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王都防衛ー1

「ううっ、くそっ痛てててっ……」


 王都の南門に近い城壁の上で、一人の男が腰をおろし頭を抑えて呻いていた。


「飲み過ぎです」


 そばには、鎧に身を包んだ長身の美女が蔑んだ目で男を見下ろしている。


「うるせえ、ライラ! 酒と水の区別もつかんようなうわばみだと知ってりゃ、お前となんか呑まんかったんだ! って、頭に響きやがる」


 ライラと呼ばれた女騎士が、呆れたようにため息をつく。


「まったく情けないですね。自分で勝負だとか豪語していたくせに……」


「っく、昔は一口舐めただけで顔を真赤にしてやがった小娘だったくせに」


「はぁ、いつの話ですか? だいたいあの頃は、禄に飲ませてもくれなかったではないですか?」


冷たく突き放すヘイムダル騎士団副団長のライラを無視して、酷い二日酔いで痛む頭をカイル・バーンズは尚も抱えている。そこに一人の男が声をかけてきた。


「もう一時間もしないうちに、帝国の機動要塞が視界に入るぞ」


 城壁に登る石段より、ライラと同じ意匠を胸に備えたフルプレートに身を包んだ壮年の騎士が姿を現す。それを視界の端に捉えたカインツは、ぶっきらぼうに言い放った。


「まだそんなにかかるのかよ。ったく、さっさと来やがれってんだ。戦闘が始まっちまえば、こんなもんどうとでもなるのによ」


「ふっ、相変わらずだな貴様は」


 フルプレートに身を包んだ男―ローランド・ヘーゲンハイム。現在ヘイムダル騎士団団長にして王都守護軍総指揮を任されている彼は、カインツ・バーンズとは因縁浅からぬ旧知の仲であった。


「それで、俺達は結局どの騎士団に組み込まれる? どこでもいいが、好きにさせてもらうぜ」


「お前たちを従来の指揮系統に組込むつもりはない。お前を含む、クルシュからの予備兵は独立友軍となって戦場を撹乱してくれればそれでいい」


「お墨付きがもらえたってわけか。まあ、端から勝手にはさせてもらうつもりだったから関係ないがな」


「団長、お話中のところ申し訳ありません」


「なんだ、副団長?」


「マルケルス城砦からの報告では、帝国侵略軍の規模は詳細不明の機動要塞を含む十二体の魔装機神が確認されています。兵数も前回の侵攻を上回る事が予想されるなかで、我ら騎士団はどのように帝都を防衛すればよろしいのでしょうか?」


 ライラの問を横で聞いていたカインツが、口元を緩ませ不敵な笑みを浮かべ笑い声をこらえている。


「くくくっ、なんだ随分と豪勢なことじゃないか? 奴ら七年前に懲りず、まったく情けないほど兵力を整えたものだなぁ」


「カインツ、笑い事ではないのですよ! 我々が防衛に失敗すれば、王国は失われかねない状況なのです」


「んっ、なんだライラ。お前、副団長なんて御大層な肩書背負ってる割に、随分と可愛らしい事言うじゃないか?」


「かっ、カインツ!?」


 カインツにからかわれたライラは、普段ほとんど変えない顔色を真っ赤にして怒りをあらわにする。しかしそこで、ライラの肩にそっとローランドの手が置かれると、ライラは突然平静を取り繕うかのように口を閉ざしてしまった。


「我々ヘイムダル騎士団五千を中心に王都在留の兵士二万を編成し、帝国軍の侵攻を迎え撃つ。王都を守護する八体の魔装機神を投入し、城壁外で敵殲滅を図る予定だ」


「なるほどな。って事は、残る四体の玩具は俺がもらっていいんだよな?」


「玩具って、カインツ!」


「二体だ! 半分で我慢しろ」


「団長!?」


「三体! お前は一体で手一杯だろ、ローランド?」


「ふっ、好きにすればいい。だが、まごついていれば私がすぐに駆けつけてやる」


「誰に物言ってんだ? 騎士団長様は、戦場の指揮にでも勤しんでろよ」


「いい加減にしなさい、カインツ。団長もです、魔装機神をそんな子供の玩具みたいに取り合うなんて」


 子供のように張り合う二人の男を前に、ライラが呆れて諌める。しかし当の二人、カインツは知ったことかと無視を決め込み、ローランドに至ってもその表情を変えることはなく明後日の方向をむいている。。


「まったく、お二人とも変わりませんね……」


 自分がまだ少女であった頃から二人を知るライラは、男たちの様子に只々呆れ返っていた。


「では、行く」


「私も、一緒に戻ります」


 城壁から立ち去ろうとするローランドに、ライラも同意する。


「おうおう、早く行っちまえ」


 カインツも二人を追い払うような憎まれ口を叩き、手を振り追い払う。


「ひとつ、言い忘れていたな……」


 石段を降りかけたローランドが、振り返らずに呟く。


「この戦いの結果如何に関わらず、私はグラルド殿下より報奨を頂く約束を取り付けている」


「ああんっ、何だって?」


「かつての御前試合、忘れはしまい?」


 石段にもたれかかり、煩わしそうにローランドの言葉に答えていたカインツの表情が突如として険しいものに変わった。その場の空気を一変させる程のカインツの殺気に、ライラは思わず腰の剣に手をかけ臨戦態勢に入ってしまう。先程までのふざけた態度からは想像もできないような雰囲気は、まるで戦場で強大な魔獣に相対したかのようにライラに感じられたのだ。


