第3章02話 聖樹
我々は並んで飛び、『忘れられた森』に入った。正門から見ると雑木林に見えるが、少し行くと確かに森だ。
思ったより広大な森だったのに驚いた。
中心と思われる方向に飛び続ける。
明るい円形の空き地が見えた!
『アデルさん、あれだ!』
『そうだな! 降りよう』
二人で空き地に降りた。半径10メートルくらいの日差しの良い明るい空き地。周りの森と赴きがまるで違う。
俺はポケットから種を取り出した。今回は二つとも持って来ている。
中心と思える辺りをウロウロすると、種が一つ光った。
「光ったな!」
「光りました!」
直径30センチくらいの円形の上だけで光る。
「前回と全く同じです」
俺はポケットからダカーを取り出し、軽く穴を掘り中心に光った方の種を置いた。
光らなかった種をポケットに戻し、聖水を取り出し穴に置いた種にかけた。
「ピキッ」
種から音がした。
「ミノル! 音がしたぞ!」
「はい。前回も音がしました」
俺は種に土をかぶせ、また聖水をかける。聖水が吸収され、土が少し下がった。
ダカーを拭いて、しまいながら言った。
「精霊様にお願いしておきましょう」
アデルさんと一緒に柏手を打ち、お願いした。
「立派な芽が出て、聖樹に育ちますように」
俺とアデルさんは暫く無言で、種を植えた場所を見ていた。
「どのくらいで芽が出た?」
「次の日の朝、見に行ったら芽が出てました。30センチくらいの高さになってましたよ」
「そんなに速いのか! 凄いな。さすが聖樹だ」
「明日も見に来ましょう」
「おお! 来るぞ」
2人で植えた場所に礼をすると、アデルさんが歩き出した。
「周囲を少し見ておこう」
森に入ると少し暗く、短い草しか生えていない寂しい森だった。
1時間くらい歩いて、鹿が見えた。
「以前の館の裏と同じだな」
「そうですね」
「ちゃんと育つかな?」
「大丈夫だと思います。種から出た音も前より大きいですし」
「そうか。そうだな」
我々は残りの種をしまいに俺の部屋へ飛んだ。
俺は種を保存していた箱に戻し、机の引き出しに入れた。
「一仕事終えたら腹がすいた。昼飯でも食わんか?」
「そうですね。食べましょう」
「さっきの店に戻るか。海老を食ってみたい」
我々はリリアドルフに、また飛んだ。
先程の席もまだ空いていた。
ウェイトレスのお姉さんに海老とエールを頼む。エールはアデルさんが祝いだからと、自分で頼んだ。
「なんかワクワクするな」
「そうですね。それ程遠くな訳でもないのに気が着きませんでした。あれが森だったなんて」
「行く者もいないからな。我々もたまにしか見に行かん」
「最後の種も気になりますが、今はあの種が無事に育つ方が優先です」
「そうだな。今日はヒマで良かった」
「そうですよ。アデルさんがヒマじゃ無かったら、『忘れられた森』の話は聞けなかったですから」
「うん。それは言えてるな」
海老が来た。塩焼きにバターを乗せただけの料理なのだが、バターに香草を混ぜて匂いがマシになっている。
「乾杯!」
「祝のエールは美味いな」
「そうですね。如何にも良い事をしたような気になりますね」
「この海老は美味いな」
気に入ったらしく、黙々と食べている。
「いつものカニの店も海老は美味いのですが、あそこ行くとカニになっちゃうんですよね」
「そりゃあカニの方に優先権が有るぞ」
俺は気になっている事を聞いてみる。
「アデルさんは、『忘れられた森』に聖樹が有ったという話を聞いたことはあります?」
「それが無いのだ。だから切られたと言う話も聞いていない。館の裏の聖樹が切られただけで大騒ぎだったのに、御屋形様の御先祖が2本切ったなら記録に有るし民が忘れはしまい」
「昨日アデルさんがエルフの王が以前、魔獸の森にいたと言ってましたが、エルフが魔獸の多い森に住むのも変な話ですよね」
「そうなのだ。そもそもホフマブルグの正面にエルフ王国が有った事自体変な話でな、食糧の取り合いになってしまう。ホフマブルグは200年前も大きい街だからな」
「なら『忘れられた森』にエルフ王国が有ったのかもしれないですね。聖樹を失って外に出て行ったとか」
「あり得る話だ。簡単なのはエルフに聞けば良い。奴らには200年前など昨日みたいなものだ」
なる程、確かにエルフに聞くのが一番正しい方法だ。700歳なんてのがゴロゴロしている人達だ、当時そこに住んでいた人だって沢山いる筈だ。
アデルさんは食事を終えて、仕事に戻って行った。
エルフに聞くと言っても、ホフマブルグで年寄りのエルフなんて見ないしな。ギルドのエルフの娘も、何処か地方から来たと言っていたし。
でも誰が聖樹を切ったのだろう。200年前ならアイラス教団なんだろうな。
何故その話が残らなかったのだろう?
暫くとりとめの無いことを考えてから、俺もホフマブルグに帰った。




