01 大尉への昇進と誕生日
蔓延する埃のカビた臭いが鼻の奥を突き、不快感を覚えながらも薄暗い室内で仮眠をとること一時間。左腕につけていた”ストリーム”から小さなアラームが鳴り響く。
「ヴェネセさん!合図ですよ!!」
クリスが俺の体を揺らし、起きることを強要してくる。
「隊長~、いい加減に起きないとレオン副隊長が飛んでくるよ?」
「そうだよ!」
部下に脅される隊長もたまにはいてもいいんじゃないかと勝手な自己解釈を頭の中で組み立て、狸寝入りを続ける。しかも体はだるいままで、一切力が入らない。
「危機感ないなぁ....」
徐々にアラームの音量が上がっていき、目覚まし時計のような大きな音が鳴り響いたとき、一瞬で室内の雰囲気が変わり、さっきまでのふざけた空気が嘘のようになる。
「来るぞぉ!」
「俺行きます!」
「ナイス副隊長!」
地面が揺れ、窓ガラスが割れる音が響く、”ハツカネズミ”が落ちた衝撃だろう。割れた窓から隊員たちが飛び降り、”ハツカネズミ”の狩りを始める。
(確か20分くらいだったよな、寝るか....)
回収班が指定のポイントまでの到着には結構な時間があり、周囲の警戒もゼファーに任せているので、仕事が無いと言っても間違いではないのだ。
左腕を枕代わりにして再度横になると、意識が体からゆっくりと剥がれていった。
「隊長!ハツカネズミ....って、まだ寝てるし....」
窓から入ってきた隊員は足に付いた血を拭いながら呆れた声を出す。
「良い、寝かしておけ。隊長に報告するような相手じゃなかったしな」
薄れゆく意識の中で何かが聞こえたが、よく聞き取れなかったのは覚えている。
***
「レオン副隊長」
「ん?」
3日にわたって続いた旧イタリア地方での任務が終わって帰還した、のにも関わらずレオンはヴェネセを探し続けていた。
「ヴェネセ隊長は見つかりましたか?」
任務の受付嬢に笑われながら茶化されるが、いつものことなので笑うしかない。
「いや、いつも通り行方不明だよ。全く、どこに行ったんだか....」
このままだと報告書を書かされる羽目になるのでどうしても見つけなければならないのだが....
「じゃあ、報告書はレオン副隊長がお書きください」
にっこりと眩しい笑顔で書きかけの報告書を俺に渡してくる。
どうやら少し遅かったようだ。
「え?前より早くなってない?」
今までは2時間程の猶予があったはずなのだが、今日はまだ20分しか経っていない。今までで最短のゲームオーバーだ。
「最近、ヴェネセ隊長の隊の戦闘成績は”守護姫”のリーナ隊長の隊を抜きましたし、戦死者もここ数年0ということから上層部が一目置いているのが私でもわかりますけど、基本的にそれ以外のことで問題が多いのも上層部は知っています。こういうことからしっかりしていったほうがいいと思いますよ?」
受付嬢にすら心配されるようになったのかと内心ショックを受けたが、上層部にとやかく言われる心配は
絶対に無いのでこれまで通りで大丈夫だと安心する。
「な、なに笑ってるんですか?」
口角が上がっていたようで少し恥ずかしくなるが、それと同時に少し面白いことを思いついた。
「ねぇシオンちゃん、包装紙ってここにある?」
「包装紙ですか?」
「うん、あと白紙の新しい報告書も頂戴?」
不思議そうにレオンを眺めたあと、後ろの棚から包装紙と新しい報告書を取り出してくれた。
「何に使うんですか?」
「ん~、悪戯かな~」
二枚の紙を丁寧に折りたたみ、胸の小さなポーチにしまい込む。
「全然私が言ったことを意識してないじゃないですか!」
「ん~、だって、戦闘成績をしっかり上層部が見てくれてるのなら問題ないし」
「そんなこと言ってたらいつか痛い目を見ますよ!」
「大丈夫」
「え?」
「うちの隊長は”最強”だから」
***
旧ドイツ支部の最上階。の一個下の階。その一室のデスクを挟んで二人の男がいた。一人は内線で延々と通話を続けており、もう一人は頭を上下させながら必死に睡魔と格闘をしていた。
通話が終わり、受話器を置くとほぼ同時に男は意識を戻し、何事もなかったようにしっかりとした姿勢で男を睨むような視線を送る。
「すまない、いきなり支部長から内線が入ってね」
「いえ....」
「嘘つけお前からかけてただろ」という本音を飲み込み、イライラした気持ちをどうにか隠す。
「改めて、旧イタリアでの”オオカミ”の討伐、おめでとう、ヴェネセ大尉」
「どうもです、アーセル少佐」
なかなか出世できないことをコンプレックスにしているこいつの前で皮肉を込めて少佐の部分を強調してやると、この男はいつも少し動揺する。何度も呼び出されて学んだことだ。
「しかも目標個体以外にも暴走した個体を何体も討伐したとか」
「ええ、いつものことです」
「だが、目標個体以外を討伐するのは軍法違反なんじゃないかね?」
腰の後ろに手を当て、胸を張ることで太った腹が強調されているところに突っ込みたくなるが、
「ええ、存じております」
ここはあえて受け止め、ワンテンポ反撃の機会をずらすことにした。
「では何故かね?」
「ええ、最初に”ハツカネズミ”を見たとき、不覚にもアーセル少佐を連想してしまいました」
