策謀の王都
「マルケルス城塞より報告。現在、帝国の物と思われる巨大飛行物体の急襲を受け交戦中との事です」
ロキ王国王都イェルズ――その中心にある城の玉座の間には、ただならぬ空気が流れていた。そこには、王国の運営に関わる上級貴族や、その軍事力の要たる騎士団幹部、王宮魔道士達が顔を揃えている。
そして報告を受けた一同が見据える先の玉座には、銀髪を短く刈り上げた一人の青年が座っていた。
「ヘーゲンハイム、貴様の意見を聞こうか」
玉座の肘掛けに寄りかかり左手に顎を付いた姿勢のまま、第一王子グラルドが王宮騎士筆頭たるヘイムダル騎士団団長ローランド・ヘーゲンハイムに発言を求めた。銀髪の主の気だるそうな態度とは対象的に、ローランドは厳しい表情のまま前へと進み出る。
「城塞からの報告と王宮魔導士の推測を鑑みましても、十中八九古代遺跡からの発掘品でありましょう。至急増援の部隊を編成し、救援に向かうべきかと愚考致します」
玉座の間がざわめきに包まれる。
古代遺跡からの発掘品とは――つまり魔装機神に代表されるような、古代超魔法文明の遺物ということなのだ。それにどれ程の破壊力が秘められているかは、想像もつかない。帝国がそんな大それた物を持ち出して来たことに、その場にいる者達は戦慄を覚えたのだ。
しかしそんな場の空気の中、ただ一人その口元にいやらしい笑みを浮かべたままの人物がいた。
「古代兵器か……皇帝め、存外に骨董品が好きとみえる」
第一王子グラルドは、ローランドの意見を聞いてもそのやる気のない態度を改める事はなかった。それどころか、嘲笑にも似た笑みを終始浮かべている。
「まあ、良い。諸兄諸君、貴公らには王国の重責を担う者として、これより始まるであろう帝国駄犬討伐の準備を滞りなく進められたい。ヘーゲンハイム、貴様はヘイムダル騎士団を中心とした王都防衛部隊を編成せよ。人選は任せる――以上だ」
それだけ言うと、グラルドはとっとと席を立ち退席してしまった。あまりに簡潔かつ無責任な言葉に、玉座の間が一様にざわめき立つ。
「どっ、どういうおつもりなのだ、グラルド様は!?」
居合わせた貴族の中でも位の高い方の者が、ついにグラルドを名指しで非難し始めた。それを皮切りに、声を潜めていた者達の不満も一気に噴出することとなる。
「ヘーゲンハイム卿、貴殿はどうなされるのだ? マケルケルス城砦への救援を申し立てておいて、そのまま王都に留まるおつもりなのか?」
その矛先は、ヘイムダル騎士団長たるローランドにも向けられる。
だが、ローランドにいたってはその表情を崩すことも無く平然と言ってのけた。
「国王陛下がご不在の今、王国の継承権第一位たるグラルド様の言葉は、勅命も必至。なればこそ、当職程度の者がその言葉に意見するなど甚だ不敬と考えております。逆に、お歴々の諸侯方にこそ、帝国の侵略に際し陣頭に立って頂きたいと愚考する次第でございますが」
ローランドのあまりにも正論すぎるその言葉に、却って墓穴をほったとばかりに貴族の一人が押し黙ってしまう。だが、それでも収まりがつかない者達も大勢いた。
「国民にはなんと説明する? このままでは大混乱に陥り兼ねない事態となるぞ」
自分で発言する勇気のない者も、その声に同調するかのように頷いている。彼等には、端から自ら事態の収拾に名乗りを上げるつもりなど毛頭無いのだ。だからこそ、ここぞとばかりになるべく大きな声をあげ、自分がいかに今回の件において誰よりも王国の未来を憂いていたと周囲に印象ずける――ただそれだけを目的とした、発言に終始していたのである。彼等の頭の中にあったのは、戦後の自身の立場の優位性を確立したいとの想いのみであり、大勢側に身を置きたいと保身の考えに基ずいての事だけだったのであったからだ。
そしてそれらは次第に、この場にあって矢面に立たされるべき一人の人物に向けられるようになっていった。
