王都防衛ー9
ブロムとシルヴィルフが対峙している側では、リゲルド達三人がシルヴィルフ配下の拳闘兵と戦いを繰り広げていた。
「リゲルド。あんたみたいなどん亀には、こいつらの相手はちょっときついんじゃないの?」
両手にレイピアを携えた女剣士のクランが、たくみに双頭魔狼と拳闘兵からの攻撃をいなしている。
その細身の刀身から繰り出される突きは、目にも留まらぬ速さで敵の接近を難なく防いでいた。
拳闘兵が空中から躍り出るのと同時に、双頭魔狼がその牙を剥き出しに突進してくる。
上段からは拳闘兵による手甲剣が、下段からは乱杭歯を涎で滴らせた恐ろしい獣の顎が、クランの美しい肢体を引き裂こうと迫り来る。
その二身による必中の連携が、三組同時に襲いかかってくるのだ。
だがクランの刺突が、レイピアの残像だけを残し、躍りかかる敵を難なく撃ち落としてしまう。
「うっせえ、クラン。余計なこと言ってんじゃねえ。黙って見てやがれ!」
一方のリゲルドは、クランの指摘どおり拳闘兵の連携のとれた素早い動きに苦戦を強いられていた。
クランは、その筋肉の塊のようなずんぐりとした体型を活かした肉厚の大剣をぶら下げている。
その一振りは、一撃で甲冑を着た兵士をほおずきのようにひしゃげさせることは出来ても、カトンボのように周りから飛びかかってくる敵には中々標的を定めることが難しい代物だった。
「ほらほら、余所見してると危ないわよ。私が行くまで、精々必死に凌いでいなさいな」
余裕を見せるクランは、その流れるような剣舞を以て敵を一人また一人と突き刺していく。
「売女が、ようく見てやがれ! ――烈風衝斬!」
クランの嘲笑に激怒したリゲルドが、両手で構えた大剣を横殴りに一閃させた。
凄まじい速度で振り回された肉厚の刀身から、リゲルドの周囲に衝撃波が生み出される。
一気に躍りかかろうと跳躍していた拳闘兵と双頭魔狼が、鈍器で叩きつけられたような衝撃で吹き飛ばされていく。
「どうだクラン? 俺様が本気を出せばこの程度の奴ら一撃で……。げっ!?」
振り返るリゲルドの目に、世にも恐ろしい光景が飛び込んできた。
そこには無数の刺し傷と共に、レイピアに串刺しにされ掲げられる一頭の双頭魔狼の姿があったのだ。
「……クラン?」
「……誰が売女だって?」
クランが自身の身体よりも遥かに大きい双頭魔狼を、その細い腕でもって串刺しにしている。
のけぞるようにリゲルドの方を覗くクランの瞳が、怪しく光っているかのようだ。
「いや、あの、その……なあクラン、さっきのは売り言葉に買い言葉でよ。まあなんだ、気にすんなよ。俺とお前の仲じゃねえか、なっ」
「心配してやってる自分の女に、売女だ? 許されると思ってるのかしら、このクソマラは?」
「まっ、マラ……」
思わず口を開け呆然となるリゲルド。
しかし次の瞬間、放り投げられた双頭魔狼の死骸が、リゲルドに覆いかぶさるのだった。
「まったく。何をしているのですかね、あの二人は? あなた方も、そうは思いませんか?」
「うっ、ぐうううっ……」
拳闘兵の一人がブルーノに羽交い締めにされ、その首元に小刀を押し付けられている。
その周りを緊張した面持ちの拳闘兵二人が、手も出せず身構えていた。
彼らの足元には相棒とも言うべき双頭魔狼が、無残にもその屍を晒している。
それら魔獣の躯にはほぼ外傷らしいものが見当たらず、唯一喉元から薄っすらと血を滴らせているだけだ。
「どうしました? 早くお仲間を助けに来られてはどうですか?」
ブルーノの仮面に覆われていない口元が、僅かにほころぶ。
珍しいほどに、いつにもまして饒舌なブルーノの口が、彼もまたこの戦場に興奮気味であることを現していた。
そんなブルーノとは裏腹に、対峙する拳闘兵たちの顔色は優れないでいる。
にじり寄ろうと間合いを図る拳闘兵達であったが、その足は一向に前へと進んでいかない。
先程から彼らは、一斉にブルーノに仕掛けるも、その度に盟友とも言うべき双頭魔狼を一撃のもと殺されていた。
それは突然目の前から忽然と姿を消したブルーノが、いつの間にか双頭魔狼の背後に現れ、手にした小刀で喉元を一突きにしてしまった結果だった。
そして今しがたの事である。
遂に双頭魔狼が殺されつくすと、今度は仲間の一人である拳闘兵の影からブルーノがぬらりと姿を現したのだ。
仲間が無残に殺されようとする中、二人の拳闘兵の足は徐々に後ずさりを始める。
目の前の奇怪な剣士が、帝国にあって歴戦の拳闘士でもある彼らに対し、抗いがたい恐怖を植え付けつつあったのだった。
少し離れた所で行われている戦闘で、配下の拳闘兵達が徐々に劣勢に立たされているのは感じている。
しかしシルヴィルフの方も、目の前の気味の悪い青年から片時も気をそらすことが出来ないでいた。
少しの油断が今の自分には死に即決することを肌で感じ取っていたからである。
「っちきしょう! 何者なんだてめぇは?」
冷静さに欠け、手札を見せすぎたと感じたシルヴィルフが、ブロムに問いかける事で時間稼ぎをしようと試みた。
本来殺し合う相手に一切の興味など持たないシルヴィルフであったが、気持ちを落ち着かせる事こそ今は最善策だと考えたからである。
「そうか、まだ自己紹介もしていなかったね。僕の名前は、ブロム・バーンズ。さっきあなた達帝国の魔装機神の相手をしていた人の息子さ」
ブロムがあっさりと自分の名前を告げてくる。
だがそれを聞いたシルヴィルフの方は、顔色を大きく変えた。
「バーンズ……バーンズだと!? それって、おい。まさか……剣神の?」
「お祖父様だね」
戦場に似つかわしくない晴れやかな笑顔で、ブロムが答える。
「っざっけんな! 剣神の血筋だと!?」
「出来れば、剣鬼カインツ・バーンズの息子と覚えてほしんだけど……」
「うるせぇ! そんな事はどうでもいいんだよ。くそっ、くそったれ!」
シルヴィルフが取り乱し、悪態をつきまくる。
彼女はブロムの告白に混乱する中、必死に現状を理解しようと頭をめぐらせていた。
なぜなら、彼女の部族が帝国に飲み込まれ、拳闘士として軍に参戦する事が決まった時、部族長である曽祖父から言い聞かされていた事があったからである。
曰く、この世界には決して対峙してはならない存在が三つあると。
一つ、大陸北に生息するという、古代竜種。
一つ、遥か太古より人の歴史の転換期に現れると言われる、賢者と呼ばれる存在。
一つ、人の身でありながら生ける伝説となりつつある剣神。
この中で先の二つに関しては、ほぼおとぎ話として語りつがれる程度のものである。
しかし三つ目の剣神だけは、そうではなかった。
剣神アイス・バーンズ――
八年前のあの日、まだ十代であったシルヴィルフは、かのマルケルス戦役に従軍していたのだった。
もそっとブロム回です。
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