もう一つの街
ノールレイサ――そこは先のマルケルス戦役の際、最も被害を受けた街であった。魔族軍本隊がマルケルス城砦へと侵攻する通り道となった事で、街は文字通り灰燼と化したのである。そして6年の歳月がすぎ、生き残った住人と国の支援により、街はまた以前の活気を取り戻しつつあった。
「おい、そろそろ上がろうぜ」
街の南側、外壁の工事は未だ続けられていた。以前より強固に設計され、監視塔も増やされた外壁は、ひとえに先の戦役の教訓を活かしての物である。
「冬を越えるまでには、ここも終えられそうだな」
「街にも人が戻ってきたし、ようやくノールレイサも昔みたいになるなあ」
「国境の警備も厳重になったうえ、街にはマルケルス城砦から定期的に軍隊が派遣されてくる。また魔族が攻め来ても、今度は返り討ちにしてやるさ」
「ハハハッ、ちげえねえ。さあ、一杯ひっかけてこうぜ」
日が暮れようとする中、工事に携わる男達は、一様に今夜も酒盛りに繰り出す算段をしている。
「ハハハッ、今日はお前の奢りだから――んっ?」
「おい、どうしたボーっとして? さっさと上がろうや」
男達が現場を後にしようとする中、その中の一人が未だ残る夕日の後をじっと見つめている。
「あっああ、わりいな。なんかそこの辺りに、ボヤッと人影みたいのが見えた気がしたんでよ」
「何言ってやがる、何も見えやしねえよ。ったく、毎日飲みすぎなんだよ。今夜はお前、帰って寝てろ」
「おいおい、そりゃねえよ。待ってくれって」
そして男達は、何事もなかったように街の酒場へと足を運ぶのだった。
***************
「おい、そこの女男よ。貴様、昨日はバーンズさんに何を言っていたのだ!」
学園の昼休み、多くの生徒はここ大食堂にて昼食をとっている。全校生徒の8割と言っていい人が集まる中、一際大きな声で叫ぶ馬鹿がここにいた。
「確か、シュバルトさんでしたか? 昨日というと、アイナさんとのデートの事ですか?」
シュバルトの奴が、昼食に同席したいとやって来たシーリに、突然食って掛かっていた。こういう時の脳筋というのは、思考=発言とタイムラグがないのがある意味尊敬に値する。俺には決して真似出来ない芸当だ――絶対真似等しないが。
「とぼけおって……貴様、約束を盾にバーンズさんを連れ出し、あまつさえロブン神殿にまで連れ込みおったろうが!」
あっ、おいシュバルト。そいつは、ちょっとまずいんじゃないか?
この脳筋坊っちゃんめ、あろうことか自分から墓穴を掘りに行ってるぞ。
「ええっと、シュバルトさん。なぜあなたが、その事を知っているのか詮索しませんが、あなたの邪推しているような事は一切ありませんよ。僕は、はっきりとアイナさんに振られてしまいましたから」
シーリは、シュバルトとは対象的に冷めた口調で淡々と答える。
それより先程から目の前のアイナが、俯いたまま何も言わないのが気になる。今日の日替わりメニューは、魚の煮付け定食だ。そして、アイナの前に置かれた魚が、だんだんと原型を留めなくなっていく。
「おお、アイナさん。この女男の言っている事は本当ですか?」
「……それよりも、シュバルト。あんた、なんで昨日の事知ってるの?」
「それはもちろん、僕とレイルの二人で、アイナさんが危険な目に合わないようしっかり警護しておりましたから」
おいおい、この馬鹿。言うに事欠いて、俺の事までしれっと、話しやがったぞ。やばい、まじでやばい。こいつ、今どれだけ危険な事を話しているか、まったく理解してないぞ。
「そう……レイルと二人で、付けてたんだ。へえ〜、二人でねえ」
ああ、魚が。
せっかくの煮付けが。刻まれ、潰され、見るも無残な姿に変わり果てている。そして、その手に握る箸が置かれ――
「レイル! シュバルト! 二人共、どういう事かきっちり説明してもらうわよ!」
「ヒイイイイッ」
「おうっおおおお、待て、ちょっと待てアイナ」
