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クルシュ防衛戦―2

本日2回目の投稿になります。クルシュ防衛戦は一応、次話にて終了予定でいます。

 フリュセト大森林――そこはロキ王国の南方に広がる広大な大森林地帯である。

 森の奥深くには、未だかつて人の踏み入れたことのない魔境が存在している。

 そして、今回の魔族による王国への予期せぬ侵攻は、この秘境を超えてくるという前人未到の行為からなるものだった。



 クルシュの街より僅かに離れた街道沿いを、五千からなる魔族の混成軍はゆっくりとその歩みを進めていた。

 その陣幕において一際厳重に警護の兵に厚く守られる一団があった。


「お父様は、既にマルケルス城砦についておられることだろうなぁ?」


 大型の魔獣に引かせる戦車には、その威容には似つかわしくない華やかな座椅子があつらえられ、そこに一人の少女が気だるそうに体を預けている。

 少女はさも退屈な様子で、傍らに轡を並べる男に語りかけていた。


「のうバルタザール、城砦までは後どれくらいなのだ?」


「シェリナ殿下。この先のクルシュという街を越えて、概ね3日というところです」


「まだまだだのお〜。いいかげん退屈じゃよ、妾は」


「やっとあの辛気臭い森を抜けたと思ったのに、まだ3日もかかるのか。はあ〜」


「おいバルタ! 妾はもう飽きたぞ、何とかせよ」


「何とかと申されましても。軍隊の進行には時間がかかるものですので、こればかりは如何用にも……」


「ああぁもう、うるさい、うるさい、うるさい。妾は飽きたのじゃ、つまらん、つまらん、つまらーん。早くお父様と一緒に城砦に攻め込みたいのじゃ!」


「……行軍を急がせるとしましょう」


「ふん、最初からそう申せ!」


 シュリナと呼ばれた少女は、ひとしきり喚いたことで気が晴れたのか、座椅子にもたれかかりうたた寝を始めたのだった。





「ああー、テステス。我々は、栄光在るヴェッリザ帝国第3師団遊撃部隊第一小隊である」


「そして某こそ、この小隊を預かる栄誉を皇帝陛下より賜った、バッソ・ベルケルその人である」


 クルシュの南門の前で、大柄の屈強な魔族が100人程の兵士を引き連れて、大声を張り上げている。


「愚鈍なる王国臣民に告げる。お前たちには選択肢が二つある。速やかに降伏の後、我らに服従を誓い奴隷となって帝国に奉仕するか、抵抗して虐殺されるか」


「我々帝国軍人は、貴様らのような愚鈍で矮小な者どもにもひろく慈悲の心を持ってやっている」


「さあ、3秒も(・・・)猶予をやろう。よく考えて返答せよ」


 バッソと名乗った魔族は、誰が聞いているとに関係なく、固く閉ざされた街の門に対して大仰な口上を述べた。



「では――サーン」


「ニー」


「イーチ……」



「蹂躙を開始する」


「開始するじゃあねえよ」


 バッソの合図とともに、後ろに控える小隊が攻撃態勢に入ろうとしたその瞬間であった。

