王子として育てられた僕は国がなくなった今、バレないように女装して生きていきます
建国二百四十四、年パトリアソーラ王国。
治安はよく、国王は民にやさしく、国は富んでいた。
国王としては珍しく側室をとらず一人だけを愛し続けた。
けれども子供には恵まれず、苦節十三年。ようやく王妃が妊娠した。
国王は喜び、家臣たちも大いに喜んだ。民たちもようやく跡取りが出来たと歓喜に包まれた。もちろん王妃も涙を流し喜んだと聞く。
妊娠から七ヶ月後、王妃は無事に一人の赤子を生んだ。
けれども医療があまり発達していないこの国では三十を過ぎた高齢での出産は体に響いた。
国王は王妃の体調を気遣い、家臣たちは国の事を考えた。
なぜなら生まれた子は女の子だったからだ。
国は男児が継ぐものと決まりがある。
側室はおらず、継承権をもつものは一人しかいない。新しく生まれた王女と結婚するものが次の王となる。
王と立場が合うものなど同じ王しかいない。
このままでは他国から王子をとっても、国が乗っ取られるかもしれない。
そう考えた家臣たちは王女を王子として育てる事を国王へ上申する。
妻のことで頭がいっぱいだった国王はそれを了承した。妻も大事だが国も大事だ。
この物語はここから始まるが、物語が動くのは十四年後となる。
十四年後、建国二百五十八年。パトリアソーラ王国は傾国の危機に瀕していた。
王子が生まれてから王妃の体調が芳しくなく、半年後に亡くなってしまった。
国王は人が変わったように政に関心が薄くなり、経済が滞っていった。
豊かだった国は少しずつ物価が高くなり、人口も減っていった。
それでも、次代の王に期待し残った人々も多くいた。
だけど国は弱くなっていった。
王子は物心つくようになってから様々ない調べものをし、国の為になるように働きかけた。
だが所詮は子供。できる事は少なかった。
国を憂いつつも、衰退してゆく姿を様々と見せつけられた。
まだ最上部。まだ国は無くならない。後数年、後数年経てば大人になる。そうしたら国を変えられる。
かつて賢王と呼ばれた国王は跡形もなくなっていた。
それでもまだ国は無くならなかった。
後一年で十五歳、戴冠式を行える年に迫った時に事件は起きた。
「国王様、大変です! 帝国が攻めてきました! 」
「そうか……。」
「そうか、ではございません! 一大事ですぞ!? 」
「ノエルを呼べ」
「はっ! 」
王宮は騒然としていた。国力が低く、国王には覇気がない。それでも以前の栄光がある為家臣たちは必死に働いていた。
パトリアソーラ国、別名太陽の国。この国は王の直系の血筋だけでおさめられ、直系の魔力があれば豊かになれる国であった。
神話級のアイテム『豊穣の珠玉』が安置された国であった。建国者である初代国王クリストファー。元冒険者であった。冒険の末手に入れたマジックアイテムは常軌を逸脱していた。登録されたものだけが扱え、魔力を流すだけで周囲の土壌や水が豊かになる。
科学の発展していないこの世界では皆が欲しがる破格な性能だった。
そのマジックアイテムの豊かさをみんなに分け与えたいと冒険を辞め、生家のあった小さな村へ帰った。悪用できないように管理し、その恵みを惜しみなく分け与えた。
村は瞬く間に豊かになり、人伝に聞いた商人などはこぞって足を運んだ。
村は豊かになると人が増え、村の規模はどんどん大きくなっていった。
そして三十年、クリストファーを初代国王としたパトリアソーラ国は誕生した。
戴冠式と共に『豊穣の珠玉』も相伝されるはずだった。
「父上、ノエルただいま参りました」
「来たか」
ノエルは国王である父を見上げた。柔らかな表情で微笑む顔は絵画でしか見たことがない。悲しそうな表情でやつれた顔がノエルの知る国王だ。いつにもまして表情が暗い。
「して、どうされるおつもりでしょうか? 」
「ノエル、私は前線に向かおう。おぬしはこの城に残り街の人を支えなさい」
「いやで、一緒に行きます! 」
「ダメだ! 将軍」
「は、ここに」
「軍の準備は出来ているな? 」
「よし。……ノエルこれは決定事項だ。跡取りのお前が死んでしまってはこの国はほんとに滅んでしまう。お前の変わりはいないのだ」
「……、はい、わかりました」
ノエルは若い自分をずっと恨んでいた。早く大人になりたい、一心にそう願った。
