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故郷クルシュー3

「それで先生達は、何の用で王都に行かれるのですか?」


 現在、王都は決して安定しているとは言い難い。

 国の上層部は元より、王都全体がきな臭い事になっているに違いない。


「まあ、昔馴染みに呼ばれてな。ブロムと、あと適当に付いて来たいって奴が何人か行くだけだな」


「そうですか……。でも先生、今の王都はあまり赴くには良い状態ではありませんよ。父達にも多分会うことは難しいでしょうし」


 第一王子派と第二王子派で、熾烈な権力争いが行われているはずだ。俺達を逃した、祖父や父達もその渦中にいる。どんな状況になっているのか、俺自身気が気でなかった。


 カインツ達が荷造りする傍ら俺とそんな話をしていると、道場の稽古場に一人の男が息も絶えだえに駆け込んできた。


「はあっはあっ、ここにおいででしたか、カインツ殿」


「なんだオーベルか、慌てて何かようか?」


 カインツや父と同年代か。

 幾分白髪のかかった髪の男は、オーベルという名のようだ。


「領主様がお呼びです。何やら、王都から王宮騎士が来ているとか」


「あ、えっと、こちらの方々は?」


 肩で息をしながら板の間に座り込むオーベルが、俺達に気づいて尋ねてきた。


「んっ、こいつらは俺の昔馴染みだ。気にしなくていい。それで、領主の用って言うのは?」


「それが、王都からやって来た騎士達が誰かを追っているらしく、カインツ殿に話が聞きたいと言っているそうです」


 どうやら、王都からの追手のようだ。ヒルデを捕まえるために、こんな田舎街にまで騎士団を送ってくるとは。


 第一王子グラルドか、よっぽどヒルデが――ヘイムダルの血が必要らしい。それにしても、王宮騎士団をここまで自由に使えるとは、実権の掌握は相当進んでいるのだろうか。


「そうか、じゃあ領主に言っとけ。俺は出かける準備で忙しい、用があれば手前で来いってな」


「そんな、勘弁して下さいよ。俺が責められるんですよ」


「知るか馬鹿野郎。それも執政官の仕事のうちだろ、自分で何とかするんだな」


 カインツに相手にされず、つっけんどんな態度にオーベルト呼ばれた執政官がオロオロとしている。その時、表の方から道場に向かって、数名の足音が聞こえてきた。


「カインツ・バーンズ殿はこちらか?」


「ああん?」


「我々は、ヘイムダル騎士団所属の王宮騎士である。そこもとにお尋ねしたき議があって参った。少々よろしいですかな?」


 白の甲冑に身を包んだ騎士五名が、稽古場の入り口に現れた。


 なるほど、宮廷騎士と言うだけ在って、その口調だけは一応の礼儀をわきまえているようだ。その足元は土足であったが……。


 だが、彼等の態度も俺達を目にとめると一変した。


「なっ、貴様ら! そこにおられるのはブリュンヒルデ王女殿下」


 面倒な事になったな、カインツ先生を巻き込むつもりはなかったのに。

 

「カインツ・バーンズ、そこもと元王宮騎士でありながら、王女誘拐の一味を庇い立てするのか!?」


「王女誘拐? おいレイル、お前そんな面白い事やらかしたのかよ?」


「あの先生、これには色々事情がありまして……」


「……賢者様……悪くない。私のわがまま……」


 ヒルデが泣き出しそうに、俺の袖を引っ張る。

 そこに騎士の一人が、稽古場の板の間に土足のまま上がり込み手を伸ばしてきた。


「さあ、王女殿下我らとご同行願いましょう」


 しかしニヤニヤと俺をからかっていたカインツの表情が、そこでがらりと変わった。


「おいっ、てめえどこに足入れてんだ?」


 それまで事態を静観していたオーベルが、慌ててカインツの前に躍り出る。


「あっ、あのカインツ殿……」


 だがオーベルの静止は、遥かに遅かった。


「ぐああぁっ!」


 ヒルデに手をかける寸前、騎士が大きくのけぞりその腕を抑えてうずくまる。

 カインツの木刀による一閃が、目にも留まらぬ速さで俺達の前を駆け抜けたのだ。丁度ヒルデを掴もうとした腕が、甲冑ごと目の前で大きくひしゃげるのが俺の目に飛び込んできた。


