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第3章23話 アデルさんの話


 午後も作業は続いた。少しずつ根は伸び、中心部分に生木の色をした根の繊維が増えているように見える。

 後5センチも伸びれば切断部分が付くような気がするが、なかなか伸びない。根の水を吸い上げる生木色の部分を再生しながら伸ばしているからだと思う。

 ホフマン辺境伯領は南に位置しているので、9月の気温は、魔法を使い続けるには向かない。

 アデルさんを見ると、顔に汗が流れ疲労の色が見える。


「アデルさん、少し早いですが休みませんか?」


「私はまだ大丈夫だ」


「顔に出てますよ。着替えて露天風呂に入ってエール飲んでも今なら、夕食までに少し働けますよ」


「だがな、休んでばかりいてもな」


「この気温じゃ無理すると病気になります、僕はアデルさんが弱っているところなんて見たく無いです」


「そうか……ミノルが言うなら、そうするか」


 我々は鍵を受け取って部屋に行った。


「着替えを取りに行きましょうよ」


「そうだな、少し余分に持って来て此処に置いておくか」


「そうですね」


 二人で館に飛び、着替えを持って宿に帰って来た。


「アデルさんは露天風呂をどうぞ、気持ち良いですよ」


「二人で露天風呂に入れば良いではないか」


「そんな訳に行かないですよ。僕は困りますよ」


「何故だ? 私が嫌いか?」


 アデルさんは真剣な顔で聞いた。


「嫌いな訳、無いじゃ無いですか。ただ恥ずかしいのと……その……」


「ミノル。この世界には、この世界の男女の常識がある。この世界で生きるなら日本式は捨てろ。一人になってしまうぞ」


 俺はアデルさんの言葉にハッとした。俺はアデルさんを大事にしているつもりで傷つけていたのかもしれない。

 アデルさんは俺の髪を引いて上を向かせ、キスしてくれた。長いキスだった。キスの後アデルさんは俺を抱きしめ、頬を合わせて話した。


「ミノル。私の汗が嫌いか? 体臭が嫌いか? 口が臭いか?」


「ぜ、絶対そんな事ありません! 良い臭いです! ただ……恥ずかしいのです」


「刺激で変化するのは男が健康な証拠ではないか。親しい者同士で隠しあえば、どちらも傷つく。どちらかが嫌われたと去ることになる。違うか?」


「はい、一緒に入ります」


 俺は自分に恥ずかしいと思った。相手の感情を考えてなかった。

 アデルさんは俺から離れ服を脱いで裸になり、露天風呂に入って行った。俺も服を脱いで後に続いた。


「まだ恥ずかしいのか?」


 アデルさんは俺をまた抱きしめて体を密着し、キスをした。裸が擦れ舌が動き、俺は爆発した。力が抜けアデルさんに支えてもらって立っている。


「元気だな。洗って風呂に入ろう」


 アデルさんは俺を座らせ流してくれた。互いに自分の体と頭を洗い、背中を流しあい露天風呂に入った。


「気持ちが良いな、露天風呂は好きだ」


「僕も好きです」


 露天風呂からの景色は素晴らしい。山と大草原、大空が見える。


「ミノル、私だって恥ずかしいのだ。だがな、人は言える時に言わないと言えなくなってしまうのだ。

 また襲われるかもしれない。会えなくなるかもしれない。機会を失った人、機会を奪われた人、どちらも惨めだ。

 だから恥ずかしいと思うより人に伝える。行動する。後悔しても何も取り戻せない」


 アデルさんの言う事がすごく理解できる。


「私は汚れた女だ。9歳くらいから親に売りに出された。生きる為に相手が男であろうと女であろうと客の望みは何でも聞いた。

 それが好きになり楽しめなければ、狂うか死ぬのだよ。何が異常で何が正常かも考えない人になった。

 私は何でも積極的に受け入れ、その与えられた行為を好きになった。身体で使える場所は何でも使った。

 自分の時間が有る時は同じ年の娘と慰め合った。言葉で慰め合うのでは無いぞ。

 14歳の時、以前客に教わった魔法で親と私を売っていた大人を全員殺した。

 憎しみとかでなく、自分がこれ以上異常な事を好きになるのを恐れたからだ。

 私と、もう一人だけで逃げた。そして警備隊に保護されたのだ。

 奥様が私を引き取って下さって今がある。私が機会を掴んだのだろう。

 男に心と身体を許すことは無くなった。館の仕事をし、勉強と訓練以外は食堂と自分の部屋で寝るだけの生活を長く続けてきた。

 ミノルに会う前は、そんな女だ。どうだ、嫌いになったか? 軽蔑したか? 気持ち悪いか?」


「僕、以前よりアデルさんが好きになりました」


「有り難う、ミノル。お前が望むなら私の心でも身体でもくれてやろう。好きに使え。お前が望むならどんな事でもしてやろう。何でも言え。

 お前が可愛い嫁を貰った後は良い友となろう。私に出来るのは、そんな事くらいだ」


「なら僕の奥さんになって下さいよ」


「お前、何を聞いておった。嫁はダメだ。お前の価値を落とし、将来を奪う」


「アデルさんこそ勝手じゃないですか。僕だって自分の事くらい自分で決めるんですから」


 アデルさんは俺をじっと見て言った。


「困った奴だ……ではこうしよう。お前がこの世界に居るなら三年くらい友として私の心と身体を使い倒せ、私もお前と楽しむ。

 日本に帰るなら気にせず帰れ。私達は友のままだ。三年私に飽きなかったら妾くらいなってやる。

 それまで楽しもう」


 アデルさんは風呂から出て行った。相変わらずマイペースな人だ。

 服を着て階下に行き、お姉さんにエールとソーセージを頼んだ。


「風呂に入ってサッパリしたな」


「仕事も進みますよ。僕はスッキリしました」


「そうか! それは良かった、後でまたな」


「是非お願いします。アデルさんの言う事聞いて良かったと思ってます」


「うん、聞いてくれて良かった。そうでないとギスギスし出すところだった」


「そうですね、僕はアデルさんを大事にしているつもりでした」


 アデルさんはフッと笑って無言だった。

 エールとソーセージが来た。


「美味いな。部屋を取って良かった。風呂上がりに飲める」


 ゆっくりし過ぎたのと、アデルさんの飲み過ぎで働けないので館に帰ることにした。


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