神装神機
「レイル、大丈夫か?」
瘴気の化物を見上げていると、背後から俺を呼ぶ声がする。
「はあ、はあ……何なんだあの化物は? それに、バルタザールはどこに?」
急いで駆けてきたのだろう、肩で息をするシュバルトがそこに立っていた。
それにしても、その姿は……。
「それよりシュバルト、お前こそ大丈夫か?」
「えっ……?」
とぼけているのでは無いのだろうが、俺はシュバルトの様子に思わず呆れる。装備していたはずの甲冑は既に原型を留めず、全身に斬られたと思しき傷跡が無数に刻まれている。しかも髪はざんばらにふり乱れ、顔には乾いた血糊がべっとりと貼り付いていたのだ。
「あはははっ、何てことは無い。少々手こずってしまってだね……」
見た目ほど酷くないのか、シュバルトがいつものような高笑いをあげる。
しかし、それを許さない者がいた。
「なーにが、手こずったかぁ!」
「がはっ!」
呑気に笑い飛ばそうとしたシュバルトの頭に、見事なかかと落としが決まる。頭上から振り下ろされたレーヴァテインの華奢な足によって、シュバルトが泡を吹いて倒れ伏した。
「このど阿呆めが! 我があれだけお膳立てしてやったのにも係わらず、ガラクタ人形ごとき取り逃がしおって。魔剣である我の所有者たる自覚はあるのか、貴様は!?」
少女の姿に戻ったレーヴァテインが、片足をシュバルトの頭にぐりぐりと押しつけながら怒っていた。
「えっ、逃がしたって? シュバルトが、ルベルスって魔人に勝ったのか?」
「ふんっ、勝ててれば我の溜飲も下がろうて。この阿呆、互角の勝負に持ち込むのが精一杯で、あまつさえ突然逃げ出しおったあの人形を取り逃がしおったのじゃよ」
まだ怒りが収まらないのか、レーヴァテインが執拗にシュバルトの頭を踏みつけている。
しかしシュバルトの奴、あのルベルスと互角に渡り合えたのか……。
レーヴァテインの言い草では、まだまだ実力が物足りないと言うことなのだろうが、この短期間で恐ろしいほどに力をつけたのだろう。
そして逃げ出したというルベルス……。
恐らくバルタザールが死んだ事と関係しているはず。起動主であるバルタザールの死によって、従属関係から解放された魔導人形がどこへ行こうというのだろうか?
僅かに頭の片隅に何かひっかかる感じを覚えていると、向こうからアイナが駆け寄ってきた。
「ちょっと、レイル! あんたどうするのよ、あれ?」
「バッ、バーンズさん! ご無事でありましたか」
アイナの声を聞いたシュバルトが、一瞬で覚醒し飛び上がる。しかし駆け寄らんとしたシュバルトをあっさりと無視して、アイナは俺に詰め寄ってきた。
「ああ、アイナ。他のみんなは無事だったかな?」
「ええ、お姫様はミラルド王子とエルシアさんの治療をしてくれてる。多分二人とも大丈夫そうよ。それより、あの化物何なのよ!」
アイナが俺の腕に抱きつき責め寄ってくる。
「あれは……うん、魔神ダーインスレイブが召喚した瘴気の塊なんだけど」
「はあぁ? 魔神、魔神ってなんの事よ!」
いまいちアイナの顔を直視出来ない俺は、なぜか口ごもってしまう。そんな俺の内心などまるで関係ないかのように、アイナはぐいぐいと身体を寄せてきた。
「おおい、レイル!」
そこに、懐かしい声と供に上空から降り立つ魔導士がいた。
「父上!」
「レイル、お前無事だったか。それにアイナちゃんも。良くやったな、みんな」
カイルが俺の肩に手をやり、しみじみと語る。
その表情から、よほど俺達の事を心配していたのが伺えた。
「いろいろ話を聞きたいが、今はあれだ。レイル、あの化物は一体何なんだ? 帝国の新たな兵器か何かか?」
「詳しく説明している時間はないのですが、あれは魔神ダーインスレイブの召喚した魔物です。その身は瘴気の塊で、物理攻撃はもちろん生半可な魔法では被害を増すばかりとなるでしょう」
「魔神だと! くそっ、魔法では対処できないのか? 今、くそっ……シュトライド殿達宮廷魔導士が、集団極大魔法の準備をしているんだが」
カイルが城壁の方を仰ぎ見る。
なぜかシュトライドの名を口にした時、一瞬言葉に詰まったように感じた。
「恐らく、無駄だと思います。爆炎魔法では、却って王都を腐敗させる事になりますし、他にあるとすれば……」
(あれだけの巨体、シュトライドの得意とする氷雪系の魔法で全身を凍結させる事が出来るか?)
