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金貨の兄妹

 それはちょうど俺たち家族が、この王都に越してきて間もない頃の事だった。

 母クレアとアイナそれにエルシアの3人の買物に付き合わされ、俺は城下の市場へと来ていた。

 王都の市場といえば、その人の多さもさることながら通りを挟んで両側に所狭しと商店や露店が軒を連ねている。

 そこは、クルシュの街で行われた神降宣託の日以上の人が常にごった返しているのだった。


「ねえねえレイル、これなんかどうかな?」


 所在なげに3人の後をついて回る俺に、アイナが店先で見繕った服を自分にあてがって見せる。

 薄い青地で織られた丈の短いワンピースだった。

 アイナの髪の色によく合いそうだったが、疲れきっていた俺はそれを伝える努力を怠った。


「ええっと、いいんじゃないかな」


 先程から散々連れ回されげんなりしていたせいで、つい投げやりに答えてしまう。

 そして、そんな答えにみるみる顔色を変え、機嫌の悪くなるアイナであった。


「なによレイル! ちゃんと見なさいよね、せっかく綺麗なお姉さまが好みの服を選ばせてあげようっていうんだから」


 別にどんな服を着てても、アイナはアイナなんだが……それに俺の意見など結局意味をなさないのはわかりきっている。


「いいわよ、もう。後になって、あの服の私が見たかったなんて言っても知らないんだから」


「あらあら、ごめんなさいねアイナちゃん。この子ったら、本当にこんなところばっかりあの人に似ちゃって」


 クレアの言うのは、カイルの事だろう。

 父カイルは、宮廷に急遽呼び出されたとかで朝早くに家をでていた。

 クソ親父め、上手いこと逃げ出しやがって。

 俺を生贄に置いていったに違いない。


「母上、僕もちょっとあの先の書店を覗いてきます」


「あら、じゃあ後でこの先の噴水のある広場で落ち合いましょう。くれぐれも人気のない所には行かないようにね。王都が治安が良いと言っても、路地に入ればどんな輩がいるかわかりませんからね」


「心得ております、では後ほど」


 ふう、これで少しの間開放されそうだ。

 ああは言ったが、表通りの普通の店では面白くもなんともない。

 なにか掘り出し物の魔導器でもないか、ちょっとだけ路地裏の怪しげな店でも覗いてみようかな。


「そっちに書店は無いわよ、レイル」


 表通りの喧騒からはずれ、路地に足を踏み出そうとした時ふいに呼び止められた。

 とても聞き覚えのある声がします……聞こえなかったことにしてもいいのだろうか?


「なに聞こえない振りしてるの、尻の穴に手突っ込んで奥歯ガタガタ言わせるわよ」


 なんか凄い物騒なことを後ろから平然と言ってのける。

 本当にやりかねないので、しぶしぶ振り返ることにした。


「あれ、アイナは母上達と一緒に行かなかったのかい?」


「当然でしょ! 私がレイルのそばを離れるとでも思ったわけ」


 アイナは胸をはり、さも自慢げに宣言する。

 いやね、別に買物中くらい無理に付いて来なくてもいいんだけど。


「大丈夫だよ、わざわざ付いて来なくても。僕を気にせず、母上やエルシアと一緒に買物を楽しんできなよ」


「なに言ってるの! レイルが来たから、私もご一緒したのよ。服なんて充分すぎるほど買っていただいたわ」


 確かに、クルシュで嫌ってほど買ってあった気がする。

 当分間に合っているということだろうな。


「わかったら、言うことききなさい。レイルったら放っておくと、本当に危ないところでも平気で行っちゃうんだから」


「でもさ、ちょっと路地裏のほうが面白い店が多いんだよ。通り一辺倒な店じゃなかなかお目にかけないような一品も」


「……レイル、なんだかカイル様に似てきたわね」


「えっ?」


 なんだか、褒められてはいないような微妙な感じがする。

 父親に似てきたと言われても、苦笑いしか浮かべることが出来ないとは。


「まあ、いいわ。私も付き合ってあげる、あまり人気のない所はだめよ」


 仕方がない、ここは素直に言うことを聞いておこう。

 ……奥歯ガタガタ言わされたくないしな。


「じゃあアイナ、一緒に行こうか」


「だめよ、私が前を歩くわ。危険がないか、まずお姉さん確かめてからよ」


 やれやれ、勇ましいお姉さんだことだ。

 俺が諦めてアイナに続いて大通りから奥まった路地裏への脇道に入ろうとした時だった。

 

 ドンッ!!


