異神門
王国が興って1000年あまり、しかしどの時代の国王たちも国政において、重大な選択を迫られる時というのは、常に孤独なものであった。
この日の夜半時、王城の執務室において国王デユール8世は、宮中顧問官エルウィンドと共に日々上がってくる書類に目を通していた。エルウィンドは宮中にあって、国王が心許せる数少ない人物の一人である。その付き合いは古く、 王の幼少期にまで遡る。
「陛下、お疲れではありませんか?」
「そうだな、エルウィン。歳のせいか、このような書類に目を通すのが、段々と億劫になってきたようだ」
「失礼ながら、陛下は若かりし頃より、このような事務仕事をお気に召されたことは、小官にはついぞ記憶がございません」
「またそのような皮肉を言う。まったくお前は昔から、儂に対して厳しすぎるぞ」
「申し訳ございません。されども、それが小官の責務でありますゆえ」
「まあいい、さて今夜はさすがに終いとするか……」
いつものように他愛もない会話を国王が楽しんでいると、執務室の外から何やら揉めている声が響く。
「こっ、困ります、アウリーン殿。貴殿と言えど、勝手に立ち入られては」
すると乱暴に開け放たれた扉から、なんとか押し留めようとする衛士をはねのけ、アウリーンが執務室に入ってきたのだった。
「デユール、一体どういう事だ!?」
部屋に入ってくるなり国王の前まで詰め寄るアウリーン。その勢いのまま声を荒げ、国王を問い詰めた。
「こんな夜半に連絡もなしにどうしたというのだ、魔導学園理事長アウリーンよ?」
アウリーンとは対象的に、執務室の椅子に腰掛けたままのデュールが、冷たく返す。
「とぼけるな! お前、なぜノールレイサにカイルを一人をやるのだ?」
「その事か……」
アウリーンの問いかけに、一言返し暫くデユールが押し黙る。
そして
「差し出がましいぞ、アウリーンよ。そなた如きが、口を挟むことではない」
冷ややかにデユールは、アウリーンに向かって言い放った。
「っく、デユールお前……。わかった、私は好きにさせてもらう」
そう告げると、アウリーンは来たときと同じように、乱暴に扉を開け執務室を後にした。部屋には重い空気と共に、デユールと傍らに立つエルウィンドだけが残されたのだった。
「よろしかったのですか、陛下?」
エルウィンドが、アウリーンの出ていった扉を見ながら、デユールに問いかける。
「……かまわんよ。どの道、何を言ったところであれは納得しはせん」
「難儀な事ですな」
どこか物憂げなデユールに、エルウィンドもただ一言感慨深げに答えるのだった。
**************
「うう、さぶい……。流石にこの季節になると、夜は冷えますね」
夜もふけ人気のない時刻、学園の敷地内に併設されたトーレル神殿前に、3つの人影が佇んでいた。
「レイルはん、どこ行ったんやろね? 誰かに連絡しはるとか言っとったけど、遅いねんな」
つい数時間前エヴェレット邸にてレイルの指示を受けた、シュバルト、リアン、アイナの3人は、各々最低限の装備を整えると、トーレル神殿前に集まっていた。しかし、とうのレイル本人の姿は、未だそこになかったのである。
「大丈夫、レイルのことだもの。ちゃんとノールレイサに行く算段を、整えてくるわ」
成長著しいアイナが、その背丈に合わせ新調したばかりの剣を腰に携え、じっとレイルが現れるのを待っている。3人が、月明かりが僅かに照らす神殿を背に、暫く待っていると、ようやく新たな2つの人影が近づいて来るのに気づいたのだった。
「あっ、レイルはん?」
「ああ、遅れてごめんよ、みんな。ちょっと準備に手間取っちゃって。でも、ちゃんと連れてきたから」
俺は寒い中待たせた3人に、一言詫びをいれる。そして、俺の後ろに縮こまり皆を待たせる原因となった人物を、前へと押しやった。
「えっ? えっと……ヒネク先生?」
「やっ、やあヘリアン君」
そう俺が、協力を仰ぐため連絡をとっていたのは、担任のヒネクだったのだ。リアンをはじめ、アイナもシュバルトも、狐につままれたような顔をしている。
