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王都防衛ー15

「我がロキ王国の臣民達よ」


 声の主を探そうと、そこかしこでキョロキョロと周りを見回す者達がいる。

 しかしその声は、王都の南に集まる騎士達、兵士達だけでなく、王都全体に響きわたっているようであった。

 事実、家の奥に閉じこもっていた人々の中には、窓を開け外の様子を伺おうとする者達もいたのだ。


「聞くがいい、我が子羊達よ。私は、第三十二代国王デュール・トーレル・ヘイムダル八世が第一子にして、王位継承権第一位グラルド・トーレル・ヘイムダルである」


 王都全体で聞こえるその声の主は、本人の言葉の通りグラルドのもので間違いがなかった。

 ライラもまた、王宮で聞き覚えのある物であったからだ。

 それは、決して王都全体に響くような極度の大音声ではない。

 それでも、王都のどこにいてもその声が聞こえてくる不思議な現象に、皆が耳を傾け始めていた。


「国王デュール八世は、ヴェッリザ帝国皇帝との死闘によりたった今身罷られた。しかし心配する事はない。私の光の加護により、皇帝もまた滅した。そなた達を、このロキ王国を害する全ての悪は、このグラルド・トーレル・ヘイムダルによって断罪されるであろう」


 国王が死に、また皇帝も死んだ。

 一息にまくし立てられたその言葉に、聞き入る者達全てが理解しきれずに困惑している。

 そこに畳み掛けるように、巨大なグラルドの幻影が、戦場となっている王都南側の城壁間際に出現した。


「グラルド殿下!」

「グラルド王子だ!」


  五十メートルを超える、グラルドの姿が人々の目に飛び込んでくる。

 短く刈り揃えられた銀髪に、鋭い眼光。

 若さと自身に満ち溢れたその姿に、沈んでいた兵士達も喚声をあげる。


「愛する臣民達よ。余はここに、ロキ王国第三十三代国王に即位することを宣言し、グラルド・トーレル・ヘイムダル一世となる。余は如何なる敵であろうと、王国を臣民を害する者達を許しはせぬ。余こそ正統なる、王国の守護者なり」


 グラルドが手を振り上げ、高らかに声をはり上げた。

 それが合図であったかのように、王城より何かが浮上してくる。

 徐々に姿を現す異様な物体に、誰もが目を奪われた。


 花弁にも似た羽を幾つも重なり合わせ、開きかけの蕾が首をかまけたような格好のそれは、眩しいほどの光を纏っている。

 また花弁の一枚一枚が、恐ろしく精錬された金属か何かで作られているかのように、磨き上げられた表面が鏡のように乱反射していた。

 

 本来であればとても美しいと評されてもおかしくないような代物であったが、その花弁の一枚が人の背丈ほどもあり、また中心部に人間と覚しき何者かが拘束されている事が見る者達に言いようもない違和感を抱かせるのだった。

 

「刮目せよ! 真なる光の神が恩寵を」


 いつの間にかグラルドの幻影は消え、城壁の尖塔にその本人が立っている。

 グラルドが、右手で眼前の大地を薙ぎ払う仕草をした。

 それに呼応するよう王城から現れた花弁の化物から、大口径の光線が照射される。

 照射された光線の射線は、帝国軍陣地を舐めるように横殴りにしていった。


 地平に巨大な爆炎が一瞬で立ち上る。

 まるで城壁と対を成すように、帝国軍の布陣する大地一帯が爆炎による壁が巻き起こった。


「あははははっ、帝国の蛮族共め。正しき王の力、その身を以てとくと味わうが良いぞ!」


 城壁まで近づいてきた花弁の化物を背後に従え、グラルドが狂気に満ちた笑い声をあげる。

 輝く銀髪を携えたグラルドの目は、その風貌に似つかわしくない暗く濁った淀みを宿していた。


「くふっ。さて、止めといたすか……。であろう、バルタザール」


 グラルドが指差す先、墜落し煙を大量にあげる機動要塞スレイプニル。

 機動要塞とグラルドの間に、真白な外套を纏った者が一人、空中に浮かんでいた。


「貴様には感謝しておるよ。帝国を裏切り、余と内通してくれた事。余の力となるべくこの『あまた花開く花弁の王ラ・ペオーニア・リフレクト』を提供してくれた事。全ての褒美に、貴様とそこに転がる古代兵器もろとも、消し去って余の王道の序章と致そうぞ」


