十話 フィラデルフィアの夜に
フィラデルフィアの夜に、針金が戦っています。
夜、誰もいない、誰も来るはずのない広場。
雲に隠れる月の薄明かりが照らす。
そこに鳴り響くことがない音がしてきます。
いるのはありえない存在、ふたつ。
ひとつは身を隠す為に体を覆っていたコートが、彼の動きと攻撃によって体から離れていきました。
針金。それが固まった、何か。
人の形を基本としながら、数本の針金が集まった体なのか、腕と言える部位から針金を撃ち延ばし、戦いを続ける。
もうひとつ。その相手となっている存在。
それはより異様で、より意味が分からない。
虹。
そうとしか形容できない、物体。
虹が、夜、不意に現れた。
それは夜の薄闇の中でもはっきりとわかる、黒い塗料で作り上げたような不自然な闇から現れた。
その出現はあたかも漆黒の闇雲から顔を覗かせる虹のようで。
ただ、その色合いは毒。
猛毒生物の色合いが七つ連なっている。
しかも、その色彩は動く。蠢く。吐き気を催すためかの如く。
針金はその現れる様を見ていました。
異様な雰囲気を感じ取って、ここに待ち構えて。
虹は漆黒から薄闇に浮かび上がり、縦に円形を取ります。
すると、様子をうかがっていた針金へ、蠢く七色それぞれから光線を発したのです。
広場の芝生が一瞬で枯れる光線を。
七つの光線を針金は避け、しゃらん、と音と共に両腕と頭から針金を伸ばす。
針金は虹に触れるや否や、劣化して落ちた。
酸や熱を浴びせられたと同じく、劣化して。
七色の光が方々に照らし出しす。
その方向にある草木を枯らす。
針金は機敏に避ける。
その七色は、太く大きく光を放ち始めた。
七色の籠の様に、針金を囲みだす。
針金、形を解き逃げようとする。光が早い。
針金に触れ始めた。
針金の固まりに、劣化が始まる。
「『燃え上がれ』」
呟きのような一言。それと共に虹に炎が上がった。
光は細くなり、消えた。
「どちらも異形ではあるが、私たちの敵は明白だな」
同じ声が続く。薄明かりの下、声の主が現れる。
青い髪の女。
虹はその女の方へ七色を向ける。
「『燃え上がれ』そして『吹き飛ばせ』」
女はそれをかいくぐる赤い光線を発した。
それは一点に集中した突風に乗った炎。
虹を焦がす熱。
虹、それでも七色の光を、色ごとに放出する。
女に、離脱した針金に。何もない空間にさえも。
虹は女の光線に照射され続けるも、光放つ。
女と針金はそれを素早く避ける。
虹の光は、女の攻撃で弱まっている。
そこに。
「おらよ!」
石が虹に飛んでくる。あまりの速さに避ける事が出来ない。
続いて現れたのは、バットを持った黒人の男。
「えーと、針金の方は味方でいいのか? ヤバそうなのは七色の方だけどよ」
「それでいいだろう。毎回襲ってくる異形は、ああいう気味の悪い色合いだ」
「んだな。おら!」
さらに一石。バットで打たれ高速で直進するそれは、虹の光に晒されるも、虹にまたしても届いた。
悶えるかのように、虹の色彩が乱れる。
そこからの光は途絶えた。
「オクタバリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
奇妙な声が上空より聞こえてくる。
虹に影が覆う。
それは瞬時に大きくなる。
張り付いた笑顔のメイドが、岩石を持ち上げそのまま、虹を潰した。
虫けらの様に。
“WHO ARE YOU?”
