二人の迷探偵
王都イェルズの朝は、思いの他早い。市場の荷出しに始まり、王宮や郊外へ仕事に出かける者などで通りには多くの人が行き交っていた。
そしてここに二人の少年が人混みに紛れ、コソコソと物陰を移動していた。
「何してるんだレイル君、もっと建物の影に身を潜めるんだ」
一人の少年が、その連れであろうもう一人に注意をうながす。言われるがままに、一方の少年がその体をより人通りより隠れるよう身を縮めた。
はあ……俺は一体何をしているんだ?
今俺は先日闘技場で仕合を行ったシュバルトと共に、朝早くから市場の人混みに身を隠している。それというのも、このシュバルトが朝早くから、俺を叩き起こしに来たせいであった。
その理由は――アイナとシーリのデートを監視するためだった。
「ほら二人が移動する、僕達も行くよ。ただし、絶対に感づかれてはダメだからね」
シュバルトに促され、俺も身をかがめ目立たぬよう付いて行く。
「はあぁ……」
深くため息をついて、俺は考えた。
どうして俺は、こんな所に来ているのだろう?
**************
コンコンッ!
「レイル様、レイル様」
誰かが俺を揺さぶり、呼んでいる。
気持ちよく寝ているのに、またアイナだろうか?
「レイル様、朝早くから申し訳ございません。ご学友の方が、いらっしゃっておりますので」
ご学友?
その言葉に、俺の目が一気に覚めた。
「おはよう、エルシア。ご学友って誰?」
「あっ、あの学園の方で、シュバルト様と名乗っておいでです」
シュバルトおぉ? なんで奴が、俺の家に来るんだ?
しかもご学友だと! 一体何を企んでやがる。
「あの、いかが致しましょうか?」
俺がシュバルトの名を聞いて、露骨に嫌な顔をしたため、エルシアが不安そうに訪ねてきた。
「えっと、そうだね。ちょっと待っているよう伝えて。すぐに着替えて行くからと」
「わかりました、では応接間でお待ち頂きます」
「必要ないから、外で待たせといて下さい」
少し困った顔で、エルシアが部屋を後にした。
だって必要ないだろ、シュバルトの奴に気遣いとか。一体全体何しに来やがったんだ。もしかして、この前のリベンジか? やめてくれよ、休みのこんな早朝からなんて。
俺は急いで着替えを済ますと、玄関まで急いで降りていった。
どうやらまだ、アイナも両親も就寝中のようだ。まったくシュバルトめ、無作法にもほどがある。日の昇らぬうちに約束もなく他人の家を訪ねるなんて、ヘイムダル騎士団団長の息子の名が廃るぞ。
玄関を開けると、門の影にそれらしき人影が立っていた。
「おい、こんな朝早くに何しに来た?」
「やあ、おはようレイル君」
おはようじゃねえよ。
何爽やかな笑顔で、平然と挨拶してくるんだ。
「あのさ、シュバルト君。挨拶はいいから、こんな朝早くに僕を訪ねてきた理由を教えてよ。しかも君と僕が友達だって?」
「ああ、それについては謝罪するよ。君の家のメイドが、最初僕のことを不審者扱いしたもので、つい友人だと言ってしまったんだ」
やはりエルシアは、当初こいつを排除しようとしたんだな。
当然だ、俺に男の友人など訪ねて来たことは一度もないのだから。
「まあそんな事より、大事な話があるんだ。でも、ここではまずいな……ちょっと君の家の勝手口に回ろう」
大事な話だと?
俺の睡眠を邪魔する以上に、大事な話などあるというのか?
