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両親との再開

 今、俺は大変理不尽な目にあっていると思う。


 森の近くで魔狼の襲撃をからくも撃退した俺は、意識を取り戻したアイナが呼んだ冒険者達によって家まで運ばれたとの事だった。そして先程やっと目を覚ましたのだが、治療もそこそこ玄関先のロビーに正座をさせられている。


 早くもこうして座り続け三十分は経過したが、いいかげん足が悲鳴をあげていた。


「まったくレイル。あれほど森は危険だと教えていたのに、あなたは! しかも、アイナちゃんにまで怪我を負わせて、どういうつもりなの?」


 目に前で一人の女性が、俺にこんこんと説教を続けている。まだ二十代だろう、腰まである黄金色の髪が特徴的な女性は、若干切れ長のその目で先刻より鋭く俺を見据えていた。


 ――久しぶりに見る、母クレアの若かりし頃だった。


「いや、彼女が怪我をしたのは、魔狼から僕を守ろうとしたからであって。僕が何かしたわけでは……」


「言い訳は結構! あなたのせいで、アイナちゃんが怪我をした事実は変わりません! わかってるの!?」


 どういう理屈だ?

 だいいち、結果としては俺がアイナを守ったわけだから、それこそ彼女から感謝のひとつでもされておかしくないと思うんだが。


「まぁまぁ、その辺にしといてやれよクレア」


 それまでクレアの後ろに立ち、ただ静観していただけの男が、助け舟をいれてくれた。少し茶色のかかった髪を短く刈上げ後頭部へとなで上げている男は、三十代前半のまだまだ若さに満ち溢れ、やっと風貌に落ち着きが出始めた位の壮健な体つきだった。


 ――おお、若いなカイルも。

 父親よりも精神年齢は自分の方が遥かに上なのには、実に不思議な感じがした。


「こいつだって、森が危険なのはわかっていたさ。ただ男にあまりくどくど言ったって、おきてしまった事は仕方だないだろう。レイルだって二度は行かないさ」


「なあレイル、今度から森のほうには行かないよな?」


「はい、誓って勝手は致しません」


「なあ、もう許してやれよ。よかったじゃないか、大した怪我もなく戻ってきた息子を褒めてやろうじゃないか」


「……ふぅ、わかりました。レイル立ちなさい」


「はっ、はい」


 しびれた足でゆっくりと立ち上がる。

 すると、母はそっとこちらに近寄り無言で抱きしめてきた。


「あまり心配かけないでね、レイル……」


 母の金色の髪が鼻腔をくすぐる。


「……すみませんでした、母上」


 まいったな、なんだろう自然と目に涙がたまってきてしまう。

 懐かしさと何か騙しているような僅かなわだかまりが、俺の胸を少しだけ締めつけるのだった。

 




 *************


 その夜、カイルとクレアはレイルが寝静まった後、久しぶりに二人で晩酌を楽しんでいた。応接間にある長椅子に並んで腰掛け、暖炉の火を前にゆったりと寛いでいる。ふとクレアが、手にもつグラスを置き隣のカイルに話しかけた。


「ねぇカイル、今日の事どう思う?」


「んっ? 今日の事ってレイルの事か?」


 クレアから今夜の晩酌を誘われた時、この話をしたいがためだとカイルは気づいていた。


「ええっそうよ、レイルが魔狼に襲われた話……駆けつけた冒険者の話では、魔狼は見るも無残な焼け跡を残すのみになっていたそうよ」


 暖炉の火が揺らめき、二人の顔を僅かに照らす。カイルは手にあるグラスをあおり、一口で飲み干してしまう。


「らしいな……それで? 何が言いたいんだ?」


 アルコールで満たされた呼気を吐き出すように、カイルがいささかぶっきらぼうに問い返す。それに対しクレアは、暖炉の火を見つめ言葉をつまらせた。


「……まさかあの子が?」


「おいおい、レイルが魔狼を倒したって言うのか? いくら俺達の子供とは言え、五歳やそこらで出来ることじゃないだろ」


「そうよね……」


「なんだお前、本気でそう思ってるのか? だが待てよ、仮にそうだったとしたらもの凄い才能だよな。もうすぐ六歳の神降宣託があるし、楽しみだなこれは」


「もう、呑気な事言って……あの子、魔力量が普通の子より多いみたいでしょ? それは私達の子供だし、全然おかしな事じゃないんだけど。それ以外にも何か見落としてる事ってないかしら?」