 街の外壁より飛来した何かが、バッソの目の前にその身をひるがえした。


「あっ、がっはばわっ……」


 目の前に突如として現れたそれを掴もうと、バッソは手を伸ばすが、その身体は伸ばした手を中空へと掲げながら、後ろに大きく倒れていくのであった。

 見ればその喉元――大きく真一文字に切り裂かれた傷口から、とどめなく血があふれ出している。


「隊長!」


 ほんの一瞬の間に、眼前で自分たちの隊を総べるものが倒されたその事実を、やっと認識できた隊員達が声をあげる。


「貴様あー、よくも隊長を!」


「うるせえ豚どもだ。相手してやるから、かかってこい」


 反身の刀を片手にのっそりと立ち上がるカインツが、100人もの魔族を相手に挑発をする。


「父さん、いきなりすぎますよ。門を開けるのくらい待ってくださいよ」


「だあー仕方ねえだろ。あんな頭にくる口上聞かされちゃ、黙ってられるかってんだよ」


 カインツの後ろから、門をわずかに開けブロムと道場の門下生である3人が出てくる。


「先生、殺してしまってよろしいのですか?」


 一人の門下生が、言葉少なげにつぶやく。


「いいぜ、ブルーノ。それに、クランとリゲルド、今日は無礼講だ。好きなように暴れるがいいさ」


「へへへっ、豪気なこって。魔族を相手に大剣(コイツ)を試せるなんて、ひひひっ」


「よしなさいリゲルド、はしたない。帝国軍人の皆様に、私たち王国国民の品性が問われます」


 両手に細身のレイピアを携えた女性が、リゲルドと呼ぶ男をたしなめる。

 しかし、いさめた当人も口元にかすかな微笑を携えているのである。


「ふひっ、クランおまえって嘘が下手だな」

 

 クランと呼ばれた女剣士は、リゲルドの言葉を肯定するかのように舌なめずりをする。



「いいかお前ら、俺が半分やる。あとはお前らで山分けにしろ」


「ふひっ、せいぜい死ぬなよ」


「お主こそ」


「私は、リゲルドが最初にやられるに1デウス銅貨を賭けるわ」


「父さん、任せてください」



 カインツが、反身の刀を片手に腕を広げ、改めて構えなおす。


「さあ、待たせて悪かったな魔族ども。おっぱじめようか!」



 多勢を前に悠然と会話を続ける5人を前に、いささか呆気にとられていた魔族の小隊はあらためてカインツ達との死闘を開始したのだった。







 その頃、執政所ではカイルとクレアが、レイルの指示を確認していた。


「まず、僕の魔力量ではとても足りないので、父上と母上の力を借りて術式を発動させます」


「私たちの魔力を触媒とするのね。では、魔力伝達はレイルを経由するの?」


「その通りです、母上。僕は二人の子供だから、魔力の波長も合わせやすく、スムーズにお二人の魔力を統合することが出来ると思います」


「それでお前の体は持つのか、レイル?」


「おそらく大丈夫でしょう。僕の魔力許容量はまだそこまで多くはありませんが、流された魔力を直接魔方陣へと経由させて術式発動に使用すれば、僕の体に滞留する魔力は一定量を超えないはずです」


