王都防衛ー5
フリューデル伯爵家の屋敷は、物々しい雰囲気の中使用人を含め多数の人間が慌ただしく動いていた。
帝国軍が王都の眼前にまで迫っているとの報は王都中を駆け巡り、ここフリューデル伯爵家でも万が一に備え、家中の者全てで準備に勤しんでいた。
使用人の中でも、元々軍人上がりであるものは武装を整え、女中達は食料の備蓄や屋敷の出入り口を入念にチェックしている。
もし帝国軍――魔族と蔑む彼ら蛮族が王都に流れ込んだ場合、この屋敷でどれだけ持ちこたえられるか、あるいは主人たちだけでも逃がすのか考えあぐねても事でもあった。
「はいはい、慌てないことよ。みんな落ち着きなさい」
玄関先の大広間、そこを右往左往する使用人の頭上からいつも聞き慣れた穏やかな声が聞こえてくる。
階段をゆっくりと降りてきながら手を二度叩き注目を集めるのは、この屋敷の女主人でもあるフリューデル伯爵夫人であった。
「みんな、そんなに慌てないの。大丈夫よ。私の夫も、義理の息子もあなた達やあなた達の家族を守るために命をかけて励んでいるわ。あの男達が、本気になっているのだもの、おいそれとこの王都を帝国等には蹂躙させはしないわよ」
夫人の表情はいつもと変わらず穏やかで、その言葉は緊迫感に包まれていた屋敷の空気を僅かに解きほぐしていく。
先程まで張り詰めていた空気がほのかに解れ、使用人たちも主人の言葉を聞くためその場で一時手を休めたのだった。
「そうですよ、お母様の仰る通りです。それにもしもの時は、あなた達を逃がす時間ぐらい私が稼いでみせます」
使用人たちが夫人を見上げていると、いつの間にか伯爵夫人の娘でもあるクレアが広間に現れていた。
「お嬢様、それだけはいけません!私達フリューデル伯爵家にお使えする者達が、主人を差し置いて助かるなどもってのほか。旦那様になんとお叱りを受けるか」
使用人の中にあって最年長である執事長が、慌ててクレアを諌める。
しかしそんな執事の困惑した進言をもってしてもクレアの心には一分の揺らぎすら生まれなかった。
「そうね、あなたの言うことも尤もだわ。でもね、もしもの時って事は私の主人も倒れている時よ。そんな場合に、私が彼ら魔族共を許せると思う? それに私はこの家を離れたと言えども、このフリューデル伯爵家の人間。家中の者を盾に逃げおおせたとして、果たして何が貴族と言えるでしょうか?」
「おっ、お嬢様……」
おろおろと執事長が尚も狼狽える。
そこにフリューデル伯爵夫人が、再度手を叩き場を収束させるべく口を挟んだ。
「はいはい、お終いになさいあなた達。まったく何を話すのかと思えば。クレアさん、だめよ彼らを不安にさせては。あなただって信じているでしょう? 自分の夫が必ず帝国軍を退けてくれると」
「もちろんです、お母様。カイルは――私の愛する夫は趣味嗜好こそあれですが、家族を愛する者を守ろうとする時、この世界で最も頼りになる男だと私が知っております」
「本当に。そっくりだわあの人と……」
「お母様……?」
「さあ、邪魔をしてごめんなさい。あなた達は、必要だと思うことを行いなさい。だけど覚えておいて。王国は絶対に負けたりしない。だから決して悲観せず、冷静に行動すること。私達がついているわ」
凛とした言葉が、広間に澄み渡る。
主人の言葉をうけ、執事長並びに使用人たちが感慨深げに頭をさげる。
緊張感漂うその空気に変化はない。
それでも、先程までの落ち着かない雰囲気はなりを潜め、皆が着々と自分の作業に戻っていくのだった。
一体の帝国側の魔装機神が、防衛線を越え王都城壁に迫まっていた。
