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始原の地下迷宮―3

「どうだ、レイル。今のは会心の一撃だったろ?」


 地下迷宮2階へと降りたシュバルトは、難なく3階への入り口を守るハイ・オークを倒したところだった。地下2階と言っても魔獣の危険度がそれほど上がるわけでもなく、シュバルトにとって遭遇する度に順当に狩りを進めていた。


「ったく、調子に乗ってるなよ。ほら後ろ!」


 倒したと思われたハイ・オークが、最後の力を振り絞りシュバルトに剣を投げつける。


「うわっ!」


 俺の掛け声にシュバルトは、投げかけられた剣を弾き返す。

 そして、倒れたハイ・オークにとどめの一撃を振り降ろした。


「ふう、危なかった。助かったよレイル」


 なあにが『助かったよ』だ。

 すぐ調子に乗りやがって、この脳筋が。

 

 シュバルトは俺に礼を言うと、ハイ・オークから吐き出された魔石を拾ってニヤニヤとしている。


 まったく、俺の気遣いも知らないで。

 どうやら当初の予想通り、表層階においてシュバルトの実力ならば、十二分に通用しそうだった。このぶんなら、今日中にもう少し先を進めてもいいだろう。仮に中層階まで進むとするなら、魔獣だけでなく罠も多様化するため、準備もなく潜るのは危険度が段違いに増してしまう。


 奴一人の訓練なら、ここら辺まで順当なところだ。ましてやヒルデも一緒な事を考えれば、中層階まで進む気にはなれない。なんと言っても王女様をあまり連れ回すというのは、精神衛生上かんばしい事ではないのだから。


「ヒルデ様、お疲れではないですか?」


 地下迷宮に潜って、既に3時間近くがたっていた。

 ここらへんで、少し休憩をとった方が良いだろう。


「おいシュバルト、お前も少し休め。思っているより、身体は疲れているはずだぞ」


 そう言って俺は、広間の一角に用意しておいた敷物を広げ、ヒルデに座るよう即した。

 

「さあヒルデ様、こちらへどうぞ」


 俺はヒルデの目の前で、何もない空間からグラスと水の入ったピッチャーを取り出す。グラスを手渡し、そこに注がれる水を不思議そうにヒルデは見つめていた。


「レイル、それって空間魔法か?」


 近くの柱に寄りかかり座っているシュバルトが、今のやり取りを見て驚いている。俺はそれに答えるかわりに、別の水の入ったボトルを空間から取り出すと、シュバルトに放り投げた。


「おわっ、とととっ……」


 シュバルトが、なんとかボトルを受け止める。


「ああ、便利だろ。お前が装備を取りに行ってる間に、準備しておいたんだ。ほらっ、こんなのもあるぞ!」


 そう言って俺は、林檎を一つシュバルトに投げる。

 おっと、今度もちゃんと受け止めたようだ。


「ヒルデ様にはこちらを」


 ヒルデにはちゃんと、切り分けた林檎を用意しておいた。

 彼女もまた驚きながらも、皿にのった林檎を一切れ口に運ぶ。


「……賢者様……なんでも持ってる……」


 その小さな口が、林檎に少しだけかじりつく。

 なんとも愛らしい少女だ。

 王女というのも忘れて、つい妹でも扱うように接してしまう。


「そうでもないですよ。僕は何も持っていなかったからこそ、今ここにいるのですから……」


「……?」


 不思議そうな顔で、ヒルデが俺を見つめる。

 大事なものに気づけなかった未来(かこ)の自分と違い、今の自分は同じ時間を過ごしているとは思えないほど周りの人々に触れ合い、そして自分の居場所を感じることが出来ている。


 まったく、自分でも信じられない位だ。


「申し訳ありません、特に意味は無いのですよ。さあヒルデ様、そろそろ先に進みましょう」


 敷物を俺の魔力で固定した異空間に放り込むと、ヒルデに手を差し伸べた。その手をヒルデはまじまじと見つめ、なにかを確かめるかのように両手で包み込む。


「……賢者様……わたし……ずっと一緒……」


 まるで俺の心を見透かしたかのように、ヒルデが呟く。

 その透き通るような碧眼が、まっすぐに俺を見つめ続けていた。


「おいレイル、見てくれよ。これは、なかなかの業物だぞ!」


 俺とヒルデが無言で言葉を交わしていると、シュバルトが何やら嬉しそうに声をかけてきた。この脳筋は、相変わらず空気を読むということを知らない。


「なんだシュバルト、何を見ろって……?」


 見るとシュバルトが、ハイ・オークの投げた剣を手に取ってにんまりとしている。

 っておい!?