「セランデル大公爵。右大臣たる貴殿なら、グラルド殿下の真意を伺っているのではないか? 帝国が再度侵攻してきたというのに、あの有り様は一体どんな考えあってのものなのか是非伺いたい!?」
玉座の置かれた上座より一段下がった場所に立つセランデルは、詰め寄ろうとする貴族達の詰問に晒されていた。静かに目を瞑り、貴族達の埒もない話を黙って聞いている。
ひとしきり貴族達の話が落ち着くと、セランデルはおもむろに口を開いた。
「貴公等の言い分、尤もであると私も思う。なれど、グラルド殿下は決して愚鈍の徒ではな無いことは銘々自白。王国強いては、トーレルの末裔たる王家に対する忠誠は、このセランデル誰にも引けはとらないと常々思っていれば、殿下のなさりように卑しき臣下の身で意見するなど愚行も極み。逆に、殿下の言葉を良く思慮致し、己が役割に邁進することこそが王国への忠義を果たすこととなろうぞ。諸兄は如何に考えるか?」
セランデルの言いように、居並ぶ貴族達はふっと下を向いてしまう。それは、まったくセランデルらしい貴族達の嫌がる言い方だったのであった。
そもそもこのロキ王国は、王家の威光が殊更強い傾向にある。それは、開祖であるトーレル一世が一介の騎士であった時、勇者として神々や伝説の賢者と供に魔神をこの地に封印したことを興りとするためでもある。そのため国民の大多数が、王家に心酔し神格化すらしているのであった。
その王家の血脈に対して忠節を尽くすというのは、ロキ王国で貴族として封ぜられる者達の最も根幹に根付く論理であるのだ。
それをわかっていて、あえて持ち出してきたセランデルに、これ以上の詰問は却って王家への忠節を疑われかねない事となる。これにより貴族達は、口をつぐみ領地より兵を興す事を余儀なくされたのであった。
だがそこに、貴族達の後ろから一人初老の男が進み出てきた。ざわめきと供に、居並ぶ諸侯が道をあける。その者を認めたセランデルの表情が、一瞬だけ強ばった。
「セランデル大公爵、私もひとつよろしいですかな?」
テオドル・フリューデル伯爵、王国の左大臣にしてセランデルと並び称される程の重鎮である。周囲からミラルド第二王子の後見と目される(決して本人はどちらかの人物に肩入れしているつもりはないのだが)彼は、グラルド第一王子が実権を握りつつある現在、あまり表だって発言することを控えているかのようであった。
「フリューデル伯爵、見識高い卿の意見を無下になどしよう者はこの王国におるまいて。何であれ、屈託の無い発言をして頂きたいものだ」
先程まで淡々と無表情であったセランデルが、フリューデルに対しては口元をほころばせ笑みを浮かべる。だがその目は口元の緩みとは別に、決して油断のならない光を灯していた。
「ヘイムダル騎士団団長ローランド卿、並びに宮廷魔道士筆頭位階シュトライド殿。先程のグラルド殿下の御下知、王都にて帝国を迎え撃つと私は解釈致した。されば汝等に問いたい、王都防衛――いや、帝国軍の撃退はこの王都イェルズにて可能であるのか?」
場の空気が一変する。
先程までの貴族達の言動は、全て戦後の論功行賞に対し如何に有利に立ち回るかを背景としたものだった。だがフューデルの言葉で全ての者が気づかされるに至る。
王国が失われるという可能性に……。
玉座の間を立ち去る貴族達の間には、千差万別それぞれの立場にならった想いがよぎっていた。中でも王都より離れた地域に領地を所有する貴族は、これからの立ち回り如何によって己が領地を維持することも可能なのである。それが例え。王国が失われるという最悪の事態になったとしてもだ。なればこそ、動静を見極め慎重に行動しようとするあまり、全ての行動が後手に回るという事が理解できないでもいたのだが。
それでも大半のまともな貴族達にとって、王国が滅ぶということは領地と身分を失うということに他ならない。従って彼等は結局のところ、貯め込んだ財貨を使い傭兵や領民を集め、一定数の兵を今回の防衛戦に用意することにしたのだった。
「しかし伯爵、先程のあれはなかなか辛辣なご意見でしたね」
