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クルシュ防衛戦―1

 魔族――元来魔族という呼称は、主にロキ王国から南に位置するフュルセト大森林によって隔てられた、スヴァルトアーム地域に住まう人々を指す俗称である。

 彼等は褐色の肌を持ち、総じて生まれつき魔力が高く好戦的とされた。

 ただし、その性質のため一個の国として纏まることはなかった。

 しかし近年幾つかの部族がまとめ上げられ、連合国家の様相をみせつつあった――その彼等が突如、王国の南端に位置するクルシュの街に進軍してきたのだった。





 突然もたらされた急報により、もはや神卸宣託の儀式どころではなかった。

 報告を受けた領主達はすぐさま神殿を後にし、残された子供達も早々に家路につくよう帰されたのだった。


 神殿の面に出ると、クレアとアイナがこちらに駆け寄ってくる。


「良かった、レイル。すぐに家に帰りますよ」


「母上。父上はどうされたのですか?」


「お父様は、執政所に行きました。さあ、ぐずぐずせずに早く行きますよ」


 クレアが走り出すと、アイナが俺の手をとり足早に駆け出す。

 大通りを慌てて家路に向かって走る。

 人々は慌てふためき、先程までのお祝いムードが嘘のようだ。


「レイル。急ぎなさい!」


 クレアが振り向きつつ、こちらを伺う。

 俺はアイナに手を引かれながら、クレアの後を必死に追いかけて行った。





 家の前ではエルシアが面に出て帰りを待っていたが、その表情は、いつになく不安げである。


「奥様!」


「話は後よ、エルシア」


「レイル、アイナちゃん。急いで荷物をまとめて。エルシア貴女もよ」


「準備ができたら、お父様の所に私達も向かいます」


 持っていく物など大してない俺は、いち早く玄関先で三人を待つ。

 そこにアイナも、自分の部屋から直ぐさま飛び出してきた。


「アイナ、それは?」


「一応念のためにね」


 アイナはそう言って、実家から持って来ていた細身の剣を手にしていた。

 子供でも扱えるように特注したものだそうだ。

 ほどなくクレアとエルシアも僅かな荷物を持って出てきた。

 そしてクレアに付いて、父がいる執政所に向かって行った。





 執政所に着くと、大勢の人混みの前に立つカイルの姿が目に入ってきた。


「魔族の軍は後どれくらいでこの街に来るんだ!?」


「領主はどうしたんだ?」


「一体どこに逃げればいいんだよ」


 みんな口々に不平をぶちまけている。

 そんな人々を前に、カイルは落ち着かせようと必死に説明を続けていた。


「みんな待ってくれ。まず魔族の軍は、まだすぐにはこの街に襲来することはない」


「それと、領主のクライン男爵は先程、マルケルス城砦に軍の派遣を要請しに向かった」


 なるほど、領主は街を見捨てて逃げ出したか。

 そうなると、今この街で人々の指導ができるのはカイルだけという事になる。


「なんだって! 領主は逃げたのか?」


「あの豚野郎、自分だけ先に逃げ出しやがって」


「おい一体俺達はこれからどうすりゃいいんだ」


「そうよ、誰がこの街を守るのよ」


 そりゃそうだこの程度の街、五千もの軍隊に飲み込まれれば、あっという間に灰燼と化してしまうだろう。

 かといって街に駐屯する兵力などたかが知れている。

 領主じゃなくたって、逃げ出したくはなるわな。


「まてまて、街の守備隊は30名ほどだ。とても軍隊に太刀打ちできる数じゃない」


「いいか今は落ち着いて、みな街の中心の神殿に避難するんだ」


「街には外壁もある。抵抗しなければ、こんな街素通りするかもしれん」


「そっそんな」


「でも、今は仕方ないか」


「よしとりあえず、みなで手分けして住民を神殿に、避難させてくれ」


「守備隊の中から何人かは見張り台に立つんだ」


 カイルの指示のもと、執政所の職員や兵士がそれぞれ街の各家を回り始めた。





「あっ、あなた」


 クレアが駆け寄ると、カイルは少し表情をほころばせる。

 だがその顔には、いくぶん疲れが見受けられた。


「ああクレア。みんな一緒か?」


「ええ、レイルもいるわ」


「そうか、よかった。とりあえず中へ入ってくれ」


 そう言うとカイルは、俺達4人を執政所の中へ招き入れた。

 部屋の中には数人の兵士とカインツ、ブロムが既に待っていて、机の上に置かれた地図を囲い何やら話し合っていた。


「街の奴らはどうだ、カイル?」


「カインツ殿。みな一様に混乱しているようです」


「だろうな。で、あとどれ位だ?」


 カインツが、机上の地図を指差しながら問いただす。


「国境付近の警備隊の報告ですと、一時間ほどかと」


 どうやら魔族軍がこの街に到着するまで、そう時間はかからないようだ。


「奴らはフリュセト大森林を抜け、街道沿いにクルシュを目指しているようです」


「目的は、マルケルス城砦か……。五千の兵力――こっちが別働隊だな。本隊は既に城砦に向かっているな」


「おそらく、マルケルス城砦への挟撃かと」


「そうすると、城砦からの援軍は見込めないか……」


 カインツの言葉に、その場にいるもの全てが息を飲む。

 かなり絶望的な状況だな、これは。

 カイルもどう言葉を返したら良いのか、考えあぐね押し黙っている。


 そこへ更なる凶報が舞い込んできた。


「報告! 先遣隊とおぼしき小隊が街の門に近づいております」


 まずいな、もうそこまで来ているじゃないか。

 これだと別働隊の本体がクルシュの街にたどり着くのは、思ったより早いかもしれないぞ。




「よし、ブロム。うちの奴らを3人ほど連れてこい、俺達で何とかするぞ」


「はい、父さん」


「カインツ殿、いくらあなた達でも、たった5人では」


「先遣隊くらいなら、俺達でなんとか出来るさ。しかし本隊の5千はどうにも出来んぞ」


「それは、もちろんその通りですが……」


いくらカインツ達の腕が立つといっても、一個の軍相手にどうこうできる道理などないのである。

 先遣隊を退ける、その後はどうすればいいのか……。




「ひょっひょっひょ、大分お困りのようじゃのお主ら」


 突然部屋の隅から、この場に似つかわしくないおどけた声がかかった。

 一体誰だ、こんな事を言ったやつは?


