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王都防衛ー8

「くそっ、どうなってやがる……」


 シルヴィルフが、肩で息をしながら目の前のブロムを睨みつけていた。

 先程からシルヴィルフは、その体術を活かした拳闘術をもってブロムに防戦一方を強いている。

 しかし怒涛の攻撃を受けるのに精一杯のはずのブロムからは、焦りの表情が一切見受けられない。

 それどころか、一連の攻防を楽しんでいるかのように当初と変わらぬ微笑を浮かべてさえいるのだ。


「舐めてるのか、小僧が!」


 シルヴィルフが地に這うような姿勢から、一足飛びにブロムに接敵する。

 蹴り出す瞬間、その足に魔力を通わせ、間合いを一足飛びに詰める走法は、魔走脚と呼ばれるものだ。


 拳闘士あがりであるシルヴィルフは、帝国将校にあって唯一と言ってよいほど攻撃魔法を一切扱うことがない。

 スヴァルトアームの民である以上、魔力の保有量は王国民より遥かに多く、その魔法適性も十分にあるのだっが、彼女の出身部族はそれを良しとしなかった。

 シルヴィルフの出自であるスヴァルトアームの一部族は、その高い魔力を全て身体強化のみに傾ける事に特化し、代々受け継がれる身体能力の高さも相まって、素手にて凶暴な魔獣と渡り合うほどとなっていた。


