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少年と少女

 アイスから伸びる腕の先には、飾り気の無い小太刀が一振握られている。

 俺に向かって垂直に突き立てられた小太刀は、その刃先を半ばまで胸に沈めていた。


「じっ、爺さん……」


 目を見開きあんぐりと口を開ける俺の前で、アイスが歯を見せにんまりと笑っている。俺の名を叫んだアイナも、あまりの出来事に固まったままだった。


「なんじゃ、驚いた顔をしおって。痛みなぞありはすまいて。それにの、良く見てみんか」


 アイスの言葉に我に返った俺も、はたと気づく。

 確かにこれだけ深く刺されているのに、全く痛みを感じない。

 それどころか、小太刀の刃先が身体に刺さっている感触すら未だに感じないのだった。


 すると俺が胸の小太刀に触れようとした途端、アイスが腕を引き抜く。

 小太刀が胸からするりと抜かれ、傷跡から血が吹き出……ない?


「レッ、レイル! だっ、大丈夫……なの?」


 アイナも状況が飲み込めず、おろおろしている。

 ゆっくりと立ち上がった俺は、刺された筈の跡を入念に手で探った。

 しかし傷跡はおろか、服が裂かれた跡すら無い。


 血が吹き出ないのも道理、刺された事を指し示す記しが一切見当たらなかったのである。


(何が起きてる? 俺はこいつに……この剣神(ばけものに何をされたんだ?)


「わからぬか、小僧?」

「くそっ、爺さん。あんた一体、俺の身体に何をしやがったんだ?」


 先程の攻撃の意図が読めない俺は、困惑を隠せないでいた。

 アイスは何と言った?

 『やる事を済ませる』だと……。

 小太刀を俺に突き刺すことで、俺に何かをした事は明らかだったが、魔力を持たないアイスが出来ることとは。

 俺も知らない奴特有の加護かなにかか……?


 脳裏をよぎる何通りものシナリオ。

 だがそのどれもが、俺に殺されたいと語ったアイスの思惑を想定するには不十分なものだった。


「さて時間切れじゃな。酒も飲み足りないんでの、手短に説明してやるわい」


 俺が思考の迷路に陥っていると、アイスが待ちくたびれたと言わんばかりに話し始める。


「鎧は手に入ったじゃろ。さすれば次に必要なのは剣じゃが……今のままのお主では役不足だでの。これからもう一柱の魔神を調伏しに行くならば、魔法等という小手先の外法に頼っていてはままならんからのう……」

「ちょ、ちょっと待て。爺さん、何言ってるんだ?」


 俺の全身に鳥肌が立ち口も呂律が回らなくなる。

 アイスの言っている意味が、言葉のままだとすればそれは……。


「んっ、わからんか小僧?」

「まっ、まさか……」


 青ざめる俺を見て、アイスが酒で焼けた顔を今まで以上にほころばせる。

 そして――


「しばらくの間、魔法は禁止じゃ。お主ら魔導士の言うところの、術式とやらが発動せんようにしてやったからの」

「おっ、お祖父様!?」


 愕然として言葉を失っている俺に代わり、アイナがアイスに詰め寄ろうとする。

 しかしアイスは、それをひらりと躱してしまった。


「小僧よ、せいぜい修行せいよ。それとアイナ、お主は気性がフレイそっくりじゃて。もそっと心持ち穏やかになれば、剣も柔らかな物になるじゃろうての」


 杖を片手に、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと千鳥足でアイスが行ってしまう。

 ただの酔っ払いにしか見えないその様子が、先程まで尋常ならざる剣技を奮った人間と同一人物だとはとても思えなかったのであった。







「――炎弾(エル・ニル)


