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魔神ダーインスレイブ

 バルタザールの最後の足掻きかと思ってしまった俺は、一瞬奴の動きを止めることを躊躇してしまった。

 摸造品である魔剣ダーインズレイブを逆手に持ち、地面に突き立てるようにして自らの胸を貫く。

 目の前で止める間の無く、バルタザールが自決してしまったのだった。


「くそっ、バルタザールお前!」


 手を伸ばしかける俺に、バルタザールの射殺すような視線が向けられる。

 

「ぐうっ、くくっ……だだでは、死にはぜんぞ……ぐはっ。また……また相見えるまでの……置き土産だ、とくと味わうが……いい」


 血反吐を吐きながらもバルタザールがにんまりと笑ったような気がした。

 刹那――その笑みが何を意味しているのか確認する間もなく、魔剣からおびただしい程の黒い瘴気が吹き上がりバルタザールを包み込んでしまう。


 吹き上がった瘴気は凄まじい魔素を含んでいた。恐らくバルタザールは、自分の命を触媒に何か途轍もない者の召喚を試みたのだろう。


 奴の身体を貫いたのは、生きとし生ける者の生命力を刈取ると言われる魔剣ダーインスレイブ。それは模造品とは言え、その権能の一部をどのようにしてか有していたようだ。


 立ち上る黒い瘴気の塊から既にバルタザールの気配は感じられない。

 膨大な魔素を含んだ瘴気が、次第に凝縮し人の形を成していく。


 俺にはこれから目の前に顕現するであろう存在について、おおよその検討がついていた。


 黒い瘴気が一人の男と覚しき者を形どる。

 黒子のように全身が闇に染められたそれの口元が、薄っすらと横に裂けた。


「お久しぶりでございます、レイル・エヴェレット――いえ嘗て・・の、そしてこれから・・)の我が主よ」


 口元からゆっくりと闇が払われていく。地肌が覗きそれが全身に広がっていくと、そこには黒の燕尾服を来た長身の男が現れた。黒い髪を後ろに撫でつけ、優雅に振る舞うその立ち姿はまるで長年勤めあげた執事のようにさえ見えた。


「魔神ダーインスレイヴ……」

「はい、ご明察にござります。矮小なる者の稚拙な願いにより、しばしの時間だけでありますが、まがい物の現身を得ましてございます」


 慇懃な態度からは、言葉通り俺を主人として敬う様子が伺える。しかし俺は奴の言った言葉の中の明らかに誇張された不自然な部分を聞き逃さなかった。


「ダーインスレイヴ……お前もレーヴァテインと同じように、俺の知らない俺自身の事を知っているのか?」

「これはこれは……異なことを申される。レイル様とあろうお方が、そのような無知な者を装おわれるとは? 果たして、からかっておいででありますかな。くくくっ」


 魔神ダーインスレイブ――魔神レーヴァテインと同じく、魔剣の顕現した存在。

 その力はレーヴァテインと双璧を成し、人と比して神と呼ぶに相応しい超常の存在である。


 そして嘗て、俺がアイナと対峙した時に従属させていた魔剣でもあった。


 怪しい笑みを浮かべるダーインスレイブからは、魔素を纏った瘴気が止めどなく溢れている。俺に対して礼節を以て接しているふうであるが、その態度は表向きだけのようだ。


 その証拠に、魔素に対する抵抗力の低い人間であれば立ち所に昏倒するか、魂を抜き取られている事だろう。

 それは明らか、俺を挑発している事を示していた。


「もうひとつ聞く。お前、俺を主人(・・と呼んだな? だが、『嘗て』と『これから』と言う事は、現在(いま)はどうなんだ?」


 バルタザールが、最後に自身の命を使ってダーインスレイブを召喚した。

 本体は別の所にあるため時間制限があるのだろうが、言葉とは裏腹に目の前の魔神は明らかに俺に敵対行動を見せている。


 今俺の持ちうる全てを使って、魔神レーヴァテインに匹敵するこいつを止めなければならない。

 そう、新たに取り戻した、嘗ての力を使って……。


 俺の決意を知ってか、ふいにダーインスレイブの顔から笑みが消えた。


「矮小なる人間の願いとて、今の私はそれに縛られたる身。なればこそ我が主よ、存分にご堪能下さいませ……イノチ在るモノの対と在る闇なる力の一端を」


 深々と礼をとり頭を下げるダーインスレイブ。その身体に戦場の各所から、漆黒の瘴気が渦となって吸い寄せられていった。


「死んだ人間の魂を吸い取るつもりか!」

「はい、仰る通りでございます。ここには多くの無念に散った命が溢れておりますれば、私にとってはまたとない力の贄床に相違ありませんので」


 あまりに深い怨嗟の念は、黒い瘴気となって具現化される。たった今まで戦闘が行われていたこの場所は、ダーインスレイブにとって格好の餌場であったのだ。


 戦場中から流れ込んだ瘴気が、全てダーインスレイブの身体に取り込まれる。

 深く頭をたれていた魔神の顔がすっと起き上がると、そこにはまさに悪魔が浮かべるような恍惚とした卑しい笑みが張り付いていた。


「くふふふっ、素晴らしい。これ程の魂を貪れるのは久しぶりの事であります。げふっ……失礼」


 ダーインスレイブがまるで食事をした後かのように、胸をさすり満足気に口中の物を嚥下するような仕草をする。その身体からは、現れた時とは比べ物にならない程の魔力が滲み出していた。


