったそうだ。

何が目的だったのか、一人の召使を見つけると剣を鞘から抜くよう言い、すると姿が消えたのだと言う。

保存食を奪い、代金と言って金貨を一枚置いて。

 ただ不思議なのは、あの三人が戦った存在の事は一切知らないと、この世界の魔王が言ったことだった。


 こうしておれの冒険は始まる事さえなく、終了した。


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