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魔神レーヴァテイン―3

 ただただ目の前の者が、魔剣を持つ者が邪魔だった。

 そう、俺はシュバルトを助けなければならない。

 俺の邪魔をするならば、例えそれがシュバルトだとしても容赦はしない。


 俺の邪魔をする者を排除する――そんな衝動だけが、俺を満たしていた。





「「レイル・エヴェレット!!」」


 目の前のシュバルトの口から、奴の声とレーヴァテインの声が重なり合うようにこだまする。


「「この場に紡がれし、そなたの時の流れ――今一度取り戻させてもらう!」」


 シュバルトが……いや奴の身体に宿るレーヴァテインが、魔剣を以て頭上に大きく円を描く。


 その軌跡に続いて起こった炎の輪が、空高く昇っていく。日も落ちかけた夕刻の王都に、空を覆わんばかりの炎の輪が広がる。そしてその輪が繋ぐ先――別次元を覗く先の光景は、燃え盛る炎に彩られた巨大な山脈の数々を映し出していた。

 


「「ゲヘナの門を潜りし眷属にして我が血肉共、カーラスの麓を抜け我が呼びかけに応じよ。我が身は、全てを焼き尽くす劫火なり――


 ――顕現・劫火流炎獄(ジエル・フォルグ・ヘル)――!」」



 それは天より降臨せし地獄の炎であった。

 紡がれた別次元より召喚されし炎の濁流が、撚り合わさり八条の束となって夕闇が迫ろうかという空を真っ赤に染め上げる。まるで巨大な大蛇ヨルムガンドの如くうねりのたうつ様は、王都にあってそれを見上げる者を絶望へと突き落とすには十分なものだった。




「あっ、ああああ……。こっ、こんな……」


「ヒイィ、無理だ。無理だよ、こんなものどうやって防ぐんだ!」


「……終わりだ……誰も助かりっこない……」


 アウリーンの指示により結界を張る準備をしていた教師たちが、頭上に広がる光景に絶望の声を並べたてる。


「くそっ、何が起こっているんだ!?」


 同じく頭上を見上げるアウリーンも、その顔に焦りの色を映していた。


「まさしくこの世の終焉よな。あれが魔神の力か……」


「こっ、デュール!?」


 打ちひしがれるアウリーンの背後に、国王デュール8世が立っていた。

 その後ろに、王国が誇る王宮魔道士団を従えて。


「どうだ、シュトライド?」


「はっ、陛下。仰せの通り、まさしくあれこそ封じられていた魔神レーヴァテインの力に相違ないかと思われます」


 デュールの問いかけに、傍らに控える黒の外套を深々と被った男が、静かに答えた。


「さもあらんか……では、始めるが良い」


「はっ、仰せのままに!」


 シュトライドと呼ばれた魔道士が片手を上げ合図すると、たちまち背後に居並ぶ魔道士達が各々散り散りになっていった。


「おっ、おいデュール。これは一体?」


「アウリーンか、もう良いぞ。お前達は、学園の生徒の非難を急がせるがいい。後は、我らに任せるのだ」


「……任せろだと? 何を言っている、お前こそ都中に非難の報せを出すのが先だろうが!?」


 青ざめた表情のまま睨みつけるアウリーンを前に、デュールはそっとその腕で彼女を抱き寄せた。


「あっおい、デュール! お前こんな時に何考えて!?」


「……すまんな。だがワシに任せるのだ、これは我らヘイムダルに連なる者の責務でもあるのだから……」


 自分を抱きしめる男の顔が、痛く儚げにアウリーンには映った。

 腰に回される腕には優しくも、いささか強く力が込められる。


「陛下、整いましてございます」


 背後に侍ていたシュバルトから声がかかる。

 それと共に、デュールの腕はアウリーンから静かに離れた。


「ふむ、あまり時間がないな。急ぐとするか」


 アウリーンを背に、デュールはその厳しい双眸を頭上の二人へと向けるのだった。


 


 



「「レイル・エヴェレットよ、我が血肉にして終焉の劫火とくと味わうが良い!」


 シュバルトの持つ魔剣が振り降ろされる。それに伴い王都の空を跋扈していた炎の大蛇が、その顎を俺の方に向かってもたげた。


 八つの鎌首をもたげ、それぞれの炎が争うようにしながら螺旋を描く。やがてそれらは収束し、一条の巨大な破城槌のようになって眼前に迫ってきた。


「…………」


 自身の意志に関係なく俺の手が、絶望的なまでに巨大な破滅の炎にかざされる。いままさに俺の身体を飲み込み、そのまま眼下に広がる学園、いや王都のそれさえも飲み込もうとした劫火の槌は、その標的に届くことなく眼前に展開された魔法陣に阻まれる。


「「レイル・エヴェレット!? 我が身をそのような時間障壁ごとき、矮小なる術で阻めると思うなよ。全ての平行世界で焼き払ってくれよう!」」


 ぎりぎりと唸りをあげ壁にぶつかる炎が、その身をすり減らしながらもより勢いを増すかの如く俺へと迫る。その衝撃によってぶつかりはじけ飛んだ炎の破片が、見上げる眼下の者達へと降り注いでいく。城下へと振りまかれる炎の塊に、人々が慌てふためき逃げ惑っていた。


 しかし人々は、更なる絶望に見舞われることとなる。


「「レイル・エヴェレットおぉ!? 我が力見くびってくれるなよ!」」


 シュバルトがその能面のような表情を変えることなく、レーヴァテインの声色のまま怒りをあらわにする。次の瞬間、空を見上げる全ての王都の民が、真の意味での地獄を目の当たりにした。


 再び振り上げられるシュバルトの魔剣にあわせて、空に広がる別世界より新たな炎の蛇がのたうつように現れる。そしてそれは、王都の空を覆い尽くして余りあるほどの膨大な数であった。


 見上げる人々の目に映るのは、ただ一面どこまでも続く炎の天井である。まさしく王都イェルズを、終焉の劫火が押しつぶそうとしていたのだった。


 路上へと跪き、神に赦しを乞う者。

 幼子を抱え、必至に逃げ惑うの者。

 ただ呆然と見上げ、その時を待つ者。


 ゆっくりと魔剣が振り降ろされると、赤く燃え盛る炎の空が一斉に王都へと

――俺へと落ちてきた。


 ひどくゆっくりと感じる時の流れの中、地上でこちらをじっと見つめるアイナの姿が目に入った。だが、今の俺のこの不可解な魔力をもってしても、王都に降りかかる絶望を拭い去ることは敵わないだろう。


 はたして、俺もこの一撃によって消滅させられることは間違いない。

 彼女だけでも助けることは叶うのだろうか……?

 それに何の意味が……。


 俺は、意識が混濁し目の前の事象に対処することも叶わず、ただ思考のみ涼やかに巡っていた。


 俺は何をしているのだ?

 シュバルトを生き返らせる……。

 ヒルデ様を無事に送り届ける……。

 

 アイナは……俺を見上げ、ただただじっと見つめる彼女を……今この状況においてどうしたい?


「……っん」


 掲げる右手の指先に、僅かだが感触が戻る。


 その時だった――俺とシュバルトの足元、王都の空を7色に輝く光のベールが全てを包み込むかのように覆い尽くしたのだった。





かなり時間があき、何やら申し訳ない気持ちでいっぱいです。


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