「何....?」
「あの太った腹、短い手足。ああ、こいつはきっとアーセル少佐だと思ってしまった時、気が付けばただの肉の塊へと変貌していました」
顔を真っ赤にして怒ってくるが、最早何の威圧感も無い
「っ!貴様っ!」
「労いの言葉だけが用事のようなのでこれで失礼します」
踵を返し、ドアの取っ手に手をかける。
「まてヴェネセ!!」
「ああ、そういえば」
ふと何かを思い出したように立ち止まり、醜いものを見るような目でアーセル少佐を見ながら俺は
「本日付けで大尉から二階級特進で”中佐”となりました。どうぞこれからもよろしくお願いします、”アーセル少佐”」
「くっ!!」
「失礼します」
無駄に重い扉を閉め、足早に退室する。
2050年に起きた、アメリカ・ロシア・中国・エジプト・イタリアの五か国同時バイオテロは猛威を振るい、世界中に死のウイルスが蔓延した。その結果、人類の90%が死滅するという地球上最悪の事件がおきた。
だが、悲劇はそれだけではなくウイルスはありとあらゆる動物や蟲に異変を招いた。
ワクチンを開発中、ウイルスを注入した被検体ラットの体が30倍に膨れ上がり、それまで見られなかった凶暴性が発見された。
その後、野生動物や蟲による実質的な地球の支配まで僅か1年とかからなかった。主要な都市は壊滅し、生き残った軍隊も軍とは呼べないほどの人数だった。
そして2062年、民間の地球奪還部隊 Axis が結成される。退役軍人や復讐心をもつ民間人が集い、資金を出し合って運営されるこの部隊はなんとどの軍隊よりも成果を出し、入隊希望者が後を絶たないほどにまで成長する。
そして3062年、結成より1000週年を迎えた5年前。俺、レオン、リーナ等の”歴代最強”と呼ばれるメンバーが入隊し、最年少で隊長の地位まで上り詰めた。
3067年現在、人類は安定した土地を奪還し、人口も事件前の80%まで回復した。それでもまだ動物たちはいなくならない。
帰還してすぐにアーセルからの内線が入り、報告書も書き終えていない状態だったにもかかわらず呼び出された。それだけならまだ良い。だが、奴はあろうことか2時間も俺を立ちっぱなしの状態で俺を待たせたのだ。イライラするのも当然だろう。
まあ、今回の任務で無事に昇格して、奴よりも上の権限を得ることができたのでこれ以上面倒にならないことを祈るしかない。
自室へと繋がる連絡通路を渡り、階段を降りたところで声を掛けられる。
「た~いちょっ!」
「レアか、そこで何をしている」
通路に置かれた観賞用のツボからひょこっと小さな顔を出し、無垢な表情を見せるこいつは2年前から俺の隊に所属している看護兵のレアだ。
「何って、ヴェネセ隊長の昇格祝いパーティをするから呼びに来たんだよ~」
「俺の?」
帰還した時にエントランスで受け取った封筒に昇進に関するなどと書いてあったのはこれのことだったようだ。
「そうだよ~、2時からクリスの部屋でやるから絶対来てよ~?」
「ああ、覚えてたら行く」
正直めんどくさいという気持ちが自分の中では勝っている為、どちらかというと行きたくない。
「絶対だからね~?」
手をヒラヒラさせながらゲートをくぐるレアを見送り、俺は自室に入った。
***
部屋に入るや否や、新たなことで俺の貴重な時間が使われる。
「バジリコ、悪戯してファルシーにコテンパンにされたのをおぼえてないのか?」
部屋の隅でにらみ合っていた羽毛のような鱗が特徴の蛇のバジリコときれいな毛並みが特徴のフクロウのファルシーが一瞬硬直し、こっちを向く。
「待ってくれ旦那!こいつから先にちょっかいをだしてきたんです!」
「何を言うか、おぬしが儂の毛並みを馬鹿にしたんじゃろうが!」
「どっちでもいいから、メンテナンスにはきちんと行ったのか?」
「「行きました」」
ペット兼戦闘補助動物のバジリコとファルシーは、2年前から俺の部屋で生活している。元々,軍の施設で訓練していた彼らは、”不良品”として処分されるところだったのをレオンが「お前のペットにしてやれば?」と言い出し預かってきたのだ。
ちなみに、こいつ等同士の仲が悪いだけで俺への忠誠心は全く変わらないので大して口を出していない。そのせいで段々とお互いの仲が悪くなっている気がするが、勝手にさせておく。
本棚から「白鯨」を取り出し、しおりを挟んでいたページを開く。
「そういえば旦那、今回の旧イタリアでの任務で昇格したそうで」
「おめでとうございます」
「ああ、知ってたのか?」
「はい、検査の時に看護婦が話しておりました、流石最強だと」
「そうか…」
最強と呼ばれることはもはや慣れたのだが、それでも最強ともてはやされるのは気持ちが悪くなる。
しおりを外したばかりだが再度しおりを挟み、近くにかけていたコートのポケットに入れていた昇進通達証をファルシーに投げる。うまく口でキャッチしたファルシーは止まり木まで飛んでから脚に器用に挟んだ。
「てめぇ!俺にも見せやがれ!!」
「おぬしがここまで来ればいいだけの話じゃろ」
「てめぇ!」
まぁ、返してくれるなら何も言わないが....