それを見て取ったヘイムダル騎士団副団長のライラによって、城壁に備えられた複数のバリスタが一斉にそちらへ矛先を向ける。
「バリスタ隊、狙いを定めよ。帝国魔装機神に対し一斉射!」
城壁に並べられたバリスタから、帝国の魔装機神に対し投擲槍にも使われる人の背丈ほどもある大きな矢が射掛けられる。
「魔導士隊、強化魔法及び爆炎魔法にて援護しろ!」
十数本の矢尻に向かって、魔導士隊から貫通力強化の支援魔法が放たれる。
魔法によって回転力を加えられた事で青白い光を散らしながら、バリスタから放たれた矢が城壁に突進してきた魔装機神を穿とうとした。
しかし帝国の魔装機神は、その場に踏ん張るように立ち止まり、頭の前で両腕をクロスさせる。
殺到するバリスタの矢が魔装機神の両腕を破壊するかに思えた。
幾つもの金属片や砕けた木片が魔装機神を覆う。
だがそこには、クロスされた両腕に魔法術式の文字を赤黒く浮かびがらせた魔装機神の姿があった
操者によって発動された防御魔法が、魔装機神の魔力回路を通じ何倍にも強化されありえない程の強度を発揮した結果だった。
魔法によって強化されたバリスタの矢は、城の城壁さえ穿つほどの貫通力を秘めている。
それを逆に粉微塵に粉砕するほどの強度を、一時的といえ発生させられるということは、魔装機神の一撃をもってすればどんな強固な城壁といえども破壊する事が可能だということである。
故に魔装機神の投入された攻城戦において、それが城壁にとりつくという事は決定的な勝敗の有無を現していたのだった。
防御魔法を解除した魔装機神が、両腕を下げ背中に装備していた戦鎚を右手に握る。その一振りが破城槌をも凌ぐ一撃であることは、その巨大さと振るう者の力をもってすれば容易に想像できる代物だった。
やや前傾姿勢になった魔装機神が、戦鎚を右手にぐっと握りしめ城壁への突撃体制に入る。
だがそこに、魔導士隊による集団魔法が発動された。
「――爆炎灼熱連獄――!」
まさに狙いを定め突進しようとしていた魔装機神に、炎の狂宴が襲いかかった。
魔装機神を覆うように、数十にも及ぶ魔法陣が折り重なるように出現する。
その魔法陣から爆炎地獄相当の爆炎魔法が、何十発と中心の魔装機神に向かって発射されていく。
その巨体を覆う魔法陣が結界の役目も果たし、爆ぜる熱と物理的攻撃エネルギーが、外部に漏れることなく魔装機神に浴びせられ続けた。
一分近くの間、爆発と炎にさらされ続けた魔装機神が、ようやくその狂宴より開放される。
さしもの魔装機神といえど、炎に炙られ全身より燻された煙を立ち上らせながらその場に蹲るように膝をついていた。
「うっおおおおおお、やったぞ!」
城壁より兵士達の歓声があがる。
魔力を一気に消費した魔導師隊にも、疲労をその顔に色濃く浮かべながらも満足げな笑みが溢れていた。
しかし、そんな高揚感に包まれていた彼らはすぐに驚愕と失望によって打ちのめされる事となる。
突然、魔装機神を一体といえど撃墜した事に安堵していた城壁の兵士達の元に、巨大な戦鎚が打ち込まれた。
膝をつき蹲っていた魔装機神が、そのままの姿勢で右手を振り抜いている。
その手に握られていたはずの戦鎚は、城壁で喝采をあげていた兵士の一部を巨大な金属の塊ですり潰したミンチのように変えてしまった。
静かに立ち上がる魔装機神。
その全身には、先程の防御魔法が展開された時と同じような魔法術式の文様が浮かびあ上がっている。
「対魔法防御……」
魔導師の一人が呟く。
それは先程の物理防御魔法とは別の、魔法攻撃に対する防御魔法を瞬時に発動させたものだった。