 突然後ろから何かに突き飛ばされ、俺はアイナの背中により掛かるように石畳に突っ伏してしまう。


「イテテテッ……」


 うずくまった状態から後ろを見ると、人影が二つ目に入る。

 一人は俺やアイナより少し年長の少年、そしてその背中に俺と同じ年位の少女が隠れるようにこちらをじっと見つめていた。

 薄暗い路地裏でもよく分かるほど、差し込む陽の光に輝く銀色の髪がはっきりと目に焼き付く。


「ああ、すっすまない君。僕らは、急いでいるんだ。どうかこれで勘弁してくれ」


 そう言うと一人の少年が未だ石畳に座り込む俺の手に、何かを握り込ませた。


「えっ、ちょっと何を?」


 有無も言わせぬまま、二人は早足で路地の奥へと駆けて行ってしまう。


「レイル、大丈夫?」


 アイナが手を差し出し、俺を助け起こしてくれた。

 そんなアイナも、どこか狐につままれたような顔をして当惑しているようだ。


「うん大丈夫だけど……なんだったんだろうあれ?」


「そうね、随分印象的な二人だったけど。逃げ出すみたいに慌てて、どうかしたのかしら?」


「んっ、レイルこの手に握ってるのは何?」


 助け起こしてくれた時に握った手のひらに何かがあるのを感じたアイナが、俺の手の平にある物をまじまじと見つめた。


「ちょ、ちょっとこれって……」


「えっ、これってさっきの?」


 開かれた手のひらには、大クイウス金貨が一枚残されていた。

 1セルスで通りの露店で、焼き菓子がひとつほど買えるだろう。

 大クイウス金貨といえば、その焼き菓子が1万個はゆうに買えてしまう。


「レイル、一体どうするのよこれ?」


 俺の手にある金貨を恐る恐る触りながら、アイナが問いかけてくる。

 しごく真っ当な質問だ。

 しかし、俺にだってどうしたらいいのか?


「どうするって、どうしよう? とりあえずこんな物受け取れないし、さっきの二人を探して返そうよ」


「そうね、こんな大金何かの間違いに決まってるもの。慌ててたみたいだし、きっとデウス銅貨と間違えて渡しちゃったのよ」


 それにしたって、あんな子供がクイウス金貨を持ち歩いている事自体おかしいのだがな。

 とにかく今はアイナの意見が正しいと思う。


「よし、なら急いで彼等を追いかけよう。まだそう遠くに行ってないはずだから」


 二人の意見が纏まると、俺達は直ぐ様通りの喧騒から離れた路地裏へ入って行った。





「はぁはぁ、おっおにいさま……まっまって」


 長い銀色の髪をたなびかせながらも走り続けていた少女は、ついに石畳の上に座り込んでしまった。


「大丈夫かいヒルデ? それにしてもさっきの連中は一体何だったんだろう?」


 兄と呼ばれた少年が、肩で息をする少女の背中を優しくさすってやっている。


「ごめんよヒルデ、疲れているだろうけど、急いで城まで戻ろう。くそ、僕が城下を見てみたいなんて言わなければこんな事には……」


「おにいさま……あやまらないで。わたしも、一緒に来たかった、から」


 やっと息の整った少女を支えるように、少年が立ち上がると建物の角から二つの人影が躍り出た。


「やあやあ、お坊ちゃんお嬢ちゃん。さがしちゃったよ、おじさん達」


「きひひひ、だめだよこんな人気のない所逃げ回っちゃ」


「そうそう、俺らとっても優しい大人なんだからさ。ちゃああんと言う事聞いて、一緒に行こうや」


 二つの人影は、見るからに風体の怪しいゴロツキの男たちだった。

 背の低い体格の良い男のほうが、ニヤニヤといやらしい笑みを口元にうかべ少年たちににじり寄っていく。


「貴様達、なにゆえ僕達を連れて行こうとする? 一体誰の差し金だ!」


「ほお、ガキがいっぱしの口聞きやがる。いいか俺たちは、ただお前ら二人を連れて行けば大クイウス金貨10枚に替えてもらえるだけなんだよ。おおかたどこぞの変態貴族様が、てめえらみたいな銀髪のおもちゃでもご所望なんだろうよ」