***
「あ!来た!隊長だ!」
約束の2時よりも3分早く俺はクリスの部屋に到着した。
「おう、すまないな、俺のためにわざわざ」
「いやいや、何を言ってるんですか隊長。隊員が自分の隊の隊長の昇進を祝わなくて何を祝うんですか!」
部下の中で一番部屋が広いクリスの部屋の中には天井の飾りつけやカラフルな風船などのいかにもお金がかかってそうな装飾が至る所にあった。
「はいはい、主役は先に座っててください!私たちが準備してるんで!」
何かこっそり準備でもしているのかそそくさと俺を部屋の奥へ案内する、
「そうか、悪いな....」
言葉に甘え、コの字型ソファの真ん中に座る。
「これで全員?」
「いや、ゼファーがまだ来てない」
「そんなに時間かかること頼んだっけ?」
「まあ、ある意味一番の大役だからね~」
「?」
ゼファーがなにをしているのかは全く分からなかったが、レアが先に始めようと言い出したので主役は黙って従うことにする。
レアが俺の前に立ち、小さなくす玉を持ち上げる。
「はい!じゃあ隊長の昇進と?」
「「誕生日を祝って!!」」
「「おめでとうございます!!!」」
パカっとくす玉が開き、丁寧な字で’おめでとうございます!!’と書かれた垂れ幕が下りてくる。
あ、俺、今日誕生日か。
***
「じゃあまずは俺から....」
最初に手を挙げたのは副隊長のレオンだ。
こいつとは恐らく一番長い付き合いで、俺が入隊した時の同期なのだ。
「まあ、最初の任務でロサンゼルス支部に行ったときに助けられてから早くも4年経ったわけだが、いつまでも俺はお前の部隊を離れる気は無いし、死ぬときもお前が死ぬのを見てから死にたいとも思ってる。これからもよろしくな!」
「おう、安心しろ。退役まで俺は死ぬ気は無い」
悪戯気味に悪態をつく。
「....お前、素直に喜べねぇの?」
「冗談だ、嬉しいよ」
呆れたように笑うレオンと固い握手を交わし、小さな木箱を渡される。
「部屋で開けろ、プレゼントだ」
「ありがとう」
「はい、次は私~!」
次に手を挙げたのは看護兵のレアだ。彼女は2年前のアフガニスタン支部での撤収作業中に俺がスカウトした、全く戦闘経験のない純粋な看護兵だ。
「えっと~、強くてかっこよくていろんな人から人望のある隊長が憧れです!どんどん昇進していく度に見えない壁とかを感じることはあるけど、私たちも頑張って追いかけているのでこれからも頑張ってください!お誕生日おめでとうございます!」
わざわざ一礼しながら目を見てしっかりと言われる。本当に良い女の子になったものだ。
「ああ、ありがとう」
「ほんとにお前不愛想だな・・・」
さっきのことを根に持っているのか横から茶々を入れられる。
「まあまあ~、そこが隊長のかっこいいとこだから~」
「ははっ、そうかもな」
握手を求めると頬を赤らめて両手でしっかり握りしめてくる。
「はい、長い長い!次は俺だから!」
「ちょっとクリス~!!」
持ち前のせっかちを前面に出してくるクリスは来月でちょうど入隊1年を迎える新隊員だ。
戦場でもそのせっかちがよく出るため、俺やレオンがよく補助に回るのだが、隊の中でもぶっちぎりの攻撃力はほかの隊からもスカウトが来るほど素晴らしい。また、武器に興味があるらしく、よく武器のカタログを押し付けてきたりする可愛い一面ももっていたりする。
「いつもいつも俺を助けてくれる隊長には滅茶苦茶感謝してる!いつか隊長みたいにかっこいい男になるのが俺の夢になった!だからずっとかっこいいままでいてくれ!誕生日おめでとう!」
「あなたに心配されなくても隊長はずっとかっこいいでしょ~?」
横やりを入れられたことに対しての仕返しなのか、レアが茶化しにかかる。
「そうだな」
「....お前らが言うことじゃないだろ?」
「うるせぇ!何かあるかもしれねぇだろ!?」
「「ない」」
「お前、俺に死ねって言ってるようなものだからな?」
息の合った容赦ない返答にクリスが凹んだところでドアの向こうで何かがノックをした。
「クリス、ちょっと開けてくれ」
「あ、ゼファーじゃないか?」
「隊長!目をつぶっててくれ!」
「え?」
「はやく~!」
「ああ....」
いわれるがままに目を閉じてしばらく待つ。何かの包装が解かれる音が数秒続いたところでクラッカーが鳴り、目を開ける。