アイナがテーブルの上に片足を乗り上げ、模造刀を抜き放つ。先程までの威勢はどこへ行ったのか、シュバルトの奴も腰を抜かしてへたり込んでいる。このへたれめ、貴様が余計な事を口にしたばかりに、俺にまでとばっちりを食わせやがって。
「よっほほーい、みなはん、相変わらずようけ賑やかしやなあ」
そこにまったく空気の読めないリアンが、いつにも増してテンション高めで乱入してきた。しかしここに至っては、ある意味天からの助けかもしれない。
「おっ、おおリアン。今日は、随分機嫌が良さそうだね?」
俺はアイナの怒りの矛先から逃れるべく、強引にリアンへと話題をすり替えることにした。シュバルトの奴が、アイナに模造刀の切先を突きつけられているのは、俺の与り知らんところだ。自業自得、その怒りを一身に受けてくれ。
「そやよ、聞いてなあレイルはん。うちな、今度の冬休みに実家に帰省出来るんや。おとんが、冬くらい帰って来たらええてな、手紙が届いたんよ」
なるほど、リアンは地方から学園に遊学に来ているんだったな。
そう言えば、故郷の話って聞いたことなかったな。
「へえ、それは良かったね。それで、故郷はどこなんだい?」
「んっ、言ってへんかったっけ? うちノールレイサ生まれなんよ」
「えっ! ノールレイサ……」
ノールレイサ――クルシュと同じく6年前のあの日、魔族軍の戦火に晒された街。そして……クルシュとは真逆の運命を辿った街。
「あは、やっぱびっくりしよるか。そやよね、うちのおとんなノールレイサの領主やねん。したっけ領主って言っても、たかだか子爵ってぺんぺん草みたいなもんやけどな」
おお、もはやどこから驚けばいいのか? ノールレイサと聞いたと思えば、子爵様のご令嬢かよ。人は見かけに拠らなすぎる。
「まあ、今では結構元に戻ってきててな。前よりも、ごっつうええ感じの街になっとるでなあ」
ああ、なんだかとても嬉しそうだな。あんな事があっても、リアンはちゃんと立ち直ってこんなに明るく振る舞っていられるんだ。なんだかこっちの方が、嬉しい気持ちになってくる。
「ちょ、ちょっと待って下さい……」
後ろで、アイナに刃を頭に打ち据えられるのを、必至で白刃取りしているシュバルトが口を挟んできた。
「ノールレイサと言いましたか?」
「うん、うちの実家やねん」
「あの、少し小耳に挟んだ話しがありまして。その……実は」
珍しくシュバルトが、口ごもる。こいつの脳が、一旦言葉を咀嚼できる機能をもっていたとは。
「その、大きな声では言えないのですが。父が騎士団員と話しているのを聞いたのですが――ノールレイサでつい先ごろ、異変があったと」
俺の予想に反し、シュバルトの奴がとんでもないことを口にする。
「おっ、おいシュバルト。そんないいかげんな事は、いくらお前でも」
ついシュバルトの話を遮ってしまった。いくらなんでも、リアンの前でそんな話は……。だが、そんな俺の心配をよそに、リアンがシュバルトの方へ向き直る。
「シュバルトはん、その異変ってなんやねん?」
「その、僕も詳しくは知らないのですが。何でも、ノールレイサの街が所属不明の軍隊に占拠されたと」
先程まであれほどはしゃいでいたリアンの顔から、一気に血の気が引いていく。その目は大きく見開かれ、焦点があっていない。
「うそ、嘘や。だって、うち手紙、おとんから……」
「ちょっと、リアン大丈夫?」
膝から震え落ちるリアンに、アイナが駆け寄り抱きかかえる。
「おい、シュバルト。どういう事だ、知ってる事を全部話せ!」
へたり込んでいたシュバルトの胸ぐらを掴み、立ち上がらせる。
「いや待ってくれ、僕も本当にこれしか知らないんだ。たまたま、立ち聞きしてしまっただけで」
クソッ、嘘は言っていない。騎士団団長の息子とは言え、そんな重大な情報をおいそれと知り得る物じゃない。今の話だって、万が一聞き間違えということもある。
だが、リアンは――
「どないしよう? なあレイルはん、うちどないしたらええんやろう?」
その後、狼狽し泣き崩れるリアンを、アイナとシーリが学生寮まで送って行った。
それにしても、ノールレイサ。俺がクルシュを守れたのとは裏腹に、魔族の蹂躙に晒された街。一歩間違えれば、俺の生まれた街もそうなっていたはず。