「シュバルトすぐにそいつを離せ!」


「んっ?」


 シュバルトの奴が脳天気な顔をして、こちらを見る。しかし時すでに遅く、俺の叫びも虚しく、辺り一面を強制転移による閃光が包み込むのであった。






 **************


「んんっ……」


 ここは何処だ?

 シュバルトがハイ・オークの剣を手にしたことで、俺達3人は地下迷宮の何処かに強制転移させられていた。恐らく予め発動準備を施すことで、第三者が剣を手にしたタイミングで任意の場所に転移させる仕掛けが施されていたのだろう。


 迷宮等では、よくあるトラップのひとつだ。


「……賢者……さま?」


 少し離れた所で、倒れていたヒルデが起き上がる。

 どうやら大きな怪我などしていないようだ。


「ぶはっ! こっ、ここは何処だ!?」


 事の発端であるシュバルトが、気がつくなり騒ぎ出す。

 がばりと起きるや否や、辺りをキョロキョロとしていた。


「おい、シュバルト! 少し落ち着け、まず周りの状況を確認しろ」


 この手の強制転移のトラップにおいて、突然奈落の底や、溶岩流の中になど転移させられることは万が一にもない。


 それは、転移の魔法の特性にあると言ってもいい。

 転移魔法の根本原理において、転移先に術者が自らの魔力を以て痕跡を記す必要というのがある。即ち、術者が通常立ち入れない、或いは困難な場所に転移先を設定すること自体が非常に難しいのだ。


 また、異神門などの大規模魔導装置でも使用しない限り、転移などというのはそれほど離れたところまで設定出来ないのが常識だ。それらを踏まえても、ここが地下迷宮内の何処かであると限定されてくる。


「どうやら、かなりの深層部まで飛ばされたようだな。魔素が非常に濃く充満しているぞ」


 辺りは薄暗く、上層階のような明るさはない。

 辛うじて至近距離に居る二人は確認出来るが、その先は暗闇に閉ざされ見通すことすら困難だ。


「――光球(スキン)


 とりあえず周囲に魔力探査を行いつつ、光の玉を手のひらより浮かびあげる。ふわりと浮かび上がった光の玉は、徐々に光度を強め昇っていく。


 その明かりが、やがて俺達のいる場所を照らし始めた。


「……はっ!? これは……?」


 シュバルトが目を見開き、驚きをあらわにする。周囲が明るくなるにつれ、俺達の飛ばされた場所の概要が明らかになってきたのだ。


「……ヒルデ様?」


 ヒルデも困惑した表情で、俺の袖を掴んできた。

 その手が若干震えているのが、袖越しに伝わる。


 巨大な扉――そう俺達の目の前には、およそ人が出入りするとは思えないような巨大な石造りの扉がそびえ立っていた。それはまるで、かつて大陸に存在したという古代巨人族のために誂えたかのようだ。


 また扉には見たことのないレリーフが施され、古代上位文字で幾つかの文言が記されているのがわかる。


「……レイル、何処なんだここは?」


 巨大な扉を前に、シュバルトも動揺を隠しきれない。

 それほどにその威容は、見る者を圧倒していた。


「わからない。地下迷宮の下層階であるとは思うが、俺もこんな場所は初めてだ」


 迂闊だった。

 ハイ・オークの剣に、こんなトラップが仕掛けてあったとは。

 表層階程度の仕掛けで、ここまでの物があるなど思いもよらなかったのだ。

 

 シュバルトだけでなく、俺自身も3人で行動する事にどこか浮かれていたのだろう。今の自分の力を過信しすぎたのか……。


「申し訳ありません、ヒルデ様。僕とシュバルトのせいで、このような事に巻き込み」


 袖をぎゅっと掴むヒルデが、首を何度も横に振り俺の言葉を否定する。


「……わたし……無理言った。賢者様……悪くない……」


 健気だな。

 確かに事実としてはそうだが、王女という立場であれば俺たちにこそ否がある。この儚くも純粋な少女のためにも、何とかして無事に地上に戻らなければならない。



 しかしそんな俺の思いをよそに、事態は最悪な方向へと進んで行くのだった。



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