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王都防衛ー13

 王都の空を時折、閃光が瞬く。

 城壁間際まで撤退した王国の兵達は、傷の治療で動けない者を除いてその殆どが、はるか頭上で繰り広げられる超常の戦いに目を奪われていた。


「何て戦いなんだ……」


 誰とはなく、ほうぼうでそんな呟きが口にのぼる。

 彼らには、上空で繰り広げられる戦いの詳細など理解できようはずもない。

 それでも度々激突する二つの光と、それによって起こる衝撃と爆風が、その威力を十分に伝えていたのだ。


「位階魔導士は全て城壁に上がれ。結界を張って衝撃に備えるのだ!」


 宮廷魔導士の序列一位であるシュトライドの指示によって、カイルを始め治療を優先しなければいけない位階持ち魔導士以外は、全てが城壁に登る。

 皇帝と国王の戦いの余波で受けるであろう被害を、未然に防ぐためだ。

 それほどまでに二人の放つ攻撃のひとつひとつが、尋常ならざる威力を持っていたのである。

 仮にその一つが王都に届こうものなら、城壁だけでなく都の大部分を消失させるに足るものですらあったのだ。




 ハールダンが自らに放たれた光線を、まるで普通の投擲槍か何かにするように右腕で払いのける。

 腕に装着されたグラウル型一級兵装が、レーザーのように照射された光の軌跡をいとも容易く捻じ曲げたのだ。

 飴細工のように捻じ曲げられた光線が、離れた丘に着弾する。

 小高い丘であった場所が抉られ地表が歪に露わになったことが、その威力の凄まじさを物語っていた。

 

「ははははっ、どうした王よ! 加護の力が落ちてきているではないか」

「ふんっ、待たせておる女がいるのでな。余力を残しておかねば、格好がつくまい」

「っん? 女、女だと? はっ、がはははっ! 貴様、年甲斐もなくまだ女を囲っておるのか?」

「国も、女も、大事なものは全て守ってこその男だろうよ!」


 不敵な笑みを浮かべるデュール。

 右手を振り払うと、その動きに合わせて光の帯が流れる。

 その光の帯からせり出すように、それもまた光で形作られた剣が数百本出現した。


「我が断罪の光からは、何人たりとも逃れる事は叶わんぞ」


 デュールの右手が螺旋を描くようにうねりだす。

 それに呼応するかのように、数百の剣が渦を巻いて立ち上った。

 まるで群れを成す渡り鳥のように、数百の剣の群れが一つの生物と化してハールダンに襲いかかる。


「ふんっ、小賢しいわ!」


 ハールダンが迫りくる光の剣に、右腕を向け魔力を集中させる。

 だが鋒矢の形に密集した光の剣が、ハールダンの直前で爆散したかのように拡散した。

 散り散りに飛び散った剣が、各々別個の意思を持つ生物さながらにハールダンに向かって飛来する。

 ひとつの剣が襲いかかると、その直後に別の剣が全くの別方向より飛来する。

 その不規則な動きに対応するため、ハールダンであっても追いすがる光の剣を避けつつ各個に撃破せざるお得なかった。


「数百の光剣が繰り出すのは、無限の攻め手よ。皇帝よ、どこまで逃げ切れるか」

「まったく、ぴかぴかとうっとうしい蝿だな。ならば纏めて片付けるまでだ」


 先程まで高速で空中を移動し、襲いかかる光剣を躱していたハールダンがふっと空中で動きを止めた。

 その機を逃すまいと、ジグザグと軌跡を描きながら残る数百の光剣が、ハールダンを取り囲むように殺到する。

 だが、絶体絶命の窮地に追いやられたいるはずのハールダンの表情に、焦りの色は微塵もなかった。

 ハールダンの右手に装着されたグラウル型一級兵装の表面が、まるで薄いカーテンのように伸び、ハールダンを球状に覆い尽くす。

 構わずハールダンを、その球体のまま串刺しにする光剣。

 全方位から突き刺さった光剣によって、空中に一個の光り輝く球が浮かんでいる。

 

