一話 魔王と打者と少年と女神
メイドが一つの軌跡となって、駆け巡る。
辺り一面にいるのは、あれ。
気持ち悪い色の、右腕が地面より生えて、手招く様に動き、掴みかかってくる。
細い腕は、丸太の様な右腕を折り曲げ、捻じり、醜い音を次々に鳴らせていく。
メイドの顔は微笑んだままだろう。冷たく、この表情しかできない。
僕はこの顔のまま、高速で動き続ける。
何十本、折っただろう?
まだ、消えない。あれはまだ多い。
曇り空の草原。意味不明な光景。
メイドじゃ、ダメか?
でも他のは?
考えがまとまらない。
メイドのまま、突っ込もう。
メイドが描く軌跡、その跡に続く、壊れた多くの右腕。
そうなっているのが、わかる。
見えていないけれど、そうだ。
なんでこうなった?
落とし穴に落ちたような感じがしたと思ったら、僕はこうやって戦っている。
面前には襲い掛かる、黄色い右腕しかいなかった。
「WHAT?!!」
誰か、いる?
黒人?
バットを振りまくり、右腕に抵抗……、いや圧倒しているくらいだ。
まずは彼のもとへ。
「ダイジョウブデゴザイマスカ? ゴシュジンサマ」
「WHO ARE?!」
ああもう、この状況で英語なんかしゃべれないぞ。
まだメイドで行こう。
突っ込み切り開こう。
この黒人の強さと、メイドならいけるかな?
誰か、こっちに来る。
青い髪? コスプレ?
「『燃え尽きろ』」
不意に沸き立つ炎。
右腕が、一斉に焼け落ちた。
「大丈夫か? 言葉は通じるな?」
「お、おう。大丈夫だ」
「カンシャイタシマス。ゴシュジンサマ」
青い髪の若い女性と黒人の声、それに続く感情を感じさせない機械的な声。
あれ? 黒人の言葉がわかるぞ。
「また来るぞ。さっきの炎だけでは足りんか」
警戒する女性。目の前には……、しかしあれはなんだ?
続々と続々とやってくる、右腕は。
「俺のバットはこういうためにあるんじゃねぇんだけど、な!」
黒人の握るバットが振るわれる。
ぱん
軽く破裂するような音が鳴り、あれが、引いた。
あれらが明らかに体液を流し、たじろぐ。
ソニックブーム?
バットを振るうだけで、出した?
「凄まじいな。魔術でもなく、単純な腕力か? よし。『燃え上がれ』」
またしても炎が僕たちの周囲に広がった。
燃えるような物はない。一言、口にしただけ。
手品? 発火装置?
考える間もなく、あれが炎を超えてきた!
でかい!
反射的に体が動く、頭が追い付かない。
「オキヲツケクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
そんな声を出すメイドの細い手が、あれを、地面から延びる毒ガエルのような黄色いの右腕を酷い音を出して折り曲げる。
「助かる! 礼を言うぞ!」
「ありがとよ! つべこべ言ってられねえ。ぶっ飛ばしまくるぞ!」
目にも止まらぬバットスイングが右腕たちを立て続けに壊していく。
「心強いな。準備が整った。いくぞ。『飲み込まれろ』」
地面に影、いや闇?
不意に広がる黒い何かは僕たちの足元だけを避けて浸食し、女性が言った通りに飲み込みだす。
無数の右手を。
毒々しい色の塊が、闇に沈み込む。
「終わったか?」
「みてえだけどよ」
「ナニモカンジマセン。ゴシュジンサマ」
「警戒は解かない方がいいが。さて、聞きたいのだが」
「俺も聞きてぇんだが」
一呼吸置いて。
「君ら、なんだ?」
「お前ら、誰?」
同時に言った。
「あー……、私から言おう。私はルノール・クラウディア。魔術師だ。私の魔術だけでは今の事態は乗り越えられたかわからない。改めて礼を言う」
「あ? 魔術? 手品師ってことか?」
「いや、魔術師だ。手品とは? まあそこは置いておこう。君の服装は何だ? 質の良い物らしいが。それに随分と磨かれた棍棒だ。それも見たことがないぞ」
「ベースボールのユニフォームだよ。べースボールを知らねぇのかよ? それにこれはバットだ。本来はボールを打ち返すもんだ。今みてぇな使い方は本当はしたくない。
っと、俺はニック。ニック・ワイズ。ウッドランド・ウォーリャーズの15番だ」
二人とも困惑してるな。でもここで言うしかない。覚悟するか。
「あのー……、僕は鈴木均です」
明らかに驚愕の顔でこっちを見る二人。
「君は、誰だ?」
「お前、どっから湧いた?」
そりゃそうだよ。いきなり僕が現れたようなものなんだし!
一体誰が、あの無機質無感情なメイドロボの正体が僕だと思うんだよ!!
これ果たして納得してもらえるのか?