「きっ、貴様! 国命に逆らうか!?」


 他の四人の騎士達が一斉に剣を抜き放つ。

 だが彼等は大きな勘違いをしていた。


「……どこに土足で上がってると思ってやがる、この腐れ騎士共がぁ!」


 憤怒の形相で、カインツが立ち上がる。ここまでの怒りを露わにするカインツを、俺は初めて見た。


 確かに常日頃、粗野でぶっきら棒な男であったが、道場においては常に礼節を重んじるようにきつく指導されていた。


 そして彼等王宮騎士たちは、道場での禁忌を無意識に破ってしまったのである。それは、王国内で剣鬼と異名を持つ、カインツ・バーンズの逆鱗に触れることとなった。


「おもて出ろ! ここはお前らみたいな糞が入っていい場所じゃねえ」


 ひしゃげた甲冑の上から腕を抑えた騎士も、痛みに耐えつつ剣を片手に立ちがる。五人の騎士に囲まれながら、カインツは悠然と道場の庭へと降りていく。


 騎士達はカインツに気圧されながらも間合いを保ちつつ、ゆっくり庭へと移動していった。


「父さん、これから暫く帰れないんだ。あまり物を壊さないで下さい」


「心配するな、ブロム。壊れるのはこいつらだけだ」


 ニヤリとカインツが、心底楽しいそうな笑みを浮かべた。

 カインは両腕をだらりと下げ、右手に一本の木刀を握っている。


 対する騎士たちは、フル装備の甲冑にバスターソードを両手で構え、腰を落として重心を深く取っていた。


「カインツ殿、我らに対する狼藉は王国に対する反逆ですぞ!」


「御託はいいから、とっとと来いよ。遊んでやる」


 カインツの物言いに、騎士達は歯ぎしりして睨みつける。

 俺とヒルデ、どこか呑気なブロムが遠巻きにそれを見ていた。


「『一身暴風陣』を掛ける、全員魔力同調の術式発動」


「「はっ!」」


 一人の騎士の掛け声とともに、騎士達が魔力の波長を揃える術式を発動した。

 彼等が発動した術式は、本来個人で波長の違う魔力の流れを、限りなく揃えることでこれから行うであろう動きを一糸乱れぬ物にするためであろう。


「ほう、さすがヘイムダル騎士団だな。なかなかいい練度だ」


 カインツが感心したように呟く。


 その通り、魔力の同調によって、彼等の放つ気配まで同一のものに感じられた。

 道場の庭に、静寂が走る。一瞬の間をおいて、騎士達が一斉に動きに出た。


「ファスト・インファーレ!」


 五人の騎士が同時に叫ぶと、中心のカインツ目掛けてまさしく同時に同様の寸分たがわぬ動きで突きを放った。棒立ちのカインツに五方向から、必殺の刃が襲いかかる。


 躱そうにも、全方位からの同時攻撃なのだ。


「先生!?」


 思わず俺は、叫び声をあげた。

 ヒルデは俺にしがみつき、ぎゅっと目を閉じている。


 だが、カインツに迫った牙突の剣は、その眼前で中空に奇妙に弾かれていった。

 高い金属音が、響き渡る。


「なっ、何だと!?」


 剣を上向きに弾かれ、驚愕の表情で騎士達は目を見開いている。カインツが手にした木刀を使って、自分の立つ位置を中心に半径1メートル程の円を地面に描いた。


「これが俺とお前らの死線だ。坊主ども、ここから先には簡単に入ってこれないぜ」


 カインツは木刀を肩に構え、挑発するように言い放った。


「怯むな。我らの同時攻撃、奴とて防ぐので精一杯なのだ!」


 後ろに飛び退った騎士達が、先程と同様に斬り掛かって行く。今度は五人それぞれが、同時ではあるが構えを変えカインツに襲いかかった。


「ったく、代わり映えしねえな」


 迫り来る騎士達に向かって、カインツは依然ハスに構えているだけだ。胴に左右から、背後と正面から突きが、そして上段から振り降ろされる剣が、それぞれほぼ同時に繰り出された。


 しかし、それらの剣は何もない空間で交錯することとなる。頭上に飛び上がったカインツに、上段から斬りかかっていた剣が振り降ろされようとする。


 だがカインツは、その剣を肩に構えた木刀で受け流すと、空中で身体を入れ替え踊りかかった騎士の首筋に木刀の一打を打ち下ろした。


 たたらを踏む四人の騎士達を飛び越える形で、カインツは少し離れた所に着地した。そしてまたおもむろに、地面に円を描いていく。


「ほら、いいぞ。まだやるんだろ」


 木刀を肩口で軽く振り、唖然とする騎士達を挑発した。


「ウオオオォ!!」


 残る四人の騎士が、怒りに任せ飛びかかっていく。だがその動きは、先程に比べ闇雲に突っ込んで行くだけの稚拙な物だった。

 