「そんな事が可能なのか? レイル、お前まさか嘘は言ってないよな?」


「信じてください、父上。決して無茶はいたしません」


「あなた、レイルを信じてあげましょう」


「ああ、すまない。先ほど心に決めたはずなのにな……」


 嘘は言っていない――魔力量は一定を超えないはずだ、だが俺の許容量を大幅に超えることは間違いない。


「では、父上、母上。お二人は、僕が術式を発動させるまでの間、決して意識を失わないでください」


「わかった」


「ええ、わかったわレイル」


 カイルとクレアは、息子に言われたことを固く噛み締め決意を新たにするのだった。

 まあ辛いのは俺だけじゃない、二人とも強制的に魔力を徴用されるんだ。

 苦痛を伴わないわけにはいかない事は、十分理解していることだろう。




「それと、アイスさん?」


「なんじゃ、小僧?」


 焦熱溶岩地獄インフェルノマグニードの発動には、もうひとつ条件を整える必要がある。

 俺のもうひとつの算段が、目の前のじいさんだった。


「術式発動に際して、対象が広がっているため魔方陣を複数、発動地点として設定する必要があります」


「そのためには、魔族軍が視認できる距離と、僅かですがその進行を止めて頂く必要があります」


「ほほ、それは難儀じゃの」


 まるで他人事のように、とぼけた仕草をするアイスだったが、その表情はどこかこちらの意図を見据えているかのようでもあった。

 多分わかってて、ぼけたじいさんのフリをしているんだろう。


「あなたに、魔族軍の歩みを一時的に止めて頂きたいのです」


「なぜ儂が?」


「あなたなら、出来るからです」


「いやじゃよ〜、わざわざこんな爺さん捕まえて。腰だって、ほれ全然のびんのじゃよ」


 アイスは、曲がった背中を殊更強調するように、杖を持ってわざとつま先立ちしている。


「飲めませんよ、お酒」


「……じゃがのお〜、この歳じゃけん、疲れやすくてのぉ」


「ツマミもつけますよ」


「う〜ん、したっけのぉ」


「この街に限り、いつでも好きな時に無償でお酒を提供します」


「やる。なんでもゆうてくれ」


 まったく安い買い物である。


「では、そういう事で。お願いします、父上」


「あっああ……わかった、それくらいでいいのなら」


「では、南門の見張り台へ行きましょう」



「ちょっと、レイル。私は、どうすればいいのよ?」


 それまで黙ってやり取りを聞いていたアイナが、ここぞとばかりに割って入ってきた。


「えっ、アイナ? 君は、みんなと一緒に神殿に避難を」


「はあぁあああ、あんたねバカじゃないの? 私だけ、逃げてろって言うの? 本当やめてよね、私はあんたの姉で、臣下でもあるのよ。主の危機に、逃げ出す家臣がどこにいるっていうのよ!」


 また、その話か。

 最近まったく言い出さなかったので、てっきり忘れたものと思っていたのに。


「ねえ、レイル。家臣がどうって、なんの事なの? アイナちゃん、家臣って一体?」


 アイナの言葉を聞いたクレアが、家臣という単語に食いついてくる。


「ああ、まって。その話はおいおいするから」


 はあ、まったくこんな火急の時によしてくれよ。

 ただでさえめんどくさいのに……。


「わかった、わかったよアイナ。君も僕らと一緒においで。ただし、何があっても僕のそばを離れちゃだめだよ」


「わかったわ、レイル。主の事を守るのが、臣下の役目。必ずあなたを守り抜いて見せるわ」


 違う、全然わかってない。

 もう、次から次へと問題ばかりだ。

 こっちのほうが、魔族軍よりやっかいなんじゃなかろうか……。


「ひょひょひょっ、すみにおけんの小僧。わしの孫に、もう手をつけおったか」


 いいがかりも甚だしい――どうしてこう緊張感が持続しないんだ。

 だがおかげで、俺も緊張の糸がほぐれたようだ。

 このまま、さっさと魔族など追っ払ってしまおうか。




 

 

 