「てってめえは、じじいいつの間に入ってきやがった!」


 その声の主にいち早く反応したのは、カインツだった。


「なんじゃその言いぐさは! お前が道場にいないから、わざわざ出張ってきてやったというのに」


 カインツが問いかけたその人は、腰の曲がった小柄な一人の老人であった。

 年の頃は70をゆうに超える。

 片手に杖を一本掴み、曲がった背中を支えるていで部屋の隅の椅子に腰掛けている。

 その老人がいつから部屋にいたのか、はたまたいつ部屋に入ったのか、気づいたものは誰もいなかったはずである。

 しかし、その老人はそんな者達の事などおかまいなしに、カインツへと何やら不平をぶちまけ始める。


「わしがこの日にお前のところに寄るのは、わかっておったじゃろ。なのに誰もおらんわ、こんなところで雁首そろえてるわで。もうせっかくの酒が台無しじゃわい」


「うるせえ、じじい。今それどころじゃねえって、見りゃわかんだろうが!」


「なんじゃい、5千っぽっちの軍隊がこの街に向かっておることじゃろ。それぐらいでがたがた言いおってからに」


「てってめえ、他人事だと思いやがって〜!」


「したっけ他人事じゃもん。わしには、酒が飲めれば関係ないことじゃもん」


「ばっばかやろう! 街が魔族に飲み込まれれば、そのただ酒だって飲めねえだろうが。このくそじじいが」



「ちょちょっと、カインツ殿。失礼だが、この方は?」


 二人のやり取りに見かねたカイルが、あわてて問いただす。


「ああ、このじじいか? こいつは、俺の親父だよ。ヨルンハイメン山に篭ってて、たまに酒と飯をたかりに降りてくるんだよ」


「カインツ殿の父君、そうですか……! ってそれって、まさか?」


「剣神!?」


 その場にいたみなが(カインツを除いた)老人を一斉に注視する。


「そっ、アイス・バーンズじゃ。よろしくの」


「けっ剣神様がなんでこんなところに?」


「お祖父様なの?」


「お久しぶりです、お祖父さん」




 たあ〜なんでこいつが、ここに居るんだよ。


 ――剣神アイス・バーンズ――当代随一の剣の使い手。その剣技は比類なく、ひとたび剣を振るえば、万の軍さえ退けるという、まさしく伝説上の人物である。

 というか前世で嫌ってほど苦渋を舐めさせられた苦い相手だ。




「んで、お主らわしの酒をどうするのじゃ?」


「酒? 街のことですか?」


「同じことじゃろ。それで、魔族の軍隊からどうやって街をまもるんじゃよ」


「うるせえ、それを今話しあってるところだったんだよ」


「で、お前はどうやるんじゃカインツ?」


「決まってんだろ、ぶった斬って、ぶった斬って、ぶった斬るのさ」


「お前はそれでええじゃろうが、街は守れんぞ」


「っく、わかってるよそんな事は!」


 痛いところをつかれたのか、バツが悪そうに地団駄を踏む。


「失礼ですが剣神様。何かお考えでも?」


「わしか? わしにあるわけないじゃろ。だがの……」


「小僧、お主何かあるのじゃないのかの?」


 突然アイスが、俺に向かって片手に握る杖を突きつけてきた。


「あの、アイス様。これは、私の息子でしてまだ6歳の子供です。何かのお間違えでは?」


「ほう、6歳とな。ふむふむ、見えんだがの」


 このじいさん、まさか何を知っているんだ?

 確かに前世でも、妙に感の良かったことはあったが。

