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王都防衛ー10

 八年前のあの日、一兵卒として初陣を飾っていたシルヴィルフは、自分の力を帝国軍にあって周囲に見せつける好機と期待に胸を踊らせていた。

 だがそんな少女のギラついた欲望は、たった一振りの剣撃によって梅雨と消してさられてしまった。

 ロキ王国の地方都市クルシュ。

 フェルセト大森林を越えマルケルス城砦を挟撃する際、途上にあって蹂躙するだけの場所でしかなかった小さな街。

 

 そこへと進行する軍の前衛部隊に、シルヴィルフは運悪く組み込まれていた。

 そしてあれが起こった……。


 今でも、よくわかっていない。

 なぜあの時、自分は全力で地面にひれ伏したのか。

 とにかく理由はわからないが、身体が有無も言わさず大地に身を預けることを選択したのだ。

 そしてその結果、自分だけが命を拾う事になる。

 つい先程まで、周りの下卑た兵士達同様、クルシュの街を血で染め上げ己が暴力を存分に振るう事しか頭になかったその身体が、一度の戦場を経験する事なく恐ろしいまでの敗北感に包まれてしまっていたのだ。


 まるで一昼夜戦い続けた後のように重い体を起こすと、そこには上半身を失った多数の兵士達の下半身が、血を吹き上げながら棒立ちになっていた。


 ゆっくりと顔をあげたその視線の先に、一人の老人が杖をついて立っていた。

 ただ、ただ普通の、どこにでもいるような腰の曲がった老人。

 だが、わかった。

 理解してしまったのだ。

 

 そして、脇目も振らずシルヴィルフは逃げ出していた。


 その直後、兵団を包み込むように発動された広域殲滅魔法によって、帝国軍は壊滅の憂き目にあう。

 しかし、言い知れぬ戦慄と恐怖……いやそんな生易しいものではない、魂の根源を凍結さしかねぬ様な生命としての畏怖を刻み込まれたシルヴィルフは、魔法発動の直前、脱兎のごとく戦列から離脱したため助かっていたのだ。

 からくも本国に逃げ帰った彼女は、それ以来染み付いた恐怖を振り払うが如く研鑽に励み、今の地位と実力を獲得するに至っている。


 シルヴィルフの脳裏に、その時の記憶が鮮明に蘇る。

 後の話で、あの時の老人こそ剣神アイス・バーンズその人であったと聞く。

 ならば、今目の前にいる青年は誰なのか?

 剣神の孫……あの途轍もない化物の血を受け継ぐ者。


 悪態をつける余裕があるのは、自分が成長した証なのかとシルヴィルフは考える。

 剣神あれは、人じゃない。

 正真の化物だった。

 だが、目の前のニヤけた男はどうだ?

 確かに、実力の底は見えない。

 それでも自分が敵わない相手だとまでは、到底思えない。

 決め手に欠いてはいるが、実際攻撃は一方的ですらある。


 ならば……後は自身の精神力の問題だと、シルヴィルフは即座に気持ちを切り替えた。

 

「ふうぅ……。おいブロムとか言ったな?」

「何だい、シルヴィルフさん?」


 拍子抜けするようなブロムの返事に、思わず湧き上がる怒りをシルヴィルフはぐっと堪える。

 そして一呼吸置くと、落ち着いた声で話し始めた。


「いいか、よく聞け。次で俺様は、てめえを必ず仕留める。これは決定事項だ。てめえが、本気を出してない事は重々承知してる。けどな、それでも俺には絶対に勝てない。この帝国七魔人、色欲のシルヴィルフ様をここまで追い込んだのは、てめえが初めてだよ」


