事後顛末
翌日自室の寝台の上で目を覚ますと、見知った天井が目に入ってきた。
そしておもむろに顔を横へむけると、なぜかそこにはアイナの顔があった。
「ヒィ、はわわわ。アッ、アイナさん?」
「ふああああぁ、おはようレイル……ムニャ」
寝ぼけた目をこすりながら、上半身をむくりとお越しこちらに軽く会釈する。
そしてまた、ゆっくりとそのままの姿勢で船をこぎはじめる。
どうしてアイナが、俺の部屋に?
というか昨夜の事はあまり覚えていない。
カイルとクレアの告白を聞いた後の俺は、どうやら泣き疲れてそのまま寝入ってしまったようだ。
思い返すとまた胸のあたりが少しだけ熱を持つ。
時間遡行をして、初めて持てた感情だった。
それにしても、『昨夜の話』あれは何だったのだろうか?
思い当たるふしがなくもない。
カイルの言っていた、『クレアに吸い込まれた光』――多分推測の域をでないが、俺自身の意識体だろう。
異神門を経由した理由までは定かではないが、門の利用方法に門同士の長距離空間転移があることから、もしかしたら時間軸を越えての転移にも応用できるのかもしれない。
異神門――ただの長距離用転送装置くらいにしか考えていなかったが、もしかするとそれ以上の機能があるかもしれない。
いずれ俺自身も調べる必要がでてくるかもしれないな……。
「コンコンッ、レイル様。おはようございます」
ドアをノックする音と共に、エルシアの声が聞こえた。
ああ、今日はエルシが起こしてくれるんだな。
はははっ、なんて穏やかな朝だろう――っていつもの暴風のようなアイナは、今まさに俺の隣で突っ伏すように寝ているのだ。
「まっ、待って。今すぐ起きる、起きますから」
あわてて寝台から降りようとした俺は、そのままアイナの身体にまとわりついた布団に絡まり、半強制的にアイナに覆いかぶさる形となってしまっていた。
「フニャ、おはようレイル」
「やっやあ、おはようアイナ……」
やっと目を覚ましたのか、アイナとばっちりと目があってしまった。
「あの、アイナさん? これはちょっと、不可抗力でして……」
「んっ、きゃあああああああ!」
覆いかぶさっていた俺の身体は、アイナの渾身の一撃により寝台より遥か彼方に吹き飛ばされたのであった。
「おはようございます、レイル様、アイナ様」
転がり付いた先で、部屋に入ってきたエルシアと目があった。
今日も今日とて、良い一日が迎えられそうです。
アイナが自室へ戻り、俺も自分で着替えを済ませると、階下に朝食のため降りていった。
食卓へ行くと、既にカイルが席についている。
「おはよう、レイル」
「おはようございます、父上」
「うむ、身体の具合はどうだ?」
「はい、お陰様で。よく寝れたおかげか、以前より軽い気がするくらいです」
「そうか。良かったな」
口数こそ少ないが、その表情から息子の体調を気遣う素振りがとってわかる。
「おはよう、レイル。昨夜はよく眠れたみたいね」
母クレアが、奥の台所より顔をだす。
「おはようございます、母上。本当に寝すぎたくらいです」
クレアの見慣れた顔も、今日に限って言えば随分晴れやかに映る。
昨夜の告白は、両親の胸につかえたものも拭い去ってくれたようだ。
「おっおはようございます、カイル様、クレア様」
遅れてアイナが、部屋から降りてきた。
俺の方を見ると、若干怒気を含んだ目線を送ってくる。
「おはよう、レイル」
少しむくれた様子で挨拶を交わしたアイナは、あてがわれた席へとつくのだった。
「ああ、おはようアイナ。さっきはごめんね」
「ひっ、なっなんのこと? 私、謝られるようなことされてないわよ」
「そっそうか……じゃあ僕の勘違いだね」
その言葉に、アイナは余計頬を膨らませ、いっそうむくれた表情になる。
やめておこう、どうつくろっても彼女を刺激するだけだ。
「さあ、みな揃ったようだな。朝食を始めよう」
その後カイルの短い祈りが続き、4人で朝食を食べ始める。
今朝の献立は、ギールの乳を暖めてパンを浸しものと、野草のサラダ、鳥の香草焼きだった。
鳥の香草焼きの何とも言えない香りが、朝の食卓を彩る。
昨夜お粥のような物を少し口にしただけなので、どうやら大分腹が減っているようだ。
「ふふふっレイル、ゆっくり食べなさい。あなたは3日ぶりの、まともな食事なのだから」
クレアが、笑って俺の心配をしてくれる。
そんなにがっついて見えたのだろうか。