 城壁の尖塔頭頂部に立つグラルドと、距離をもってそれと対峙する男が何やら言葉を交わしている。

 だが、それを見上げるライラ達王国軍の一団には、会話の内容までは聞こえてこなかった。


「左様でありますか、グラルド殿」

「どうした? 命乞いでもすれば、気が変わるかもしれんぞ? まあ、全てを知っている貴様を生かすだけの理由があればだがな」


 勝ち誇った態度で、下卑た笑みを浮かべるグラルド。

 そんなグラルドのことなど意に介さず、バルタザールが淡々と話し始めた。

 

「まったくもって愚者とは貴殿の事を言わずして、誰を指すのか。あなた程、道筋を違えず何度も何度でも、同じ結果、同じ行動に至る方も珍しいですな。グラルド殿」


 口の端を吊り上げ、醜い笑みを浮かべていたグラルドの表情が一変する。


「なんだと!? 貴様、死を間際におかしくなったか!」

「よろしいかな。まず、その哀れな王子を使った兵器でありますが、それを作るよう指示したのは誰でありましたか? また、あなたが動きやすいように、件の少年を王都より離れさせたのは誰でありましたか?」


 激昂したグラルドには、バルタザールがの言葉はいくばくかも耳にとどいているのだろうか。

 それでもお構いなしに、バルタザールは続けた。


「ヘイムダルの力を使った兵器――『花弁の王』とは、あなた達トーレルの末裔だけに許された加護を、最大限に搾り取るための役目を担う魔道兵器。それを設計した私が、果たしてあなたにそれを自由に使わせると本気でお思いですかな?」

「なっ、何を……」


 グラルドの顔色がにわかに青ざめていく。

 バルタザールの言わんとしている事は、ようやく理解出来てきたのだ。

 だが、それでもグラルドは喚き散らす。

 彼の生来の性格が、自身がバルタザールの手中で踊らされただけだと認めなかったのである。


「うるさい、黙れ黙れ! 詭弁を弄して、助かりたいだけだろうが! このグラルド一世が世界を統べる手始めに、貴様もろとも帝国の蛮族を屠ってくれる!」

「何度聞いても、クズの声は耳に馴染めぬな……」

「きっ、帝国の豚めえええええええっ!!」


 怒りのあまり銀髪を掻きむしり、醜くく涎を撒き散らしながらグラルドが吠えた。

 花弁の王と言われた魔導兵器が、巨大な蕾を花開かせる。

 中心に据えられているのは、バルタザールの言った王子――王国の第二王子ことミラルドだった。


 四肢はもとい、目隠しと猿ぐつわのような物で全身を拘束されている。

 意識があるのかさえ定かではない彼は、ただヘイムダルの力を極限まで搾り取られるためだけに、その魔導兵器に据えられていたのだ。


「花弁の王よ! 其奴から好きなだけ吸い付くし、眼前の汚物共を尽く消滅させてやるのだ!」


 幾つも折り重なった金属の花弁が、大きく展開していく。

 中心のミラルドが輝き、その身を閃光に包み始めた。


 空中に佇み、微動だにしないバルタザール。

 それを醜悪な笑みを以て、見送ろうとするグラルド。 

 その口が、王子としての尊厳など微塵も感じさせないほどに、裂け歪んでいく。

 絶頂へと達しようとする興奮で瞳孔が開き、無意識に開いた口から涎まで垂れ流していた。


 歓喜のひと時――グラルドの脳裏に、栄光に満ちた自身の未来が浮かび上がる。

 だが次の瞬間、開け放たれた口から血の塊が吹き上がった。


「ごばぁっ……。なっ、なびば!?」


 大量の血を口から溢れさせたグラルドが、見開いた目で自分の胸を見下ろす。

 そこには大ぶりの剣先が、胸を刺し貫いて飛び出しているのが目に入った。


「ぐばあぁぁっ……」


 苦痛と驚愕に彩られたグラルドの顔が、後ろに傾いていく。

 自分を貫く剣、それを握る男の顔が視界を捉えた。


「ぎっ、ぎざまは……。なっ、なぜだ……ローラン、ド!?」


 ヘイムダル騎士団団長ローランド・ヘーゲンハイム。

 その手に握られた剣が、主君であるはずのグラルドの胸を深く突き刺していたのだった。

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