しかしその内容が少しだけ気になった俺は、シュバルトを伴い裏の勝手口へと回って行った。
「さあ、ここでいいだろ。大事な要件とやらを、さっさと話してくれよ」
シュバルトめ。いいかげんな事いいやがったら、ただではおかないぞ。シュバルトは表の門の方を気にかけながら、俺に近づきささやくように語りかけてきた。
「実はレイル君、今日バーンズさんとあのシーリとか言う2期生が、闘技場での約束を果たすとの情報を掴んだんだ」
「はあ? 約束って何でしたっけ?」
「きっ、君は……君があの上級生に負けたせいで、バーンズさんが嫌々デートをすることになったのだぞ!」
――ああそうか。すっかり忘れていたが、そんな事もあったな。あのシーリとか言う男の娘とアイナの、約束とかってやつか。俺には全然関係のない話だったので、記憶から消去されていたらしい。
「それで、その事と僕に何の関係が?」
「君は、なんて薄情な男なんだ。見損なったよレイル君。あれほど君に尽くし、盾となることすら厭わない女の子に対して、君は何も感じないのかい?」
「いやそんな事言われたって、アイナの約束なんて僕は知らされていなかったし」
「だったら、尚の事この僕とともに、その約束とやらを見定めようじゃないか」
シュバルトの奴、要は一人でアイナの後をつけるのが嫌なもんだから、俺も一緒に連れて行こうという魂胆だな。こいつ何やら一人悦にはいり、俺と肩まで組んでくる始末だ。
ったく、そんな事でわざわざこんな朝早くに来たのかよ。
「シイッ! どうやらバーンズさんが、出かけるようだ」
俺とシュバルトがくだらないやり取りをしていると、いつの間にか準備を整えたアイナが門より出ていくのが見えた。
「バーンズさんの私服か……見違えるな」
シュバルトが出かけていくアイナの後ろ姿を、のぼせたように見とれている。確かにいつものアイナとは、大違いだった。普段、学生服か稽古の時に動きやすい軽装しかみたことがなかったが。今日のアイナに限っては、丈の長い肌色のワンピースに髪を結い上げしっかりとよそ行きの格好をしていた。多分クレアが用意したものだろう。
「ああ、いけない。見失ってしまう、さあレイル君行くぞ!」
「おっ、おい僕は一緒に行くなんて言って……」
*************
「はああぁ……」
俺は、もう一度深くため息をついた。人の逢引きを覗き見するなんて――しかも相手は、あのアイナだ。本当に俺は、何をやってるんだ。
アイナとシーリだが、二人はどうやら市場に並ぶいくつもの露店をただブラブラと見て回っているだけのようだ。
それにしても、どこからどう見ても仲の良い女同士にしか見えない。アイナの格好もそうだが、それにもましてシーリの姿は可愛らしいの一言である。今日でこそ制服のようにスカートを履いているわけだはないのだが、ショートパンツから伸びるその細い足は女の子その物と言っていい。俺が騙されてしまったのも、致し方ないことだろう。
そして俺を無理やり連れて来た、シュバルトに至っては
「ああ、バーンズさんとても綺麗だ。僕がいつかその隣に立ちたい……」
なんだか幸せそうだな。
「ねえアイナさん、これなんか似合うと思うんですけど?」
シーリが雑貨店に並ぶ髪留めのひとつを、アイナに見せてきた。
「いらない、私そんなのしないもの」
しかしアイナの方は髪留めに目くれず、投げやり気味に答える。そんなアイナの態度など気にしないとばかりに、シーリは別の品物を見定める。
「これなんかどうです? レイル君も、好きだと思うんですけど」
レイルと言われ、アイナの視線が僅かに反応する。
「どうです、お揃いで買いましょうか?」
「……そうね、せっかくだし買うわ」
店を出た二人は、その後軽く食事を取ると連れ立って市場を後にした。連れていきたい場所があるというシーリの案内で、アイナはその後をゆっくりとついて行く。
「ねえ、シーリだっけ? あんたさあ、こんな事して楽しいわけ?」
「そうですね……楽しいですよ。あの時アイナさんに助けられてから、ずっと夢見てましたから」
「はあ、こんな奴だと知ってたら助けなかったわよ」
