甘い水は獣の印(1)
趣味で書き始めました。
「先日、僕らの街が終了した件について」の続きです。
読む前に、以下の注意に目を通してください。
【注意事項】
・ハーレムなし。
・デスゲームなし。
・俺tueeeは少なめ、チート能力は多め。
・キモイ主人公。
・読みづらい。
・残酷な描写や暴力表現あり。
・この作品はフィクションであり、実在の地名や人名、団体名とは一切関係ありません。
大須の赤門通を真っすぐに進んだ所にある、ライブハウス。
「~~♪」
「ケセド――!!」
「B・T・D!B・T・D!」
異常な熱気がハウス内を満たしていた。
緑と金のまだら模様の司祭服を着た、ボーカル――森ケセドが叫ぶ。
ステージの照明に照らされた黒い影が、声を張り上げる。
一見すれば、ロックバンドによるライブにしか見えない。
多くの市民が被害を受けた名古屋異変も、神職に従事する人々にとってはプラスになった。
外の人間が街で彼らを見かけたら不思議に思うだろう。顔中に自信を溢れさせ、肩で風を切って歩いているのだから。
異変当時、神社仏閣はほとんど被害を受けなかった。
攻撃を防げるわけではないが、怪物達は門や塀を頑なに乗り越えようとせず、境内で出現した例は12月現在、一件も報告されていない。
7月当時の生存率は、学校や公民館に比べると目に見えて高い…という認識が市民の間にある。
ただし、新興宗教が無暗に誕生したわけではない。
怪異に対抗する為に必要なものは、心の力だ。
異能者が精神力に実体を与えるように、強固な祈りで無ければ効果は発揮されない。
ここにあるのは非常に稀な例外――Beyond the Doomsday
集まった人々は、それを知っている。
両者の熱狂が溶け合い、興奮は最高潮に近づいていく。
感極まって泣き出す者がいて、切れ間なく叫び続ける者がいる。
演奏者達の歌唱は、不思議な事に彼らに負けていない。
クライマックスを迎えた時、「…甘い水が差し出される。忍び寄る者に耳を貸すな」と金属の軋むような声が響いた。
会場内は水を打ったように静まり返る。
ギターを短く鳴らし、森ケセドは気を失った。
★
北区、志賀公園近くの集合住宅。
そのうちの一棟の屋上に、道隆は変身したまま寝転んでいた。
日光浴をしているのではない。
意識を忙しなく動かし、結界の調整を行っているのだ。
かれこれ一時間、支配力を一県全域に行き渡らせていた。
調整を済ませた道隆は、霧になって姿を消す。
人目を忍んで固体化すると、変身を解いた。
ゆったりと歩きながら、移動力のある魔物を呼ぼうか考えた…その時。
「おい」
地下鉄黒川駅の1番出口近くで、胡乱な目つきの男に遭遇した。
不潔そうな身なりに加えて、ひどい悪臭。
口の周りに滓のような黄色い粒がこびりついている。
「金あるか?」
聞こえない振りで通り過ぎようとした道隆の肩に、男の手が伸びる。
警戒していた為、寸での所で弾かれたように跳び、接触を避けた。
「ない…」
「本当か?」
心の中から悪魔を呼ぶ。赤い外套に身を包んだ人型。
頭部では十数枚の花弁が、渦を描くように重なる。
男はそちらに目を向ける事無く、道隆に歩み寄る。
「食い物もない――」
「食うもんはいい…腹は減ってないんだ」
赤外套が左手で、男の頭にそっと触れる。
瞬間、白手袋の右手に黒い薔薇が1輪出現した。
それと同時に男は糸が切れたように崩れ落ち、動かなくなった。
――全ての記憶を抜き取り、薔薇に変化させたのだ。
道隆は身を翻し、走り去る。
今の現場を目撃されては叶わないと急ぐ彼は、公道を走る自動車に並ぶほどの俊足だ。
その後ろを、薔薇怪人がキビキビとした足取りで続く。
途中、名古屋城の近くを通りかかる。
強い気配を感じて、道隆は明りに誘われた蛾のように近づいていった。
しばらくして、赤い肌の3メートルほどの巨人と、それを追う直毛の女を見かける。
関わりあうことなく進路を変え、南下して今池を通過した時、死体…のような男と目が合った。
男は路傍に寝転がり、口をだらしなく開けている。道隆など目に入っていないと言わんばかりに、大きな欠伸をした。
(世紀末だなぁ…調べてみるか)
道隆は帰宅すると、魔物を街に放ってから、おやつにカップアイスを食べた。
自宅全域は彼の能力により、異界と化している。消耗品が一定量を下回ると、自動で補充する機能が"場"に付加されている。
食べ終えてしばらく経った頃、魔物達が帰還。
彼らが集めた情報を得た時、胸騒ぎの正体を把握できた気がした。
――薬物汚染である。
異能者の手による「特別製」なる物が出回っているという噂が、秋頃から流れていたのだ。
既存薬物の乱用・密売だけなら、道隆の関心を引くことは無い。
しかし、異能者の手になる超常ドラッグとなると、どんな事態が引き起こされるか分からない。
(別に急がなくてもいいよな)
正義感のある連中が、何とかしてくれるだろう。
しかし自分達の身は、こちらで守らねばならない。
法制度が当てにならず、庇護してくれる相手もいない以上、対処できるだけの情報は持っておく必要がある。
道隆は自室の床に寝転がると、県外にいる魔物―「擬態能力の魔物」に思念を送る。
心の中から呼び出した魔物達と道隆は、意識の底の部分で同調している。
目を閉じ、身体から力を抜く。同調が強固になると共に、感覚が虚ろになっていく。
(どうした?)
自分と同じ声が響く。彼は県外で道隆の姿形を得て、家族と暮らしている。
(そっちで何か問題はあったか?)
(出てきてしばらくは、うるさい連中がまとわりついてきたがな。最近は静かになったよ)
道隆は家族のほか、300人近くの市民を県外に移動させた。
これは擬態道隆の案による。家族だけを避難させたのでは騒ぎになる。
数を増やせば、その分目立たなくなる。これが功を奏したのだ。
(用はそれだけか?)
(うーん…そう)
道隆が返事をすると、同調が緩められた。
ややあってから、彼は瞼を開けた。
感覚を確かめるように腕をさすると道隆は立ち上がり、変身を行った。
白い燐光が晴れると、怪物がその場に現れる。
青い皮膚を夜闇色の甲殻で包んだ魔人。
顎と頬は仮面で覆われ、背中から小さな羽が伸びている。
魔人は身体を霧に変化させると、自宅から抜け出した。
ありがとうございました。