セランデルを初め主立った大貴族達が玉座の間を後にする中、先程のフリューデル伯爵とその義息子である、カイル・エヴェレットの二人だけがそこに残っていた。
「ふんっ、馬鹿者共が! 利権や領地の心配ばかりしか頭にない無能揃い共め。セランデルがああでも言わなければ、帝国軍が刃を突きつけるその時まで、指一本動かそうともせんであったろうな」
「そうは申しましても彼等にしてみれば、千年も続く王国が新興の帝国に滅ぼされるなど考えも及ばない事なのでしょうな」
「七年前の事を、すっかり忘おってからに・・・・・・。あの時、陛下のお力に頼りすぎたのだ」
「しかし、シュトライド様はまだしも、あのローランド殿まであのように言われるとは想定外でしたな」
彼等二人に王都防衛の可否を問いただしたフリューデルへの返答は、言葉は違えどほぼ同じ内容を語ることとなったのだ。
「もともと、シュトライド様は国王デュール八世陛下の懐刀。あの方にとって、陛下の意識が戻られない今、この王都を死守する事を第一と考えるのには無理ならざること。しかし、ヘイムダル騎士団長であるローランド殿が、あそこまで断言されるとは」
「王都は、防備を固めるには些か大きすぎる。騎士団としてみれば、その機動力を活かすには、やはり討って出てこそ威力を発揮するものだろうに。現に七年前も陛下ご自身が率いての、マルケルス防衛戦であったからな」
「だが騎士団長として明言なされた――グラルド殿下に従い、王都にて帝国軍を殲滅すると」
「恐らく七年前の教訓を活かし、帝国は前回を上回る規模の兵団を準備しているはず。マルケルスにも魔装機神は二体常備されているが。それを踏まえても、どの程度の規模となるか……。救援を送らない場合、マルケルスは十日と持ちはすまい」
「マルケルスからの報告を待つしかないですか……」
二人の間に、重い沈黙が流れる。
七年前クルシュの街にて、実際に帝国軍と相対したカインツにしてみれば、前回と同程度の規模の兵団だったとしても、マルケルスが落ちるのは時間の問題に思われた。マルケルスは要害、なればこそあそこで南方からの侵略者を、幾度となく阻んできた経験が王国にはある。
だが、なぜグラルド第一王子はあのように言ったのか?
グラルドについて、カインツは王宮で噂される程度の評判しか知り得ていなかった。決して次代の国王として相応しくないという人物ではないという。少々傲慢で冷徹な面をもってとの評判も、第一王子としてに身分を考えればさして問題になるようなものでもなかった。
「伯爵。グラルド殿下には、何かお考えがあるのですかね?」
「わからん……セランデルが言うように、あのお方を愚鈍であるなど私も思ってはおらん。陛下がお倒れになってからの為さり様も、ある意味次代の国王として相応しいものでさえあると見える。だがな……」
「……ブリュンヒルデ王女殿下の件ですな」
つい先日フリューデルは、グラルドとの婚約を強制されようとしていた第一王女ブリュンヒルデを、孫であるレイルと共に王都から逃がす手助けをしている。それには、レイルの父親であるカイルも関わっていた。
「うむ。王女殿下の逃亡を我らが幇助したことは、グラルド殿下もお知りのはず。表沙汰には出来ない事由はあちらにもあるだろうが、そのままというのも解せぬ。帝国侵攻に際し、要らぬ混乱を起こさぬようにとの配慮とも考えられるが、その真意までは計りかねるのでな」
「セランデル大公爵の口添えでは?」
カイルの何気ない一言に、フリューデルの表情が一瞬で険しくなった。
「ふんっ、奴であれば真っ先にワシを糾弾するであろうな」
しまったとばかりに、カイルはバツの悪そうな顔をした。フリューデル伯爵とセランデル大公爵、二人は政敵というだけでなく個人的にも犬猿の仲だったのである。だが、それ以上に続けて伯爵の口から出た言葉には、神妙な気配が漂っていた。
