閑話1
「いくぞ……、『抜け飛べ』」
「ぶが! あ、魚の骨が抜けた! って、喉の奥から物凄い突風が起こったんですけど!」
「私が魚を食べると、毎回喉に骨が刺さるのだ。まるで呪いだぞ。それで風魔術によって吹き飛ばす魔術を構築した。実際、今回も5本程喉に骨が刺さっていたな」
「刺さりすぎだろ。いつの間にそんな目に遭ってたんだよ。つーか、あの騒動の最中、よく魚を持ち歩いていたな。どっかに置いてきたと思ってたぞ」
「ヒトシにも食えるものを食わさないといけないだろう。兵站の確保は魔王である私の義務だ」
「僕としては魚の骨を抜くのに魔術を使うのって難しい気がするんですが。いや、よく知らないんですけど。あんな竜巻とか作れるわけですし、力加減が難しいんじゃ」
「難しいぞ。下手したら体の内部を傷つける。散々私が自分自身で実験する羽目になったわけだが」
「魚嫌いになりそうなんですが。よく食いますね」
「食うのに困ることが多かったのだよ。大体私はついておらん。魔術で強行突破できるのならば、それに越したことはないのだ」
「そういえば、怪我した時にヒトシから包帯借りてたな。傷を治すことはできないのかよ」
「それができんのだ。この点は余程才がないようだ。魔術師をやれるならば演練で多少は展開できるようになるのだが、全くできない。こういうところが、本当についておらん。並みの者より怪我する頻度は高いというのにな。大体、常に持ち歩いている包帯と傷薬をちょうど切らした時に馬鹿女神に拉致された。災難極まりない。ヒトシの準備の良さに助けられたよ」
「バットで怪我も魚の骨も打ち飛ばせりゃ良かったんだけどな。なんでも打ち返せる自信あっけど、さすがにな」
「ところで、そのバットとかいうそれなのだが」
「ん、なんだ?」
「手にした人間がその重みで倒れたのだが。どういう木材なのだ?」
「……何キロあるんですか、それ」
「ああ、重さは単位ちげぇだろうから人の体重換算で言うぞ。平均的な男の三分の二くらいだ。こんなんだけど、木材だ。レアだけどよ」
「平均が60キロとして、約40キロ? そんなモン振り回してたんですか?! てか、それ本当に木?」
「何千本に一本ある超木って言われてるやつだ。これはブルダモとか言われている品種の中の超木。昔俺もそんなのを切り倒すのに駆り出されたことがある。外見は普通の木なんだが、斧も鋸もまともに入らない。しかも変なガスみたいのも出してくる。ガスマスク被りながら、道具を何個も壊しながら切り倒したな」
「……加工はどうやるのだ」
「これも大変なんだ。機械やら薬品やら使うんだが、結局人の根性でやることになる。切り倒しも加工も無理矢理だ」
「うわぁ」
「外見が普通だから探すの自体大変なんだ。ただ最近周囲の空間が歪んでるだかで、見つけれるんじゃないかって話だ」
「ああ、重量ありすぎて空間がアインシュタイン的な意味で歪むのか……」
「くそう、わからん。興味あるが。ヒトシ、後でできる範囲で説明を頼む」
「個人的にはルノさんが両腕に棒を仕込んでいて、それで戦うのが意外でしたよ」
「ああ、これか」
「っと、今見たらこれも木か。先端に鉄をつけた」
「護身術だな。女性や一部の魔術師が使う。私は母から教わった」
「ルノさんにはいらなそうですけど。そういうの」
「魔術を展開するのは体力勝負なのだよ。体力が尽きて魔術を使えなくなるのを想定するが基本だ。これはその万が一の時に身を護るものなのだ。杖を持つ者もいるが、それも護身のためだな」
「魔術師の杖って棒術用? そういう意味で持ってるの?」
「そういや膝着いた時あったな。でもすぐに復活してたよな」
「そこはついているんだよな。私は体質に関しては恵まれているのだ。回復はかなり早い。魔術師になれるのは全体の一割程だが、そこに入っている上に、うちのバカ程ではないにしろ、体も丈夫な方だ。自分で言うのもなんだが、なかなかおらんよ」
「ルノさんレベルで魔術を連続で使える人はあんまりいないってことですか」
「そういうことだ。ヒトシとニックと出会って以来、散々魔術を展開してきたが、並みの使い手なら倒れていてもおかしくないな」
「だからか。クソ女神に目ぇつけられたのは」
「ああ……。ついとらん。父と閣僚たちに我が民は……、無事なのかな」
「それにしてもアニメの世界に入っちまうとは思わなかったな」
「自動で動く絵本、か。一度見てみたいものだな」
「あの、それなんですけど」