「改めまして、誕生日おめでとう隊長。尊敬してる、これからも頑張ってくれ」
ゼファーが頬を掻きながら恥ずかしそうに呟く。
ゼファーはクリスの同期で、前の隊が解散したのを機にこの隊に入隊したメンバーだ。無口なことが多く、何を考えているのかわからない時がよくあるが、隊の中で最速の移動ができるため,高機動な尖兵として上層部からも高い評価を得ている。
「これ、受け取ってくれ。皆で貯めた金で買ったあんたが欲しがっていた本だ」
背中に隠していた小包を取り出し、俺に渡してくる。
開けていいか?と聞く前にレアが開けなよ~とせかしてきたので包みを剥がす。
「これはっ...どこでこれを!?」
「お、今日一番の反応だな、流石リーナだ」
「なっ!リーナから聞いたのか?」
「ああ、この本を見つけたときの目の色の変わりようが凄かったと聞いたぞ」
確かにリーナと歩いているときにこの本を見つけたのだが、”蠅の王”は誕生日に送るべきじゃないのはわかっているはずだ。
(嫌がらせだな....)
明白だった。
「ありがとう、大切に読ませてもらうよ」
「よかった、喜んでくれた~」
「でもなんでリーナ隊長がヴェネセ隊長の欲しい本を知ってたんだろう」
「あれ、そういえばそうだな」
ニヤニヤと笑いながらレオンがこっちを見てくる。
「....おい」
「冗談だって!!そんなマジで怒んなよ!」
「え?レオンさん、何を知ってるんですか?」
「聞きたいなぁ~?」
「....俺も少し興味がある」
「お前ら....」
「アッハッハッハッ!!」
その後レアの作ったケーキが振舞われ、部下が馬鹿なことをしているのを見守り、とりあえず俺の昇進祝いと誕生祝いは無事に終了。解散したのは深夜だった。
***
”ストリーム”に通信が入り、エントランスに集合したのは解散から僅か4時間後のことだった。
「全員集まったか?」
「レア以外は待機している」
「そうか、じゃあ俺が最後じゃなかったみたいだな」
「いや、レアは一回ここにきてから準備に向かったから実質お前が最後だ」
「....」
集合時間の3分前で最後になるのはどこか納得できないが、ブリーフィングを開始した。
「今回の任務は旧ドイツのドルトムントに現れた”イノシシ”の群れの討伐だが....」
「ちょっといいですか?隊長」
珍しくゼファーが手を挙げた。
「相手は”イノシシ”なんですよね」
「ああ」
「こんなこと言うのもおかしな話なんですが、隊長一人で片付けられませんか?」
「え?」
「俺、最強って言われてるあんたの全力が見てみたい」
「へぇ....」
レオンが興味ありげに面白そうだという顔をする。
「すんません!俺も見てみたいです!」
「クリスまで....?」
「悪いな、俺もだ」
「レオンもか....」
何故お前までという声が出そうになるが、何か企んでいる顔を見ると言う気が失せる。
「いつも部下に指示しかしてないお前が”最強”と呼ばれてる理由をみたことある奴は俺とリーナくらいだからな、たまにはいいんじゃないか?」
「....」
「お願いします!!」
「頼む、あんたを超えれそうかどうか、知りたいんだ」
「あまり自分の意見を言わないゼファーが言ってるんだ、見せてやってくれ」
絶対に楽しんでるだろこいつ、とは思うが、バジリコとファルシーの散歩も最近行けてないし丁度いいんじゃないかと思ってしまう。
「........分ったよ、一人で行けば良いんだな?」
こういうところで粘れないのが後輩に甘いと指摘される理由の一つなのだろうか。
***
「あれ~?レオンさん?出撃してなかったんですか~?」
「ああ、ちょっといろいろあってな」
看護兵長の勉強会が終了したレアは出撃しているだろうと思っていた部隊の補助に入るため、申請をしにエントランスに来たのだが、くつろぐレオン達を見て少し驚いた。
「?、それにこの人だかりは....?」
エントランスの一階にある大型の電光掲示板の下に設置してあるソファーにはヴェネセ隊長の部下がすわっており、それを取り囲むように他の隊のリーダー格のような人までもが電光掲示板にくぎづけになっている。
「まぁ、お前もこっちにこい。面白いものが見れるぞ」
「面白いもの?」