それも仕方のないことだ、現に俺の前にあった香草焼きは既に大半が、胃袋の中に消えていたのだから。
「んっ、あげる」
横に座るアイナから、皿に載せられた手付かずの香草焼きが送られる。
「気にしなくていいわよ、私少し体重制限ってのをするつもりだから」
「ありがとう、アイナ。じゃあ遠慮なく頂くよ」
アイナから譲ってもらった香草焼きも、すぐさまたいらげてしまう。
大分腹のほうが落ち着いたようで、ゆっくりとサラダを口にしだした。
「レイル、少し話をいいか?」
カイルが、改まった態度で聞いてきた。
丁度いい、俺も魔族軍がその後どうなったかなど、聞きたいことは山のようにあったのだ。
「まず、あらためてもう一度言おう。よくやったレイル。お前のおかげで、このクルシュの街は救われた」
「父上、僕だけの力ではありません。皆さんに助けていただけて、やっとできたことです」
「そうだな、お前の言うとおりだ。だが、それでも俺はお前を誇りに思うよ」
「それでだ、今回の事――お前が広域殲滅魔法を行使した件だが、これは表沙汰にはしないことにした」
なるほど、その話か。
もっともなことだ。
俺のような年端もいかない子供が、上位古代魔術を発動させたなど、事実としても虚言にしても要らぬ誤解を招くだけだ。
「これは、カインツ殿や、今回の事実を知る者には全て了解を得ている。お前がどう思うかわからんが、自重してくれ」
「とんでもありません、父上。僕の方こそ是非、そのようにお願いしたいと思います」
「そうか、そう言ってもらえると助かる」
「それはそうと、僕も父上にお伺いしたい事があります」
「なんだ?」
「マルケルス城砦に侵攻した、魔族軍の本隊のことです」
「そうか、そうだったな。お前は3日間眠り続けて知るよしもないことだったな。うむ、いいだろう少し長くなるが話してやろう」
父カインツの話はこうだった――クルシュの街に魔族軍5千の一個旅団が到着する前日、既に隣街ノールレイサには魔族軍主力部隊一個師団3万が通り過ぎた後だった。
ノールレイサは、抗うことも降伏することも許されず、ただただ蹂躙されるに任されたそうだ。
そして、そのまま北上した魔族軍は軍を師団を率いる皇帝ハールダン・ユラング・ヘイムスクリングラン1世の命じるままに、マルケルス城砦を陥落せしめんと攻撃を開始したのだった。
3日間の攻防のすえ、あと一歩で城砦は陥落し、王都への道が開かれようとしたその日――王都からデュール・トーレル・ヘイムダル8世率いる援軍2万が到着した。
城砦を盾に打って出た国王軍は、城砦攻略で疲弊する魔族軍を返り討ちにし、見事撃退に成功したとのことであった。
その際、陣頭にたったデュール8世によって、皇帝ハールダンも手傷を負ったらしい。
なるほど、剣聖の血筋か――あれには俺も手を焼かされたものな。
あいつらの血筋が出てくるのなら、この国もおいそれと侵略の憂き目に合うようなこともないだろう。
それほどに剣聖の持つ、光の神の加護と言うのは強力だったのだ。
「――というわけだ。ノールレイサの街は気の毒な事をしたと思う」
「一歩間違えれば、このクルシュも同様の惨状にやつしていたのかと思うと、恐ろしいものがあるものだ」
「それもこれも、お前がいたからこそなのだぞ、レイル」
カイルはそう言うが、果たして本当に俺がいたからだろうか?
仮に魔族の主力軍が、大森林を抜けクルシュの街を皮切りにマルケルス城砦を目指していたらどうなっていただろう。
クルシュに進行してきた別働隊を、城砦正面から陽動としてぶつけさせ、本体が回り込んで急襲する。
戦略の面でも、あながちありえない話ではないはずだ。
たまたま、大森林を抜けるのに5千の別働隊の方が有利だと判断したのか?
あるいは別の理由があったのか?
俺たちに知るよしもないが、俺には運が良かっただけのような気がする。
3万の軍勢だったら、たとえ焦熱溶岩地獄だったとしても殲滅することは敵わなかっただろう。
仮定の話など意味はないのはわかっている、それでも考えずにはおられなかった。
もし、そうだったら俺はどうしていただろうか?
「レイル、レイル!」
カイルが物思いにふけってしまった俺を呼び戻した。
「大丈夫か、レイル? 急に黙り込んでしまって」
「ごめんなさい、父上。平気です、ちょっと考え事をしていただけですから」
「そうか、ならいいんだが。――それでなレイル、もうひとつ話ておかなければならない事があるんだ」
んっ?
なんだ、まだ問題事項でもあるのか?