「んっ、来るぞ。みんな、退がった方がいい」
城壁の前に巨大な魔方陣が展開される。あの大きさは、宮廷魔導師でも位階上位陣全ての魔力を合わせた物に違いない。であれば、もしかするとあれの動きを止めることも可能か……。
このまま進めば、ただ触れるだけで全てを腐りおちさせるあの化物は、王都を永劫に人の住めない土地に変貌させるだろう。
それを何としてでも阻止しようと、宮廷魔導師達は全ての魔力を注ぎ込みシュトライドのもと極大魔法を発動させるようだ。
「っつ、寒っ……」
シュバルトが思わず身震いする。
大気が急激に温度を下げ始めたのだ。
「シュバルト、もっと身を寄せろ! 俺と父上で結界を張る」
俺とカイルで自分達五人を包み込むように結界を作り上げる。
城壁前の魔方陣から、冷気を伴って吹雪が吹き荒れだした。
王都の南側、戦場となった城壁前はさながら豪雪地帯と見紛うような猛吹雪が辺り一面に吹き荒れていた。
結界の外の温度が急激に下がっていくのが、俺の目にもはっきりと映る。地表が凍りつき、それは次第に瘴気の化物さえも足元から凍りつかせていったのである。
魔導士達の魔力が尽きると共に、魔法陣から吐き出されていた吹雪も徐々にその威力を弱めていく。だが、シュトライド達の集団極大魔法によってあまりにも巨大だと思われていた化物の全身も何とか凍りついていた。
しかし化物の全身を波打っていた蠕動が凍りついた事で、その進行は止まったかに見えたのだったが。
「止まったか……?」
吹雪が収まった事で結界を解いたカイルが、ぼそりと呟く。
俺達が結界を張った場所を除いて、周りの地表は尽く凍りついてた。
パキパキ……。
「んっ、何の音だい?」
「ちょ、これって!」
シュバルトとアイナが、その音に気づく。
それは、最初は小さなひび割れのような音だった。
それが次第に連鎖するように続いていく。
遂には、耳を突くような大音響となってそこら中にこだましだした。
バキバキバキバキ!
バキバキバキバキ!
バキバキバキバキ!
バキバキバキバキ!
バキバキバキバキ!
バキバキバキバキ!
