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閑話ー皇女と剣姫

 ヴェッリザ帝国の帝都ヴィルンゴルブは、亜熱帯地方特有の湿り気を帯びた空気に包まれ、雨季に差し掛かろうとしていた。

 皇帝の住まう宮殿には、幾つもの広大な庭園が設けられ、唯一にして絶対の支配者たる皇帝の目を楽しませるためだけに、日々多くの人間によって手入れがされている。


「はぁ、はぁ、やるなアイナよ……」


「そっちこそ、お姫様のくせにやるわね」


 庭園の一角、切り揃えられた芝生に上を、無造作に踏み荒らす二人の人物がいた。一人は、スヴァルトアーム地域に良く見られる褐色の肌に、金色の髪を一房に縛げた美少女だった。金色の髪が、その動きに合わせ美しくたなびいている。


 振りかざす両手には、見事な装飾が施された槍が握られ、その穂先は僅かに青い光を纏っている。使用者の魔力を吸収する事で、術式を構築することなく魔法と同等の効果を発揮することが出来る魔法武具のようだ。


 事実、金色の髪の少女が魔力を込めると、穂先の光がよりその輝きを強め次第に青白い球体へと成長していく。


「喰らうのじゃ――雷槍激闘覇スキス・デュ・ラッシュ!」


 槍の穂先に実った青白い光が、少女の掛け声と共に稲妻が如く前方へと弾き出される。その先にはもう一人、先程より金髪の少女と対峙している、こちらもやはり同年代とおぼしき少女が立っていた。

 稲妻を凝縮したような青白い弾が、槍の先より光の尾を引きながら目標へと真っ直ぐ突き進む。


 しかし、それを向かい討とうという少女――藍色の髪を後ろに束ね、一振りの刀を手にした剣士風の少女は、正眼に刀を構えたまま微動だにしていなかった。


「陰流――覇光ノ抄・一ノ太刀」


 青白い弾が、少女の刀に触れた。閃光が瞬き、雷が落ちたかのような轟音が後から鳴り響く。その瞬間、弾けた稲妻が少女の身体を覆い尽くしたかに見えた。

 だが、刀を持った少女を包もうとした光は、何条もの亀裂を浮かべたかと思うと、散り散りとなり霧散してしまう。


「まだまだ、行くぞよ!」


 金色の髪の少女が、構えた槍を頭上へと掲げる。するとその穂先には、先程より大きな雷球が育っていった。みるみる大きくなる雷の玉は、人一人飲み込もうとせんばかりの大きさまで膨らんでいく。


「――雷槍光砕覇(スキス・ニール・フォー!」


 槍の穂先に実った眩い雷球から、幾筋もの稲妻が螺旋状に刀を持った少女へと襲いかかる。束ねられた稲妻の矢尻が迫り来るのに対して、刀を持った少女は、腰を落とし刃の横腹を水平に目線の位置で構えた。


「――覇光ノ抄・ニノ刺」


 稲妻の矢尻が、螺旋状に回転しながら目標を穿ち、抉り取ろうと少女の持つ刀へと到達した。触れ合った稲妻と刀の先端が、火花を散らしたかに見えた。


 しかしそこで飛び散ったのは、刀を構成する金属の粒子ではなく、上下に切り裂かれた光の束だった。刀を構えた少女の体ごと、前方に光を切り裂く。その動きは、少女の身体がまるで瞬間移動したかの如く、前方にぶれ、後ろに空と地面に分かれていく稲妻を残していくばかりだった。


「ああ、もう止めじゃ止め! 喉が乾いた。アイナ、休憩にするのじゃ」


 金髪の少女は手にした槍を放り投げると、少し離れた所に用意された椅子へと座りこんだ。


 庭園の一角に、椅子とテーブルが並べられ、日除の傘が備えられている。少女が椅子に座ると、そこに侍っていた数人の侍女がいそいそと少女の汗を拭ったり、飲み物の準備をしだした。


 金髪の少女――帝国の皇女たるシェリナには、常に身の回りの世話をする侍女たちが侍っている。しかし、その誰もがシェリナを敬いこそすれ、自分から話しかけることなどなかった。


「アイナ、お前の剣技はズルもいいとこじゃぞ。稲妻を刀で斬るなど、聞いたこともないのじゃ」


 用意された飲み物をひったくると、椅子に深く腰掛けたシェリナがもう一人の少女へ向かって口を尖らせる。


「私のお祖父様は、光どころか、水でも空気でも斬れない物はないって言ってたわ」


 刀を持った少女――帝国に囚われているアイナが、手にした刀を丁寧に布で拭い鞘にしまう。


「っつ、剣神を引き合いに出すなど、それこそズルなのじゃ」


 シェリナの抗議を無視し、アイナもまた用意された飲み物を口にする。

 文句を言いつつも、シェリナの表情はどこか楽しげだった。


 アイナがバルタザールによって『隷属の首輪』を着けられてから、まだ三日とたっていない。シェリナがアイナを首輪の力で従えて居はしたが、彼女はその力を使って何を要求するでもなく、ただ先程のように仕合の相手をさせるだけであった。


「それより、何時になったら『首輪(これ)』外してくれるのよ? 約束したわよね」


「んっ、約束じゃ。妾を負かすことが出来ればというな。しかし妾は負けておらん、よって『首輪(それ)』は外せん、であろう?」


「あんたねえ、そうやって何度もはぐらかして。決着が付く前に、休んでばかりじゃない! いいから、続き始めるわよ!」


 アイナが飲み終えたグラスを投げ捨てると、鞘から刀を抜いてシェリナに突きつけた。途端に侍女たちが慌てふためき、騒ぎ出す。しかしシェリナは、切先をチラリと一瞥し、座ったままの姿勢で悠然と言い放った。


「お座り!」


 アイナの首の辺りが、鈍い光を放つ。突然アイナが、地面に座り込んだ。必至に立ち上がろうとするも、何かに頭を抑えられているかのように頭を下げ両手を地面に着いてしまった。


「くっ、うううっ……、シェリナあぁ」


 歯を食いしばり、必至に抗いがたい何かに耐えるアイナだったが、その顔には明らかに苦渋の色がにじみ出ている。

 これこそ、『隷属の首輪』による絶対支配の効果だった。


「ダメじゃ、ダメ。分を弁えよ、野良猫。そちは、憎きレイル・エヴェレットを苦しませるための余興。それまで、妾の玩具になっている身なのじゃからな」


「レイルに……レイルに手出しなんてさせないんだから……」


 首輪の力によって強制的に四つん這いの格好をさせらているアイナだったが、レイルの事を持ち出されると、手に持つ刀を杖のようにして懸命に立ち上がろうとしていた。


「はあぁ、妾は疲れたのじゃ。そうじゃアイナ、そこに座ってまたレイル・エヴェレットの話を聞かせよ」


 不意に押さえつけられていた力から開放されたアイナは、言われるがままにシェリナの隣の椅子へと腰掛ける。なぜかシェリナは、仕合の後の休憩で必ずレイルの話を聞きたがっていた。


「何なのよ、あんた? 何でレイルの事なんて聞きたがるのよ?」


「フフフッ、良いのじゃ。妾をここまで苦しめる憎き男の事じゃ、気になって当たり前であろ。さあ、いいから話すが良い」


 話せと言われれば首輪の影響か、自然と口が動いてしまう。アイナが小さな頃からのレイルとの思い出を話し始めると、どういうわけかシェリナはとても楽しそうに聞き入るのだった。


 

短くて申し訳ありません。忙しくて時間がとれませんでした。


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