あらかた経緯は聞いたと思ったが。
「実はな、今回の殲滅魔法は、私が発動させたことになっているんだ」
ああ、なるほど。
それは、実に理にかなった方法だ。
昔からカインツが解読していた上位古代魔術が、たまたまここに来て実を結び、クルシュの街の危機を救ったという事だろう。
いいじゃないか。
無問題。
全てまるっと解決するというものだ。
「いいですね。それは名案だと思います」
「父上が長年研究していたことは、あの本を見せればすぐにわかります。その上で、父上がクルシュの救世主になったというのは、おあつらむきだと僕は思いますよ」
「そっ、そうか。だがな、ひとつこのせいで問題が出てきてしまったんだ」
「なんですか、問題って?」
「それがな……」
カイルは言いにくそうに、クレアの方をそっと見る。
「あのね、レイル。お父様は、今回の件で王都に召喚されることになりそうなのよ」
じれったくなったのか、煮え切らないカイルに代わってクレアがそう告げてきた。
「すまん、レイル。多分近々、王都に引っ越す事になる。俺も母さんもあんな所にもどりたいなんてこれっぽっちも思っていないんだが、国王直々の申し出だそうだ」
ああ、こりゃ絶対断れまい。
何であれ、カイルとて宮仕えには違いない。
しかも国王直々となれば、断れると考えるほうがおかしいだろう。
「事情はわかりました。しかし、父上が僕に謝ることではないでしょう。僕はもちろんお二人と一緒に王都に行かせて貰います」
「そうか。そう言ってくれるか?はあよかった、駄々をこねられたらどうしようかと思っていたんだ」
おいおい、子供が駄々をこねたからって、国王の申し出を断るなんて出来っこないだろう。
それこそ、子供が嫌だって言ってるので行けませんなど、死罪になってもおかしくない。
「いやな、母さんがお前が嫌だって言ったら、俺だけで王都に行ってこいって言うんだよ」
クレア、夫に単身赴任を強要していたのか。
なるほど、母は強しということか。
「あっあの……」
それまで黙って俺達の話を聞いていたアイナが、何かを言いたそうに口ごもっていた。
「なーに、アイナちゃん?言いたいことは、はっきり言っていいのよ」
「あの、カイル様、クレア様。どうかお願いです、私も王都に一緒に連れて行っていただけないでしょうか?」
意を決したようにアイナが、声を張り上げる。
そうだな、俺たち家族が王都に引っ越せば自然とアイナはこの街に残ることになるだろう。
彼女は居候の身――れっきとした父親も兄も、この街にちゃんと存在するのだから。
真剣な眼差しでカイルとクレアを見つめるアイナだったが、こればかりは言っても仕方のないことだ。
アイナには悪いが、実家でちゃんと本当の家族と暮らしたほうがいいに決まってる。
……そう思ってた時期が俺にもありました。
「ばかねえ、アイナちゃんたら。そんなの当たり前じゃない、大丈夫あなたも一緒よ」
えっ?
なんて言いました、クレアさん?
聞き間違いかな、予想したいた回答と真逆のことが聞こえたような。
「そうだぞ、アイナさん。君は、もう既に私達の家族も同然だ。姉として、レイルの面倒をこれらもみてやってくれ」
あれ?
カイルも、何か聞きなれないことを言っているぞ。
俺だけが、難聴にでもなってしまったのかな?
「何も心配いらないからね、アイナちゃん。ちゃんとカインツ様にも、了解はとってあるから。これからも、よろしくね」
……どうやら決定事項のようだ。
既に両親により、カインツの方まで手は回っていたらしい。
アイナか――まだまだ面倒事がありそうだな。
「あら、レイル。なんだか嬉しそうね」
「おお、そうだな。顔がにやけているぞ、レイル」
「えっ? ちがっ、そんなことなどありません」
何をいっているんだ、こいつらは?
俺の顔がにやけているなど、馬鹿馬鹿しい。
どこの世界に、毎朝寝台から転がり落ちるような起こされ方を、好むアホがいるというのだ。
まったく、カイルもクレアも何もわかっちゃいない。
「ありがとうございます、カイル様、クレア様。どうかこれからも、よろしくお願い致します」
先程までの不安な表情を一変させたアイナが、満面の笑みをうかべる。
そんなに王都に行きたいのかねえ――あんな所、人ばっかり多くてろくな所じゃないのにな。
「これからもずっと一緒ね、レイル」
そんな俺の思いなどお構いなしに、アイナは俺にも眩しいほどの微笑を向けるのだった。
どこまでも、朝の恒例行事がついてくるのか……。
ちなみに、後で話に聞くと領主のクライン男爵は、マルケルス城砦へ向かう途中で魔族軍と遭遇し、虜囚となったそうである。
たぶん生きてないだろうな。
ご愁傷様である。