 それだけ言って、シルヴィルフは倒れるようにゆらりと身体を前のめりに傾けた。

 地面に倒れ込もうとしたかに見えた瞬間、風切り音を伴ってシルヴィルフの身体が最高速度へと加速される。

 尾を引くように一直線にブロムへと突進するシルヴィルフの身体は、やはり音を置き去りにするほどのものであったのだが――。


「無駄だよ、それはさっきも見たから」

「そいつはどうかな?」


 シルヴィルフの姿がそのあまりの速さに一瞬消え去った直後、ブロムの頬に一筋の切り傷が浮かび上がった。


「えっ?」


 思わずブロムの口から驚きの声が漏れる。

 次の瞬間、ブロムの背後に現れたシルヴィルフが、再び絶足ぜっそくにて瞬時に加速に入る。

 今度は刀を構えるブロムの右脇腹、ちょうど防具の隙間の辺から鮮血が迸った。


「おいおい、どうなってやがる?」


 拳闘兵を片付け、クランに羽交い締めにされているリゲルドが思わず素に変える。


「若が攻撃を受けるなんて……。でも何故?」


 クランも思わず腕の力を緩めて、唖然としていた。


「どうにも不自然ですね……」


 残りの拳闘兵を始末したブルーンも、二人の側でブロムとシルヴィルフを観戦していた。


「おいっ、まただ!」


 三人の見ている前でシルヴィルフの姿が掻き消えた直後、ブロムの左腕から血が滲み出す。


「何だか、若の反応が一瞬遅れているような……」

「だな。あの女の姿がかき消えた直後、坊っちゃんの身体がほんの一瞬強張るように見えんな」

「同感である……」


 一呼吸おいて、ブロムが血の滴る自分の腕をしげしげと眺めていた。

 その口元が何故か緩やかに綻んでいく。

 この戦いが始まってから、終始にこやかな笑顔を絶やさなかったブロムの表情が、ここに来て大きく変わりだしていた。


「くふっ……。はははっ……」


 ブロムの口から、静かに笑い声のようなものが漏れ出す。

 

「っち、やっぱりあれ(・・がくるか」

あれ(・・、みたいね」

あれ(・・であるな」


 リゲルド達三人が、一様に諦めたようなため息をつく。

 遠巻きに眺める彼らをよそに、突然ブロムがおかしくなったかのように、高笑いを始めた。


「あはっ、あははははっ。良いよ、最高! まじでやばい、来てるよ来てる。超ぞくぞくする、たまらないよ!」


 ブロムが嬌声を発しながら、両腕を広げ高らかに叫びだす。

 その顔には、普段爽やかなブロムからは想像もつかないような醜悪な笑顔が張り付いていた。

 間合いの外から次の攻撃のために姿勢を屈めるシルヴィルフが、奥歯を噛み締めそんなブロムをじっと睨んでいる。


「はははっ、はあ、はあ……。いやあ、凄いねぇシルヴィルフ。今のは流石にびっくりしたよ」

「っく、ど畜生が……」


 シルヴィルフは、正直焦っていた。

 前言通り、彼女は最初の一撃でブロムの頭蓋を串刺しにするつもりでいた。

 だが結果は、彼の頬を手甲剣がかすめただけ。

 次の心臓への一突きは、先程より深手とは言え脇腹にそらされてしまう。

 そして三度目、腕を切り落とそうと狙った一撃は、左腕を微かに切り裂くに留まってしまった。


 おかしい……。

 ブロムに攻撃は当たっている。

 しかしその瞬間、ブロムの目はシルヴィルフの繰り出す切先に既に向けられているのだ。

 本来ならば、シルヴィルフがこの攻撃を仕掛けた相手は、何が起きたかもわからないまま絶命するのが常であったからだ。

 

 それが三度も躱されている。

 シルヴィルフの頭に、再び苦い記憶が忍び寄ってきた。


「ねえ、今のって魔法かい? それとも加護か何か? それにしても凄いな、僕の認識を阻害するなんて」

「なっ!? てめえ、なんでそれを?」

「僕等の使う陰流にも似たような技があるしね。まあ、君のように意識に強制介入出来るわけじゃないんだけど。ほら、こんなふうに……」


 ブロムを凝視し身構えていたシルヴィルフの耳元で、金属の擦れ合うような高い音が炸裂した。

 思わずその場から飛び退るシルヴィルフ。

 音の方を見ると、地面に見慣れた肩当ての防具が転がっていた。


「ほら、わかんなかっただろ?」


 シルヴィルフの顔が、一気に青ざめたものへと変わる。

 地面にカタカタと音を立てながら転がるのは、自分の左肩に当てられていた防具の一つだったからだ。


「……ありえねぇ、なんだこれ。ありえるわけねえんだ……」


 身の毛もよだつ戦慄。

 心に刷り込まれた剣神への恐怖が、シルヴィルフに再び襲いかかってきた。

 