「おいレイル、なぜ教師。しかもヒネク魔道士などに、協力を求めたのだ?」
シュバルトの奴が、明らかに訝しんだ目でヒネクを睨みつける。その横で、リアンもあからさまな嫌悪の表情を見せていた。
「フヒヒヒッ。エヴェレット様、私は何をすればよろしいので?」
そんな二人の冷めた視線のなか、ヒネクが上目遣いで俺に訪ねてくる。こいつは、あの一件以来、俺に対し極端に卑屈になっている。命令に逆らえないよう隷属化させてはいるが、へりくだった態度でなければ苦痛を伴うというわけではないのだが……かえって気持ちが悪い。
「ヒネク先生、神殿の鍵は持ってきていただけましたか?」
「フヒッ、持ってきておりますです、はい」
ヒネクが、なんとも下卑た笑みを口元に浮かべる。変な気を起こさなくなったのは良いが、あまりそばに寄ってほしくない類の人種であるのに変わりはなかった。
「ヒネク先生には神殿に入る鍵を持ってきてもらったんだよ。地下への鍵は特殊で、ちょっとやそっとの小細工では開けることは出来ない仕組みになっているんだよ」
「地下? 神殿の地下に何があるんや?」
「ああそれは−−」
俺が続きを言いかけた時だった。
「地下の異神門に用があるんだよね、レイル君」
暗がりから、声をかけつつ現れたのは、昼間食堂でシュバルトと一悶着おこしたシーリだった。
「シーリさん、どうしてここに?」
「うん実は、今日の昼にそこのリアンさんを、学生寮まで連れて行ってから君の家を見張っていたんだ。あの様子だと、何かしら君たちが行動するんじゃないかとふんでね」
まさか、あれからずっとつけられていたのか? この男巫め、闘技場での動きといい、こういった隠密行動に特価した体術ばかり身につけているんじゃないか?
「おい君、何のつもりか知らんが、部外者はさっさと帰ってもらおうか! バーンズさんが迷惑するだろ」
シュバルトが昼間と同様、シーリに敵対心丸出しで食って掛かる。
「いいのかい? 僕をここで返すのは、あまり得策じゃないと思うんだけど。もし仮に、僕がこの足で学園の警備室に駆け込めば、どうなるかを予想するのはさして難しいことではないと思うんだけどもね」
おいおい、これはとんでもない事を言い出しやがったぞ。突然俺達の前に現れたシーリは、まさしく垂れ込むぞと脅しをかけてきたのだ。
「この卑劣漢め、貴様なんのつもりか!」
シュバルトが当然のように激昂する。しかし、そこではじめてシーリが慌ててみせる。
「いやいや、勘違いしないで欲しいんだ。僕は決してそんな事をするつもりはないんだよ。僕が言いたいのは、ここで僕を追い返さないでもらえないかと言う事なんだ」
「じゃあ一体、何がお望みなんだいシーリさん? 僕らはこれでもかなり急いでいるんだ」
「だからそこだよ、僕も君たちを手伝いたいと思っているんだ。主にアイナさんをだけどね」
なるほど、要は口を紡いで欲しかったら、俺たちに同行させろということか。まったく、ただでさえ厄介なのに、さらなる面倒がまいこんできたものだ。
「貴様、言うに事欠いてまだバーンズさんに付きまとうつもりか!?」
「おいよせ、シュバルト。わかったよシーリさん、君にも手伝ってもらおう。ただしこれから行くのはノールレイサ、どんな危険があるかわからないよ」
「それはわかっているよ。僕も昼間から、大体の話は聞いているからね」
「レイル、いいのかこんなわけの分からない奴を連れて?」
「シュバルト、リアンの気持ちを考えろ。ここで俺たちが揉めてれば、その分ノールレイサに行くまで余計な時間がかかるんだ」
「そうか……そうだな。だが僕は、シーリ、君を認めたわけじゃないからな」
「ええ、かまいません。僕は、アイナさんのお手伝いが出来ればいいだけですから」
とうのアイナは、そんな俺達のやり取りを少し離れて眺めているだけだった。自分の事であろうに、シーリが一行に加わろうとどうであろうと、全く意に介してない様子だ。その姿から、何か恐ろしく研ぎ澄まされていく物を感じる。どうやらアイナだけが、この後向かうべき場所の深刻さを理解しているのかもしれない。