 そんな部族の歴代戦士中もっとも戦闘能力において秀でていると評されているシルヴィルフの攻撃を、彼女の目の前の青年が飄々とあしらい続ける。

 そんなあり得ざるべき状況に、シルヴィルフ当人は凄まじい苛立と底知れぬ違和感を感じていた。


 刀を正眼に構えるブロムの懐に、シルヴィルフが飛び込む。

 シルヴィルフが両腕の手甲剣をクロスさせ、下段より刀の鍔元を狙い武器破壊を試みたのだ。

 しかし手甲剣が刀の刃に届こうとした時、シルヴィルフの腕が横合いより不意に押しのけられた。

 直上に伸ばされた腕が、横合いからの思わぬ力に軌道を変え刀の横にそらされる。

 シルヴィルフが自分の腕を払ったのがブロムの手刀だと理解するより早く、勢いのままブロムの肩に手を乗せ、回し蹴りでブロムの首を狩りに行った。

 すかさずブロムは、首をはねに来たつま先を持ち替えた刀の柄で跳ね返す。

 その反動を殺さず、シルヴィルフは自身の身体を空中で回転させ、一旦距離をとるように飛び退った。


「くそったれ! さっきからニヤつきやがって。俺様の攻撃が、てめえにはそんなにヌルいのかよ!」


 先程より何度もシルヴィルフは、タイミングを変えフェイントを織り交ぜブロムに仕掛け続けている。

 そのどれもが、後少しというところで全て見事に躱され続けていた。

 しかしシルヴィルフにもわかっていた。

 自分の攻撃に対し、目の前の青年が決して余裕で対処しているわけではないと。

 彼女とて歴戦の拳闘士であり、その実力に彼我の開きがあるのならば数合手を合わせるだけで、それ位察することは出来る。

 故に、先程から笑みを絶やさない腹立たしい青年が、紙一重のところで自分の攻撃を凌いでいるのだということには確信をもっていたのだった。


「すいません、ついつい楽しくて。でもわかってますよね、シルヴィルフさん。僕が、手を抜いてるわけじゃないって?」

「気安く名前を呼ぶんじゃねえ!」


 わなわなと怒りに震えるシルヴィルフが、その拳を強く握りしめる。

 次第に彼女の姿が、霞がかかったようにぼやけぶれてきた。


「ふざけた野郎だ。俺をここまでこけにした奴は、てめえが初めてだよ。だが、これで終いにしてやる……」


 シルヴィルフが手甲剣を地面に突き立てる。

 腕立て伏せの様な奇妙な姿勢を取ると、両足を揃え屈伸のように地面に対して可能な限り踏みためた。

 二の腕、ふくらはぎ、太ももの筋肉が異常な程に膨らんでいく。

 魔力を纏って筋肉を身体の限界を超えて膨張させ、その力を極限まで溜め込んだその身体は、四肢が倍以上に膨れ上がり今にも破裂してしまいそうだ。


「行くぜ!」


 シルヴィルフがその口を、耳まで裂けるかと言うほどに釣り上げる。

 次の瞬間――

 その姿が、かき消えた。

 音だけを残し土埃が舞い上がる。

 それは、ブロムに向かって駆け出したシルヴィルフの軌跡を現していた。


「キャハハハッ、まだまだ驚くには早いぜ!」


 ブロムの周囲を、地を蹴る足音と掠れるシルヴィルフの嬌声が連呼する。

 蹴りつけた足裏が地面を跳ね上げるたびに、シルヴィルフの姿が一瞬だが垣間見えるのだ。

 だがその移動速度のあまりの速さに、シルヴィルフの姿は見るものにはまるで瞬間移動でもしているかのように写っていた。


 シルヴィルフの脚さばきは、やがてブロムの周囲に渦巻く小さな風の障壁を作り出す。

 ブロムを取り囲む小さな竜巻が、次第にブロムとの距離を狭めだす。

 その距離が、ブロムとシルヴィルフの間合いに交錯した瞬間、手甲剣の刃がブロムに襲いかかった。


「逝っちまいな!」


 未だ微動だにしないブロムに対し、有ろう事か前と後ろ、前後よりシルヴィルフがその両腕の手甲剣を繰り出してきた。

 二人(ふたり)のシルヴィルフの四本の剣が、ブロム首と背中から心臓を同時に突き刺すべく突き出される。


 勝利を確信したシルヴィルフだったが、その刹那驚くものを目にした。

 数秒もしないうちに、血反吐を吐き苦痛に彩られるはずの男の顔を見ると、なんとその瞳が固く結ばれていたのだ。


 シルヴィルフの背中を、体験したことのない程の悪寒がぞくりと走る。

 突き出す手甲剣の刃がブロムに届くまで永劫の時を要すると錯覚する程に、言いようのない不安がシルヴィルフに襲いかかってきた。

 背中を伝ってくる悪寒が、神速であるはずの両腕を重い鉛で包むかのように鈍重に感じさせる。


 一瞬であるはずの剣撃の刹那に脳裏をよぎった抗うべかざる思考は、(はじ)かれた己の手甲剣を以て、現実へと強制的に引き戻された。


「はあっ、はあっ、はあっ……。あっ、ありえねえ……」


 シルヴィルフが、肩で息をしながらブロムから後ずさる。

 彼女には見えていた。

 いや、ただ見えていただけ(・・)だった。

 確かにブロムの首と背中に突き刺さろうとしていた剣の切先が、ブロムの持つ細身の刀によって彈かれたのを。


 それでも信じられなかった。

 なぜ対処出来たのか?

 ここに来て初めて、シルヴィルフに焦りが生まれ始める。


 先程の技は、自分が使える中でも最速の拳闘技なのだ。

 魔走脚をオリジナルで改良した、魔力によって筋肉を限界以上に膨張させ、音さえも置き去りにする速度を可能とする『絶速(ぜっそく)』と、身体に刻み込んだ術式を発動することで顕現する質量を伴った分身『実体残像(ミラージュ)』。

 この二つの合わせ技を近接戦闘において回避出来る人間が、まさか存在するとはシルヴィルフには信じられなかった。

 涼しい顔をしたブロムとは対象的に、シルヴィルフの顔には冷や汗が滲み出している。


「てめえ、どうやって今のを見切った? あれは初見で躱せる程、安い技じゃねえぞ」


 シルヴィルフの言葉に、ニコニコと笑みを絶やさなかったブロムが、初めて困惑した表情を浮かべた。


「う〜ん、そうだね。そう言われると申し訳ないんだが、多分似たような技を父さんから受けたことがあったからなんだと思うよ」

「とっ、父さんだと……。ざっけんな! さっきのはなあ、俺様の最速技『絶速(ぜっそく)』と、部族伝来の術式『実体残像(ミラージュ)』を合わせた不可避の二体同時攻撃だったんだぞ。こいつを使える奴が、俺様以外に存在するわけがねえんだよ!」

「そう言われてもねぇ……」


 シルヴィルフのあまりの剣幕に、ブロムが更に悩むようにこめかみに手を当てる。

 しかし、はたと何かに気づいたように目を見開いた。


「そうそう。今言った二体同時攻撃なんだけど、若干後ろからの攻撃のほうが遅かったよ」

「はっ?」


 シルヴィルフの口が、間延びしたように大きく開く。

 ブロムの何気ない言葉、それが自分しか知りえないはずの――正確には自分自身でさえも、知覚しうる僅かな違和感程度の技の誤差を指摘したのだと言うことに、暫く呆然としてしまったのだった。


 しかしそれは、ブロムの言葉の通りだったのだ。

 質量を伴った分身である『実体残像(ミラージュ)』には、本体となるシルヴィルフの思考が伝わるのがコンマ一秒にも満たない極々僅かな時間のズレが生じるのだ。

 例えるなら、拍手をする時に右手と左手、どちらの手から動き出したかを見極めようとするのと同じことだった。


 しかも前後からのほぼ(・・)同時攻撃。

 どちらが早いかなど、もはや意味をなす次元の話ではないはずなのだが。


「それに、ほら。僕も分身くらいなら、これくらいは出せるからさ」


 そう言うと、ブロムの足元に僅かな砂煙がたつ。

 すると有ろう事か、シルヴィルフの前に五人のブロムが現れたのだった。


「同時攻撃とまではいかないけど、さっき程度の時間差でなら僕も攻撃する事はできると思うよ」


 五人のブロムが同時に同じ言葉を口にする。

 目に見える身体は五つだが、声だけは重複せず一人が喋っているように聞こえるのは何とも不思議な光景だった。


「何者だ、てめえは……?」


 シルヴィルフの背中に嫌な汗が伝わる。

 先程までの威勢が嘘のように鳴りを潜め、シルヴィルフが呻くように呟いた。

 彼女にとって、戦争とは狩り。

 戦場とは狩場だった。

 狩りを楽しむはずだったシルヴィルフに、戦場において初めて感じる恐怖が忍び寄ってきていたのだった。

 

次回はブロムご乱心です。


感想、評価絶賛おまちしております。

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