 『神の足(ヘルモーズ)』による加護――それは、ブロムの言う通り対象とした生物の意識を、ほんの一瞬だが停止させる事の出来るものだった。

 部族の族長たる血筋のシルヴィルフにしか使えず、これを使った戦闘において、一度として敵を仕留めそこねた事はない。

 故に、帝国軍内においてもこの加護について知っているものは皆無であり、自分も故意に隠し通してきたもだったのだ。


 それを目の前の男は、傷を負ったとは言え何度も躱し、しかも看破までしてくる。 あまつさえ、似たような技と言いながらシルヴィルフに同様の技を仕掛けてきたのだ。

 シルヴィルフの頭の中は、既に何が起こっているのか全く理解出来なく、パニックに陥っていた。


「僕等人間の目は、一挙一投足まで全てを捉えているわけじゃない。視線の先、筋肉の脈動、果てはその表情まで、あらゆる情報の中で必要最低限の物だけを拾って相手の行動を予測しているんだ。

 だからさ、意図的にそれを少しだけ誤魔化してやると、人は勘違いしちゃうんだよ。

 ――こんなふうにさ」


 ふと気づくと、シルヴィルフの右肩にブロムの手が添えられていた。


「ヒッ!? ひあああああっ……!」


 屈んでいた自分の側に、いつの間にかブロムが立っている。

 絶叫をあげ尻もちをついたシルヴィルフは、ブロムの手を振り払うと、転がるようにそこから離れた。


「そんなにびっくりしないでよ、シルヴィルフ。今の君と僕は、同格、同じ様なレベルの戦士だと言って差し支えないんだ。そこでね、ずっと考えていたんだよ……」


 顔面蒼白になり、冷たい汗が全身を伝わるシルヴィルフ。

 そんな彼女に対して、ブロムが今まで以上の満面の笑みで語りかけた。


「僕の子供を生んでくれないかな?」

「はっ……?」


 あまりに斜め上、想像だに出来なかったブロムの言葉に、シルヴィルフが言葉を失う。

 しかし、そんなシルヴィルフのことなどお構いなしにブロムは意気揚々と勝手に話を続けた。


「うん、決めた。シルヴィルフ、君には僕の子供を孕んでもらう。こんなくだらない戦争なんてすぐに止めて、今すぐ結婚しよう。ちょうどここには父さんも来てるし、善は急げだ」

「なっ、なっ……なんだとおおおおっ!」


 唖然として、一時思考が止まっていたシルヴィルフもいい加減我に返る。

 

「頭湧いてんのかてめえはぁ!? 俺とお前は、殺し合ってる最中なんだぞ。それも戦闘中に……。狂ってやがる……」

「そんな些細な事はどうでもいいんだよ。僕はずっと探していたんだ。僕の理想の、お互いに切磋琢磨していける伴侶を。シルヴィルフ、君がその人なんだ」

「だあああああっ!」


 全く会話が成り立たない苛立ちで、シルヴィルフが頭を掻きむしる。

 しかしそれによって、恐怖の記憶が蘇り身体を硬直させていたシルヴィルフは、いつの間にか開き直っていた。


「必ず、ぶっ殺す!」

「はははっ、いいよシルヴィルフ。もう少し楽しもうか」


 歯ぎしりをして凄い形相で睨むシルヴィルフ。

 そしてその相手であるブロムは、以前としてにこやかな笑顔を崩していない。


「暫くかかりそうね……」

「だな……」


 リゲルドが、一息ついて立ち上がる。


「じゃあ、まあ、坊っちゃんは大丈夫だろうから、俺らは適当にやるか」

「私は、若に邪魔が入らないように露払いするけど」

「しかり……」


 ブロムとシルヴィルフの決着には、まだまだ時間がかかりそうだと判断したリゲルド達三人は、各々思い思い乱戦に突入していくのであった。


次回は、皇帝陛下のお出ましです。

少しは展開を早めねば……。


少しでも気にかけてくださった方は、ブックマークしてやってください。


感想、評価も絶賛おまちしております。

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