「む。どうした、何があったのかね?」
「さっきの世界、アニメの中じゃない気がします」
「ヒトシ、自分で言ってたじゃねぇか。アニメの設定と同じだって。だからアニメの中だろって」
「創作の世界に入るのは、ダメ女神の力でも無理なんじゃ? だって実際には存在しない訳ですし」
「……では、先ほどまで私たちがいたあの世界はなんだったのかな?」
「……アニメの話をそっくりそのまま再現している、実在の世界……かなと」
「ちょっと待て。あの世界にいたあの二人は、生きている人間だったのかよ!」
「可能性ですが」
「そう言われると、私自身随分と彼らに非道と言える判断を躊躇なく下している……。架空の存在に過ぎないと思っていたのもあるが……」
「確かに……俺も同じだ。今考えるとひでぇことやってねぇか? 完全に見捨てている。そのまま放置したら死んじまってもおかしくない状況だってのに、すぐに剣を抜けそうな奴を探す事しか考えてなかった」
「その後もだ。アリムの残骸に剣を引っ掛け、今いる世界に移動する前もだよ。私たちだけで逃げ去ったも同然だ。彼らを生贄に」
「嫌な予感はした。あそこの事を知るヒトシも最悪の事が起きる前に移動した方がいいつった。だから即刻移動したかったけどよ。……いつもなら、俺はあいつらをもう少しなんとかしようと考える。上の階に移動させるくらいは。あん時は……」
「私もニックも、ヒトシもか? “民を護りし判断は、全てに勝りたり” とは言え、目の前にいる人間と認識できる者に危険が及んでいるのならば、その事情は酌む。酌んでしまう。なぜ私はあの様に非道になれた? それに気づきもしなかった?」
「あの、可能性ですよ」
「頼む」
「まず、人形の時に出会った死神とかいう女の人が言ってたのが、ダメ女神は運よく全て上手くいくようにしてしまうって事です」
「だったな。それがどうつながんだ?」
「置いて行ってしまった二人が上手くいくんじゃなくて、さっきいたあの世界にとって一番上手くいくって何かというのを考えてみたんです。僕たちという想定外の存在がやった事が、結果として最終話の出来事にできる限り近くなることなんじゃないかって」
「では、最終話はどうなるのかな?」
「アリムの大群に襲われた二人と他の人々が高圧電流、ルノさんにわかりやすく言うと雷の力を流している金属の線を使ってアリムをギリギリのところで全て倒しています」
「よかったじゃねぇか……とは言えねぇぞ。あの嫌な感じを考えると」
「アニメが終わる直前、最後の最後です。真っ黒焦げのアリムの残骸が動いて囁くんですよ、ゴシュジンサマ、って。一斉に」
「…………」
「…………」
「…………」
「それは私がアリムと異形を魔術をもって焼いた光景そのものではないか」
「他の人間はいなかったはずだ。でもよ、主人公があの二人か? だとしたら大量の黒焦げのアリムがあればそれをもって最後にしてもいいかもしれねぇ。……あの世界を作った奴がどっかで見ていて、そいつが割と適当だったらな」
「無論、わかりません。ただの想像です。アリムがあの状態で動くかは見てませんし」
「もしそうならそのために私たちは操られたも同然だったということになるな……。となると私たちがいた、アニメそっくりな世界はなぜヒトシの知っているアニメを模倣したのだろうな」
「それもわかりません。ただもしかしたら延々と同じことを繰り返している世界をアニメ制作者が夢か何かで見て作品にしたのか。変なヤバイ神様があのアニメのファンで、わざわざ微生物から培養して人間に進化させて、工業も発展させてアリム開発させてあの作品の世界を作り上げて、アニメそのものを人間に演じさせていたのか」
「…………」
「…………」
「…………」
「神みぞ知るか……」
「クソ女神は何も知らねぇだろうけどな」
「さて、このような中にいると頭がロクな事を考えん。そろそろ出るとしよう」
「んだな。てか、なんだここは」
「雪、ですよね。雪の中。ショッキングピンクですけど。雪が」
「異形共の仕業か、もしくはかのような自然環境なのか。転移してきたらこんな中とは、困ったものだ」
「ルノが火で空気穴作ってくれなかったら、窒息してたな」
「ああ、勇者早く見つけたいですね」
「”人生万物空にて仮なる虚無と観じ、人生万物の中を務め励みて行け”」
「なんです、それ」
「かのような事を言った者がおるのだよ。では魔術で溶かす。少し下がりたまえ」