 だが、そんなカインツの圧力など意に介さず、ローランドは静かに言葉を続けた。


「貴様との決着、つける許可を頂いた……」


 その言葉を聞いたライラが、驚愕に目を見開く。

 彼女は知っていたからだった。

 ローランドの言葉が意味することを。


「……っふ、そうかよ」


 ふと、カインツの気配が緩む。

 息を吐くように発した一言をきっけに、カインツの圧力は一瞬にしてかき消えてしまった。


「死ぬでないぞ、カインツ。こんなつまらぬ戦いで……」


 それだけ言うと、ローランドは石段を降りていってしまった。

 後に続こうとしていたライラが、じっとカインツを見つめている。


「おら、さっさと行けよ。副団長様は、何かと忙しいだろ?」


 カインツに即されたライラだったが、彼女は何も言わず目をそむけようとしないでじっと立っていた。


「いい加減にしろよ、そんな目で見るな! 後の心配より、まずはこの戦いでテメエが生き残る算段をしろよな……ったく」


「……戦うのですか?」


 ライラが、一言問いかける。その意味は、帝国との一戦ではないことは明白である。しかしカインツの口から、その答えが聞かされることはなかった。暫くカインツを見つめていたライラも、返答がない事が答えだと理解したのか石段を降りいく。

カインツの言う通り、まずは生き残らなければ何を心配しても始まらないのだ。


 そう、間もなく帝国の機動要塞スレイプニルが、王都の視界に入ろうとしていたのだった。





 王都の南、地平に向かって街道が真っ直ぐに伸びている。その遥か向こうから近づく人影と、何か円盤状の物体が浮遊しているのが朧気に見て取れた。

 距離から言えば、その大きさが異様な事は誰の目に明らかだった。

 見る者にとって、その輪郭が微かに物体の性状を伝えるに足る程度の距離だとするならば、人と思しき物体は恐ろしく巨大で、その頭上に浮かぶ円盤は更に大きな物だという事に他ならない。


 王都を覆う城壁の一角、慌ただしく兵士達が駆け回る中、目を細めじっとそれらを見つめる者たちがあった。

 三人の男に、一人の女。

 それぞれが、周りの兵士や騎士達とは趣の異なる出で立ちをしており、一風変わった様相を呈していた。

 その中にあって大柄ではあるが背の低い、まるで猪か何かが人の形を模しているような男が、城壁から見を乗り出すようにしている。


「ねぇ坊っちゃん、まじであれと戦るんですか?」


 身を乗り出していた男が、後ろに立つ長身の青年に問いかける。

 しかし、それに返答したのはその側にたつ女剣士の方だった。


「リゲルド、若になんて口の聞き方! 失礼ですよ」


「うるせえ、クラン! お前だって、昨日の夜は最後かもしれねえって、俺の寝床に潜り込んで来たじゃねえかよ」


 クランと呼ばれた女剣士は、その言葉に顔を真赤に染め上げる。


「なっ、何を言って!? あっ、あれは寝ぼけて部屋を間違えただけです!」


「ふひっ、クランお前ってほんと嘘が下手だな」


「リゲルド、クラン、心配しなくても僕らだけであれを何とかしなきゃいけないわけでもないだろうさ。あくまで守りの要は王国騎士団。父さんに付いて来た僕らの役目は、騎士団の補助要員というところだろうさ」


 先程坊っちゃんと声をかけられた青年が、言い争う二人を仲裁するように口を挟む。青年は王都に招集を受けたカインツ・バーンズと共にやって来た、息子のブロム・バーンズであった。そして、リゲルドと呼ばれた猪男と女剣士のクランもまた、カインツの門下生として同道していたのだった。


「左様ですか……些か残念ですな」


 長身細身に目元を隠すような仮面を着けた男が、ぼそりと呟いた。彼もまた、カインツと共に王都に来た門下生の一人だ。


「まあ、今言ったのはあくまで建前さ、ブルーノ。父さんの事だ、僕らの随伴を許したんだ、それだけで済むとはとても思えないけれどね」


「ですよねえ、坊っちゃん。ふひっ……」


「リゲルド!」


 再度クランがリゲルドの軽口を嗜めるが、言われた本人は毛ほども気になどしていない素振りだ。


「まあ何にせよ、折角の機会だ。みんな日頃の鍛錬の成果を、存分に発揮しようよ。こんな大戦、七年前以上じゃないか」


「ふひっ、さすが坊っちゃん」


「若の仰るとおりですね」


「楽しみですな……」


 ブロムが穏やかな表情のまま、屈託のない素直な気持ちを口にする。その言葉に他の三人も、同意するかのような笑みをそれぞれの口元に浮かべるのだった。

 

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