だが、時の流れは無情にも平等であった。幼いながらも賢王の子として恥ずかしくない程努力を惜しまなかった。
学業に剣術、魔法、マナー、ダンスすべてを頑張った。王子として。
戦争に必要な技能である剣術は不幸にも突出した才能は無かった。大きくなれば体も大きくなり力がつく。そう言った面でも早く大人になりたかった。
自室にて物思いにふけっていたノエルは侍女に呼ばれてハッとした。
「王子様、国王様の出立の時間になりました。お見送りはいかがされますか? 」
「わかった。向かうよ」
ああ、そうだった。もう出立の日かと思った。はっきり言って帝国には勝てない。誰の目にもわかっていた。だが体面と言うものがある。ただ侵略されるだけではだめなのだ。他行使、少しでも有利に物事が勧められるように。
「父上、お気をつけて」
「ああ、ノエルもな。王都も安全とはいえん。十分に気を付けるのだぞ」
そう言って国王は少し笑い、ノエルの頭を撫でて行った。
絵画でしか見たことのないような顔だったなとノエルは感じた。
王宮を出れば親子の接し方は出来ない。国王であらねばならないからだ。
ノエルは王宮を出ていく後姿をずっと見つめていた。
―――
一週間後、国王戦死の訃報が届いた。戦争は不利であった為、講和の条件として首を差し出したのだと聞いた。無理難題を吹っ掛けなかったことにしようとした帝国の魂胆は丸見えだったのだが、国王はこれを是とし、好機とした。首一つで戦争が避けられるのであれば……。
ノエルは自室にこもり盛大に泣いた。親子らしいかかわりは殆どなかったが、親は親であり、唯一の肉親だった。最後に見せた優しそうな顔は最も印象に残った。
ノエルが泣き伏せている間、王宮は騒然としていた。
訃報が届いた翌日、ノエルの部屋へ大臣がやってきた。
「ノエル王子。サーヴァルでございます。少しよろしいでしょうか? 」
「大臣が来るとは珍しい。どうした? 」
ノエルは不思議に思いつつも応じた。
「失礼しますよ王子」
入ってきたのは大臣だけではなく武装した兵士だった。
「帝国への手土産として捕虜になってもらいますよ」
そう下卑た表情でサーヴァルは答えた。ノエルは咄嗟に距離をとろうとするも一緒に来た兵士に取り押さえられてしまった。這いつくばった状態で必死に声を上げる。
「大臣! これはどういうことだ! 説明しろっ!! 」
「いえね、王子。この国はもう終わっているのです。賢王だった国王は暗愚となり、子はまだ若い。帝国はずっと狙ってました。私は帝国のスパイだったのです。長年かけ信頼を勝ち取り、買収できた人物を少しずづ増やしていきました」
何を言ってるんだとノエルは思った。
「くっくっくっ、今が一番いいタイミングでした。邪魔だった近衛兵は大多数戦争へ。残った者は少数。残らず死んでもらいました」
「なんのために……なんのためにそんなことをしたっ!! 」
「くっくっくっ、あなたがいるからですよ。『豊穣の宝玉』が存在する限りあなたには利用価値があります。帝国に連れていき、魔法や薬で傀儡と化し、帝国に富をもたらしてもらいます」
そんなふざけた事があってたまるかと思った。
「おお、そんな睨まれると怖いですよ。今は完全に私の支配下にこの王宮はあります。帝国に着くまでの限られた時間を有用にお使いなされ、もちろん牢屋でですよー、くっくっくっ」
「ゆるさない! 絶対にお前を殺す!! 」
「連れてけ」
兵士によってノエルは牢屋へ運ばれていった。
剣を没収され幽閉された。剣術はいまいちだが、魔法の才はノエルにあった。牢屋から出る為に色々試したが出る事は出来なかった。
「魔法が発動しない」
そう呟きノエルは左手首をみた。兵士に押さえつけられた時につけられたものだった。
「やっぱり散魔石で出来た手錠か……」
魔法を行使するために溜めた魔法が散漫してしまう効果があるものだ。伝説級のアイテムでもある。
取り押さえられた時も魔法があれば切り抜けられたはずだったのだ。だが大臣に先手を打たれてしまった。
このままだとまずい。だが八歩塞がりである。
「僕が不甲斐ないばかりに……」
守衛をしていた男が声をかけてきた。
「こんな楽な仕事で金貨十枚とはいい仕事だ。こんな坊ちゃんだったのが残念だったが」