「そういうわけで、リアン。すまないけど、もう一人一緒に行くことになった」
「うちは、別にええよ。したっけ、おとんを助けてくれる人が増えただけやし。なあシーリはん、ようけ知らん仲やけど、ありがとさんな」
そして俺達はやっと、トーレル神殿の中へと入っていくことが出来たのであった。
「ねえレイル、さっきのシーリの言ってた異神門って何の事なのよ?」
神殿地下へと続く階段を降りていく途中、横を歩くアイナが聞いてきた。
「そやそや、レイルはん。こないな神殿の地下に潜って、どないしてノールレイサまで行こうっちゅうんや?」
「ああ、それなんだけど……シーリさんは知っているのかな?」
「いえ、僕もそれほど詳しくは……ただ、僕の故郷にあるロブン大神殿地下にも同じような古代遺跡が存在します。そして、その用途は長距離移動を可能にする魔導装置だったと記録が残っているのです。実際に稼働しているのを、僕は見たことはありませんが」
そういう事か−−それで、今までの俺達の会話からノールレイサに行く方法として異神門を使うのではと推測したのか。各地の古代神を祀る神殿なら、遺跡として残っていても不思議はない。この王都のトーレル神殿にも、この学園を含めいくつか残っていたはずだ。
そして、俺が最初に異神門に触れたのも、ここ学園に併設される神殿地下のものが初めてだったのだから。
「ふうん、レイルって、クルシュにいた時からいろんな事に詳しかったけど、こんな事まで知ってるのね。これも、カイル様の影響なのかしら?」
「まっ、まあね……」
いやいや、カイルだってここの事を知っているかは怪しいと思う。それほど、この異神門の在り処というのは秘匿されているのだ。多分王国でも、一握りの人間が知り得る情報だろう。そうでなくては、いざという時に王国を守るために利用できないだろう。
「エヴェレット様、ここで行き止まりのようです」
先頭を降りていたヒネクが、階段を降りた先の広間で立ち止まっていた。その広間の先は、異様な文様が刻まれた扉によって固く閉ざされている。
「じゃあヒネク先生、その鍵をこの扉の文様の真ん中にはめ込んでください」
ヒネクが言われたとおり、手の持つ鍵の一つを扉へとはめ込む。
そして俺はそれを確認すると、扉の前に立ち解錠の術式を展開した。
「――解錠」
魔法が発動されると、扉がまるで霞がかかったように朧気になる。そして初めからそこには何も無かったかのように、奥へと続く通路が目の前に現れたのだった。
「ハハッ、なんだい今のは。レイル、君が凄いとは思っていたけど、まさに何でも出来るのだね」
「ほえ〜、不思議やな。あんな重そうな扉が、シュって消えてもうたわ」
シュバルトとリアンが、消えた扉の辺りを通りながら不思議そうに天井や、足元を見回している。解錠の魔法と、鍵となる魔道具、二つが揃って初めて通路が出現する仕組みになっているのだ。解錠の魔法だけでは、どんな魔道士であってもどうすることも出来ないように作られているのだ。古代魔導文明というのは、なかなか凝った作りをするものだと感心する。
「ねえレイル、あのヒネクって教師、あいつここまで連れてきていいの? あいつこそ、学園に私達のことバラすんじゃないの?」
「ああ、それは大丈夫。ヒネク先生は、絶対に何があってもこの事は口外しないから。そう、絶対にね」
「そう、ならいいんだけど……」
まだ不満そうだったが、アイナはそれきりヒネクの事にふれなかった。
通路を暫く進むと、一際広い空間にたどり着いた。
そこは、地下とは思えないほど天井が高く、また四方に広がった円形状の広場になっていた。そして、その中央の一段高くなった場所に、それは在った。
異神門と呼ばれる古代装置――それは世界各地のいたるところで見られる古代魔導装置の総称だった。あるところでは、土着の神を祀る神殿の奥深くであったり、またあるとこでは、奥深い森の忘れ去られた遺跡の中、かたやここロキ王国のように国の施設の中に隠蔽されていたりと様々な形で残されている。