 だが光を帯びていたそれは、次第に黒ずんだ染みの様な物に侵食されていく。

 黒い液状のそれが球状に広がり切ると、光剣もまた泥沼に沈み込むように黒い球体に埋没していった。


「如何な光の神の恩恵と言えども、虚数空間にまではその力を及ぼすことは叶うまい」


 球体の表面を覆っていた黒い泥沼が内側に飲み込まれるように縮まっていくと、ハールダンを覆っていたグラウル型一級兵装の外皮もまた、元の形状へと戻っていく。

 グラウル型一級兵装の機能として、正のエネルギーであるヘイムダルの光と相対を成す、負のエネルギーに満ちた空間を作り出すことで、人の身では抗うことの出来ない神の事象に対抗する事を可能としたのだ。


「古代魔法帝国の遺物か。厄介なものだな」

「これでわかったでろう、光の王よ。この戦い、とどのつまり貴様と我のどちらかが、力尽きるまで決着はつかんのだよ」

「なるほどな、皇帝。貴様の魔力が尽きるまで、我が光の神の恩寵を与え続ければいいと言う事だな」

「もちろん、先に尽きるのは貴様の生命力いのちの方だがな。光の王よ」


 不敵な笑みを浮かべ、お互いを牽制し合う二人。

 皇帝と国王、どちらとも相手を消し去らない限り、この戦いに決着がつかないことを理解しているのだった。




 戦場のすべての者が一時戦いを忘れ、この世ならざる戦いに目を奪われている。 そんな中、機動要塞スレイプニルの内部では、この機に乗じて行動を起こす者があった。


「さっきから何が起こってるのよ! もうシェリナの奴、私だけこんな部屋に閉じ込めて……」


 スレイプニアの居住区画にある一室、そこは第一皇女シェリナ専用にあてがわれた貴賓室であった。

 通常の居住スペースは、狭い室内に簡易のベッドが複数誂えられた簡素なものである。

 だが皇女のために用意されたこの部屋は、宮殿の一室にこそ広さでは劣るものの、室内の装飾や家具類は決して見劣りする物ではなかったのであった。

 ここにバルタザールによって帝国に攫われ、今なおシェリナの所有物として囚われているアイナが軟禁されていたのである。


「っく、これさえなければ」


 アイナが、首に付けられた隷属の首輪を触る。

 バルタザールをによって付けられたこの首輪が、アイナの自由を奪っていたのだ。

 今乗せられている機動要塞スレイプニルが、王都に着いた事までは知っている。

 シェリナが部屋を後にする時、今から開戦すると緊張した面持ちで言っていたから間違いないのだろうとは思っていた。


 首輪に添えられた指に力が入る。 

 すると途端に全身に激痛が走り、体全体から力が抜けて崩れ落ちてしまった。


「はあ、はあ……やっぱり駄目ね」


 アイナは、弛緩した身体をさすりながらゆっくりと起き上がる。

 何度も試した事であったが、わずかでも首輪を外そうと試みると、先程のようになってしまう。

 ため息をつきつつ、部屋を見渡す。

 部屋の壁には、自分の愛刀が無造作に立てかけてあった。

 

 シェリナはアイナをこの部屋に残す際、一言命令を残していった。

 ――この部屋より無断で外に出ることを禁ずと。

 

 アイナは、この部屋の中にあっては何をするのも自由であった。

 だがしかし、それだけの事である。

 愛刀があろうと、部屋の中でいくら独り言を呟こうと、この部屋より出ることだけは叶わなかったのである。

 