「すいません。普段僕達ロブンの男巫は、その力をむやみに使ってはならないとされているんです。貴族の上級生達に、男のくせにこんな格好をしているのをからかわれるのも、日常茶飯事だったんですが。まさか助けてくれる人がいるとは、僕も思っていなかったので」
「あの貴族の3バカは、もともと気に入らなかっただけよ。レイルの事もあったしね」
「それでも僕を助けてくれた時のあなたは、とても綺麗だった。僕はね、この学園には母に言われ、無理やり入学させられたんですよ」
「僕の母は、父とこの学園の学生だった時に知り合ったそうです。父も僕同様、学園に見聞を広めるため入学したそうですし。そこで疎外されていた父を、一人優しく庇ってくれていたのが母だったと聞いています」
「ふうん、父親もあんたと同じでイジメられてたんだ」
「そうですね僕とは少し違いますけど、スベイルは王国の中でも少数派ですから」
「さあ着きましたよ、ここが王都にある唯一のロブン神殿になります」
シーリによって案内された場所は、王都の中心部より大分外れた市街地区だった。そしてそこにひっそりとある建物は、神殿というにはあまりにも小さく、教会や商会を思わせる簡素な作りだったのである。
「それで、なんでここに私を連れて来たかったの?」
「まあ、そう急かさないで下さい。中へ入りましょうか」
うながされるままアイナは、神殿の中に入っていくシーリに続いて行く。朝から一緒に過ごしたが、シーリという生徒には別段害意があるようでもなく、ここで何かを企んでいようともアイナには、どうとでも出来るという思いがあったのである。
「ふうん、なんだか寂しい場所ね」
神殿の中には一人の信者もおらず、ただ正面のロブン像を前に椅子が並んでいるだけだった。
「王都でも、スベイルの民を除けば、ロブンの徒は数えるほどしかいませんからね。そのスベイルの民も、行商や王城に仕えるものを含めても100人にも満たないでしょう」
そう説明しながら、シーリは部屋の前方に掲げられる女神像の前に跪き、何やら祈りを捧げる。午後の日が僅かに差し込む室内で、静かに時が過ぎていく。しばらく跪いていたシーリが、おもむろに立ち上がりアイナの方へ向き直った。
「アイナさん、先程の話の続きなんですが。僕の父――当代のロブンの男巫は、ここで母に結婚を申込んだそうです。そしてそれに答えてくれた母を故郷へ連れ帰り、男巫として正式に認められました。僕が王都に遊学のために送られたのは、ロブンの男巫として認められる条件として、将来の伴侶を連れ帰るためなんです」
黙って聞いているアイナを前に、シーリはその距離を縮めていった。
そしてそんな様子を、神殿の外より窺う者たちがあった。
「あの女装マニアめ、バーンズさんに何を言っているのだ!」
まったく、なんだってこんな所まで付けて来て、しかも人の恋路を覗かなにゃいかんのだ。しかもシュバルトの奴、今にも飛び込んでいきそうな雰囲気だ。
ああ、めんどくせえ。
「おい、シュバルト! いいかげん帰るぞ。こんなとこアイナに見つかったら、余計面倒なことになる」
「しっ、しかし……」
「あのなあ、アイナにしろ、シーリにしろ、こういう話を勝手に他人が覗いていいわけないだろ。お前、こんなのアイナに見つかったら余計に嫌われるぞ」
「それは、そうだが……」
だああああ、煮え切らん奴だな。イライラする。
「おい、騎士の小倅。騎士たる者、自分の思いを遂げるなら、真っ直ぐ正面から行けよ。今お前のしている行動は、騎士道精神に反しているぞ」
「ハッ! 騎士道――」
「すまなかった、レイル君。君のおかげで、僕は大きな過ちを侵さずに済んだ。やはり君は、僕の見込んだ好敵手だったようだ」
好敵手?
この脳筋は、言うに事欠いて何を言い出すんだ。
「さあレイル君、ここは潔く身を引こうじゃないか。僕らは共に戦友だ、早々に退散するとしよう」
もうやだ、こいつの言ってることがほとんど理解できん。俺はこんな馬鹿のせいで、貴重な休みを無駄にしたのか。アイナのせいで、とんだとばっちりだ――そうアイナのせいで?