「ああ、ヴェネセの戦闘だ」
「え!?見たい!!」
そしてソファーに座った時だった。出撃ゲートが開き、任務を終えたチームが帰ってきた。いつもはそれだけのことに気がそれたりはしないのだが、近くにいた野次馬達が騒ぎ始めた。
「おい見ろよ”守護姫”リーナだ....」
「ドイツ支部に来てたのか!」
「やべぇ!サインもらいに行くぞ!」
”守護姫”という異名を持つヴェネセの同期の人だ。女性にしては高い170cmの身長に腰の近くまで伸びた長く綺麗な銀色の髪は見る人の印象を大きく変える。そして見たこともないような整った顔は女性の私でも直視をためらうほどだった。
「あれ?レオン?」
「お、リーナ隊長じゃないか、ドイツ支部に来てたのか」
「隊長は付けなくていいわよレオン、同期の仲じゃない」
「付けないと五月蠅い奴もいるんだ、勘弁してくれ」
「なら仕方ないわね、レオン副隊長さん?」
「やめてくれリーナ、我慢するから....」
クスクスと嘲笑うのを見ても不思議とイライラしない。
「ああそうだ、ヴェネセの誕生日プレゼント、アドバイスありがとうな」
「そういえば昨日だったわね、上手くいった?」
「ああ、リーナが言ってたような顔をしてたよ」
「そう....良かった....」
先ほどとは違う、優しそうに微笑む表情を見て不覚にも私はドキッとしてしまう。
「で?これは何の騒ぎなの?」
「ああ、ヴェネセの約2年ぶりのソロ任務だ」
「ヴェネセ君の!?」
食いつき方が私以上だった。
「やっぱり気になるよな」
「気になるわよ!」
空いてるソファー、私の横に座り足を組む姿はどこかヴェネセ隊長に似ていて、親近感を覚えそうになる。
「レオン副隊長、通信がそろそろ繋がります」
通信部隊の青年が機材の設定を終えると、画面にアップの蛇の顔が映り込む。
「「うおっ」」
野次馬達がうろたえるが、知った顔なので通信がしっかり繋がっているのだと安心する。
「お、バジリコ」
『あ、旦那、通信が繋がったみたいですぜ』
ちょろちょろと舌をだし、バジリコの頭が画面から消えると、次はファルシーが遠くから顔を覗かせていた。
『おや?そこにおられる方は見間違いでなければリーナ様では?』
『あれ?ほんとだ、リーナ様?』
「久しぶり!元気にしてた?」
画面に向かって手を振ると、バジリコとファルシーが嬉しそうに反応する。
『ええ、勿論ですともバジリコは知りませんが』
『ちょっと待て!俺は何も言ってねぇだろ!』
「こらこら、任務中に喧嘩しないの」
『『了解です』』
「そう、いい子達ね」
懐かしそうにリーナさんは画面を見つめている。本当に会うのが久しぶりなのだろう。
『ファルシー、南西に飛ぶ、準備してくれ。バジリコ、カメラと俺のバッグを持ってきてくれ』
『あ、旦那!リーナ様がドイツ支部に来てるみたいですぜ!』
『え?』
一瞬映った左腕が恐らくヴェネセ隊長だろう。見たことのある黒のマントを着ているようだった。
『リーナ、いるのか?』
「うんっ!」
嬉しそうに、懐かしそうに、愛する人に久しぶりにあったような表情は、男でもわかる程輝いていた。
『急で悪いがレオン、ドルトムントからブレーメンにかけての住人全員に避難命令を出してくれ。恐らく相手は合体獣の中でも質の悪い”七つの大罪”だ』
***
「なんだって!?」「おい、嘘だろ?」「避難勧告を急いで出せ!!」「上層部に連絡入れろ!!」
周りにいた野次馬達が騒ぎ出し、色々な連絡を入れだす。
「ヴェネセ君!ほんとなの!?」
『ああ、恐らく”ヴェルフェゴール”だろう』
「”イノシシ”の報告は一体なんだったんだ!?」
『ああ、”イノシシ”の群れはいたぞ、死骸でな』
「食べられていたの!?」
『ああ、この時期は”イノシシ”も子作りをしているから、よっぽっどの肉食動物でも群れは相手にしない、だが....』
「全滅させられる程の戦闘力をもつのは”七つの大罪”だけ、ですか....」
『ゼファー、正解だ』
最早最悪としか呼べない状況だった。ここ数年で報告が上がっていた”七つの大罪”はインド支部を壊滅させた”ルシファー”だけだったが、それももう50年も前の話だ。
「ヴェネセ、俺たちも準備をして向かう!まだ攻撃を仕掛けるなよ!」
『え?』
え?