「では時間も差し迫りましたので、そろそろ私はお暇させて頂きます。偉大にして強大、神さえも屠り、全てを従えし御身レイル・エヴェレット。いと早き邂逅を切に願い奉ります……。


 這い淀みなさい――黒澱腐臭大王鬼(ヨル・ファウエ・オルグ――」


 体内で凝縮した魔力が一気に膨張し、ダーインスレイブの身体が粉微塵に爆散する。弾け飛んだ奴の身体の後から粘度の高い黒色の瘴気が、汚泥のようにこんこんと溢れ出した。


 ぶくぶくと音をたてながら湧き出す瘴気の塊は、粘土の高い無形の魔物のように次第にうず高く積もっていく。無限に増殖する瘴気は王都の城壁の高さを遥かに超えなおも体躯を膨張させ続ける。


 城壁に並んだ王国の兵士達。

 そして王都の家屋の中から、外の様子を伺っていた市中の人々。

 更には、王城から戦の趨勢を見守っていた貴族達までもが。


 固唾を飲んで見守る全ての人々の目に、果てしない絶望となってそれは姿を顕わにした。


「ヴァブブブッ……ヴゥオオオオオオオッ!!!!」


 王都を含む辺り一帯――それどころか戦場から退却しつつある帝国兵達の所にまで、異形なるモノの雄叫びは地響きを以て鳴り響く。


 今ここに居合わせる全ての命在る者達が、恐怖のあまり一瞬呆然と時を止めた。

 幾万の視線の先――見上げる瞳に映り込んだモノに、尽く人々は恐怖のあまりガタガタと震え、魂までも凍りつかされたような悪寒に体中を縛られる。


 空高く雲にまで届こうかというほど巨大な円柱の異形は、命ある者全てを憎む怨嗟の権化として降臨した瘴気の化物だった。


 倒れ込めばそれだけで、王都の半分をなぎ倒すのに充分だと思える程に馬鹿げた大きさを持つ瘴気の化物は、細長く伸びた頭頂部に裂け目を広げ再び咆哮をあげる。口に当たるであろうその穴からは、瘴気の塊である真っ黒な汚泥が城壁に向かって撒き散らされた。


 城壁の上から遠巻きにこちらを見ていた兵士達から、悲鳴のような叫びが轟く。堅牢な石造りで構築された王都の城壁が、瘴気に触れた所から無残にも腐り落ちていくのが目に入った。


「くそったれ、ダーインスレイブめ。とんだ置き土産を残していきやがって!」


 兵士達の叫び声に誘われるように、瘴気の化物がゆっくりと動き出す。山の様な体躯を波打たせながら、ズルズルとナメクジのように城壁に向かって進みだした。


「魔法だ! 魔法を撃て、撃ってくれ! 化物を近づけるなあああ!」


 混乱する王国兵の中で、宮廷魔導師達が前に立って次々と魔法を放つ。宮廷魔導師の放った炎弾(エル・ニル)が、城壁に迫る化物に次々と着弾した。


 しかし爆発した炎の弾は、汚泥のような化物の表面を爆ぜさせるだけでダメージらしきものを与えた様子は微塵もない。それどころか爆ぜた化物の身体が辺りに飛び散り、それを運悪く浴びてしまった兵士の数人が見るも無残に腐敗した肉塊へと変貌してしまったのだ。


(あの異形の身体は、怨嗟の瘴気をダーインスレイブの魔力で実体化してやがるのか……。触れるもの全てを腐敗させてやがる。ならば、下手な魔法は却って被害を増すばかりになるか)


 俺の魔法であのふざけた巨体を爆散させる事も可能だろう。だがそれでは、王都もその周辺の大地も金輪際人間の住めない場所になってしまう。帝国軍が退却し始めている今、王都が壊滅してしまっては何の意味もなさないのだ。


 ゆっくりとだが確実に歩みを進める瘴気の化物が、途轍もなく大きな巨体から枝のように数本の触腕を生やし始める。それ一本で城壁の側防塔ほどの太さがり、一撃で王都の建物を何十件も叩き潰すだけの長さを持っていた。


 そしてそのあまりに桁違いな大きさのため、触腕が振り上げられる動作は見上げる王国兵達にひどくゆっくりとした動きに感じられたのだった。


 巨大な触腕が、無造作に城壁に叩きつけられる。天空からはたきつけるように城壁に衝突したそれは、城壁とその内側の建物を腕の下敷きにした。


 城壁の内側数十メートルにまで達するその腕の下敷きになり、多くの家屋が原型を止めず壊される。しかも激突の際に飛び散った瘴気によって、周りの建物や地面まで融解し腐食していくのだった。 

いつも読んで下さってありがとうございます。

次回で終わりと言いながら、後少しお付き合い頂くことになりそうです。


今日はもう一話更新出来るんじゃないかと、頑張ってみます。


感想、評価、ブクマ、お待ちしております。

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