甘い水は獣の印(3)
趣味で書き始めました。
「先日、僕らの街が終了した件について」の続きです。
読む前に、以下の注意に目を通してください。
【注意事項】
・ハーレムなし。
・デスゲームなし。
・俺tueeeは少なめ、チート能力は多め。
・キモイ主人公。
・読みづらい。
・残酷な描写や暴力表現あり。
・この作品はフィクションであり、実在の地名や人名、団体名とは一切関係ありません。
名古屋を異変が襲ってから、およそ6か月が経過した。
年が明けてなお、街は怪物や異能者の脅威にさらされている。
県境には依然として封鎖が設けられ、愛知県内外の行き来を妨げていた。
午後5時。
納屋橋を通行中の少年3人組は、緑と金のまだら模様のジャケットを着た一団からビラを渡された。
3人のうちの一人が思わず受け取ってしまう。
彼はちょっと目を通した後、一団から見えない場所でビラを丸めて捨てる。
表には出さなかったが、そこに書かれていた内容は一人の記憶の底の方に残った。
ビラは同じような複数の男女によって、街中で配られていた。
そこにあった記述を要約すると、以下のようになる。
人間の活動によって、地球は危機に瀕している。
第1の時代が終わり、5つの前兆が顕れた後、第2の時代が始まる。
第1の前兆――蟲の王が地に堕ちる。
第2の前兆――地上の富を食い荒らすべく、獣の群れが現れる。
第3の前兆――甘い水が撒かれ、神の印を持たない人々を苦しめる。
第4の前兆――異国の客人が現れる。
第5の前兆――9つの星が地に落ちるだろう、枷を外すために。
5つの前兆の後、12人の王が穢れた地に降り、世の全ての悪を滅ぼし、徳と法を回復する。
そして千年の繁栄を神の印を持つ人々に約束する。
ビラを捨てた少年はしばらくしてから、2人と別れた。
そこに濃い隈のある男が近づき、声をかける。
男は「イイ物」を売りつけようとしたが、断られるとすごすご引き下がった。
その頭上で、恐ろしく薄い霧が蠢いている。
1kmほど離れたテレビ塔のスカイバルコニーでは、青い怪人――道隆がだらしなく体を横たえている。
道隆は体の一部を霧に変化させて、街を探索していた。
この霧は現在、納屋橋を中心に半径500mのエリアに広がっており、濃い隈の男はそこに掛かったのである。
また進化したことで、形を変化させた状態でも探知能力を高い精度で使うことができるようになった。
この男は人間だ。異能者ではない。
そのまま一時間以上、男を尾行すると、彼は吹上公園にやってきた。
人目を気にしつつ雑木林に逃げ込み、そこで待っていたやけに綺麗な装いの外国人と会話を始める。
会話の途中、外国人がふと気づいたように声を消す。道隆も霧が伝える感覚から、それを探知した。
異能者の気配はしないが、しげしげと男を観察する外国人の様子は、道隆を不安にさせる。
――どうする?
このまま杭を撃ち込んでやるか、いや止めた方がいい。
それは最後の分水嶺。殺した数は既に一人二人では足りなくなっているが、ここで躊躇なく撃つのは、常識的な人間の振る舞いではない。
(今更遅いのかも知れないが…)
道隆は隈の多い男の体液を捉え、後方200mに投げ飛ばす。
面食らった男を、水のベッドがやさしく受け止める。
目を瞠った外国人目がけて、道隆は杭を5本、十字型に並べて放った。
それから1秒足らずの間で外国人が立っていた辺りが爆発。土煙が立ち上り、木々が薙ぎ倒される。
道隆は死体を確かめる事無く、テレビ塔から去った。
聞き取った文言や霊視から察するに、あれは男の上司なのだろう。
裏を取った訳ではないが、疑わしい真似をしているほうが悪い。
――道隆の一部が去った直後、2回目の震動が街を襲う。
騒ぎを聞きつけた人々が続々と園内に入ってきた。
一団の中にいた千晃は、天に掲げられた蔦を目にすると、言葉を失った。
大人5人で抱えなければならないほど太い蔦は、園内にあるスポーツセンターや吹上ホール、そして近隣の民家を破壊。
人々の眼前で、小山のような一本の樹木が屹立する。翡翠を織り込んだように、石灰色の樹皮がところどころ緑に輝く。