『一人で行ってこいって言ったのはゼファーで、便乗したのがレオンとクリスだろ?』
「まさかっ!!」
『行くよ?一人で』
「馬鹿言うんじゃねぇ!!隊長、お前死ぬ気かよ!!」
「ゼファー....?」
「なに意地張ってるんだよ!”七つの大罪”の一体だぞ!?あんたが勝てるわけねぇだろ!」
席を立ち、顔を赤くして怒鳴る。
「そうだ隊長!!せめて援軍を待ってからにしてください!」
滅多に声を荒げないゼファーさんとクリスが吠えた。あまりの大声に野次馬全員の動きが止まり、画面にくぎ付けになる。
『……ゼファー、悪いが俺は引くことはできないし、したくない』
「なぜっ!!」
『だってよ、ゼファー、俺を目標としてる部下やどこかで寝首を搔こうとしてる部下の前で、‘相手が大罪だったんで逃げました’じゃなんにもならないだろ』
「....っ馬鹿がっ!!」
悪態をつくが、ヴェネセ隊長の準備の手は緩まない。
「ヴェネセ君....」
『リーナ、あと、レオン。あの時のリベンジだ、しっかり見ててくれ』
あの時というフレーズが微妙に引っ掛かる。
「うんっ....」
「ヴェネセ」
『ああレオン、俺が死んだら俺の部屋をやるよ』
「っ!」
『まぁ冗談だ、言っただろう?俺は死なない、黙ってみてろ』
***
「本部、ペットでの飛行許可願います、第5チーム隊長 ヴェネセ・ティードです」
『............本部より通達、ヴェネセ・ティード隊長。許可が下りました、飛行を開始して下さい』
「了解」
これが終わって帰ったら怒られるよなぁ~、嫌だなぁ、帰るの。なんて戯言は頭の片隅に追いやり、”ヴェルフェゴール”の通った道を確認する。
「バジリコ、お前戦いたい?」
「戦いたいです!」
「じゃあ無人ドローンにカメラ載せるか」
「儂の脚に取り付けますか?」
「じゃあ、頼む」
「お任せください」
深々と頭を下げ、カメラを右脚でしっかりとつかんだ。
「じゃあ、俺が先に準備してきます!」
「ああ、油断すんなよ」
「合点承知!」
陣取っていた教会の屋根から降りたバジリコは、近くにある”イノシシ”の死骸の血を舐める。
背中の皮が裂け、ゆっくりと新しい体が中からあらわれるが、完全に脱皮し終える前にまた脱皮が始まる。
次も、その次も、連続して回数を重ね、少しずつ大きくなっていく。
「ご主人様、儂にも血をくだされ」
「ああ、噛め」
左手をファルシーの口にあてると、ファルシーが勢いよく噛みつき、小指から血が流れる。
俺から離れ、羽を広げたり閉じたりと、まるで蚤でも飼っているかのような動きを見せる度、体が徐々に大きくなっていく。
「じゃあ、終わったら来てくれ」
屋根から屋根へとジャンプを繰り返し、ゆっくりと移動する”ヴェルフェゴール”に接近する。
体長はおよそ30m後半から40m前半、”クマ”と”ロバ”を足し合わせたようなとても醜い姿だ。
街で一番大きな路地の中に埋もれて顔が見えないが、仕掛けられるうちに仕掛けておくのが最善策のようだ。
腰から‘ワルサー P38‘を出し、炸裂弾を装弾する。
”ストリーム”を起動し、自身の足の裏の吸着力のみを強化する。建物の壁を走りながら接近し、左後ろ足と腰の部分に2発ずつ撃ち込み、うなじの部分に着地すると、炸裂弾を装弾し直す。
「2、1....」
炸裂弾が破裂し、左後ろ足が吹き飛び腰に大きな穴が開く。同時に俺はP38を左手で持ち、右手で‘マザー フィンガー‘を持つ。あまりの衝撃にヴェルフェゴールが飛びのき、うめき声をあげるが気にせずにマザー フィンガーをうなじに突き刺す。
Pop社が2871年に限定製造した‘マザー フィンガー‘は、世界一の切れ味の悪さを誇る、最悪のナイフとよばれている。
刀身が32cmと長く、異常なまでの軽さを実現したこのナイフは使いやすいにも関わらず、日の目を見ることはなかった。
だが、このナイフは他のナイフには無い特徴を持っている。刀身が”クマ”でも20秒かからずに殺せる程の毒素を勝手に分泌するのだ。
(だが、七つの大罪相手にこの毒が効くはずないよな....)
