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王都防衛ー18

 胸を刺し貫く刀身に血が伝い、鍔からぽたりぽたりとしたたり落ちていく。

 アイナの握る刀が肋骨の隙間を抜け、俺の左肺の辺りを見事に刺し貫いていた。


「がはっ!」


 肺から立ち上る血が気管を上り、むせ上がった拍子に口から血の塊が吹きこぼれる。

 俺を見つめるアイナの顔が、返り血で真っ赤に染め上がった。


「きっ、畜生……バルタザール、アイナに何をしやがった!?」


 先程から俺を見つめるアイナの目からは、止めどなく涙が溢れ出しているはいるが、その瞳は虚ろでまったく生気が感じられるものではない。

 アイナの肩を掴み引き離そうともがくも、突き刺す力が弱まることなくより一層刀をめり込ませていった。


「ふっ、言ったであろう。二つの術式をかけたと……」

「せっ、精神支配だとでも言うのか……。だが、どうやってここまで強力なものを……」


 如何に強力な精神支配の魔法だとしても、命令の上限に限界の無い術式など存在しない。

 拒否する意思の限界を超えた命令をしようものなら、身体と心のバランスが壊れ魔法自体が暴走し精神を焼き切ってしまう。

 うぬぼれかもしれないが、アイナに俺を殺すように命じても、その命令にアイナの心が持たずに廃人のようになってしまうだろう。

 だがアイナの瞳から流れる涙が、彼女の意思が自分の行動に必死に抗おうと葛藤しているのを表していた。

 つまり、未だアイナは壊れてはいないはず……。


「隷属の首輪による反作用効果だ。首輪の拘束力に抗えば抗うほど、術式に対する抵抗力が強くなる。しかし、首輪の隷属効果が切れてから発動する術式は、高まりきった抵抗力を反転させる。通常では意思の力によって強制しきれないような命令であっても、隷属の首輪によって精神が押さえつけれていればいる程、その強制力は強大なものとなる。今その娘の意思(こころは、自身の意思と真逆の命令によっていつ崩壊してもおかしくない瀬戸際にあるのだろうがな」

「ぐううっ……。バッ、バルタ……ザール……、貴様あああっ!」


 どうすればいい? 

 アイナを無理矢理引き離すためには、彼女を傷つけずにやるのは到底無理だ。

 それにいつ精神が崩壊するともしれないアイナを、このまま放ってはおけない。

 かといって、片肺を潰され俺自身も早急に治癒魔法をかけなければバルタザールと戦うことすら出来ない。


 いや、迷ってる暇はない。

 まず、アイナを助けることが先決だ。

 

 アイナを救うためには、却ってこのままの方が都合が良い。

 そう決めた俺は、胸に突き刺された刀を引き抜かれないよう肩を掴んでいた手を離し、逆に腕を背中に回しアイナを抱きしめた。


「レッ……レイ……ル……」


 アイナの口から、消え入りそうな声で俺の名が囁かれる。

 

「はぁはぁ……大丈夫だアイナ。僕に任せておいて……」


 胸から滴る血が、刀を握るアイナの手まで真赤に浸す。

 血を媒介に、アイナと繋がる俺の精神を以て、彼女の精神情報野の構築されたバルタザールの術式を解除するしか方法がなかったのだ。

 しかし、バルタザールがそんな俺達を見てうっすらと笑みを浮かべた。


「やはりそんな状態からも、その娘だけは助けようとするか……。だがな、経験済みなのだよそんな事は……。来い、『花弁の王』よ!」


 地上の城壁にあって、不気味な花の蕾を模した魔導兵器がその花弁を広げていく。

 中心部から魔力とは違う異質な力を感じた俺は、瞬時に何重もの結界を展開させた。


「そんな結界もので凌げるものか! 神たる光の恩寵を受けよ」


 開ききった花弁の一枚一枚が反射板のように光り輝く。

 その中心には、見知った男が拘束されていた。


「ミッ、ミラルド!?」


 拘束されたミラルド第二王子が眩いばかりに光を放つ。

 次に瞬間、俺とアイナを光の渦が包み込み、何重にも張った結界を紙くずのように破壊していった。


「ぐっうおおおおおっ!!」


 結界が破壊される間際、ありったけの魔力をもって次元障壁を展開した俺の右手を境に、光が真っ二つに裂けていく。

 それでさえヘイムダルの光による圧倒的な熱量は、障壁をじりじりと崩壊させていった。

 駄目だ、このままでは魔力がすぐに底をつく。

 あの光の神の力は、今の俺では防ぎきれない。

 アイナを助ける、そう決めたのに……。


 ドクンッ……。


 次元障壁の壁がひび割れのように、裂け始める。

 もって後数秒。


 ドクンッ……。


 胸の奥底で以前にも感じたある衝動が、沸き起こる。


 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ

 ドクッ…………


 早鐘ののように連なるそれが、俺の中を満たし

 そして――



 








