第1章02話 アフリカの破産国並み
陸奥銀行はガラすきで、広い空間に一人だけカウンターに男性職員がいた。
箕輪さんだ。以前、父の部下だった人で三十五歳くらい、痩せた眼鏡をかけたインテリ風の異世界では数少ない日本人で、ナント日本のビジネススーツまで着ている。
「来ましたね。それも最高の日に」
「父の葬式には、わざわざ列席していただいて、すみませんでした」
「いえいえ。デル通貨に日本人が交換できるのも、今日の5時までという最高のタイミングですよ」
「で、今いくらくらいです?」
「1円が87000デル。少し前にここまで落ちて、現在は膠着状態ですね」
「そこまで落ちたんですか!」
と、ノア兄さん。
いつの間にかノア兄さんが来ていた。箕輪さんがPCのような魔道具を見ながら、念話で誰かと話している。
「今、98500くらいまで下がりましたねー。市場一時閉鎖の噂が流れています」
「じゃ、すぐに1億円換金してください」
俺が銀行プレートを箕輪さんに渡しながら言うと、箕輪さんは俺のプレートを見ながら笑いながら言う。
「相場師だねー。今、1億を市場で換金すると王立銀行から睨まれるから、うちの銀行の決済でいい?」
「いいですよ。とにかく今日中にデルが必要ですから」
箕輪さんは俺の銀行プレートを銀行用魔道具に乗せ、操作した。
「はい、9兆8千752億デル。ちょっとした国家予算だね」
「ノア兄さん預金プレート有ります?」
箕輪さんがノア兄さんに陸奥銀行のプレートを要求する。王立銀行に入れると金の流れが見えてしまうし、急に課税とか言いかねない状況だそうだ。
ノア兄さんは箕輪さんに陸奥銀行の銀行プレートを渡した。
「ミノル君、いくら振り込む?」
「1兆デルお願いします」
箕輪さんは魔道具を操作してから、カウンターにそれぞれの銀行プレートを置いて言った。
「御確認ください」
プレートを見ると、いちばん左端の数字が9から8に変わってた。
「ミノル君済まないな、弟に1兆デルもタカルなんて……」
ノア兄さんが銀行プレートを見て、本当に済まなそうに言った。
「本当に気にしないでください。父も生きていたら必ず同じことすると思いますから。それよりノア兄さん、フェン兄さんに返済交渉の話し聞きました?」
「うん、さっき聞いたけど、ミノルが兄弟の中で一番貴族向けだよ。俺なんか考えてもいなかった」
箕輪さんが『?』という顔をしてたので、借金値引き交渉の説明をする。
「いい方法だと思いますよ。私も30%はいけると思います。強気で、絶対に弱気になってはいけません!」
箕輪さんのアドバイスにノア兄さんは強く頷いた。
「借金取りは何人くらい来ているんです?」
と俺が聞くと、ノア兄さんはウンザリした顔で言う。
「マイヤー商会除いて全員さ。20人くらいかな。返済は何時でもいいですとか言っていたくせにね…食堂に居座っているよ」
「マイヤー商会さんも今日でお仕舞いリストに入ってますね。未確定ですか3兆近い負債という情報が載ってますね」
箕輪さんが銀行用魔道具を覗きながら言う。
「あそこに破産されると辺境伯領の経済がガタガタになるんだよね……困った……」
ノア兄さんが真剣な顔で言う。
「3兆なら俺、助けますよ。辺境伯領がガタガタになったら困るもの。すぐ、ここに呼んでもらえます?」
ノア兄さんは俺に頷いて連絡をしている。
「陸奥銀行のプレート持ってすぐ来るって……済まないなミノル」
「じゃ、ノア兄さんは帰って借金返済交渉ね。俺はミノルの相談役でここに残るから」
とフェン兄さんが言うと、ノア兄さんはフェン兄さんを睨みつけてから、ため息をついてから俺を見て真剣な顔で言った。
「マイヤー商会と話しを進める時、不動産を担保とか買い取りみたいになった時、辺境伯領以外の物件を受け取ったら駄目だよ。領内の事ならどうにでもなるからね」
俺が頷くとノア兄さんは『じゃ、後で』と言うとスッと消えた。
ノア兄さんと入れ違いでマイヤー商会の人が3人現れた。
「ミノルさん、お久しぶりです」
太り気味だけど背が高い、いかにも商人という感じのロングジャケットを着た50歳くらいの頭の良さそうなオジサンが挨拶をした。
「ハリーさん、お久しぶりです。お呼びして申し訳ございません」
「とんでもない。そうそう、息子のパトリックと番頭のレオンです」
お互いに軽く会釈してから3人はダニエルがカウンター周りから集めてきた椅子に、ダニエルに恐縮しながら座った。
「こんな時なのでさっそく用件になってしまいますが、辺境伯の借り入れはどのくらいになります?」
ハリーさんが番頭さんから書類を受け取って、確認してから俺に渡した。
俺が箕輪さんを助けを求めるように見ると、笑いながら書類を受け取ってパラパラと見て
「1500億デルですね」
「じゃ、とりあえず、それ払います」
と俺が言うとハリーさんが陸奥銀行のプレートを箕輪さんに渡した。
「1500億デル移動しました。御確認ください」
と言ってハリーさんにプレート、俺にハリーさんが持ってきた書類を渡した。
借用書だったようだ。
俺は書類をフェン兄さんに渡すと、済まなそうに受け取った。
「有り難う御座います。期限前なのに気を使っていただいて」
とハリーさんは銀行プレートをしまい始めた。
「待ってください。今日来ていただいたのは、もっと違う用件なんです」
と俺が言うと、ハリーさんは『?』という顔をする。
ノア兄さんは何も説明して無いようだ。
「失礼ですが、マイヤー商会さんが本日というか、返済しなければいけない金額はどのくらいなんですか?」
箕輪さんが聞いてくれた。助かった~
ハリーさんは箕輪さんを、しばらく見てから
「2兆6000億を少し切るくらいですかね」
「マイヤー商会さんに、どこからか資金が入ったとして、それを返済して商売の資金は有るのですか?」
箕輪さんの突っ込みにハリーさんは笑いながら返答した。
「厳しいですな。無いのです。辺境伯様から返済いただいたのを考慮しても、あと6000億は必要でしょう」
「3兆2000億デルですね」
と箕輪さんは言うと、俺に向かって『どうする?』という顔をする。
「3兆2000億払ってください」
と俺が言うと、箕輪さんはハリーさんにプレートを要求するように手を差し出す。
「条件や細かい話しは後にして、今はこの状況を乗り切ってしまう方が良いと私は思いますが」
箕輪さんの迫力満点の説得にハリーさんは黙って銀行プレートを出した。
「3兆2000億デル移動しました。マイヤー商会さんの大逆転ですね」
箕輪さんはニッコリとしてハリーさんにプレートを渡した。
「王立銀行さんがコソコソ何かやっているとの噂もあります。すぐに動いた方がいいですよ」
箕輪さんイケメンだわー。俺は惚れ惚れと箕輪さんを見ていた。
ハリーさんはパトリックさんに銀行プレートを渡すと、パトリックさんと番頭さんのレオンさんは深々と俺に礼をして、何処かへとテレポートで飛んで行った。