「違いねー。女だったら好きにできただろうし」
「王子知ってるか?あんた帝国に連れていかれて薬漬けで魔力をとられるんだ。直系じゃなきゃ使えない宝玉の為にあんたから種をとって、子供が出来ればあんたはお役御免。子供は単純だから帝国の為に働くようになるって算段だ」
「あんたが王女だったからここで種付出来るんだがな、残念だあぁーはっはっはっ」
「だまれっ! 」
エルムは腹を立てて鉄格子を殴った。ガンと音を立てるが殴った手からは血が出ていた。
「そのきれいな手じゃ牢屋はこわせねーよ」
「せいぜい悔しがるといい」
「そうですね、その悔しさで成長してほしいです」
「がっ」
「ぐぇっ」
唐突に声が聞こえたと思ったら守衛をしていた兵が二人とも倒れた。
現れたのは黒装束に黒狼の仮面をつけた国王直下の諜報員、サソリだった。
「王子、ご無事でしたか? 今開けます」
「サソリか、どうして? 帰還するには早すぎないか? 」
「陛下は内乱が起こるかもと危惧しておりました。出立してからの陛下は以前のように深く考え、途中で私に引き返すように言ったのです。そして王子を守るようにと」
「父上……」
「それと途中で見つけた貴族の息子がいたのですが……来なさい」
出てきたのは昔は仲が良かったのに歳を重ねるごとに疎遠になったマイケルだった。容姿は同じ金髪に青い瞳であったため、一緒に遊んでいた時は兄弟と間違えられたほどであった。
「マイ、ケル? ……どうして君がここに? 」
「服を脱げ」
そう言ってマイケルはおもむろに来ている服を脱ぎだした。彼にしては少し小汚い格好をしていた。
「え? どういう意味? 」
「良いから脱げ! 」
「王子、お召し物を脱いでください」
サソリからも言われたとあってノエルは渋々脱ぐことにした。肌着だけを残し服を脱ぐと、マイケルはノエルが着ていた服を着始めた。
「王子、これを代わりに着てください」
それはマイケルが着ていた服だった。
「もしかして……」
「うるさい、俺はお前が嫌いだ。だけど帝国はもっと嫌いだ。お前は嫌いだけどこの国は好きだ。お前が居なければこの国はほんとになくなってしまう。だから……」
「マイケル……」
「勘違いするな。俺はこの国の為にお前の代わりになってやる」
「さ、王子、早く着替えていきましょう。装飾品もすべて渡して下さい。それと失礼します」
サソリはノエルの尻尾みたいに伸ばしていた髪を切って、マイケルの髪に結び、同じように尻尾頭にした。
「あとはマイケル様、少し化粧をさせていただきます」
「わ、わかった」
ノエルはマイケルが震えているのがわかった。同時に自分は助けられなんの役にも立たないと不甲斐なく思った。
「最後にこれを……。楽に……ねる薬です」
「ああ」
「マイケル……」
ノエルは声をかけようとしたとき、マイケルはこちらを向き、キッと睨んで肩を殴ってきた。
「速く行け! 邪魔なんだよ」
「つっ……ありがとう」
「王子、行きましょう。マイケル様、この恩は一生忘れません」
「こちらこそ一人だったら成功しなかったかもしれないし助かったよ。そこのバカを頼んだ」
「必ずや……」
「マイケル、キミの事は絶対に忘れない」
ガチャンと鉄格子が閉じられた音を背に王宮を後にした。
静かになった牢屋で一人、マイケルは呟いた。
「ホントは死ぬのは怖いよ……」
身を隠し三日後、王子が亡くなったと知らせが国民へ知れ渡り、パトリアソーラ王国は建国二百五十八年にして歴史から消えた。
―――
「さそり、これから僕はどうしたらいいのだろう。国を取り戻したいのに僕には力がない」
「王子、いえノエル様と今後はお呼びしましょう。国を取り返すのは生半可なことではいけません。力は個ではなく集の力です。一人ではできなくても大勢の仲間が出来ればなしえるでしょう。暫くは街で学び、強さを身に付け仲間を集めましょう」
「分かった。僕は……パトリアソーラ王国王子ノエル・ソーラ・パトリアは国を取り戻すことをここに誓う! 」
「ええ、命を懸けてついていきます、王子様」
そう言ってサソリは仮面を外しひざまづいた。
「ですが、まずは素性を隠すために女装しましょう」
王子と育てられた王女は、自分が女性とも知らず男性として女装して動き出す。
評価良かったら長期で書き直します。