閑話休題~過去編①~
戦いは過去回想が終わったら...
この世界の強さの基準とは一体なんだろうか?
俺はこの世界に生れ落ちわずか5年ほどであろうか、そのことばかり考えていた。
スラム街の方が余程ましだと思えるような醜悪の塊が蔓延る中どうすれば明日を迎え入れることができるかを考え続ける日々が続いた。
物心付く頃には周りに誰も俺との間に接点を持つ者なぞいない。
どうして俺はここにいるのか?
なぜ俺は生きているのか?
そんな疑問を持ちながらも死ぬことだけは避けたいという欲求だけはあった。
当時の俺は人が必ずしも持つ3大欲求である食欲・睡眠欲・性欲すら霞むほどただただ生にだけは縛られていた。ある男からここで生きるにはどうすればいいかという事だけ教えを受け思考の全ては生のためだけに燃焼し続けていた。酔狂なやつだったのか狂おしい程の飢餓感を訴えていた当時の俺に持っていた食糧を少し分け与え、さらには簡単な言葉を教えてくれた。暇つぶしの相手に選んだだけなのだろうと当時は思っていた。1か月程だけ言葉を教えて貰い何とか拙いながら会話くらいはできるようになった。
「ホント暇なのな、オッサン」
「おいおい。食糧とさらには言葉もロクに知らんガキにここまでしてやってんのにニート扱いか?オッサンは泣きたくなるぜ。」
ニートとは何ぞや?どうせロクでもないやつのこと言うんだろな。感謝の気持ちはしなくもないが...そんなことどうでもいい。早く生き延びる手段を得なければな。
「暇なやつって思ってるのは確かだがそんなことはどうでもいい。この食糧?どうやったら手に入るか暇ならやり方教えろ。」
「お前はまだガキなんだから言葉を覚えて、それなりに身体を鍛えることだけ考えとけって。そうだなお前なら2年もあれば自力で生き残れるようになれるだろうから我慢しとけ。」
どうやってもこのオッサンはすぐに言葉以外を教える気はないらしい。この1か月間は死にもの狂いで教えられたことを身に着けた。もしこのチャンスを逃がせば自分の死は確定的な物となるだろうと本能が叫んだからだ。
「2年だと。そんな悠長に待てるかよ。オッサンその内死にそうだからな死なれる前にさっさと教えろよ。」
「....やはりお前観えているのか。嫌だねなんでお前のようなクソガキにそこまでしてやらんといかんのだ。言葉教えてやってんのも気まぐれなんだぞ。」
このオッサンを観ているとなぜか灰色のなにかキモいのが出ている。飢餓感で死に掛けていた時俺は周りがぼやける中この灰色に吸い寄せられるように近づき。
襲いかかったのだ。
自分でもどうしてそんな真似をしたのかは分からない。
だが本能なのか、意志の力なのか、こいつは倒さなければならない。
宿敵でも探し当てたかのような感情は湧き上がった。
当然餓死寸前のガキに勝てる相手ではなかったが。
「教える気がないなら自力でやる。やり方は観て覚えるから連れてけ」
「...ホントに逞しさだけ見ればその年でその言葉が出てくるのは凄いと関心はするな。だがそれも却下だ!連れていくのも嫌だね。」
チッ。
自力でやると言っても今のままじゃ返り討ちに会うのは分かっている。幼いながら今また外に出たら今度こそ死が己に向かうと考えていたからだ。
この街:ベイカレッジ
俺がこの街を出て何年か経ってようやく名前くらい知ろうと思い覚えた街の名だ。
エリア0南西の端にある人口10万人はいるであろう大きな街であろうはずなのに貧困は絶えず起こり、土地は干上がり作物なぞロクに取れない。社会インフラなぞ整備もされていない。
なぜこんな場所にこんなに住んでいるのか?
