プロローグ
4月の初日、ダニエルと俺はタクシーに乗って新宿御苑に向かっていた。情けないことに二人で異世界に逃げるためだ。
俺の名は高橋実。今月から成陵高等部二年の筈だったのだけれど、叔父と叔母に付きまとわれ遂に一年間程どこかに身を隠すように、おじいちゃんと弁護士に言われ情けないことに悪いこともしていないのにダニエルの家に逃げることになった。
ダニエルとは長い付き合いだ。父が銀行に勤め異世界担当だった為、小学三年生の夏休みに父と異世界に行き一緒にホフマン辺境伯の館に訪ねた時に初めて会った。
ダニエルは辺境伯の三男で俺と同い年の為か、すぐに仲良しとなり一緒に遊んだ。ダニエルは自閉症気味だったらしく、普通に俺と遊ぶ三男を見て辺境伯は大いに喜び夏休みの間、館に俺が泊まることを父に望んだ。父も俺も快諾し俺だけ館に1ヶ月お世話になることとなった。
最高に楽しい1ヶ月だった。ダニエルと俺は大いに笑い遊び、毎日長男のノア兄さんには剣を習い、二男のフェン兄さんには弓を習いピーター騎士隊長にはムーミンみたいな『馬』と称する動物の乗り方を教えてもらった。
魔法も習った。綺麗な金髪お姉さん魔導剣士のアデルさんに基礎からミッチリ仕込まれた。初歩的な治療魔法や警戒のスキルまで教えてくれた。
俺は異世界に馴染みまくっているうちに1ヶ月は素早く過ぎ去ってしまった。
夏休みの終わりに父が迎えに来た時には、俺が辺境伯を『フレードリッヒおじさん』と当たり前のように呼んでいるのを見て、父が青くなっていたのを覚えている。
冬休みも館に喚ばれ大喜びですっ飛んで行き、勝手に冬休みを延長し1ヶ月の間ダニエルとホフマン家の皆さんと大いに武芸と魔法と遊びで楽しんで帰ってきたものだった。
春休みにはダニエルが我が家に来て、そのまま我が成陵小学部四年に転入した。ダニエルは我が家に住むこととなり俺は兄弟と友人を同時に得た。朝早くに起きて二人で異世界製の木刀で剣の練習。放課後は学校のアーチェリー練習場で特別に異世界弓の練習。家に帰って二人でゲームと勉強。
夏休み・冬休み・春休みはほとんど二人で異世界に。修学旅行や家族旅行でダニエルは日本の旅を楽しんだ。
成陵中等部に進んでからも二人はほぼ同じ生活。俺もロクデニア大陸語が話せるので異世界からの留学生の世話が二人の学校での義務となったことくらいが違いだったかな。
何かが狂い出したのは俺達が高等部に進む時だった。
異世界から東京勤務になった父が新築マンションの4LDKをローンで買いダニエルも一緒に引っ越した。
ところがパスコ王国からダニエルに帰国要請が出た。パスコ王国の経済状態が酷くなったのが原因だった。去年出来た日本の新政府がまさかの円高政策をとり、その上バラまき政策の為に他の予算を削った為、パスコ王国の援助も大幅減額となり通貨の大暴落になってしまった。
ダニエルの生活費や学費などを父が全て持つということで俺とダニエルは高等部に一緒にいけることになった。
高校一年の夏休みも冬休みも俺達は異世界に行かなかった。ダニエルが日本に帰って来れなくなることを恐れた為だった。
年が明けた1月、俺の両親が死んだ。両親が車でマンションに帰る途中オークに衝突し周りにいたオークにボコられて二人ともバラバラだったそうだ。オークは10匹くらいいたそうだ。
何故突然に東京にオークが出現したかは原因不明で、他にも何人か犠牲者がいた。俺とダニエルは親の遺体を見ることは無かった。
最悪は叔父夫婦がもたらした。俺の親権を主張したり権利も無いのに財産分割を主張した。おじいちゃんと弁護士が排除してくれた筈だったが、夜中にマンションに来たり校門前で待ち伏せしたり酷い状況だった。
俺は新築マンションを売り、駅近くに築25年の中古2LDKに買い替えひっそりと引っ越した。待ち伏せが怖く学校にも行けなかった。
両親の遺産は保険金や貯金で2LDKに買い替えして税金を払って三億八千万くらい残っていた。この時代の物価からいって大した金額ではない。このあと大学院卒業して一億残るか残らないかの金額だった。
ダニエルは俺をとても気遣ってくれたが、俺はダニエルが以前、自閉症気味だったので再発しないかとても心配だった。
おじいちゃんから一年くらい身を隠すように連絡があった時、一緒に異世界に行こうと言ってくれたのはダニエルだった。
新宿御苑の入り口から少し離れた所にお巡りさんの警備している別の入り口があった。弁護士と父の銀行の人が待っていた。タクシーから用意された車に乗り換え、新宿御苑の中に入って行った。
書類を出され弁護士さんに指示された所にサインし、銀行さんに二億五千万は信託管理で、18歳を超えると引き出せる。利益は日本の通帳に入って自動引き落としや税金に使われ、残金はパスコ王国支店扱いになるという説明を銀行の人に簡単にされ、今日明日中にホフマブルグの支店に必ず行くように言われた。
新宿御苑の端のところに白い殺風景な建物があり、そこが異世界との出入り口だ。
カウンターで必要書類を提出し、銀行さんと弁護士に礼を言いゲートを超えエレベーターに向かう。
出国者は俺達二人だけだった。
地下の広い空間の中心で透明な壁により半分に大きな空間は区切られ、こちらが日本、越えるとパスコ王国だ。
手続きを終えて向かうに行くと、フェン兄さんとピーター騎士隊長が笑顔で迎えてくれた。
「お帰りミノル」
「お帰りなさいダニエル坊ちゃん、ミノル坊ちゃん」
ピーター騎士隊長は俺達二人とも、今だに坊ちゃん扱いだ。
俺達四人は転送魔法陣に向かった。
幸せな日々を取り戻せそうな気がした。