リアンの気持ちが、痛いほど伝わってくる。
俺はどうしたら、俺に何が出来る。
家に帰っても、俺の自問自答に答えが出るはずもなかった。
その日の夜は、珍しく俺とアイナの二人だけでの夕食だった。
カイルとクレアが、エルシアを伴ってクレアの実家であるフリューデル伯爵家に赴いていたためである。そして、二人だけの夕食を終えた俺とアイナは、昼のことを話し合っていた。
「ねえ、レイル。ノールレイサの事だけど、どう思う? シュバルトの話、本当かしら?」
それは、俺にもわからなかった。ただ、シュバルトが嘘を言っているとも思えない。仮に、何かの聞き間違いや、勘違いだとしても、ノールレイサに何かがあったのは事実なのだろう。
「それで、リアンの様子は?」
あの後、寮の自室に閉じこもったリアンは、午後の授業にも顔をださなかった。
「わかんない、帰りも部屋に寄ってみたけど、全然返事がなかったし」
「そうか……」
相当ショックを受けていたようだし、泣き疲れてしまったのだろうか。どちらにしろ、俺達で何か出来るわけでもない。シュバルトにしろ、あれ以上知り得るわけでもないのだ。
俺たちは、友人に何もしてやれないもどかしさを苦々しく思い、押し黙っていた。 その時、ドンドンと表の玄関の扉を叩く音がした。
「ねえ、誰か来たみたいよ」
両親たちが帰ってくるには、まだ早い。
それに扉を叩くということは、来客か。
「ちょっと、見てくるよ」
俺はアイナを食卓に残し、玄関へ足を運ぶ。
「どなたですか?」
「あ、あの、こちらはエヴェレットさんのお宅でしょうか?」
どうも聞き覚えのある女の声がする。
「ええそうですが、どちら様ですか? 今両親は不在ですが?」
「あっ、その声はレイルはん! うちや、リアン、リアンや」
その言葉に扉を開けると、そこには先程までアイナと共に心配していた、とうのリアンが目の前に立っていた。
「リアン! どうしたのさ、こんな時間に。まあいい、入ってよ」
「レイルはん!」
家に招き入れようと扉を開け放つ俺に、リアンが突然抱きついてきた。
「リッ、リアン! どっ、どうしたのさ急に?」
「レイルはん、レイルはん。お願いや、うちの一生のお願いや。うち何でもするさかい、聞いてえな」
しがみつくように抱きついてくるリアンが、必死に懇願してくる。
しかし、何を頼んでいるのかがわからない。
「ちょ、ちょっと落ちつて。一体僕に何をして欲しいんだい?」
「あんなあ、あんなあ……」
抱きつく身体を引き剥がし、リアンと対面する。リアンの泣きはらした目が、赤く濡れそぼっている。あれからずっと泣いていたんだろうか?
「ちょっと、レイル! 誰が来たのよ??」
ちょうどリアンが俺の首に腕を回し、お互い見つめうかのような姿勢のそこに、アイナがやって来た。
「あっ、アイナ。リアンが、何か頼みごとがあるって話で……」
「レイル、何してるのよ……」
やばい、何か勘違いしてるだろこれ。
「レイルはん、うちな何でもするき、言ってえな。レイルはんの好きな胸でもどこでも、好きにしてくれてかまへんから。だからお願いや、うちの一生の頼みきいてえな」
おいおい、今それを言うか。
殺気――アイナの纏う空気が変わる。
あっ、俺死ぬぞこれ。
そう、はっきりと自覚した時だった。
「あの、夜分にすいません。レイル君は、いらっしゃいますか?」
開け放たれた扉の外より、シュバルトが顔をだしたのだった。
「……すいません、お宅を間違えたようで。失礼します」
アイナの恐ろしいまでの殺気を感じ取ったのか、シュバルトの奴がすごすごと帰ろうとする。この脳筋め、こういう時だけ空気を読みやがって。
「おい、シュバルト良い所に来たな。上がっていけよ」
「……いえ、僕は家を間違えただだけで」
俺は、抱きつくリアンをなんとか引き離し、凄い形相で睨みつけるアイナをなだめ応接間に案内した。もちろん、なんとか逃げようとしたシュバルトも、無理やり同席させたのだった。