「えーと、つまり君があの変な声を出す少女だというのだね?」
「あの馬鹿力の妙な女が、お前みたいなボーイだっつーのか?」
「ええ、そうなんです」
よかった。納得してもらえた。
「変身魔術? いや、ここまで大きく姿を変えるのは困難だ。それにあの怪力はそうそう出せない。身体強化か催眠と併用……、いやここでやる意味があまりない」
「僕もどうやって変身できるのか、よくわからないんです。ある日突然、やれるような気がして……、なんかできました。
それで、今変身してたのは、これです」
学生服の下にテープで固定していた物を取り出す。
これ、見る人が見れば少し痛い奴の姿だけど。
「人形? これはまた出来がいいな」
「お前、男なのに人形を腹にいれているのか」
「それは私も思った」
痛い奴に見られたよ。
「ええと、これスキーニングメイドっていうアニメのキャラのアリムっていいます。主人公たちを追い回す壊れたメイドロボっていう設定の。今この姿になりました。
そして僕は素肌に触れている人形の姿になれるようになってしまったんです。
人形にはそれぞれ僕が認識している元々の設定の能力があって、全部じゃないんですが設定の能力を出せます。
空を飛ぶとか、ビームを出すとかは無理ですね。
例えばこのアリムはとんでもなく強い力と半端じゃないスピード。
あと二つ人形を持ってますが、また別な能力があります。」
「そんな魔術は聞いたことがない。まあ、わからんことだらけでどうこうもないが」
「確かにその人形とおんなじ格好だったな」
「ええ、万が一のために用意したんです。関節が動くアクションフィギュアじゃないと上手くいかないんですが。色々試して特に使えるのをいくつか用意しといたのが役立ちました。
これ入れてた袋を手にできてよかったです。……危なかった」
「君も、いきなりここに来た、いや送り込まれてきたのか。私もだ。前触れもなく。何も察知できなかった」
「俺もだ。練習に向かっている最中に、穴に落ちるような感じがしたと思ったら、ここだ。あの変な右腕に襲われた」
「ふむ。誰かがここに集めたということか?」
「そういや、なんでお前さんが来たらこのボーイ、ヒトシだっけ? こいつの言葉がわかるようになったんだ? それまで何言っているかわからなかったんだがよ」
「ああ、通訳魔術だ。ある程度思考ができるならば、動物にも使える。これを他の魔術と同時に使えるのは私ぐらいだ」
「そんな事ができる人だから選ばれたんでしょうか? ニックさんも、とんでもないですし」
「君に変身能力を与えた者が、かな?」
「……」
「……」
「……」
「あと、あの右腕、なんなんだ?」
「……」
「……」
「……」
わからないことだらけだ。
「む?」
「なんだ?」
「敵……? また―――――マタデゴザイマショウカ、ゴシュジンサマ」
不意に、空の一点がキラキラしてきた。
光が集まり花びらがどこからか舞ってくる。
「ヒトシ、お前その口調どうにかならねぇのかよ」
「ムリデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
「気を抜くな。嫌な予感がする」
柔らかいピンク色が集まり、白い一枚布の桃色の長い髪をした女性が現れた。
「皆さん、よくぞおいでになりました」
美しいといえば美しい、けれど必要なネジをどこかにぶっとばしたような呆けた顔と声をした、人物だった。
ルノールさんは睨むような眼で警戒している。
ニックさんはバットを構えている。
僕も嫌な予感が、消えない。
「皆さんを私が招待しました。そしてこれから勇者様を迎えに旅立ってほしいのです」
「迷惑なんだが」
「練習に戻せ」
「メイワクデゴザイマス―――――学校があるんですが」
一応変身を解いておこう。話にくい。
「え?」
「え、じゃなくてだな。考えればわかるだろうに」
「何を考えているんだ。お前は」
「人の迷惑を考えて下さい」
「え、ええと。ルノールさん! あなたにはなんと他の言語の方だけでなく
、動物とさえ話せる、通訳能力を―――――」
「元から使えるぞ。それ」
「へ?」
「というより、元々私が構築した物だ。事情があって申請した名前が違うがな」
「へ?」
「大体、私は魔王だぞ。魔王に勇者を探せというのか? まあ、君にとっての魔王と勇者の言葉の意味合いが違うかもしれんがな」
「へ?」
「魔王?」
「魔王?」
「いや、二人はいいのだよ。言ってないのだから。君、呼び出した本人が知らなかったとは言わせんぞ」
「へ?」
「待て。私は十大魔王の一角、”善政の魔王”と言われているんだが! 何も調べておらんのか!!」
「え、ええと。ニックさん! あなたにはベースボールのダイヤモンドを14秒で走れる身体能力を―――――」
「俺、元からそのタイムなんだけどよ。一応聞く。それどんな奴用の記録?」
「へ?」
「俺、普通の奴じゃねぇんだよ。普通の奴用のダイヤモンドじゃ、小さいんだ」
「へ?」
「でさ、俺最近ようやく理由不明のスランプから脱出できたんだけどよ。もしかしてスランプの原因、お前?」
「あ、あわわ。均さん、あなたには女の子の夢、お人形になれる能力を―――――」
「僕、男です」
「あれ?」
「いや、フィギュア人形は好きですけど。だからって、一切の説明無しにこういう能力を与えるって、おかしくないですか?」
「あわわ」
「僕が男なのは一目見ればわかるだろうし、名前が完全に男です。何も考えずに行動してませんか? 大体、お人形の様になりたいと思うことはあっても、人形そのものになりたいって思う人いないんじゃ」
「あわわわわわわわ」
ヤバい。
この女神、ダメだ。馬鹿だ。
「で、どうするつもりかね?」
「元の場所に戻しやがれ。おい。コラ」
「やるべき事、わかってますよね」
「えええええええええええええええと、勇者様を探しに行ってくださーい! この聖剣が導いてくれまーす! 剣を抜けた人が勇者様でーす!! いってらっしゃーい!!」
「待て!」
「オイ!」
「ちょ!」
「……」
「……」
「……」
「どこだね。ここは」
森。
鬱蒼として、人の気配が全くない。
試しに見た、スマホの電波は全くなし。
目の前にあるのは、派手な剣。
「あいつ、これだけ置いてどっか行きやがった」
どうすりゃいいんだよ。
「水や食料は、持ってますか?」
「……」
「……」
本当に、どうすりゃいいんだよ。
「今度会ったら、炭鉱の最深部に送り込んでやる……」
「顔面を場外ホームランしてやる……」
「どうすりゃ、いいんだよ……」
途方に暮れる、僕たち3人だった。