 雲ひとつ無い青空の下、俺の声だけが虚しく響き渡る。

 王城でのアイス達の乱痴気騒ぎの夜が明け、翌日俺は王立宮廷魔導学園の魔法修練場に立っていた。


「レイル、やっぱり駄目なの?」


 魔法修練場となっているグラウンドの中央には、的となる立木が数本立っている。そこに向かって俺が一人立ち、それを遠巻きにアイナとシュバルトが見守っていた。


「ああ、何度も試したけど駄目みたいだね。ただ……」


 心配そうに声をかけてきたアイナに、俺が答える。

 アイナに言った通り、初歩的な炎属性の魔法さえ無詠唱での術式発動は出来なくなっていた。


「ゆらめく者先頭に立って我を根ざすは、束ねたる朱き灯火。我が手に宿りし一縷の道にそを歩まん――炎弾(エル・ニル)


 掲げた手のひらから拳大の炎弾が立木に向かって放たれる。

 長ったらしい呪文詠唱を行った俺の魔法は、目標となる立木をいともたやすく消し炭へと変えたのだ。


「どういう事だい、レイル。ちゃんと魔法が扱えるじゃないか?」


 一緒に見ていたシュバルトが、驚きの声を上げる。


「詠唱呪文……どういう事なのレイル?」


 どうやらアイナは気づいたらしい。

 俺はアイナ達に振り返ると、ため息混じりに説明を始めた。


「ふう、まあ使えるは使えるんだよ。ただし、無詠唱では精神情報野に構築された術式が発動しなくなっているんだ」

「無詠唱じゃなければ魔法が使えるって事?」


 アイナの質問に、俺は頷く。

 そう、彼女の言う通り無詠唱でなければ魔法は発動されたのだ。


「そういう事だね。だけれども、それは完全詠唱でなければ決して魔法が発動しないという意味でもあるんだ。一字一句、省略する事も許されない。これでは戦闘において、ほぼ使い物にはならないよ」


 先程のようなごく初歩的な炎属性の魔法でさえ、長々とした詠唱を必要とする。

 ましてやその結果が強力であればあるほど、複雑な術式を幾つも同時発動しなければならないのが魔法の特性だ。


 高位の魔導士であればあるほど事前に基本となる術式を構築し、それらを以て構成されるより複雑な術式へと編み込んでいく事で、様々な事象の結果を顕現させる事を可能としている。


 そんな高度な術式構築を襲いかかってくる敵を前に詠唱する等、到底無理な事は明白だったのだ。


「なるほど、要するに無理すれば使えるって事だろ?」


 シュバルトの奴が、ばっさりと言い放つ。

 こいつは本当に理解しているのだろうか?

 

「ああ、簡単に言ってしまえばそういう事だよ」

「そう、今までみたいには魔法が使えないんだ……。でも、どうやったら元に戻れるのかしら?」


 アイナの方が事の深刻さを理解しているようだ。

 そう、どうやったら元に戻れるのか?


「簡単な事ですよ、バーンズさん。お祖父様である剣神アイス・バーンズ様にお願いして、元に戻してもらえばいいのではないですか」

「馬鹿ね、当のお祖父様に頼んでどうして元に戻してくれるのよ! それにお祖父様は、もう王都にはいらっしゃらないわ」


 アイナの言う通り、剣神は翌朝には王城から姿を消していた。

 宴会場で飲み倒れているレーヴァテインに聞くと、『帰りおった』とだけ言ってまた深い眠りについてしまった。


「どの道無駄さ。あの後、追いかけようにも一分の隙さへ見いだせなかった。何を言おうと取り合って貰えるとは思えないよ」


 胸に小太刀を刺された後、千鳥足のアイスが酒宴に戻るのを止める事が俺には出来なかった。

 仮に追いすがったとしても、意識がなくなるまで打ちのめされるか、あるいは命自体失う事になる……そう後ろ姿が語っている気がしたのである。


「とにかく、魔導士としての僕はほぼ役に立たない。それでも、魔剣ダーインスレイブを探しに行かなければならないと思っている。シェリナ皇女に協力してもらい、それを手掛かりに魔神の本体を探すのは、早ければ早い方が良い」