頂点は菌糸類のような笠。根元では蔦が複雑に絡まり、そこから先端が数本突き出ている。
「全員ここから離れて!…すいません!」
「ハイ!?」
「皆さんの避難誘導をお願いします!僕は向こうを対応します!」
千晃は一団に紛れていた維持局員に声を掛けた後、走り去った。
視界の中、石灰色の柱が拡大されていく。
千晃は異形に変身した後、翼を広げて飛び上がった。
その姿は夏から変化していた。
頭部は黄金によって包まれ、鼻から下、口元以外に人間の面影は無い。
三角のシルエット、こめかみに当たる部分から、三日月の刃が突き出ている。
黄金の鎧で包まれた胸部の下で、しなやかな白い胴がうねる。
一体化した両足は、棘状の鱗に包まれている。
変身した千晃の手足に稲妻が奔る。
十字槍を出現させた彼は全身から雷気が昇らせ、樹木目がけて突撃。
その俊敏さは夏頃の比ではなく、その速度はまさに雷電の如く。
蔦が5㎜持ち上がると同時に、公園が光で満たされた。
光が晴れた時、白い大樹の幹の半ばが3分の1程度まで削られていた。
自重に耐えきれなくなった大樹が、音を立てて崩れ落ちる。
かなりの被害が予想される。千晃はそこまで考えてから、次の攻撃に入った。
百近い光芒が闇を走り、宙に投げ出された大樹の上半分を砕く。
巨大な柱が無数の礫に変わる。
石灰色の雨が公園内に降り注ぐ。
成人並みの大きさを誇る礫が、公園から逃げる人々の背後に降り注ぐ。
蔦が悶えるように暴れ、近隣の建築物を薙ぎ払う。
集まっていた異能者達はそれぞれ能力を発動。障壁が展開され、蛇の尾を持つ虎が蔦に襲い掛かる。
空中に一旦静止した千晃の目に、石灰色の無残な断面が飛び込む。
ルビーに似た断面から、桃色の腕が生える。まもなく断面が弾け、腕が全貌を明らかにした。
長い口吻、毛の無い桃色の肌を持つ猿に似た怪物。
彼らは10秒に1、2匹の間隔で公園内に降り立つと、外に向かって駆け出した。
千晃は彼らに向けて、数十の稲妻を落とす。
雷に打たれた怪物達は数メートル吹き飛ばされ、熱傷に全身を侵された。
武器を取り、姿を変えた男女が呆然と千晃を見上げる。
怪物達は彼らに任せてよさそうだ。そう判断した千晃に、蔦の一本が振り下ろされる。
千晃はこれを難なく躱すと槍を構えて急接近、断面に40以上の刺突を浴びせる。
一連の動作を流れるように済ませた千晃が十字槍を振り下ろすと、蔦が萎れたように動きを止める。
石灰色の大樹が活動を停止したのだ。
後ろに下がった時、眩暈がした。千晃は力を失い、空中から落下する。
「ウ…んぐ」
悶えるように地面を転がる。
気分が悪い。扱いには随分と慣れたが、加速した動作に未だ適応できていない。
縦に裂けた木に背中をつける。その時、千晃の変身が解けた。
物の焦げた臭いと甘い蜜のような臭いが鼻腔で混じり、千晃は四つん這いになって胃の中の物を吐き出した。
近づいてくる足音に顔を向けると、複数の人影が目に入った。
無残に折れた石灰色の幹は、甘い臭いを垂れ流し続ける。
足を踏み入れた一般人の男の身体を、甘い痺れが駆け抜けた。
脳髄が心地よく灼け、まもなく意識が桃源郷に引きずり込まれる…。
異能者やミュータントは踏みとどまったが、悪臭に顔を顰め、ある者は嘔吐した。
千晃は公園の敷地から這い出ると、物陰で息を整える。
しばらくじっとしていると、茶畑が声を掛けてきた。
「雨宮さん、大丈夫ですか?しっかり…」
「茶畑さん…」
千晃の近所に住んでいるミュータントが、心配そうに声を掛けてきた。
彼はミュータント達に千晃の手伝いを頼んで回っている最中、騒ぎを聞きつけてやってきたのだ。
経緯を聞いた茶畑は千晃に肩を貸すと、彼は家まで運んで行った。
この日以降、「特別製」の噂はぶつりと途絶えた。
臭いは公園の外には殆ど広がらず、敷地から1mも離れると分からなくなった。
引き換えに、薬の供給が途絶えた患者達は一斉に狂態を晒し始め、しばらくすると吹上公園に吸い寄せられるように集まった。
彼らは公園で寝起きするようになり、市民からは一種のコミュニティとして扱われるようになった。
ありがとうございました。