 たとえ部屋の入口に鍵がかけられていなかったとしても。


「ごめんなさい、レイル……」


 うなだれて、思わず口をでた言葉。

 その時、部屋の扉の前に何者かが近寄る気配がした。

 即座に壁の刀に手をのばすアイナ。

 気配から察するに、シェリナでないのは間違いがなかった。

 彼女であれば、自室に戻るのに気配を殺すような真似をする必要がないからだ。

 ましてや、一般の兵士であればここに近寄る事すら禁じられいるはず。

 頭の片隅に、もしやという淡い期待が微かによぎった。

 

「誰っ!?」


 静かに扉が開いていく。

 緊張に身体を強張らせ身構えるアイナであったが、僅かに開いた扉の隙間から忍び込むように入ってきた者の顔を見て、驚きに目を見開いた。


「ご無事でしたか、アイナ様?」

「えっ、エルシアさん!?」


 想定外の事態につい大きな声を出してしまったアイナが、慌てて口をつぐむ。

 その様子を見たエルシアは、安堵したように優しく微笑みかけた。


「アイナ様。さあ、参りましょう」

「ちょ、ちょっとエルシアさんが何でここに? レイルも一緒なの?」


 事態に困惑しつつも、アイナは一番気がかりな事をまず聞いた。


「詳しいお話は後ほど。ただ、今ここに参っているのは私だけでございます。レイル様とは、別行動をとらせて頂きましたが、恐らくレイル様達もこちらに向かっている事かと思います」


 レイルが一緒ではないと聞いて、少しだけ心に引っかかるものを感じたアイナだったが、それでも自分を助けに向かっていると聞いて、胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのがわかった。


「ありがとう、エルシアさん。でも、無理よ。この首輪、これを外せない限り私は一歩も外に出ることが出来ないの」


 アイナの指差す隷属の首輪を見て、エルシアが頷く。


「大丈夫です。その首輪を付けたのは、バルタザールという男でございますよね。であれば、わたくし(・・・・になら外すことが可能なはずです」

「どういう事?」


 とまどうアイナをよそに、エルシアが小さなナイフを片手に首輪に手を伸ばす。


「この隷属の首輪という物は、発動した術者とその者によって指定された管理者に解除の権限があるのです。あの男の話であれば、管理者として指定したのは皇帝の血に連なるものという事でした。であれば、わたくしにもその権限があるはずなのです」

「皇帝の血って……エルシアさん、何を言ってるのかわかってるの?」

「申し訳ございません。お叱りは後ほど如何用にも。ですが、今はここを脱出することだけをお考えください」


 そう言うと、指先をナイフで少しだけ傷つけ、エルシアがそこから滴る血で首輪をなぞった。

 血でなぞられた隷属の首輪が、その表面に血色の文字を浮かび上がらせる。

 すると鈍い音を立てて、首輪があっさりと左右に割れたのであった。


「アイナ様、失礼いたしました。ですが、これで問題はないはず。一刻も早く脱出を」


 久しぶりに開放された首の感触に、アイナが手で何度も外れた場所を確認する。

 なぜエルシアが、首輪を外せたのか?

 皇帝の血に連なるとは、どういう事なのか?

 問いただしたい事はいくつもあったが、それでも目の前のエルシアの切実な眼差しがそれらを飲み込んで従うべきだと訴えていた。


「わかったわ、エルシアさん。助けてくれたお礼も言いたいけど、ゆっくりもしてられない。直ぐ様、一緒に逃げましょう」


 微かに笑みを浮かべ、頷くエルシア。

 二人は警戒しながらも、足早に部屋から艦内へと抜け出していった。

 誰もいなくなった室内に、二つに割れた隷属の首輪が転がっている。

 それを、壁から溶け出すように現れた少女が拾い上げた。


「さてと、バルたんに報告しなきゃにゃのね」


 七魔人の一人ベアトリクスは、鼻歌まじりに現れた時と同じように壁に消えていく。

 外では空前絶後の戦いが続く中、全く別の思惑をもつ者達が静かに動き出していたのであった。

 



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