マザー フィンガーを突き刺したまま壁へと飛び移り、P38を頭目掛けて全弾撃ち込む。
再度破裂し、頭の肉が大きく剥がれ落ちるが、依然として変わらぬ鳴き声を上げている。
「効いてない、よな」
とめどなく流れ落ちる血が顔を覆い、表情が伺えなくなるが、辺りの空気の流れがゆっくりと変わりだしており、異常なまでのプレッシャーが自分を襲う。
前足で顔を洗うような仕草を始めたヴェルフェゴールの顔の肉は元に戻っており、獲物を見るような目ではなく、起こした奴が誰か確認をとるような気怠そうな赤い目でこちらを見ていた。
***
'マザー フィンガー'はうなじに刺さったままにしてあるため、毒の効果で多少体の動きが鈍ったりもするだろう。だが、決定打ではない。それ以上の攻撃力を持つ武器は自分1人で使うこともできるが、バジリコとファルシーが来ないことには使いたくなかった。
炸裂弾を装填し、頭に全弾撃ち込んでリロード、再度装填し、撃ち込んでリロード、これを下がりながら何度も繰り返す。
頭部、顔、首、胴体。至るところに穴が開き、脅威の回復力で傷が塞がっていく。
「仕方ない、先に準備だけでもしておくか....」
ヴェルフェゴールから大きく距離をとり、コートの左胸に入れていた二本のナイフを取り出し、両手首に付けている鉄のリングのスイッチを入れたところで地震が近くで急に発生する。
バジリコが戦闘形態になった合図だ。
「「ヒャッハァッ!」」
建物を倒壊させながらバジリコがヴェルフェゴールの喉元に食らいつく。巻き込まれないように一番近い4階建ての屋上まで登り、P38を腰に片付ける。
「そのまま時間をかせげるか!?」
「「任せて下さい!!」」
血を吸って大きく成長したバジリコは、70mを超える大蛇へと変化する。
長い胴体をヴェルフェゴールへと巻き付け、首に食らいついたまま体を全力で締め付けるバジリコのこの技は、同じサイズの”サイ”が数秒で絶命するほどの圧力だが、ヴェルフェゴールはバジリコの体の隙間から脚を出し、ゆっくりこっちへ歩み寄ろうとしていた。
「「バジリコ、苦戦しておるな、どうだ?手助けをしてやらんこともないぞ?」」
俺の後ろで大きな風が巻き起こり、辺り一面に砂煙が舞い上がる。
ファルシーだった。
美しく整った羽はそのままに筋肉が大きく膨れ上がり、ヴェルフェゴールとほぼ同じ大きさへと成長している。
「「アホ抜かせ!!誰がお前の助けを必要とするか!待っとけ、直ぐにこいつの背骨を....」」
バジリコの目の色が変わり、今までで一番強い圧力で胴体を締め上げる。
その瞬間、ボグッという何か太いものが一気に折れた音が聞こえた。
「「ハッ!見たか猛禽類!」」
「「フンッ!」」
首や脚、至る所の力がぬけ、だらしなくヴェルフェゴールが倒れる。
だが、目は赤いままだ。なにか仕掛けてくる。そう思った時にはもう遅かった。
「急いでそいつから離れろ!バジリコ!!」
「「ナッ!」」
刹那、ヴェルフェゴールの肉体が大きな音を立てて爆散。辺りに肉片と血が舞い、建物や道、俺やファルシーの体が真っ赤に染まる。
「「ッ!バジリコ!」」
ファルシーがキレ、猛禽類特有の狩りをする目へと変わる。
「待て、ファルシー!!」
「「貴様よくもバジリコをッ!!」」
大きく羽を広げ、血霧の中心目掛けてファルシーが飛び立つ。完全に俺の声が聞こえていない最悪の状態に陥る。
だがその時、手首の鉄のリングから危険を知らせるブザーが鳴った。どうやら俺の反撃開始の準備が整ったようだった。
***
「あれが....ヴェルフェゴール?」
ファルシーの脚に取り付けたカメラからはヴェルフェゴールの醜さやバジリコの巨大化などの様子が鮮明に送られていた。
「うっ!!」
後ろの野次馬の誰かが嘔吐しているが、覚悟もなくこの映像を見ているのかと憤りを覚える。
「リーナ、あいつ、付けてるよな、あれ」
「ええ....使う気よね....」
レオン副隊長が確認をとり、疑問が確信へと変わった時、悲壮な表情へと一変する。
「あの馬鹿!死ぬ気だ!!」
「医療班?聞こえる!?ヴェネセ・ティード隊長への医療パックの中に造血剤を大量にいれて!いいから!!」
レオン副隊長とリーナ隊長の挙動が明らかにおかしかった。あの腕輪が一体何を意味するのか知らないほかの人たちも同じような表情をしている。
「レオンさん、あれは....?」
不思議そうにゼファーさんが尋ねる。
