魔神レーヴァテイン―2
目の前で、何も出来ずにシュバルトが死んだ。
振り降ろされたレーヴァテインの剣は、シュバルトを肩口より袈裟斬りにした。未だレーヴァテインの胸を貫く剣の柄を離し、後ろ向きに倒れるシュバルト。魔神の刃は、残滓の余地もなく相対する者の命を断ったのだった。
わからない、俺にはわからない。
時間遡行によって戻ったこの時間。
そこで鬱陶しくも、自分を好敵手、親友だと呼んだ奴……。
初めて出来た友――
「ふっ、ふざけるな……っふざけるなあああああああ!!!!」
「ほお!?」
俺とシュバルトを隔てていた魔法障壁が、あたかもガラス細工のように砕け散る。俺の咆哮に呼応するかのように、封印の間に幾多の魔法陣が出現した。
「我が次元断障を、その術式ごと掻き消しおったか! 多次元世界に構築していた術式に干渉するとは……くくくっ、なるほど目覚めおったか?」
「待ってろシュバルト、今元に戻してやる!」
倒れたシュバルトを包み込むように、積層型立体魔法陣が浮かび上がる。
俺の加速した思考は、一瞬のうちに時間遡行の魔法術式をその精神情報野に構築し始めた。
球状にシュバルトを包み込んだ魔法陣の表面を、俺の精神野で構築された術式が走り出す。複雑に絡み合う文言が幾層にも重なり合い、さながら繭のようにシュバルトを覆い尽くそうとしていた。
「まったく、この貴様 ときたら。其奴の周囲を限定固定し、時空間を逆巻こうというのだろうが……愚かしいことを」
持てる全ての魔力を使って、シュバルトの時間を戻そうとやっきになっている俺を、レーヴァテインは冷ややかに見下ろし呟く。
だが俺には、そんな魔神の言葉も一切届かなかった。
「くそっ、くそおぉ、くそったらあ! 魔力が足らねえ! 異神門よ、ありったけの魔力をよこしやがれ!」
「なんと浅ましきことかな……」
レーヴァテインが、憐れみの眼差しを向けそっと呟いた。
「無駄だ」
その言葉をもって、俺が必至に構築した術式と魔法陣は辛くも霧散してしまう。
「あっ……ああ……」
「やめるがよいぞ、レイル・エヴェレット。貴様は何度、世界の境界を歪めれば気が済むのだ。それは世界線の決壊を招く愚かな行いぞ」
レーヴァテインが、わけのわからない事を言っている。
なんでだ、なんで友達を助けるのを邪魔をする。
俺の友達を助けるんだ……
俺の助け……
俺の
――俺の邪魔をするな――
ドゴオッオオオッン!!
その時だった。
頭上より俺の眼前に突如として、巨大な扉が降り落ちた。
扉は大人の2倍ほどもの高さを持ち、表面に上位古代文様で装飾が施されいる。
「でおったな、多元世界の扉!」
レーヴァテインが、封印を解かれて初めて苦々しい表情をみせる。
扉が僅かに開くと、その先が垣間見える。
その先には、幾つもの扉が同様に鈴なりに続いていた。
「あ……ああ……」
俺の記憶全てを巡らせても、これと該当する現象に覚えはない。困惑する俺をよそに、突如として全ての扉より魔力が俺へと流れ込んできた。
膨大な魔力の流入は、俺と眼前の扉を中心に巨大な力の渦を形成しだす。それに伴い、迷宮中にある変化が起きていた。
迷宮中のあらゆる魔獣、魔物が、魔素へと変質させられ、強制的に俺を中心とする渦に集まってきたのだ。俺の中に膨大な――時間遡行以前の自身すら凌駕する程の魔力が溢れ出す。
「幾多の己でも飽き足らず、全ての魔素を飲み込もうと言うのか……」
俺自信まったく理解することも、感知することも出来ていなかった。
自分に何が起きているのか?