 怪訝な瞳でカイルを見つめるクレアに、カイルはそっと呟いた。


「やめておけ……考えすぎだ。あいつは、何もおかしな事はしていない。それよりもっと褒めてやれよ。アイナちゃんだっけ、一緒にいた女の子の話じゃ、倒れた自分を庇うように、レイルが魔狼に立ちふさがっていたそうじゃないか?」


「それはそうだけど。……でも心配なの、あの子の事が」


「だってレイルは――」


 そっとカイルが、クレアの手をやさしく握る。


「大丈夫さ、何も起きやしない。そう何もな」


「ええ、そうね。……ごめんなさい」


 二人はそのまま暫く、暖炉の火がくすぶるのを見ながら寄り添いあっていたのだった。


 **************





 そんな会話がされている等とは露ほども思わなかった俺は、自室の寝台の上で昼間の出来事を思い返していた


 暗がりの中、窓からうっすらと月明かりが挿し込む。仰向けに寝そべり、天井を眺めながらゆっくりと頭の中を整理していた。


 過去に戻る前の記憶。

 遥かに少なくなった魔力。

 そして、魔狼に襲われた時の不可思議な体験。


 時間遡行の魔法術式は、俺自身の命を触媒としても成功するかどうかはひとつの賭けだった。この魔法は記憶を残して過去へと戻る事を最優先としたため、それ以外にどんな影響がでるかは自分自身でも未知数であったのだ。


 魔法に関しては、ほぼ全て覚えている。精神情報野――魔法を発動するための術式を記憶する意識下の記憶領域――に構築した術式らは、遜色なく記録されているようだ。


 だが、記憶に関しては若干曖昧なところがあった。


 確かに剣術道場に通っていた事は覚えている、しかしあの少女。アイナの事が全く思い出せない。両親の反応等をふまえても、彼女が自分の幼少期に関わっていた事は間違いないのだろう。


 やはりこれも、時間遡行の影響なのだろうか。子供の身体に、以前の記憶を全て詰め込むことは困難なのかもしれない。


 魔力に関しては、もっと深刻だった。

 この頃の俺は、確かに一般的な子供より遥かに多くの魔力量を有していたはずだが、それにしたって子供であることには違いない。爆炎魔法など使えば、あっという間にその魔力を使い切ってしまって当然である。以前のように、思うがままに魔法を行使するというわけにはいかないだろう。


 そして一番の問題――あの激しい頭痛と、赤黒く視界を染めたあの症状。


「一体何だったんだ……?」


 誰も聞いていないことは分かっていた。

 だが、それでも自然と口ずさんでしまっていた。


「まるで、既視感(デジャヴ)のような……でも、あんな生々しいものが?」


 身体を横に向け、窓から見える月をぼんやりと眺める。既視感と言うのなら、もともと昼間の出来事自体に覚えがなかった。


 俺に残された最も強い願望――〇〇にもう一度会いたい。

 しかし肝心の部分がすっぽりと俺の中から抜け落ちていたのである。

 

「コンッコンッ……」


 突然、何かが窓を叩く音がする。次の瞬間窓の格子が開き、暗がりのなか一つの人影が部屋に飛び込んできた。


「ヒッ!?」


 あまりの出来事に心臓が飛び出そうなほど驚いた俺は、声も出せずただ口を大きく開けてしまっていた。だがそんな俺の事情などお構いなしに、その不審者は近づいてきたかと思うと乱暴に口を塞いできたのだ。