「俺達の金貨のためにも大人しくしてような、シシシッ」


「ヒルデ、こっちだ逃げるよ」


 男たちに寄って塞がれたのと逆方向へと逃げ出そうとした二人の前に、別の男が物陰より現れた。


「おおっと、こっちも通行止めだ。鬼ごっこはお終いのしようか坊主」


「さあ早いとこ銀髪の小狐2匹、金貨に換金しに行こうぜ、ウヒヒヒッ」


「お……おにい、さま」


「くそ、ヒルデは連れて行かせないぞ!」


「ばーか、二人共仲良く来るんだよ」


 俺とアイナが少年と少女を見つけた時、人気のない奥まった路地裏で二人が男達に絡まれていた。

 会話から察するに、人攫いか何かだろう。


「ねえレイル、こういう場合ってどうすればいいかしら?」


「そりゃアイナさん、もちろんこのクズ共を成敗するべきでしょう」


「あら、レイルにしてはまともな意見ね。私も同感だわ」


 後から現れた俺たちに二人に気づいた一人が、さも面倒くさそうな顔をこちらに向ける。


「おいおい、なんだこのガキ共は? 見世もんじゃねんだよ、とっとと失せろ」


 やせ細った長身の男が俺に向かって、手に持つ刃物をちらつかせながら寄ってくる。

 なんだか随分舐められたものだな。

 いいだろう、初手から少し驚かせてやる――


虜囚岩峰(ダム・ファイン)


 ドゴッ!


「どあっ? なっ、なんじゃこりゃ!」


 俺が土魔法を発動させると、男は地面より突如せり出してきた岩の格子によって捕らえられてしまった。


「くそ、何しやがった? てめえ、出しやがれ!」


 岩の牢獄に閉じ込められた男が、すの隙間から手をのばしてもがいている。


「このガキ、てめえの仕業か!」


 銀髪の少年達に詰め寄っていた背の低い男が、仲間が捕らえられた事に気づき、腰に挿す2本の曲刀を手に俺へと飛びかかろうとしてきた。

 しかし、この男には見えていなかったようだ。

 曲刀に手をかけたその瞬間、既にアイナが自身の愛剣を片手に男の足元へと滑り込むように斬りつけていたことに。


「ぎゃあああっ、足。俺の足がぁ!」


 どうやらアイナの薄身の剣は、男の膝下を切先3寸ほど横一文字に斬り抜けたようだ。


「うるさいわね、骨でちゃんと止まってるでしょ。私だって斬り落としたりまではしないわよ」


 アイナが、恐ろしいことを平気で言う。

 やろうと思えば、足くらい斬り落とせるってことだろう――もともと天才肌だったが、どうやら俺と仕合をした時よりはるかに腕をあげている。

 この程度のゴロツキでは相手になりそうもないな。


「きゃあああっ、おっおにいさま!」

 

 その時だった。

 俺達が二人の男の相手をしている隙に、反対側の道を塞ぐ男が少女の腕を掴み強引に少年から引き離そうとしていた。


「おのれぇ、ヒルデを離せ!」


「うるせえ! ガキども手出しするんじゃねえぞ、こいつがどうなってもいいのか?」


 男は掴んだ少女の腕をねじり上げ、片手に持つナイフを俺たちにむかって振り回している。

 仲間があっさりとやられてしまった事で、どうやら錯乱しているらしい。


「おにいさま、おにいさま、おにいさま!」


「うるせえ、黙ってろ!」


 男がナイフを持つ手で、そのまま少女の顔を殴りつけた。

 殴られた少女は、腕を掴まれたままぐったりと男に引きずられるように倒れ込む。


「ヒッ、ヒルデエエエェ! きっ、貴様あぁぁ」


 