 雄叫びをあげた騎士達が、それぞれカインツに斬りかかる。しかしあっという間に四人の騎士は、その場に打ち据えられたしまった。


「まったく、なってねえな今の騎士団は。一人やられた位で動揺しやがって。誰に鍛えられてんだこいつらは?」


 もだえ蹲る騎士達を見下ろして、カインツが呆れたように言い放った。


「ごもっともです、お恥ずかしい限りで……」


 俺がカインツの鮮やかな手並みに見とれていると、庭先に一人の騎士が入ってきていた。倒れている騎士達と同様の意匠を施した軽装の甲冑を身にまとった騎士は、長い黒髪を後ろに束ねていた。


「っん、ライラかお前?」


「お久しぶりです、カインツ」


「おお、何年ぶりだ。いい女になったな」


 親しげにカインツが話しかける所を見ると、どうやら知り合いのようだ。

 切れ長の目で睨むように見つめる様子が、ひどく冷たい印象を与えていた。


「すみませんね、私の部下がご迷惑をおかけしたようで」


「なんだ、お前の手駒か。ってことはお前、今も騎士団になんか残ってるのかよ?」


「はい、お陰様で。ヘイムダル騎士団副団長を勤めさせて頂いております」


 ヘイムダル騎士団、という事はこの女騎士もヒルデを捕まえに来たのか。

 ヒルデが、俺の後ろでそっと身を縮こませる。


「はん、副団長ね。つーことは、ローランドにくっついてるんだな。今は奴の女ってわけか?」


「はい、今はローランド団長の物ですね。誰かさんが、物にしてくれませんでしたので」


 どうも二人の会話を聞いていると、何やら因縁めいたものがあるようだ。


「まあいい、こいつら邪魔だから、さっさと引き取ってくれよ」


「はい、それはもちろん。未熟ですが、可愛い部下ですから。ですが、あなたにも同行してもらいますよ」


「ああんっ? なんで俺まで、お前と行かにゃならない」


「ローランド団長からの命令です。あなたを王都まで連れてくるようにと。指令が届いていると思いますが」


「何だよ、お前を迎えに寄越したって事か? あの野郎、余計な真似しやがって。嫌がらせか」


「任務ですので、無理にでも連れて行きますよ」


 ニヤニヤしていたカインツが、嫌そうに頭を掻きむしっている。

 ライラという女騎士の事が、どうも苦手なようだ。


「わかった、わかったよ。丁度今荷造りしていたところだ、もう少し待ってろよな」


 するとライラは、今度は俺達の方を一瞥した。


「レイル・エヴェレットですね」


 横目に睨まれた俺に、緊張が走る。

 やはりこの女騎士も、ヒルデを捕まえようとするのか。


「あなた達の事は、見なかった事にします。私は、団長よりあなた達の捕縛の任は受けておりません。騎士団としては、見つけ次第捕縛命令はでていますが、私には関係ありません」


「どうしてですか?」


「それも、あなたには関係無い事です」


「ギャハハハ、レイルほっとけって。そいつはそういう奴なんだよ。おおかた、その命令とやらがいけ好かない奴からでてるんで、気に食わないんだろう?」


 荷造りを再開していた、カインツが稽古場の荷物の所で大笑いしている。


「カインツ、あなたにだけは、言われたくありません」


 それを聞いたカインツが、更に大声で笑っている。それきりライラは、話しかけることなく倒れた騎士達の介抱をしだした。


「じゃあレイル君、僕らは王都に行かなきゃならないんから、アイナの事よろしくね」


 呆気にとられ突っ立ていた俺に、ブロムが声をかけてきた。


「そうだった、レイルお前はさっさと行けよ。お前の方が、急がなきゃならんだろうが!」


 追い打ちをかけるように、カインツもまくし立てる。


「はっ、はいカインツ先生、ブロム先生。ありがとうございます、必ずアイナを連れてまた伺いますので」


「任せたよ、レイル君。その時は王都で会おうね」


「そうだな、俺らも暫く王都住まいだろうから、待ってるぜ」

 

 何故かヒルデも俺の背中に隠れながら、コクコクと頷いている。


 まずは、何としてでもアイナを助け出す。そして王都に戻ったら、次はヒルデの事も何とかしてあげなければならない。


 まだまだ前途多難ではあったが、カインツとブロムに会えた事で、俺の気持ちもどこか晴れやかになっていたのだった。


挿絵(By みてみん)


 

感想、お叱り何でもお待ちしております。

反応は薄いですが、内心歓喜致しますので。

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