「それにしても、レイル君。君はこの前の仕合の時とは、随分感じが違うね。なんだかそう、まるで大分年長者のような粗野な言葉遣いをする」
「あっ、いやそうですか? すいません、つい生意気な物言いをしてしまって」
「いやいいんだ、かえってそっちの方がしっくり来る。なんというか、君らしいと言うか。出来れば今後も、僕の事はただシュバルトと呼んで欲しい。そして僕も君の事を、レイルと呼ばせてくれ」
ああなんかこいつも、アイナと同類なんだな。こいつら脳筋は、脳みそ使ってないようで、こういう変なところが鋭かったりする。まあいいさ、かえって俺も気を使わなくてすむ。
「わかりました。では今後あなたの事は、シュバルトとだけ呼ばせて貰います」
「おお、そうか。あらためて宜しくな、我が友にして好敵手レイルよ」
おい、勝手に余計なものまで、追加しやがったぞこいつ。
そんなどうしようもない会話をしながら、俺達二人はアイナとシーリを残し家路についたのだった。
**************
家に着いた俺は、早々に自室のベッドに身を投げ出していた。
早朝からシュバルトの奴に、連れ回されて心底疲れていたんだと思う。帰り道、なぜかシュバルトの奴が、俺との友情が芽生えたと興奮していた。あいつもあんまり友達いないみたいだな。
家に入ると、カイルとクレアが妙にニヤニヤしていたのも気味が悪かった。どうやらエルシアによって、俺が男の友人と朝早くから出かけたと伝えられた事が原因らしい。そういえば、俺にも男友達なんていた事なかったな。
「はああ、なんか疲れたな」
あれからアイナは、どうしただろう? ああ見えてアイナは優しい所があるからな、無下には出来なかっただろうが。
それにしても、ロブンの男巫というのも大変なもんだな。結婚相手を自分で見つけてくることが、巫として認められる条件とは。辺境のいち信仰にしかすぎず、あまり知名度のないその教義は、ここ王都ではなかなか受け入れられないことだろう。
そんな事を考えながら、ウトウトし始めた時だった。
コンコン……
ふいに部屋の扉をノックする音が響いた。
「レイル、ちょっといい?」
アイナの声だった。
「んっ、いいけど。何かよう?」
そう言うと、アイナがそっと扉を開けて部屋に入ってきた。
「あっ、ごめんね、休んでたんだ」
なんだろう、珍しくアイナがとてもしおらしい。
こそばゆいような、変な感じがする。
アイナは、部屋に入るとそのまま俺の寝ているベッドに腰掛けてきた。
「今日私ね、この前の闘技場での、ほらあのシーリって言う子と会ってきたの」
唐突にアイナが、話し始めた。背中越しに俺に話しかけるアイナの表情は、こちら側からは覗いしれない。次に続く言葉を待つように、部屋が静まりかえる。
しかし、アイナの口からでたのは意外な一言だった。
「ねえレイル、やっぱり負けて悔しかった?」
あれ、なんだか話が変わってないか?
とまどい、理解できないでいると
「私達、小さい頃から一緒にいるけど。レイルが負けたのって初めてだったから、落ち込んでないかと思って……」
どうやら、闘技場の一戦の事を言っているようだ。
「うん、そうだね。悔しいは悔しいけど、僕の油断もあったし、自業自得だと思ってるよ」
「それにしては、なんだか嬉しそうだったわよね、あの時のレイル」
嬉しそう? そうだったかな。でも確かに負けた時は悔しかったが、アイナが飛び込んできたら、そんな気持ちはどこかに行ってしまった気がする。むしろ、今アイナに言われて、思い出したほどだ。
「そうかな? そう言われれば、そうかもしれないね。あの闘技場での事も含めてだけど、学園での毎日がこんなにも楽しいものだなんて、思ってもみなかったからね」
「そうね、いつの間にかレイルの周りには、人が集まるようになったわよね。最初は私とレイル二人だけだったのに……」
まあ、本当に色々変わったのばかり寄ってきている気がするがな。そう言うアイナは、どうなんだろう?
「アイナはどう? 学園に入って良かったかい?」
「わたし? 私は、別にレイルを守るためならどこだって……だってお姉さんだし」
「そっか、アイナは昔からそう言って僕の側にいてくれるもんね」
「わたしは……私は、どこに居てもレイルと一緒なら嬉しいわよ」
か細い声で、呟くようにアイナが何かを言った。だが相変わらず俺に背を向けるその声は、俺には良く聞こえなかった。
「えっ? 何か言った?」
「何でもない! これあげるわ、今日のお土産」
ふいにアイナは、ベッドから立ち上がると、寝ている俺に向かって袋に包まれた何かを投げてよこした。
「あっ、ありがとう」
「じゃあね、レイルも早く寝なさいよ」
「うんそうするよ。おやすみアイナ」
入ってきた時とは違い、凄い勢いで扉を閉めてアイナが部屋から出ていった。
何だったんだろう?
結局何のようだったんだ?
俺の手元には、アイナが残したお土産と称するひとつの包だけが残されたのであった。