「黙りなさい、レイル!」


「んんっ、んんー!?」


 なんと俺の口を強引に塞いできたのは、昼間の少女――アイナだった。


「良いこと、手を離すけど大声は厳禁よ! 守れないなら、このまま締め上げてあげるからね」


 羽交い締めにされ口を塞がれたままの状態で、俺は黙って頭を縦に振る。身体の力を抜いて暴れる様子のないことが確認できたことで、やっとアイナは俺を開放したのだった。


「はぁはぁ、アッ、アイナ。君は一体何をしに!?」


 もう夜も遅い。別の部屋では両親が既に就寝しているに違いない。俺は微かに聞こえる程度の小声で、アイナに訪ねた。


「うるさいわね、静かにしなさいよ!」


 なぜか俺が、アイナに怒られた。夜更けに他人の家に窓から入っておいて、なぜこんなに上から目線なのだろうか……。


「あんたねえ、何なのよ昼間のあれは? 大人たちは、通りすがりの冒険者が魔狼を仕留めたんだろうなんて言ってるけど、私はちゃんと見てたんだからね」


 ベッドに腰掛けた俺に対して、アイナが覆いかぶさらんばかりに顔を近づけてくる。月明かりだけが微かに部屋を照らす中、アイナの瞳が真っ直ぐ俺に向けらていた。


 見られていたのか……。

 弱ったな、なんと言い訳して良いものか。

 実は、遥か未来から意識と記憶だけをもって、時間遡行してきました等と言ったところで信じてはもらえないだろう。

 


「あれは、その……絶対に内緒にしてくれると、約束してくれるかい?」


 アイナがよりいっそうぐっと身体を預け、顔を近づけてくる。

 既に俺の鼻先に吐息がかからんばかりの距離だった。


「何よ、もったいぶって。そんなに言えないような事なの?」


 声を潜めたアイナが、真剣な顔で尋ねてきた。


「うん、両親に。特に母上には内緒にして欲しいんだ」


 面倒なことに成るのだけは避けたかった俺は、なんとかアイナだけを納得させるための言い訳を考えていた。


「良いわよ、内緒にしてあげる。だから教えなさい、何であんな事できたのか」


「……実は昼間使った魔法は、父上の書斎で勝手に盗み見たものなんだ」


「カイル様の?」


「うん、そうだよ。父上にバレたら多分怒られる。母上にバレたら、多分相当なお仕置きを覚悟しなきゃならない。だから、頼むよ」


 父カイルは、このクルシュの街で管理官という地位に就いていたはずだ。管理官とは、地方領主の代わりに実務をこなす所謂事務方だ。雇われ代官と言ってもいいだろう。


 当時でこそ、そんなうだつの上がらないカイルであったが、若かりし頃はこのロキ王国で王宮魔道士を努めていたと言うから驚きである。王宮魔道士といえば、王国内でも選りすぐりの魔道士しか選ばれることのない、名誉ある地位なのであった。


「なるほどね。あのお二人の息子のあんたなら、そんな子供のうちに魔法を使うなんてとんでもない事も出来るのもうなずけるわ」


 ちなみに、母クレアも元王宮魔道士だ。主に古代魔法文明の研究を専門としていたらしいが、それでも優秀であったことには変わりないだろう。


「わかったわ、黙っててあげる」


 どうやら、納得してくれたようだ。

 

「ただし、内緒にする代わりに明日から道場に毎日来なさい。私がみっちり鍛えてあげる。魔法もいいけど、男なんだから剣の腕を磨きなさいよ」


「えっ!?」


 つい大きな声がでてしまう。

 待ってくれ、なんで内緒にする代わりの条件が、剣の稽古になるんだ?


「ちょ、ちょっと待ってアイナ。なんで僕を鍛えるの? 道場には行くけど、そんなアイナが教えなくても、ブロム先生が……」


「ごちゃごちゃうるさいわね、内緒にしてほしいんでしょ? はい、決まりね。」


 アイナの大きな声が、部屋に響き渡る。彼女も、夜更けの他人の部屋に窓から侵入して来たことなど、すっかり忘れているかのようだ。既に話しは終わったとばかりに、窓に腰掛けたアイナが、さも満足げに俺を見下ろしていた。


「レイル、大きな声がしたけど誰かいるの?」

 

 その時突然階下からクレアの声がした。思わずドアの方を振り向く。


「アッ、アイナ!?」


 あわてて窓に顔を戻すとと、既にアイナが窓から身を乗り出していた。


「じゃあね、レイル。約束よ」


 さっと窓から飛び降りるアイナ。

 って待てよ、ここは二階だ。

 俺は思わず窓に駆け寄り、下を覗きこむ。


 そこには、アイナが一階よりこちらを見上げて立っていた。


「……ありがとね」


 アイナが、何かを呟いたように見えた。しかしそれを確認する暇もなく、アイナはサッと身を翻し、闇夜に消えていったのだった。


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