「まあ、我々の事は今後の時勢次第で考えるしかあるまいて。それより、あれ以来ミラルド殿下のお姿が見られなくなったのが気がかりなのだ」
ロキ王国第二王子ミラルド――継承権第二位にして、グラルドの腹違いの弟。
その姿が、先日のブリュンヒルデ王女の件以来王城より見られなくなってしまったのだ。もともと第二王子という事もあり、自由奔放に行動することも多く、数日間王都から姿を消すことも稀にあったのである。
そのためこの危急の時という事もあって、周囲もミラルドが姿を見せない事に等構っていられなかったというのが実情であった。
「ブリュンヒルデ様の事を託されて以来、一切の連絡もつかん。身の危険を感じ、隠れられておるのなら良いのだが……」
フリューデル伯爵には、セランデル大公爵のようにグラルド第一王子の後見人として、権力を握りたい等という野望を持ってたわけではなかった。ミラルド第二王子との関係も、確かに幼少の頃より何かと王宮内で虐げられてきた二人を庇う立場にあったため、密接ではあったのだ。
だが今は帝国による王都決戦という、未曾有の国難にある。グラルドが腹違いの兄妹を蔑んでいようとも、それがどのように王国の未来を左右するかまで考えが及ばないのも無理のない事でもあった。
しかしそれこそ、この戦の帰趨への重大な要素であることに、二人が気づくことはなかったのであったのだった。
王城の地下、石階段を数え切れないほど降り、そのきらびやかな地上部分と隔絶された地下牢には常にすえた匂いの充満している。数本の蝋燭によって僅かに灯された明かりが、辛うじて牢屋の中を照らし出していた。
「でっ、殿下を何処へやった!?」
「ほう、まだそんな口を聞く余裕があるか?」
牢屋の鉄格子が並ぶ最奥には、木戸によって隔てられた一室がある。そこには、拘束された一組の男女と、それを眺める一人の男の声が微かに漏れ聞こえていた。
拘束された女――ペトロネラは、第二王子ミラルドの護衛を務める女忍者であった。彼女は数日前よりここで拷問ともいえる陵辱を受け続けている。天井より吊るされた鎖に手枷を繋げられ、両足の爪先が辛うじて床に着く程度に留められている。身に着けていたであろう衣服は既に剥ぎ取られ、下着の残骸のような布切れをその肌に残すのみとなっていた。
「うっ、ぐっううううぅ!」
ペトロネラは唇を噛み締め、声をあげまいと懸命に抗う。汗と体液に濡れた豊かな乳房を、眺めていた男が乱暴に鷲掴みにしたのだ。
「ぐっ、むうううううっ」
もう一人の拘束された男が、地に這いつくばりながら雄叫びにも似た唸り声を上げる。彼もまたミラルドの護衛を務める、ハロルド・イングヴェという若き騎士であった。しかし彼の口は、猿具によって固く塞がれ自由に発音することさえままならない。しかもその身体は、両腕を不自然な程に後ろで締め上げられ、両足もその手の繋ぎとめられていたのだ。
「殿下、殿下と五月蝿い虫共だ。お前等の大事な出来損ないは、国王となるこの俺が有効に使ってやる。安心するが良いぞ」
彼等二人は数日前よりここに幽閉され、拷問を受け続けている。王宮内で突如襲撃されたミラルド第二王子は、彼等二人の抵抗も虚しく何処かへ連れ去られてしまった。その首謀者は誰でもない、先程よりペトロネラを辱めているグラルド第一王子だったのだ。
グラルドは下卑た笑みを浮かべながら、女の股からすくい上げた指先をその口元に運ぶとより醜悪な仕草でそれを舐め上げた。
「まだ舞台が整うまで幾ばくかの時間を要する。それまで貴様等の出来損ないの主にかわって、余が暇つぶしに使ってやる。次代の国王たる余に奉仕できる事を光栄に思うのだな」
ハロルドが凄まじい形相で、グラルドを睨みつける。その眼差しを楽しむように、グラルドは再び吊るされ抗うことの出来ないペトロネラの身体に、自らの身体を割り入れていく。
「っく、あっ、あああっ……」
ペトロネラの口から、苦悶の吐息が吐き出される。暗く澱んだ地下室に、乾いた音と女の嗚咽が規則的に響きわたるのだった。