 ピタリと止んだ……。


 はるか頭上の虚空から、空間からずり落ちるようにそれは現れた。

 ヘイムダルの光が四散し掻き消える。

 俺を覆い隠すように、巨大な扉が四枚虚空より舞い降りたのだ。

 

 見覚えのある扉――それはレーヴァテインが封印より解き放たれたあの時、始原の迷宮でまみえた巨大な扉と同じ物だった。

 しかも今回は四枚、それぞれの装飾も僅かだが違う気がする。

 

「やはり出してきたな、『多元世界の扉(マルチ・バルスス)』!」


 バルタザールは突然現れた扉に驚くことなく、まるで予見していたかのようにその名を口にした。

 『多元世界の扉(マルチ・バルスス)』――レーヴァテインもそう言っていた。

 俺も知らないこの扉は、一体何故俺の前に再度出現したのか……。

 俺の困惑をよそに、扉が四枚同時に開かれようとする。

 また意識を失い、あの時のようになってしまうのか?

 腕の中のアイナを感じ、どうしようもない不安が俺の頭をよぎる。


 僅かに開く扉の隙間、そこから人の指先が覗いた……。


「貴様らに、平行世界からの干渉などさせんぞ! 何をしようともこの周回で徒労に終わらせてくれる。来るのだ、ベアトリクス!」

「出番かにゃ、バルたん」


 ベアトリクスと呼ばれる少女。

 フェルセト大森林にあるエルフの隠れ里をルベルスと一緒に襲った帝国七魔人の一人であるベアトリクスが、突然俺達の背後の虚空に転移してきた。


「さあわだちをなぞらえ終着へと誘わん。レイル・エヴェレット、全ての行動は滞りなく結果へと収束するのだ」

「いっくよ〜、クロロたんお願いにゃ」


 ベアトリクスの手の平に、小さな黒い球体がちょこんと乗っている。

 それが彼女の掛け声とともに一瞬で膨張するアメーバーのように、俺とアイナを飲み込んだ。


「くっ、ここは……?」


 黒い球体に包みこまれた俺達を、どこまでも続く漆黒の空間が取り囲む。

 胸の刺し傷からは未だに血が滴り、口中に上がってくる血溜まりのせいで呼吸もままならない。

 それにいつの間にか、四枚の『多元世界の扉(マルチ・バルスス)』がどこにも見当たらなかった。


「ここは、クロロたんの中だにょ。レイル君は、初めてじゃないにゃ」


 目の前の何もない真っ暗な空間に、ベアトリクスが浮かんでいる。

 どうして奴がここに?

 ベアトリクスの言う通り、俺は一度この中に自ら侵入している。

 しかしその時奴は外の通常空間にいて、虚数空間と通常空間のゲートである黒い球体を制御していたはずだ。

 この空間は、恐らく虚数空間を模して擬似的に作られた亜空間。

 通常空間と連続した層が折り重なり、ベアトリクス自身がそれを維持する術式の役割を果たす事で通常空間への道が形成されていたのだ。


 だが、その術式自体であるベアトリクスがここにいると言うことは……。


「お前にはわかっているのだろう。ベアトリクスが自らを閉じ込めたその空間は、以前のように内部から通常空間に帰還することは叶わん。そしてそこには、奴らによる平行世界からの干渉もすぐには届かんはず」


 上下前後ともつかない暗黒の空間で、はっきりとバルタザールの声が鳴り響く。

 暗闇が支配するこの空間では、俺やアイナ、ベアトリクスのように内包する魔力が自然と光となってぼんやりと辺りを照らすだけなのだ。

 

「いよいよ詰みだ。幾度もの試行の結果、ようやくここまで辿り着いたぞ。

 ――永劫に消滅せよ、レイル・エヴェレット!」


 バルタザールの歓喜の声が、鳴り響き反響して何度も何度も繰り返される。

 距離など測りようもないのに、はるか遠くだと理解できる暗闇ににポツリと明かりが灯った。

 頭上から降り注いだ巨大な光の奔流が、俺とアイナ、そしてベアトリクスまでをも飲み込む。


 腕の中のアイナを強く抱きしめ、心の奥底まで深く楔を打ち込まれた彼女の意識に、俺の意識が溶け込んでいくのを確かに感じた。


 怒り……。

 悲しみ……。

 悔しさ……。


 溶け出した感情が、幾重にも絡まった術式の周りに漂っている。

 一つ一つ丁寧に、バルタザールの施した術式を解きほぐすように解除していく。


 その奥底で茨のように覆われた術式の中、アイナの精神体が一人で蹲っていた。

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