あまりの魔力量に意識を手放しそうにさえなる。
「愚か者め! 我が1000年の悠久を無駄にしようと言うのか? 幾千の思いも、我との契約も全て無に帰すこととなるぞ!」
レーヴァテインが何か言っている。
だが俺には届かない。
俺には意味がない。
俺は……
意識は混濁し、もはや思考する事もままならなかった。
ただ俺の中に、幾つもの思いが溢れかえる。
誰のものでもない、自分自信の感情が。
覚えのない記憶とともに、それらが走馬灯のように頭の中を駆け巡っているのだ。
「このままでは、自我の境界が崩壊するな……阿呆め。致し方ない、これも契約の一部ということか」
俺の中に溢れかえる魔力の奔流は、留まることを知らないかのようだった。
台風の目のように俺を中心とした力の暴風は、迷宮を崩壊へと推し進めていく。
崩れゆく壁や天井が、封印の間に降り注ぐ。
「けっ……けんじゃ……賢者様ああああああ!!」
どこか遠くでヒルデの声が聞こえた気がした。
「ヘイムダルの娘か、そこでは巻き込まれるな。地上で待つが良いぞ」
レーヴァテインがそう言うと、ヒルデの姿が掻き消える。
強制的に転移させられたようだ。
「ふむ、死んだ者は蘇ることないというが。果たして、新たに生まれるのはどうか?」
レーヴァテインがその手をかざす。
すると息絶え横たわっていたシュバルトの身体が浮き上がり、レーヴァテインの前に掲げられる。
「今より貴様は、生まれ変わる。我を振るう位主として。我を収める鞘として。我を携え、我が意を得る者とならん」
そう告げると、レーヴァテインはシュバルトの首筋に犬歯をつきたて噛み付いた。
「がっ、ああああああああああ!!」
噛みつかれその首筋より真っ赤な血を垂れ流すシュバルトが、突如雄叫びをあげその目を見開いた。
「さあシュバルト・ヘーゲンハイム、生まれい出ませい!」
その言葉に即されるかのように、シュバルトがだらりと垂れ下げていた右手を大きく振り上げる。
そして――
「我魔剣レーヴァテイン、汝シュバルト・ヘーゲンハイムのただ一振りの剣なり」
振り上げた右手が、レーヴァテインの胸中へと突き刺さる。
「あっああ……」
恍惚の表情を浮かべ、レーヴァテインで在ったものは一振りの豪奢な剣へとその姿を変えた。それは先程まで、レーヴァテインが握っていた剣に瓜二つであった。シュバルトが、その右手に剣となったレーヴァテインを握りしめている。その目は未だ朦朧とし、意識があるのかはっきりとはしない。
だが――
「っおおおおおおおおおおおお!!!!」
魔剣を手にしたシュバルトが、獣にも似た咆哮を以て中空より斬りかかってきた。
切断されていた両腕の先に魔法陣が描かれる。
魔法陣が指先に沿うように進むに連れ、消失した腕が復元されていく。
復元した両手を掲げ俺の中の幾多の意識が、魔力の剣を以て斬撃を受け止めた。
魔剣と魔力剣が、真正面からぶつかり合う。
その衝撃の余波は、俺達二人を中心に直上へと穿たれる破壊の力となった。
「なっ、何事だ!?」
始原の塔地上1階――
日が傾きかけた時刻、そこにヒネクが一人当直の見回りに訪れていた。彼にとって自分のような高貴な者には、このような雑事は不本意極まりなく、適当に巡回して回るのが常となっていた。
「おわっ、じっ地震!?」
塔のエントランスホールとも呼べるこの1階で、ヒネクは突如大きな揺れに遭遇した。それは次第に大きくなり、突き上げるような揺れに立っていることさえままならなくなっていったのだった。
「これはいかん、とにかく一旦外に出ないと……」
慌ててヒネクが、塔の外へと駆け出す。
しかし彼が塔の外へ出るやいなや、その背後で途轍もない轟音とともに始原の塔が爆散した。
「ぴぎゃああ……なっ、なんびゃこれは!?」
塔の爆散によって起きた爆風に吹き飛ばされ、地面に無様に突っ伏したヒネクが、背後で起きた惨状に腰を抜かし這いつくばっている。あたり一面には、吹き上げられる瓦礫が幾多の礫となり降り注ぐ。
「ああ……賢者様……」
吹き飛ばされ跡形もない塔から、僅かに離れた場所にヒルデは座り込んでいた。その眼差しが向けられる先に、塔があった場所の空に浮かぶ二つの人影がある。
それは先程まで迷宮最下層にいた、レイルとシュバルトだった。
学園の中心に位置する始原の塔のあった場所――今ここにはただ崩れ去った塔の残骸と、大きく穿たれた巨大な穴が地中深く覗くばかりになっていた。夕刻とはいえ学園には未だ多くの生徒が残っている。彼等の多くが、地響きとともに突如として起こった塔の崩壊を、遠巻きに眺めていた。
その中には、先程まで剣闘場で擬似戦にあけくれていたアイナの姿もあった。
「局所結界展開準備ぃ! 手の空いている職員は、全て結界の術式構築にかかれ!」
ざわめく生徒たちの群れをかき分け、アウリーン理事長が現れた。
異変を目の当たりにしたアウリーンは、引き連れた教職員に直ぐ様指示を飛ばす。
「生徒を非難誘導し、王城へ直ぐ様『魔導心話』で報告を行え――
地下迷宮の封印が解き放たれたと!」
慌ただしくも、居並ぶ教職員は迅速に指示に従い行動を開始する。
「くそっ、何が起こっているのだ!? 王都開闢以来一度として解かれたことのない封印が、なぜ今になって……」
「ちょ、ちょっとあれって!? レイル……レイル、何やってるのよあんたはぁ!?」
空に浮かぶレイルに気づいたアイナが、結界の準備にやっきになる教師たちの前に躍り出た。
「邪魔だ下がっていろ、アイナ・バーンズ!」
怒号飛び交う集団の中にあって、アウリーンがアイナを引き止める。
しかしアイナはなおもレイルとシュバルトの方へと、駆けよろうとしていた。
「あれは……シュバルトまで……。ああっ……あんた達、何やってるの?」
「ねえ、レイル……答えてよ……答えてったら、レイル!?」
呆然とアイナが中空の二人を見上げていた。
遠くどこかで、アイナの悲鳴にも似た叫び声が聞こえた気がした。
だが今の俺には、そんなアイナの悲痛な叫びすら届かないのであった。