針金が、右腕と言える場所から、それを伸ばして文字を形作った。
「文字かな? 私には読めないが」
「誰だ、だってよ。俺の母国語みてぇだ」
「ミカタデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
「まあ、そんなところだ。詳しい説明は……難しいな。そう言う君は何かな?」
“PHILADELPHIA WIREMAN”
同じく針金は、そう虚空に文字を形作りました。
「フィラデルフィア? で、いいのか? 知らねぇ。ワイヤーマンはそのまますぎるな」
「キキオボエガゴザイマス。ゴシュジンサマ」
「ヒトシの世界に似たような何かがあるのかな」
三人の言葉を遮るように、虚空に再び針金が踊ります。
“DANGER”
危険と。
三人が振り返り、それぞれ反応します。
「『巻き上がれ』」
青い髪の女が呟き。
「やっぱくたばってなかったか」
黒人の男はバットを振り。
「オマモリイタシマス――――――……ォォォオオオオォォォ……」
メイドは鉄の巨人へと姿を変える。
岩にヒビが急に入り、虹が再度浮かび上がる。
その時岩は砕かれ、飛び散り、三人はそれぞれの行動を取った。
鉄の巨人は体で破片を受け止め、針金を護り。
女と黒人は破片を吹き飛ばし、弾き飛ばし、攻撃する。
だが虹は。
「こうくるか……」
「でけぇ……」
本当の虹の如く、二点を地面に据えて、大きく大きくそびえ立つ。
夜の夜景きらめくフィラデルフィアの中心街からも見えるまで。
虹。
それは夜には立つ事のないもの。近くに行けば、消えてしまうかのように見えなくなるもの。
本物ではない、異形の虹は、3人と針金を足元に、睥睨する。
まだら模様の七色をして。
毒の光を発した。
七つの色が綾なす光線が、3人を襲う。
「……ォォォオオオォォォ……!」
「ヒトシ、すまん!」
「くそう、長持ちしないぞ!」
鉄の巨人に2人は隠れるも、身動きできない。
地面は焦げ、腐り、悪臭を発し始める。
針金が、動く。
体を解き、虹へ向かう。
虹は、七つのうちの一つを針金に照射する。
針金は体の一部を突き出し、そこに光を受け止めた。
すぐに劣化が始まる。それでも、他の部位をもって。
「……ォォォオオオォォォ……?!」
「光が弱まった……? って、おい!」
「捨て身か! 無茶な!」
虹に針金が巻き付いている。
縛り上げ、締め上げている。
「マズイな。針金の隙間が小さくて、私では攻撃できん」
「俺もだ。ちゃんとオフィシャルボールがあれば精密に隙間に当てれるけどよ、石コロじゃ無理だ」
人の姿だった針金は解け、数本の針金が一列に連なり、締め上げている。
「……劣化してるぞ!」
「虹の光はまだ出ているか! 君、ワイヤーマン! 聞こえているのならば、離れろ! 私たちに任せたまえ! それは私たちの敵なのだ! 君が相手する必要はない!!」
それでも針金は、変わらない。
虹を放さない。
「ああ、くそ! いるんだよ、ああいう頑固な奴! 何を言っても離さねぇぞ、アイツ!」
「死ぬ気か! 放したまえ!!」
「……すいません。ワイヤーマンを援護します――――――オユルシクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
少年の声、それからメイドの無機質な声。
鉄の巨人から元の少年へ変化し、またメイドへ。
引き留める二人の声が発せられるそれより早く、針金の元へ。
針金に触れる事ができるだろう、虹の根元へ。
すると、針金が増えた。
「ヒトシか! 無謀な事を!」
「あれも、元は人形ではあるけどよ! アリか、これ!?」
倍の密度で縛り、倍の力で締め付ける。
虹の七色の色彩は激流の様に乱れる。上下に、左右に、目にも止まらない速さで色彩が悶え狂う。
そして。
消えた。
虹は消え、毒々しい七色の代わりに、月の薄明かりが、また広場を照らしたのです。
「こら」
「痛い! ルノさんの拳骨意外と凄く痛い!」
「当然であろう。無謀かつ危険な真似には制裁が必須。ヒトシ、ニックもだ。次かのような事をしたのならば、容赦なく焼くぞ」
「うへえ。わかったよ」
「すいませんでした」
“Thank you from the bottom of my heart”
針金がまた、薄い月明りに浮かびました。
「心から感謝するってよ。それはこっちのセリフだ。ありがとよ」
「むしろ私たちが迷惑をかけた。すまなかった。ありがとう」
「お陰でなんとかなりました。ありがとうございます」
足元に、また別な針金が集まってきました。
小さく手に乗る程の。色々な道端に落ちているような物を縛り付けた、針金たち。
一つ一つがどこか心を打つような形をとり、目の前のワイヤーマンの心が映し出されたよう。
心無いはずの存在の、心であるかのように思えます。
「君の家族か」
YESだと、微笑んでいるように3人には感じる。
「って、これやらんと」
黒人が背負っている剣を、地面に立たせ、倒しました。
それは小さな針金たちの一つを指す。
小人にも思える、針金。精緻なもの。
「抜いてくれねぇか」
その剣の柄を引っ張ります。
「抜けないな」
「またですか」
「仕方なぁぁぁ!」
「んじゃなぁぁぁ!」
「お世話になぁぁぁ!」
薄明かりの夜の広場。
針金たちだけがいます。
感謝するかのように、別れを惜しむかのように。
フィラデルフィアの夜に、虹が立った夜。
針金と3人が出会ったその夜の事。
夜に虹が立ったと噂が広がったその日の事を知る人は、針金と3人だけの夜の事。
自分が書き続けているシリーズ、「フィラデルフィアの夜に」との自己内クロスオーバーとなります。
https://www.breview.org/keijiban/?id=2210
https://www.breview.org/keijiban/?id=963
https://www.breview.org/keijiban/?id=1140
この辺りがおすすめです。
よろしかったら、どうぞ。