◇
3か月
「なんだかんだ言って言葉の拙さも取れてきたな。今度はこの世界で必要な知識と知恵を教えてやろう」
言葉を話すだけじゃなく書くこともできるようになった頃、オッサンはそんなこと言って来た。
「知識に知恵?教えてくれるなら何でも覚えるが、今まで教えてきて貰っただけで十分なんとかなるんじゃないか?」
当時俺は会話能力においては十分力をつけており、せめて身体が大人であれば上手く世渡りできるのではという過信があった。
「このような街でなければ十分かもしれんが...それでも必要なモノとして覚えとけって。」
納得はいかなかったが従った。
なんだかんだ言ってめんどくさがるのに教え方は分かりやすく、知れば知るほど知識欲は湧いてきた。
所詮生きる上では必要だろうくらいにしか考えない無感動的なことは変わらなかったが。
◇
1年を数える頃には
金銭、社会構成、法律.....そして
「最後に教えるのは【殺意】だ。」
「は?」
こいつ何言ってんだというような顔をしていただろう。
ことばの意味くらいは既に知っていた。だからそんな物騒な言葉の何を教えるんだ?と思わざる負えなかった。
「オッサンよ。いい年してそういう何か力とは何か的なことを伝えようとしているのか?もう引退していいんだぜ。俺が代わりにもっと栄養のあるもん取って来てやるから療養しとけよ。」
まぁなんだそれなりにこのオッサンに感謝くらいしているのだ。育てて貰った礼に老後の介護くらいはしてやろうじゃないか。
「このクソガキが...言いたい放題言いやがって。お前絶対に失礼なこと考えてるだろう。誰がこんなクソ失礼な子に育ててしまったのか.....俺か。」
「溜息ついてないで【殺意】だったか。教えろよ。オッサンが言うんだ必要なんだろ?」
「じゃあ素直に教えてください!くらい言わんか!」
あらら。カルシウムが足りないんじゃないのかな?怒るオッサン顔観るなんて誰得だよ。
「なぜ【殺意】なんて言葉で教えるかは、それが一番イメージしやすいからだ。これから1年掛けて鍛えてやろう。そうすればマシにはなるだろうよ。せっかく救ってやったんだから勝手に死んじまうとか勘弁だからな。」
オッサンは何かを憂うかのような表情となり、最後には笑いながら頭に手を乗っけてわしわしと髪を乱してきやがった。死ぬわけがないだろう。何のためこの一年努力してきたと思っているんだと思いながら犯行的な目で睨み返すのだった。
◇
◇
大事なことなので二回言おう。
この世界の強さの基準とは一体なんだろうか?
腕っぷしか?金をより多く持つやつか?それとも知恵が回るやつか?
俺はオッサンにこの世の中に関して1年を掛けある程度理解した。
だからこそ思い当たるのは常識的に考えて先ほど挙げたような所だろうと思った。
だがハッキリと分かった。
そんなモノは所詮用意できるレベルであり、努力次第で手にはいるモノであるのだ。
生きていくだけならそれだけで十分であり、それ以上を望むのはおかしいだろうと思っている。
「なんで俺はオッサンに修行みたいなのつけて貰ってんだよ?知識を得た今なら分かるが絶対にいらないだろ。」
「言いたいことは分かってるつもりだ。必要か不必要かで言えば人にとってこれは確実にいらない不必要なものだ。だがなお前にとっては必要になるものだと思うぜ」
「今まで理論的であり具体的な教えを受けてきたつもりなんだが、なんで今回はこんなに曖昧なんだよ?」
俺がオッサンから【殺意】とやらを学んで2か月は過ぎようとしていた。
正直この修行?なのかと思われるモノの意図が毛ほども俺には分からなかった。
修行という言葉の意味は分かっているつもりだ。ようは己の心身を鍛えることだ。
心身を鍛えていると捉えることが一応当てはまると思って使っている。
「曖昧か...。これに関しては具体的に教えることが逆に妨げになりかねないんだよ。お前ならそこんとこも上手くやれるかもしれんが今は言う通りやり続けろ。」
「はぁ~。分かったよ。本当にこんなことが意味あるかは分からんが仕方ないな。オラよぉ!」
「ミギャー。...ひゅー...ひゅー...。」
俺は目の前にいる猫を軽く蹴飛ばして地面に転がした。
猫は弱りきっていたため身動きも鈍く、飢餓感もあってか呼吸すらままならない様子だった。
別に俺は猫が嫌いなわけではない。
ただただどうでもいいのである。どれだけオッサンに知識を貰ったところで価値観としてあるのは俺が生きるためなら他なぞどうでもいい。踏み台にしか考えていなかった。
「もうそろそろか...。じゃ今度もまた救ってやってくれ。」
「...。全くわからんな。」
俺は猫の介護を始める。
まず怪我をしている所を手拭きのタオルで拭ってやり次に食事を与える。
こんなことにどんな意味があるのだろうか?