 ダーインスレイブの封印は恐らく完全には解けていない。不完全なままだったからこそ、先の戦闘への介入もあの程度しか出来なかったのだ。


 そして恐らく、俺をこんな目に合わせたアイスも、俺にダーインスレイブをその支配下に収めるよう促している。


 そのために、俺の魔法を封じたのだろう。


「やっぱり、行くのね……」


 アイナがぼそりと呟く。


「そうかレイル。君は、もう一人の魔神とやらを探しに行くのだね。ならば僕も、その大いなる目的に協力しようじゃないか!」


 シュバルトが意気揚々と、俺の肩に手をかける。俺は内心この申し出を歓迎していた。これで必然的にレーヴァテインにも同行を強制出来る事で、ダーインスレイブについて知っている事を聞き出せると考えていたからである。


 あくまでシュバルトは、おまけだ。


「仕方ないのよね……」


 何故かアイナの元気がない。

 いつもなら真っ先に賛同してくれるだろう彼女にしては、珍しく落ち込んでいるように見えた。


「アハハハッ。なんじゃお主、魔法が使えんようになったのか?」


 円形の修練場には、アリーナのように周りをスタンドに囲まれている。

 その客席の最上段から、シェリナがこちらを見下ろしていた。


「じゃがそんな事は、妾には関係ないことなのじゃ。妾は妾で、バルタを操って帝国をめちゃくちゃにしおった魔神めを打倒さねばならん。否が応でも妾に強力してもらうぞ、レイルよ」


 どこから聞いていたのだろうか、シェリナが一人客席を下に降りてくる。


「協力って、それをするのはシェリナの方でしょ! それに、レイルは魔法が使えないのよ。こんな状態でどうやって魔神の相手をしろって言うのよ!」

「そんな事は妾の知った事か。それにのアイナよ、レイルの方はお前が言う程に落ち込んでは見えんがな」


 シェリナの言葉にアイナが俺を伺い見る。

 なるほど、アイナは俺を心配してあんな浮かない表情をしていたのか。


「レイル……」


 アイナは、俺の口から断りの言葉を望んでいるように見える。

 だが俺はその期待には答えてやれそうにもなかった。


「アイナ、心配してくれるのは嬉しいよ。でも、魔法が使えなくても僕はシェリナ様と行くよ」

 

 はっきりと名言した俺にアイナが驚きの目を向ける。

 そして暫く俯き黙ったかと思うと、おもむろに口を開いた。


「だったら……だったら、私と勝負しなさいレイル! 主をむざむざ死地に赴かせるなんて、仕える私の矜持が許さない。私を剣で倒せたら、どこへでも行かせてあげる。けど、私が勝ったら魔法が使えるようになるまで大人しくしていてもらうわよ」


 アイナがキッと俺を睨みつける。

 決意に満ちたその眼差には、涙がいっぱいに溜まっていた。


「バーンズさん、レイルと勝負など……」


 見かねたシュバルトがアイナに近寄よろうとする。

 しかし、俺はそれを制してアイナの前に立った。


「わかったよ、アイナ。僕は君を倒して、魔剣を探しに行く。ただし僕が勝ったら、君には王都に残ってもらう。それでも良いかい?」

「なっ、そんな馬鹿な条件飲めるわけないじゃない! 私は、私はどこへだってレイルと一緒に行くわよ」


 予想外だったのだろう。

 俺の出した条件を聞いたアイナが、目を白黒させて怒り出す。


 けれども、心配しているのはアイナだけじゃないんだ。

 それに、まともに付いてくるなと言えば従うような彼女ではない事もわかっていた。


 ならばいっそ、アイナが勝負等と持ち出してくれたのだから、それに乗っかってしまおうと俺は考えたのだった。


「なら勝負の話は無しだね。僕はシェリナ皇女の協力のもと、魔剣ダーインスレイブを探しに行く。それに付いて来るも来ないも、アイナの自由だ」


 俺はここぞと、冷たい態度で選択肢を狭めて迫ってみた。

 そしてそれは、俺の予想通りアイナの逆鱗に触れる事となった。


「勝負よ、レイル! 勝って……勝って貴方を守ってみせる」

「僕もだよ、アイナ! 勝って君に、待っててもらう事にしてみせる」


 修練場に俺とアイナ、二人の声が響き渡るのだった。

 


日曜更新の方が良いでしょうか?


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