その姿は一様に統一されており、円形状の祭壇を四方に巨大な魔石が囲い、その頭上をアダマンタイト鉱石が見下ろしている。そして祭壇は、大人数人が載れば一杯になってしまう程の広さしか持ち合わせていなかった。
「ほえ〜、地下にこないな広い場所があるなんて」
「ほんと凄いわね、神殿の地下がこんなになっているなんて想像もしてなかったわ」
広場に入った皆が、その空間の異様さに驚いていた時だった。
「遅かったなお前たち!」
広場の奥より、一人の女性が姿を見せた。
「あっ、アウリーン理事長!?」
奥の暗がりより姿を現したのは、学園の理事長アウリーンだった。相変わらず、その目は鋭く真っ赤な髪と相まって、こちらを圧倒する雰囲気をまとっている。
「理事長、なぜここに?」
俺はあまりの事に驚き、愚かにもそのままの疑問を口にしてしまった。
「エヴェレットよ、その言葉そのままお前に返してもいいのだぞ」
アウリーンの言う通りだ。
彼女と俺達の立場から言えば、俺達の方がここにいるほうがおかしい。それどころか、無断でここに侵入した事で咎められてもおかしくないのだ。
俺はアウリーンの問いかけに、返すことも出来ず言葉をつまらせてしまう。
「ふん、お前のような者でもそのように焦りを見せることがあるのだな……まあいい。それより、お前達の事情はおおよそ見当がついている。私がここに先回りしていた理由など、今は詮索している時間はないのではないか?」
どうやらアウリーンは、俺達を止めるためにここにいるのではないようだ。その真意はわかりかねるが、今邪魔をしないでいてくれるだけでも有り難い。
「理事長、仰る通りです。僕らはこれより、異神門を使ってノールレイサに急いで迎いたいと思っています。どうか、見逃してもらえませんか?」
アウリーンを真っ直ぐ見据え、俺は隠すことなく目的を告げる。
彼女が言うように、おおよその見当がついいているというのなら、回りくどい事を言っても仕方がないだろう。それに、多分アウリーンは、俺達とは違う理由でここに来ていたのではないのだろうか。
「……いいだろう。先程も言ったように、お前達に悠長に話をしている時間がないことは私も理解しているつもりだ。異神門の制御は、私が行ってやろう。ただし、向こうに行っても無茶だけはするなよ」
俺達5人を前にアウリーンは、念を押すように一言付け加えた。
「では、早速始めるぞ。おいヒネク、貴様も手伝え!」
「ヘッ、はい理事長様」
アウリーンが現れてより、通路の入口の影にその身を隠していたヒネクが慌てて異神門の制御盤に駆け寄る。俺は、アウリーンと共に制御盤に転送先の設定を行う。準備が整うと、俺も含め5人が中央の祭壇へ揃って並び立った。
「いいか、異神門を始動する。お前達は、ノールレイサに在る異神門へ一瞬で転移されるだろう。向こうの様子が解らない以上、慌てず行動するのだぞ」
「ありがとうございます、理事長。こんなとんでもない事、手伝って頂いて」
「馬鹿め、それを言うなら貴様達のような子供を、敵地かもしれない場所に送ろうと言う私自身はどうだと言うんだ?」
「それは……」
確かにそうだ。事情がわかっているとはいえ、なぜアウリーンはこんなにもあっさり俺達に協力してくれる?
「レイル・エヴェレット、貴様はカイルによく似ているな。いや、あやつ以上の才覚がある」
「父にですか?」
「おかしなものだ。お前を見ていると、昔の奴を思い出す。お前達の無茶も、なんとか出来るのではないかと思えてくるのだよ」
どこか遠い目をしてアウリーンが、そう呟いた。
「さあ、転移が始まるぞ!」
アウリーンがそう告げると、異神門の祭壇を囲う魔石から紅い光が立ち上る。
光が頭上のアダマイトに集約されると、光のカーテンが円錐状に俺達を覆った。
横に立つアイナが、そっと俺の手を握ってきた。
俺もその手を軽く握り返す。
目の前に映っていた、アウリーンの姿が光の彼方に遠のいていく。
視界がまばゆいばかりの光に包まれると、俺達の身体はノールレイサに向かって転移されていったのだった。