 しかし、それでも当代の剣神といえば魔力を一切持たず、その剣技のみで人の極みに到達したもの――俺の事に気づく余地などないはずなのだが。


「それで、小僧。お主は言いたいことはないのかの?」


「レイル、何かあるのか?」


 カイルが俺を訝しんだ目で見てくる。

 どうすればいい?

 街やみんなを守りたいのはやまやまだ……だが、今の俺にはそんな魔力はない。

 仮にあったとしても、それをこんなところでひけらかす気など毛頭ないのだ。

 だが、そんな中ひとつだけ方法がなくもなかった。


「レイル?」


 アイナが、俺の腕を掴んでくる。

 どうしてそんな目で、俺を見るんだ?

 俺みたいなガキに何を期待しているっていうんだ?

 ええい、考えていても拉致があかない。

 もう、選択の余地などほとんどないのだから。


「父上、ひとつだけ街を守る方法があると思います」


「なっ、なんだとレイル?」


「父上はご存知のはずです。僕に教えてくれていた、あの古代魔術――広範囲殲滅魔法『焦熱溶岩地獄インフェルノマグニード』――ですよ」


「レイル、しかしあの上位古代魔術は、まだ未解読で……」


「既に、僕が解読済みです。術式構築も終了しています」


「まっまさか、レイルお前一体、何を言っているかわかっているのか?」


「父上、どうか僕を信じてください」


 突然の俺の答えに戸惑いを隠せず、押し黙ってしまうカイル。

 そんなカイルを横目に、クレアが俺の前にしゃがみこんできた。


「レイル。あなた何言ってるの!? ねえレイル、おかしな事言ってないでお母さんと逃げましょう」


「そうよ、みんなで逃げましょう。アイナちゃんも、エルシアもみんなで逃げればきっと助かるわ」


「父上、僕は本気です」


「……レイルお前」



「カインツ殿は、どう思われますか?」


「はあぁ、なんで俺に聞くんだよ。お前の息子のことだろうが」


「わかっています、わかっているのですが」


「……まったく。いいかもし仮に、これがブロムの言ったことだとするぞ。だったら、俺に迷う余地なんかねえよ」


「父さん……」



「カイル。ねえ、どうしたの? ねえ早くしましょう、逃げるんでしょ?」


「レイル。もう一度確認させてくれ――本当に術式構築まで終了しているんだな?」


「はいっ、父上!」


「そうか……よし、じゃあすぐに段取りを説明してくれ。カインツ殿、どうかご協力お願い致します」


「カイル、カイル、ねえ何言ってるの馬鹿なことやめて。レイルが、この子がそんな事出来るわけ無いでしょ。ねえ、みんなお願いよ。こんな事止めさせて、止めさせてよ!」



 俺は悲観にくれ、なかば錯乱するクレアの手をそっと握りしめた。


「母上、お願いします。僕を信じて下さい」


「うぅひっく、嫌よ、嫌よレイル。駄目なの、あなたはこんな事しちゃ駄目なのよ」


 クレアは俺を抱きしめて、泣きじゃくる。

 その腕は優しく、そして力強いものだった。

 ――それでも俺に出来るならば。


「母上、僕を助けてください」


「うううううぅっ、おっお母さんレイルを助けるわ。私が絶対、あなたを守ってあげるから」



 さあ話はついた――奴らをこの街に一歩たりとも入れさせはしないぞ。




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