 路地裏に少年の叫びがこだまする――人気もなく薄暗いその場所において、僅かに陽の光が建物の隙間より差し込んでいた。

 一筋の光、それは少女の腕を掴む男を差していた――光が太く広がっていく。

 徐々に広がるその光の柱は、やがて男の身体を飲み込むように大きくなっていく。


 ――そして


「っん、なんだこれ? はあ? なんか明るくないか、ッアツ」





「……ッギ、ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」





 それは突如として起こった。

 目の前で光の柱に包まれた男が、凄まじい叫び声をあげながら沸騰し、蒸発し、ドロドロに溶け出そうとしている。

 叫び声すらあげられず、男だったものがその姿を見る間に変えていく。


 なっ何が起こっているんだ?

 俺もアイナも、あまりの出来事に言葉すら出ず立ち尽くす。。


「おにいさま、だめえぇ!」


 異変に気がついた少女が、兄を呼び叫んだ。


「ヒルデ……」


 それが合図だったかのように、光の柱は跡形もなく消え去った。

 そして、少女がかたわらにある人であった物に手をかざす。


「おねがい……まに、あって」


 すると今度は少女を中心に、一筋の光が淡く膨張し始める。

 やがて少女の手がかざされた人であった物が、その姿を徐々に形作り始めた。

 何という事か――そこには先程断末魔とも言えぬ叫びをあげた男が、その姿をもとのままに再生されていったのだった。


「ひっ、ひぎゃ。あわわっ、ヒイイイッ!」


 飛び起きた男は嬌声をあげると、脱兎のごとく路地裏へと消えていった。


「はぁはぁ、……よ、よかった」


「ヒルデ、ヒルデ?」


「おに……いさま。わたしは、だいじょうぶ……だから」


 憔悴したふうの少女は、兄と呼ぶ少年に抱きかかえられながら俺の方を見つめた。

 その眼差しからは、なにか羨望のようなものを感じる。


「ああ、賢者さま……おにいさま、賢者様よ」


「そうだね、ヒルデ。彼はまるで、あの本に出てくる賢者のようだよ」



「ねえ、ちょっと大丈夫なのその子? 誰か人を呼ぶわよ」


「そうだね、大人の助けがいるだろ。通りに戻って人を呼ぼう」


 俺達が石畳に座り込む二人を心配し、そう提案してると――


「ラルド様!」

「ヒルデ様!」


 こちらに向かって叫ぶ声が近づいてくる。


「ああどうやら先程の事で、僕らの家人に見つかったらしい。君たち本当にありがとう、この御礼は必ずするよ。名前、名前を聞いておいていいかな?」


「僕はレイル、レイル・エヴェレット」


「私はアイナ・バーンズよ」


「レイルにアイナか……僕はラルド。そして妹のヒルデだ。助けてくれて本当にありがとう」


 ぐったりとその身を預ける妹を抱きかかえながら、ラルドと名乗る少年は再度礼を言ってきた。


「ラルド様、ヒルデ様。 おい、お二人がこちらにいらっしゃったぞ」


 数人の男たちが表のほうから駆け寄ってきた。


「こっ、このゴロツキどもは? それにお二人とも、お怪我は?」


 岩格子に捕らえられる男と、すねから血を流し横たわる男をやって来た男たちが取り押さえる。


「とにかく、お二人ともお城にお戻り下さい。このような場所にいてはなりません」


 そう言うと男たちは、少年少女をそれぞれ抱きかかえると足早に立ち去っていく。

 その際、男の一人がさり間際にちらりと俺たちを一瞥しただけだった。





「何だったのかしら?」


 呆然と立ち尽くす俺に、同様に事態を飲み込めないアイナが尋ねてくる。

 しかし、俺とてすでに蚊帳の外であり、まったく状況を把握できないでいた。


「う〜ん、何だったんだろう?」


 手のひらに残る金貨を見つめ、俺は母クレアにこれの説明をどのようにしようか、考えあぐねていたのだった。

 

 

本日夕方にもう一話投稿予定です。

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