始めの1か月目では蟻を用いてこのようなことを行った。
沢山いる蟻の中からお前の気を引いた蟻を選び試験管に入れるのである。
そして少しずつ水を入れる。弱ったら解放し砂糖を与える。
蟻自体は蟻の巣ごと持ってきており砂糖を与えたら3日は放置してまた捕まえる。
1か月で20匹くらいは試しただろう。正直退屈だった。
蟻が苦しもうが、今目の前にいる猫が苦しもうがどうでもいい。
「ちなみにこれで4匹めだがお前はなんでこの猫にしたんだ?蟻の時はなんて言ってたっけか?」
「とうとうボケたのかよ?まだ2週間くらいしか経ってないぞ。蟻は巣の中で偉そうにしてたからなんとなく選んだ。この猫も他の猫より偉そうだったからなんとなく選んだだけだ。」
「なんとなくねぇ~。悪かったよ。蟻の時と選んだ基準に何か違いでもあるか知りたかっただけだ。」
まぁそんなとこだろうと思った。なんだかんだこのオッサンは頭のいいやつって思っている。
俺が死に掛ける前に会ったやつらは理性はあるのに腐っていやがる。ゴミのようなモノといったのが俺の感想である。互いに互いを引っ張りあって生きている。協調性のカケラだって存在しない無秩序である。
道端に人が転がっていようが構う素振りすら見せない。定期的に清掃が入るのか知らないが次の日には道端のゴミは綺麗に始末されている。今思えば人通りが少なくなる深夜に機械音がそこら中からなり響き....悲鳴が聞こえた。記憶が若干だがある。俺は一年オッサンにとある廃屋に連れてこられ外にでることなく学び続けたため記憶が薄らとあるだけなのである。
「そうかよ。言い方すると俺の選択は間違ってないようだな。どれだけ考えようが全く意味がわからんが、オッサンの意図通りならばいい。興味もないからな。」
「意図通りか..。期待以上だよ。怖いくらいにな。」
◇
半年が経とうとしていた。
蟻、猫、鳥、猿、熊..と生物をひたすら弱らせてから救うことを繰り返し続けた。
正直扱う生物の難易度が上がって来たため苦労した。
俺は今年7歳のガキだぞ?熊なんてどうやってやればいいだと反論したのだが「いつもどおりやればいい」と返されただけだった。
だからこそこの時初めて変化に気が付いた。
俺の身体の4倍以上はあるであろう熊にどう弱らせてやろうかと視線を送ると怯えられたのだ。
意味が分からなかった。俺はオッサンのいう【殺意】なんて微塵も思っていない。殺すなんてことはどうでもいいとすら思っていた。ただただどうやって弱らせよう。どうやって俺の下に持っていこうと思考し思いついたことを実行しようとし目を向けただけだ。それだけで熊は怯えそして逃げることもできなかった。
「お前は俺の考えた以上の存在になったよ。【殺意】という言葉で教えようと思ったがそれ以上のモノをお前は目に宿している。正直生きていく上で俺が身に付けさせようと思ったのは抗うための力と守るための力を手に入れて欲しかった。だがお前はその範疇に収まるようなやつじゃなかったようだな。」
「相変わらず分からんな。でも俺のようなガキが熊相手でも勝てるようになったのは事実だ。半身半疑だったが感謝はしている。修行はこれで終わりか?締めくくるような言葉だったと思うが。」
俺はこの1年半でマシになれたと思っている。
オッサンは2年経ったら生きるための手段を教えるみたいなことを言っていたがもう必要はないと感じていた。
「修行か...。お前は弟子って感じは微塵もないんだが教えることは教えたそんなところではあるな。今日くらい豪勢にいくか!熊肉でも食いたい気分だ。最後の課題だそこで怯えて動けない熊を殺せ。食糧として必要だろう?」
オッサンはそう言いながらナイフを手渡してきた。刃は20cm程であり熊を殺すなら十分だろう。
俺は熊に近づき殺すために熊の首元に刃を当てた。
「グルオぉぉぉ....ぉぉ。..ぉぉ..。...。」
「...?..死んだか?」
俺は生物に初めて殺す気で刃を当て、首を切断しようと意志を込めた。
次の瞬間には熊は苦しみだし悲鳴をあげ倒れたのである。動きはない。呼吸音もない。何かが変わったとするならば熊から出ていたオーラが一気に真っ白になったのだ。
正直気分が悪い。俺はこの色が一番嫌いだ。かつて何度もしてきた。そして俺自身もこんな色になりたくないという意志で抗い続けた。だからだろうか。真っ白に近い灰色の人物だったオッサンをみて襲いかかってしまったのは。
「死んだな。よくやったよ。免許皆伝をくれてやってもいいぜ。」
オッサンは笑いながら熊に近づいていき熊を捌いていった。気分が悪かったが今晩は贅沢できるのではないかという食欲が少しだけ湧いた。何かを成し遂げることで自分の中に余裕が生まれ生存欲求以外のモノが出てきたことに少し感慨深いものを感じたのあった。
シンドウの過去を綴った物語が続きます。