「もう、まだつかないのぉバルタザール?」


 クルシュの街へと近づきつつある魔族軍の本隊では、早くもシェリナが先程と同様にぐずり始めていた。


「間もなくクルシュの街が見えてくる頃です。先遣隊として100名からなる小隊を行かせておりますので、恐らくすでにあらかたの処理は付いていることでしょう」


「あっそ、べつにいいのよそんな街のことなんか。それより早く城砦に向かうのよ」


「心得ております。残務処理に中隊を残せば事足りるでしょうから、本隊はそのまま城砦へと挟撃に向かう予定でおります」


「細かいことはまかせるわ、さっさと進撃しましょ」


「おおせのままに」


 シェリナにとって、城砦で父王と挟撃すること以外の事は取るに足らない出来事のようで、バルタザールのクルシュへの対応など全く意に介さない話であったのである。

 だが、そんなシェリナの思惑とは裏腹に、バルタザールのもとに先方部隊より報告がもたらされた。


「参謀閣下、クルシュの門外にて当方先遣小隊100名が全滅しております」


「なっ、全滅? まさか、クルシュにそんな規模の駐屯兵がいるとの情報はなかったぞ」


「防衛部隊の存在は、確認できておりません。しかし、小隊の息のある者の話からすると敵勢力はたった5名であったとの事です」


「5人……たった5人に、小隊100名が全滅だと。ふざけるな! どんな手練がクルシュには居るというのだ」


「ええい、まあいい。たかだか数人手練の者がいようとも、我ら5千名からなる旅団の行く手を阻めるものではない」


「先方部隊に伝達。クルシュに到達次第、その力をもって街の住民、建物全てを灰燼とかせ。よいか、一人も逃がすでないぞ」


「ははっ、喜んで」


 バルタザールとて、気が気ではなかった。

 先程よりシェリナの機嫌は悪くなるばかり、あまつさへクルシュ程度の街に小隊をひとつ潰されたとは面には出さないまでも、焦りがその言葉に現れていた。


 先方部隊へと戻った伝令が、大隊長の元へ喜々として駆け寄る。


「本陣バルタザール参謀より、下知を頂きました」


「さっさと伝えろ」


「灰燼とかせとの命でございます」


「くくくっ、だはははは。来たぞ野郎ども。ぶっ殺して、奪って、殺戮の限りをつくせ!」


「おおー、まってました」


「やって、やって、やりまくってやりますぜ」


 バルタザールの言が伝えられると、堰を切ったかのように先方部隊にこれから始まる狂宴への熱が伝わる。

 もはや、軍隊などという統制の取れたしろもではない――まさしく獲物を目の前にぶら下げられた狂犬さながらの様相をていしていた。




「おい、じじいが一人でこっちに来やがるぞ」


 一人の兵士が目を向けると、先方部隊のほうへよたよたと歩いてくる老人が一人目についた。


「おい、どうする? 頭に命中したら、今夜の酒はお前がもてよ」


「じゃあ俺は、右足を狙うぜ。俺のが当たったら、お前が奢れよ」


「よし、じゃあせえので一斉にうつぞ」


 二人の兵士が矢のない弓を構える。

 そこには、魔法で作られた炎の矢がつがえられていた。


「いくぞ――せえの、それ鋼炎破矢ジャスペリオット


 二本の炎の矢がほぼ同時に放たれる。

 その邪な破矢が、老人に届くと思われた刹那――その姿は兵士たちの眼前よりはたと消え去ってしまった。


「あれっ? どこ行きやがった?」


「もしかして俺達の魔法の威力が強すぎて、消し炭になっちまったか?」


 二人だけではない、それを横目で見物していた兵士たちも同様に老人一人を見失っていたのである。


「なんじゃ、消し炭になりたいのか?」


 突然兵士たちの前に、先程まで50mは先を歩いていたはずの老人が忽然と姿を現した。


「てってめえ、どこから出やがった?」


「じじい、王国の人間か? 今からてめえらの街を俺様たちで、たっぷりしゃぶり尽くしてやるから楽しみにしていやがれ」


「げへへへっ、もっともじじいは、その前にここで薪にでもなってもらうがな」


「ぎゃははははっ、こんな油っ気のねえじじい、燃えカスにもならねえよ」


 先程目の前の老人が、忽然と眼前に現れた事など全く意に介さず、兵士たちは口々にこれからの略奪行為に酔いしれているようだった。


「ひょひょひょっ、それは困ったの。お主らには、ここでちくと足を止めていてもらわねばならないんじゃがのぉ」


「ばーか。とっととおっちね、くそじじいが!」


 高笑いを続けていた兵士が、持っている剣を老人へと振り上げる。





 一陣の風が先方部隊数百人を吹き抜けた。

 老人へと振り下ろされるはずだったその刃は、その兵士の手に握られたまま後方へと落下していった。

 

 ――その上半身ごと。


 「ギャアアアぁ、何事だ!」


 「なっ、何が起こっている!?」


 「でっ伝令、敵襲だ。敵、てきだああぁ」


 まさしく阿鼻叫喚の出来事だった。

 一人の魔族兵の刃が、老人へと振り下ろされようとした刹那――老人――剣神アイス・バーンズのただ横殴りの一閃が数百名の兵士の胴を薙いだのである。

 しかして、その右手には未だ剣の一振りさへ握られていない。

 ただ一本の杖だけが、その手にあるのだった。


「まあ、行きたければ行けばいいじゃろ。じゃがの、足はそこに置いていってもらうでの」

 

 言葉通りである。


 レイルとの約束を一分も違えることなく、剣神アイス・バーンズはその一振りによって魔族軍をその場に足止めしたのであった。







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