「駄目だ! また、動き出すぞ」
俺が叫ぶと同時に、全員が上を見上げる。骨が軋みガラスの割れたような音をさせながら、空から大量の氷の破片が降りかかって来た。
「くそっ、宮廷魔導師全てで発動した魔法だったんだぞ。<白き光の神による慈愛>が再起動できない今、王都にあの化物を退けるだけの手段は残っていないのに……」
再びゆっくりと動き出す瘴気の化物を前に、カイルが悔しそうに項垂れる。仮にミラルドや、あるいは第一王子のグラルドであっても健在であれば何とか出来たのかもしれなかったのだが、今となっては致し方のない事だ。
「おいレーヴァテイン、もう一度剣に姿を変えてくれ。僕も王都を守るために戦うぞ!」
シュバルトが、まったく空気を読まずに意気込む。こいつのこういう所は見習える事もあるのだが、今の現状ではただの馬鹿にしか映らない。
「ど阿呆め、木っ端に何が出来るのじゃ!」
「げはっ!」
目を爛々と輝かせていたシュバルトの頭に、またレーヴァテインの踵落としが見事に決まった。
こいつら全然緊張感ないよな……。
「さあレイル、これからどうするの?」
ずっと俺に寄り添っていたアイナがすっと離れると、腰に手をあて俺を覗き込んでくる。じっと睨めあげるように見つめるその瞳に、思わず俺は視線を反らしてしまう。
(はあ……王都には母上達もいるし、やるしかないんだよな)
「あの、父上。一応断っておきたいのですが、これから起こる事とか、今までの事とか父上が全部お膳立てしたって事には出来ないですかね?」
「何だ藪から棒に? 何が言いたんだ、レイル?」
正直アイナを助けるために、俺はかなり暴走してしまったのではと今更ながら後悔していた。
強襲突撃艦アークヴァルクで戦場に乗り込んでしまったため、否が応でも注目を浴びている。更に力を行使するようだと、言い訳が効かなくなってしまうんじゃないかと心配になってきていたのだ。
だが、迷っている余裕もないのも事実――
「うじうじ、うじうじと……もう、さっきまでの勢いはどうしたのよ! レイル、いいからあの化物をさっさと片付けてきなさいよね」
「はっ、はい!」
煮え切らない俺の態度にキレたアイナが、更に体ごと密着してくる。
目の前、鼻が触れそうな程に近づく彼女の顔を直視すると、思わず勢いに飲まれて返事がもれてしまった。
「……っく、あはははははっ! さすがはアイナちゃんだ。しっかり、レイルを尻に敷いてくれているな」
「まったく、その娘の言う通りなのじゃ。ダーインスレイヴの残り滓など目障りなだけだ、さっさと片付けてしまうのじゃな」
「うんっ、なるべく早くね。全部片付けたら、さっきの続き話しましょ」
「あっ、ああぁ、はい……」
(まったく、アイナには敵わないな……)
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
優しく微笑むアイナに見送られ、瘴気の化物の正面に回り込むために浮遊魔法を発動する。城壁に伸し掛かろうとするその巨体は、頂上は雲にまで届いていた。
(流石に大きいな。だが、今の俺にはただ大きいだけの泥人形にしかすぎない)
虚数空間から脱出する際、俺は嘗ての時間軸で持ち得ていた力との魔力回路の接続に成功していた。
それは恐らく、向こう側がずっと俺の覚醒を待っていたような印象を受けるものではあった。それでもあの時は、それだけがあの空間からアイナを無事に助け出す唯一の手段であったため迷う事無く手にしたのである。
しかし、この力を使うことを俺は躊躇っていた。
大きすぎる力……。
人として生きるのなら、出来れば触れたくはなかった。
それでも今の俺が持ち得るのなら、俺はこの力を使う。
ダーインスレイブは、全て理解っていて試したんだろう。
俺が、こいつを召喚する事を!
「ナーストレンドの岸より来たりて我が衣となれ
俺の前に立ちはだかる全ての存在を消し去り
劫火を以って世界を焼き尽くす者よ!」
遥か昔、人が神々と戦った時代。
神に対抗するため、人は魔装機神を駆った。
そして神もまた、人を滅するためにその身に纏った。
「――顕現・神装神機――!
『――炎帝神ノ鎧甲――』」
空間の軋む音が紡がれる。
金属を無理やり引き裂くような金切り音が、大気を震わせた。
瘴気の化物の背後――俺と共に化物を挟み込む位置の空間が、メリメリと音を轟かせ縦に一気に裂ける。地割れのように虚空に出現した裂目の向こう側から一体の巨人がせり出してきた。
魔装機神より一回り以上大きな体躯。
身に纏う白と真紅の鎧。
そして全身から真紅の炎が立ち昇る。
ひとつ間違えれば大いなる厄災となって俺を取り込む力の奔流。
この大陸を地図上から消し去る程の力を秘めた神機。
それが再び、俺の前に姿を現したのだった。