「決意の腕輪っすよね、あれ....」
「え?」
どうやらクリスが知っていたようで、誰よりも顔が青くなっている。
「じゃあ!あの人が出したさっきの二本のナイフは!!」
「ええ、’ミスター ブラッディ’と’ミズ メアリー’よ....」
目に涙を浮かべ、リーナさんが説明する。
「そんな....」
一人納得したらしく、力なくクリスがソファーに蹲る。
「ちょ、ちょっとクリス!説明して!あのナイフがなんなの!?」
「........」
諦めたようにクリスは蹲ったままで答えてくれない。
「あのナイフは二双一対となっていてな、2本で初めて本当の力を出す名刀で‘ぶブラッディ メアリー‘って呼ばれてる」
「あの腕輪はね、手首に装着して一定時間経てば超高温になるの。それがブラッディ メアリーと凄く相性が良くて、あれが無ければ本当の動きができないとも言われているわ」
画面の中ではヴェルフェゴールが爆散し、一瞬真っ赤になるが、2人の口は止まらない。
「おそらく、もうそろそろ動くぞ」
血に染まった風景の隅でヴェネセ隊長が何かを叫ぶが、ファルシーが飛んでいるのか一瞬画面がブレた。
3人の表情から察するに、事態がよくない方向に進んでいるのは分かるが、祈ることしかできない自分のことをレアは責めていた。
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無謀にも血霧の中を飛んで行ったファルシーが心配だが、それ以上にバジリコが心配だった。
右手で左手首の腕輪、左手で右手首の腕輪を持ち、それぞれの腕輪に付いている赤いボタンを押す準備をする。
すると段々血霧が晴れ、その中から大きなフクロウが空へ舞い上がる。ファルシーだ。その脚には小さくなったバジリコが巻き付いている。
「「申し訳ありません、ご主人様!」」
「「ハァッ。....ハァッ....」」
とりあえずは両方が無事だったようだ。だが、バジリコがくらったダメージが予想以上に大きいらしく、元の大きさに戻りつつあった。
「ファルシー!そのまま離れてバジリコを頼む!」
「「承りました!っ!ご主人様!その腕輪は!!」」
「黙って見てろ!」
ファルシーが俺の横に着地したのを確認してから血の溜まった道路へと下りる。
俺の視線の先では爆散した時に邪魔な肉を捨てたヴェルフェゴールがゆっくりと四足歩行から二足歩行へと移行し、大きな肉の塊に大きな背骨のような物を刺してハンマーのようなものを作っていた。
どうやらバジリコの攻撃で初めて俺を敵だと認識したようだった。
だが、何をしようが最早関係ない、十分に攻撃できる状態に俺はなっていた。
赤のボタンを押し、両手首に高熱が襲い掛かる。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!」
両手首の肉が焼け爛れ、両方の手首の動脈までが露わになる。
「フゥゥゥゥゥゥゥゥ........」
大きく息を吐き、痛みに耐える。背中を流れる汗を感じ取るが、不思議とそこまで不快感は感じなかった。だが、正直この工程が一番キツイため、あとはどうにでもなる。
怠惰といえど、七つの大罪。俺が怯む隙を見逃しはしなかったようだ。
大きな肉の塊が叩きつけられるが俺は大きく後ろへ跳躍し、すんでの所で回避する。
だがその時、激しい頭痛と吐き気が体を襲い、立っていられなくなる。
(アラアラ?ティードちゃん?久しぶりじゃない、どうしたの?)
頭の中に声が響き、煽ってくる。
「....ちょっと力を貸してくれ」
(んん?....聞こえねぇぞ?ティードちゃん!)
「二度と言うか」
(おい、すねんなって、安心しろ。仕事はちゃんとしてやるよ!)
(まぁでも?あのとき以来の大物そうじゃない!そこは褒めてあげるわ!)
「七つの大罪のヴェルフェゴールだ」
(大物も大物じゃねーか....)
(へぇ....凄く気持ち悪いわね....)
最後の準備が終わってないにもかかわらず、頭の中でブラッディとメアリーが話しかけてくる。
大抵のことは無視しつつ、右手に持ったミズ メアリーで両手の動脈を斬る。
(アハハッ♪来たわ、感じるわぁ....)
両手のナイフが血を吸い初め、体におぞましい何かが流れ込んでくる。
これで ブラッディ・メアリー が真価を発揮する状態になった。
(さぁ~、リンク完了だぁ~....好きな殺し方を言いなぁ!!)
「バラバラで!!!」
((了解!!))